86 ラーガ教団大洗脳作戦
取り急ぎ、ウルが住んでいた部屋に行き、黒いローブを確保する。
クローゼットに隠していた黒いローブをウルたちに着てもらい、準備はほとんど完了。
ついでにウルの世話をしてくれていたというメイドさんを助ける。
奪った魔力の玉をメイドさん本人に割らせて精神を復活させるのだ。
ウルはメイドさんに本当のことを話して謝ったが、メイドさんは「そんな、私はいつでもレーシィ様のために命を捧げる覚悟はできています」とすごいことを言ってのけた。
よほどウルに心酔しているらしい。それはそれで問題ある気がするが、今は心強いということにしておこう。
お世話係までつけてもらえるなんて、本当にウルはいい生活をさせてもらっていたんだな。うらやましい。やはり俺も便乗せねばならないと強く思う。
そして俺の考えた段取りをウルたちと相談する。
「よくもまあ毎回毎回そんなアホな作戦考えられるわね」
チェルトには呆れられたが、今回もわりと自信だけはあるのだった。
メイドさんも、ウルのためにできる限りの手伝いをすると言ってくれた。
「よし、そうと決まれば早速行こう。これより『ラーガ教団大洗脳作戦』を開始する!」
「『門』、開きまーす」
ネミッサの間延びした声。
やる気満々の俺と違い、みんななぜか諦めムードが漂っているのは気のせいだろうか。
空間に開いた『門』をくぐると、そこはもう広間の中だった。
広間は水浸しだった。
中では元の大きさに戻ったコルがいまだに暴れていて、その大蛇のような身体で信者数人に巻き付いて適度に締め付けて遊んでいた。
破れた紙の霊符も所々に落ちている。
ある程度戦闘を行った後、幹部の信者に巻き付き人質にして時間を稼いでいたってところか。
「どおおおっせい!」
俺は小太刀を出して『イワトガラミ』のツルを足場にして飛び上がり、気合のこもった雄たけびとともにコルの頭を柄で殴った。
「いった! いってーな! 何すんだ!」
「だまれ悪の手先め!」
「はあ!?」
コルは苛立ちながらネミッサを見た。ネミッサはコルににこりと笑いかける。
コルは何か悟ったのか、大きなため息。
「レーシィ様だ! ミル様とオクターヴ様もいるぞ!」
「蛇の動きが止まった!?」
「しかしあの周りの奴らはなんなんだ?」
俺とネミッサとクーファとチェルトは、白いローブをはためかせながら並んだ。
白いローブには黒い糸でウルたちの着ているローブに縫われている刺繍と同じ刺繍がされている。
糸紡ぎの精霊であるガーレに急いでやってもらったのだ。
「我々はレーシィ・レソビィーク四天王! そして、そこの青い蛇はほかならぬ雷侯がここにいる者を抹殺せんがためによこしたものだ!」
俺が力の限り叫ぶと、広間は騒然となった。
「なにがなんだか、わからねえぜ」
コルはきょとんとしながらつぶやいた。
ごめんコル。説明してる暇なんてないんだ。
「そーら消えて無くなれい邪悪なる蛇よ!」
俺がさらに小太刀の柄でコルの体を殴る。
「竜だっつうの」
全くダメージのないコルはまたネミッサの表情を確認する。ネミッサは苦笑しながらうなずいた。
「あー、やられたぜー」
クォータースタッフに戻ったのだろう、コルは霧のようなしぶきをあげて消え去った。
「おお、巨大な青蛇を一瞬で退治した!?」
「彼は何者だ!?」
広間は安堵の息とざわめきが入り混じる。
「レーシィ様、こいつの言っていることは本当なのですか!? 雷侯が我々を殺そうとしたと!?」
すぐに信者の一人は叫んだ。
「本当です」
ウルが答えると、広間はさらに騒然となる。
「先ほど現れた『冬日の枯れ枝』も雷侯がよこしたものだ!」
俺は捕らえていた信者の少年たちを『門』から引っ張り出す。
口にもツルを噛ませて、しゃべれなくしてある。
「しかも、雷侯とアデルバートとこの捕まえた信者たちが謀反を起こしたせいで、今屋敷内は『流動する髄』に浸食されている! 幹部の皆はこれが何を意味するところか察しがつくことと思う!」
「雷侯たちは私たちさえ『バディ』の生贄に捧げる算段だったのです! 私も偶然それを見ました!」
メイドの女性が一歩前に出て主張する。そう、こういう場での見知った人物の一言は意外と効くものだ。
「なんだと? 我々は幹部だぞ!」
「それでもよいではないか! バディと共に永遠を生きられるのだぞ!」
「今の地位を捨てろと!?」
「いや、バディの魔力の礎になれるなら本望ではないか!?」
「だったらお前一人で死んだらよいではないか!」
「なにおう!?」
信者たちの意見が割れはじめた。
俺はさらに煽りを入れる。
「我々に一言もないままそれは強行された――それが問題である! 本来ならこの場で話し合うべきではないのか! レーシィ様、ミル様、オクターヴ様、および我々は、そんな雷侯たちの横暴に断固反対する!」
「そうだ! これは横暴だ!」
「裏切り者雷侯許すまじ!」
いつの間にか信者たちに紛れていた河童や丸太が、俺に賛同して口々に叫んだ。サクラである。
「見ろ! 広間の外はすでにこんなになっている!」
クーファに目で合図を送る。
魔法で作った銀の壁を解除してもらうタイミングで扉を開けると、勢いよく廊下を流れる『流動する髄』が。
「本当だ!」
「嘘ではなかったのか!」
クーファによってすぐに扉は閉められたが、一部は広間に流入する。
動揺とざわめきは、うなりのように轟いている。
「ウル様や彼らの言う通りだ! 雷侯は我々を見限った!」
「ならば雷侯は敵と認識してしかるべきか!?」
「し、しかしなぜだ!? なぜここにきて!?」
「いや、教団は雷侯の指導あってこそ、ここまで来たのだろう!? 今までのことはないがしろにしていいのか!」
「だが我々を殺そうとしたのだぞ!」
「あの巨大な青い蛇と『冬日の枯れ枝』を見なかったのか! 本気で我々を抹殺しようとしたではないか!」
段々雷侯に否定的な意見が多くなってくる。
もうひと押しだ。
「そうだ! 雷侯は我々を使い捨てのゴミとしか思っていない! そんな指導者にこの教団を任せてしまっていいのか!」
「いいわけがないだろう!」
「しかし雷侯以外、信者たちをまとめ上げられる人間など――」
「いるのである!」
俺は胸を張って叫んだ。
「レーシィ様についてくれば教団は安泰である!」
俺は信者たちの信仰心を信じた。
それはラーガ教団がラーガ教団であるがゆえの構造を利用したものだ。
教団の信者たちは、つまるところ雷侯を崇拝しているわけではない。
雷侯はあくまで指導者の立場として、上に立ち信者たちをまとめ上げているにすぎない。
『愚臣』の存在があるからか、雷侯は教主的な立場からは一歩引いているような印象を受ける、というウルたちの見解も得られた。
崇拝の対象は『我らが王』――つまり『まつろわぬ王』ことラーガ王であり、『六人の愚臣』である。
アデルバートさんみたいに雷侯に忠誠を誓っていれば別だろうが、この流れを見る限りだとそんな人間ばかりではないことがわかる。
雷侯を裏切り者に仕立て上げることは可能だし、そうしたところで信仰心は揺らいだりしない。
「みなさん、教団の秩序を乱す輩は許してはおけません」
ウルは、クーファが銀細工で急きょ作った教壇に上がって声高に信者たちに語る。
「教団を乗っ取り、己の野望のために仲間さえ犠牲にする――そんな人間を指導者にしていていいのですか? ここで立ち上がらなければ、近いうちに殺されます。全員死にますよ。それでもいいのですか」
「それは、確かに、よくないですが……」
雷侯を信じたいらしい信者は自信なさげに答える。
「ご安心ください。ラーガ教団には私がいます。私があなたがたを導きます。はじめは無理やり連れてこられた身ですが、ここでの生活やみなさんと顔を合わせる定例集会が私を変えました。私に教団の指導者を任せてはもらえませんか? あなたがたの今までの地位は間違いなくお約束します」
俺は小太刀を後ろに隠して、こっそり刃を抜いた。
いい感じに心地のいい風をウルから発しているような演出にし、広間すべてに行き届かせる。
なんの小細工もないリラックスの風。そう『ご安心』の風である。
その風は、ちらつく死の危険にざわめき苛立っている信者たちの心を最大限に癒していく。
「おお、なんと慈悲深い」
「レーシィ様なら、きっと教団を導いていける!」
「今の地位と財産、命が保証されるなら……」
「シリンを退治した時も、今回も、ずっと我々に寄り添ってくれた。彼女こそ真の指導者……!」
「はじめ集会に来なかったのは、雷侯の裏切りを知っていろいろ動いてくださっていたからなのか……なんというお人だ」
風で安心させただけなのだが、ウルの言葉で心の底から安心したと解釈した信者たちは口々にレーシィもといウルを賛美し、その場に跪いた。
「そうなのである! ――レーシィ様のご指導があれば、教団はご安心である!」
つまりそういうことなのである。
こっそり安息の風を送りながら、跪いていく信者たちを見て俺は笑った。
「ふははははっ!」
楽しい!
すごく楽しい!
「まさかここまで扇動できるなんて」
ネミッサは震える声で乾いた笑いを出した。
まあこの風のおかげだろうね。
「本当にお前は引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、すごいところに着地しようとするな」
足元にいたケルピィは俺にだけ聞こえるようにつぶやいた。ウルの魔力で、傷はすでにほとんど治りかけていた。
「なんのこと?」
「いや、ほめているだけだ」
ケルピィがほめるなんて珍しいな。
何をどうほめているかわからないが、ほめてくれているなら素直に受け取ることにしようじゃないか。




