87 戦利品(?)の処遇
とにかくラーガ教団大洗脳作戦は見事成功に終わった。
信者たちを連れて、第一本部から第二本部へと逃げ出す。
第一本部はすでに『流動する髄』で埋まってしまっているので、ここで放棄するしかない。
今後は第二本部をおもな拠点としてやっていくことになるだろう。
しかし同じような広間に出たのであまり移動してきた実感はない。
「いや、よかったぞ稀名よ。わしはおおいに満足したのじゃ」
「それはどうも」
これでクーファの雷侯への恨みも吹っ飛んだろうな。
「稀名? 稀名とはあの神無月稀名か!?」
近くにいた信者は、クーファのせりふを聞いたのか取り乱した。
「俺は神無月稀名だけど」
「確かにそこはかとなく手配書の人物像と似ている……!?」
一度は静まった信者たちは再び騒然となる。
「レーシィ様はとんでもない人物を配下にしているようだな」
「これは心強い」
国家を転覆させようとしている者同士だと思われているんだろう。
印象悪いよりはいいかな。
「ついでに彼女はネミッサ・アルゴン」
俺はネミッサを指して信者たちに紹介した。
「ネミッサ・アルゴン!? 手配書とあまり似ていないようだが……」
「じつはこの幼女は白竜」
「あの伝説のか!? それはさすがに嘘だろう!?」
「そして『沼の民』の霊樹チェルト」
「それは知らん」
「蹴り飛ばすわよ!」
言われながら、チェルトにローキックされた。
「そういうわけで、レーシィ様は我々が守るので安心するのである!」
さすがにこの口調も疲れてきたな。
広間を出て、隣の個室へ荷物を取りに行く。
窓口の信者さんも一緒だ。
「じゃ、俺たちはいったんローコクに帰るので、この第二本部のことはよろしくお願いします」
「それは、構わないが……」
窓口の信者さんには、雷侯のようなポストを任せることにした。
彼には出世と引き換えに秘密を共有してもらうことにしたのだ。言葉こそ濁しているが、表情はまんざらではなさそうだ。
ただし雷侯のように表立って活躍するのではなく、裏方で教団を運営するためのいろいろを決めてもらって、ウルが信者たちにそれを伝えるというようなやり方をとることにする。
教団運営のための人選もまかせる。
「ここに残りたいと言っていた『六人の愚臣』――レムさんとコロナさんとオロペルさんをうまいこと利用してください」
「あの場はどうにかレーシィ様が収めたが、レーシィ様やお前らが上に立つことを快く思わない者もいるだろう。いずれ離反が起こるぞ」
「それはそれで構わんでしょう」
ぶっちゃけ、俺たちを養えるだけの貢物があればそれでいいわけだ。
「それに雷侯の寄付が途絶えるとなると、運営も今まで通りにはいかないだろうしな」
「寄付?」
「ああ、雷侯は毎年、教団に多大な金額の寄付を行っていた」
「ははぁ、なるほど」
騎士パトリックとしての地位を利用して資金を横流ししてたな。
「……えーと、それもいずれどうにかしましょう」
た、隊長さんに報酬をもらえれば少しは足しになるはずだ。
「あ、とりあえず国を亡ぼす計画は雷侯のものですのでストップします。それだけでも予算はある程度浮くんじゃないですか?」
「ならば教団が新しく目指すところを考えなければならないな。そうでないと皆ついてこないぞ」
「それもそうですね。そこも任せますけど、俺たちも何か思いつけば言います」
窓口の信者さんも優秀そうだし、そのへんはおいおいどうにかなるだろう。
「雷侯派の排除と新しい信者名簿の作成と……やらねばならないことは山ほどあるぞ」
「そのへんのいろいろもお任せします。よきに計らってください」
今は、ローコクに帰って隊長さんに報告するのと――
「……本当に家に帰してくれるんだろうね」
アシュリー達を故郷まで送り届ける。
「まあ『愚臣』は六人もいるんだから二人くらいいなくなっても大丈夫でしょ」
あと、忘れるところだった。
俺は雷侯の義手二本を床に置いた。閉じ込められた精霊を開放しないと。
小太刀で文字の部分を狙って破壊する。
義手とそこに入っていた精霊はみるみる分離し――精霊の方は急激に巨大化して、けたたましい音を立てながら本部の壁と天井を貫いて破壊した。
「あっ……」
なんということでしょう。個室は壁が破壊されて外の森林が見晴るかせる眺めのいい開放的な空間に。
しだいに傾いてきた日の光がまぶしかった。
「しまった、そうか、こうなる場合もあるのか」
俺のそばには、クーファくらいでかいのではないかと思われる巨大な精霊が二体横たわっている。元のサイズがでかすぎたのだ。
そしてやはり破壊された時の衝撃でぼろぼろになっている。
「なんだ!?」
「敵襲か!?」
信者たちが騒ぎ始めた。
「とりあえず信者たちは私が言いくるめておくから、お前らはさっさとこの状況をなんとかしろ」
窓口の信者さんは呆れながら信者たちをなだめに行く。
「匠の大胆なリフォームということにしておいてください」
閉じ込められていたのは、黒い鱗を持つ巨大な竜と黄色い羽毛を持つ巨鳥だった。
クーファが『天国の露』で二体の傷を治してあげる。
とりあえず敵だと認識されないように注意しながら事情を話して自然に帰そう。
あわよくば仲良くなって教団の本部を守ってもらいたいと期待もするが、うまく話せる自信はない。
小太刀の風を使えばどうにかなるだろうか?
相手の出方次第で、交渉してみてもいいかもしれない。
「――ここは、俺は、何をしていたのだ?」
最初に目覚めたのは黒い竜だった。
人間の成人男性に近い低い声。口調の感じだとオスだろうか。
「――いや、たしか人間の男と手を組もうとして、そこから記憶が飛んでいるな」
精霊兵器にされていたことは覚えていないらしい。
「……ふん、やはり黒竜じゃったか」
クーファは、なんだか少し機嫌を悪くしながら言った。
「とりあえず騒ぎになる前に逃げた方がいいよ!」
俺は黒竜に言うと、黒竜は穏やかな目で俺を見下ろした。
「――貴様だったか。俺と手を組みたいという人間は」
「いや、違うけど!」
たぶん雷侯のことなんだろう。手を組むための交渉をしていたとは、黒竜は意外と人間に対して寛容らしい。
「――魔力を与えてくれるならば、『宿の盟約』を交わすにやぶさかではない。俺は、一度人間と契約してみたかったのだ」
「いや、ちょっと人の話を」
「――その剣が適当であるな」
完全に俺を雷侯だと勘違いしていた。
「俺は神無月稀名といって雷侯では――」
「――神無月稀名が貴様の真名か。では盟約を交わそう」
「いや、今のは盟約の口上ではなくて」
小太刀の刀身が光ると、勝手に印が刻まれ、黒竜は印に吸い込まれるように消えていった。
『俺は黒竜である。真名はシャッグ・ホール・デホトゴース。貴様の短い寿命が尽きる間、せいぜい付き合ってやろう』
「自由か。俺の意志は無視ですか」
『俺の魔法「黒妖鱗」は自らの鱗を無尽蔵に増やし変幻自在に操るものである。人を殺すときなどに使うがいい』
「いや殺さないからね」
まああんな強い力が手に入るなら助かるんだけど。
――威圧感があると思ったら、『雷』の方も目覚めていた。
黄色い羽毛を持つ巨大な鳥だった。鋭い目をこちらに向けて、警戒している様子だ。
「こ、こっちも目が覚めてたか」
自分を精霊兵器にした犯人だと思われているのだろうか、睨みつけられているような気がする。
しかし鳥は砕けた義手に目を向けると、身体が縮んできた。
まもなく鳥は二十代くらいの長い金髪の美女に姿を変えた。背が高く、モデルのようにプロポーションがいい。
しかし目つきは鋭いままだ。
金色の長い前髪を鬱陶しそうに指で払った、その拍子に目が合ってしまう。
「――っ」
俺より背が高いので見下ろされるみたいになっている。
気おされながら何か言おうとしたけれど、緊張で声が出なかった。
「ひえっ」
クローディアはびくりとしてアシュリーの後ろに隠れる。
女の人は俺に接近し、睨みながら口を開く。
「しゅわっ」
……しゅわ?
「しゅわしゅわ(どうやら捕らえられた私を助けてくれたらしいな)」
鳴き声か何かかな?
意味は何となくだが理解できた。
周囲が森林に囲まれているからか、精霊の声が聞こえやすくなるというチェルトの加護が働いているんだろうけれども。
「しゅわしゅわー(神無月稀名と言っていたな。礼を言う)」
「鳴き声なの? それ鳴き声?」
「しゅわっ、しゅわ!(我は雷鳥。真名はワゥケイオン)」
「なんか簡単に聞いちゃいけない名詞を聞いている気がする」
あとどう見ても大人のきれいな女の人が炭酸みたいにしゅわしゅわ言ってるのはなんだかシュールだな。
「何言ってるのか全然わかりません」
「いや、それが普通だと思う。僕もわからないし」
「わしは言ってることわかるのじゃ」
俺と雷鳥の会話を聞きながら、ネミッサたちは困ったように小声で話していた。
「しゅわしゅわ、しゅわっ(精霊は義理堅い。助けてくれた者には最大限の恩を返させてもらう)」
「そうなんですか」
「しゅわ!(それに、強い男は好きだ)」
「えっと、それはどうも」
しゅわー、と鳴き声が聞こえたと思ったら刀身に印が刻まれた音だった。
『しゅわしゅわしゅわ!(我は魔法は使えない。雷は体質によるものだ。だから魔法師の「心枢霊轄」とかいうので使うか我に直接望みを請うがよい。これからよろしく頼む)』
「本当アバウトに契約できるんだなこれ。ほとんど精霊の匙加減じゃないのか」
まあ敵対されて本部を壊されるよりはいいんだけれども。
「しゅわしゅわ言ってるけど名前はあるんですか?」
とネミッサ。
「えっと、雷鳥だって」
「雷鳥さんですか」
「しゅわーしゅわ(何か文句があるのか娘よ)」
雷鳥……ワゥケイオンは印から出てきてネミッサを睨む。
「雷鳥じゃ可愛くないから『しゅわちゃん』って呼んでいいですか?」
ネミッサはワゥケイオンの怖い顔を意に介さずに笑顔で見上げ提案した。
「しゅわー(しゅわちゃん……)」
しゅわちゃん……。
「しゅわしゅわ言ってるので」
「しゅわしゅわ(よかろう。かわいい名だ。気に入ったぞ)」
ワゥケイオンは腕を組んで満足そうに頷いた。
「たしかにかわいい名じゃな。良い名じゃ」
「しゅわっ」
クーファの言葉に、ワゥケイオンはもう一度うなずいた。「わあ、よかったです!」とネミッサも満足げだ。
「――いやいやいや、かわいい!?」
黙って聞いていた俺は我慢できずに反論した。
「かわいさを求めてその名前に行きつくのはおかしい! 『しゅわちゃん』ってショットガンとかマシンガン乱射してるマッシブな男のイメージなんですが! 全然かわいくない! 男なら誰しもあこがれるくらいの男の中の男でしかない! 全然かわいくない!」
「かわいいでしょ。稀名の感性どうなってんの? その猛反発意味わかんない」とチェルト。
「ぐ、ぐぬぬ」
たしかに俺の先入観が悪い。でも納得いかない! 何も言い返せないのが歯がゆい!
「しゅわしゅわ!(マスターも我のことは『しゅわちゃん』と呼ぶがよい)」
「わかったよ、しゅわちゃん」
だめだ。言うとハリウッド的スターなシュワちゃんがムキムキの腕を見せながら歯を見せて笑う姿が出てきてしまう。
……まあ何はともあれ本部の破壊騒ぎは収まりそうだ。
「しかし稀名、きみは、本当にいったい何者なんだ? あんな恐ろしげな精霊を二体も平気な顔で使い魔にして、さっきも名乗っただけで信者たちに感心されてたし……それにネミッサ・アルゴンって、あの?」
テンションの低くなったアシュリーは、恐る恐る質問した。
「あれ? そういえば俺のことわかんないんだね」
ということは俺がこの世界に来る前に、雷侯にさらわれて教団に連れてこられたのか。
「精霊が怖くないの?」
「怖くないよ。アシュリーたちはあんまり俺たちのことは知らない方がいいかもね」
バレるのは時間の問題だろうけど。
……しかし雷侯が使っていた精霊を二体まるまるもらってしまうなんて、苦労させられただけに少し皮肉な話である。
「教団も乗っ取ったことだし、第二の雷侯にでもなればいいのじゃ」
「冗談じゃないよ」
クーファのからかうような意見に、俺は苦笑いしながら返すしかなかった。
とにかく、今度こそローコクに帰ろう。




