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85 裏切り

「しかしあの雷侯らいこうを倒すなんてね」


 アシュリーは興味津々という風に俺の隣に座った。

 あどけなさを残した金髪の美顔が近づいてきて、俺は少しどきっとしてしまう。


 いや、イケメンすぎてビックリしたというほうが正しいか。

 ともすれば女の子と見紛うほどの、愛嬌のある可愛い顔つき。さらさらの金髪にかかる、小さな耳や白くなめらかそうな頬。だが男だ。

 日本に来てアイドルやっても全然売れそうなイケメンである。


「アシュリーも、あのアデルバートさんとやり合うなんてすごいじゃないか」

「僕も一応は私兵団の副総長だからね。……アデルバートってどこかで聞いたような?」


 なるほど強いわけだ。

 かなり細身に見えるけど、相当鍛えているんだろう。


「まだ若いのにすごいな」

「ま、半分は親の七光りみたいなもんだから」


 アシュリーは自嘲気味に笑いながら言った。

 お坊ちゃんだったか。しかしそれにしたって大した実力だろう。


「ところで、それは、もしかして……?」


 アシュリーは横に置いていた異様なデザインの義手二本を指さす。


「ああ、これ雷侯の義手」

「そ、そそそそんなもの持ってくるなよ! 気持ち悪いな!」


 精霊が中に入っていることを知らないんだろう。


 アシュリーは青い顔をしながらドン引きしている。


「どこかに文字が彫られていると思うんだけど……」


 俺は義手を手に取ってよく観察してみる。


 ……お、あった。


 内側の空いている場所に小さく文字が彫られていた。

 文字の部分を破壊すれば精霊は解放できる。教団から逃げ出した後にでも分離させてあげよう。


 ウルはというと、精霊たちを一体一体ねぎらっていた。

 ああいう気立ての良さも精霊から好かれる一因なんだろう。


 クローディアは少し猫背になりウルの背中に隠れながら精霊や俺をちらちらと見ている。

 どうやら彼女にはまだ怖がられているらしい。


「きみの姉? 妹? にはまだ俺は警戒されているらしい」

「ああ、クローディアは人見知りしてるだけだから。少なくとも嫌われてはいないと思うよ」


 にしてはすごい怖がりようだけども。


 俺と目が合うと、クローディアは慌ててそっぽを向いた。


「クローディアはああだけど、僕は稀名のこと気に入ったよ!」

「それはよかった」

「今度うちに遊びに来なよ。コンスォって町にあるんだ。ここを出ていったあとの生活が落ち着いてからでもいいからさ」

「あー……それは、いいね。落ち着いたらぜひ行きたいよ」


 苦笑いしながら答える。


 そういえば、こっちの世界に来てからはじめてできた男友達だった。

 少し感動。


 でも俺指名手配されてるから遊びには行けないんだよなぁ。

 彼が私兵団の副総長だというならなおさらだ。


 そして生活が落ち着くどころか、ここから逃げ出してからが本番なのだ。


 みんなでローコクに帰って隊長さんに報告したら、それから先はノープランだった。

 隊長さんから情報料をしこたまもらったら、ひとまずお金には困らなくなると思うけど、居場所が困る。

 指名手配されているのは変わらないわけだし、どこに逃げても肩身の狭い思いをするだけだろう。


 隊長さんのところで密かに雇ってくれないかな。頼んでみるか。


 いろいろ今後のことを妄想していると、いきなり目の前の空間がゆがんだ。


「うおっ! びっくりした!」

「敵か!?」


 近くにいた俺とアシュリーが身構える。


 空間のゆがみは、それから切り取られたような入り口ができると、中から人間が移動してくる。


 ネミッサとチェルト、それに窓口の信者さんだった。


 窓口の信者さんはチェルトのツルで後ろ手に縛られている。


「わっ、できましたよ! 『門』の魔法できました! やったっ」


 ガッツポーズで喜ぶネミッサ。みつあみが嬉しそうに揺れている。


 どうやらこの入り口はネミッサが作ったもののようだ。霊符での移動法をマスターしたらしい。


 早くない?


「なぜそんなすぐにできるようになるんだ? しかも見よう見まねだけで。私だって習得するのにどれくらいかかったと思っている?」


 窓口の信者さんが小言を言っているが、


「――れ、レーシィ様!? ミル様やオクターヴ様まで!?」


 ウルたちの姿を見た途端かしこまった。


「よし、みんな揃ったし帰ろうか」

「コルはどうします?」

「『盟約の印』は第二本部に置いてきたクォータースタッフに刻まれてるでしょ? 先に帰ってもらっていよう」


 チェルトみたいに、印の中に出入りするのは自由にできるはずだ。


「ちょっとまて、帰るとはどういうことだ?」


 ネミッサが霊符の移動法をマスターした今、窓口の信者さんはただ反論するだけのいらない子になった。

 眠らせよう。

 小太刀を取り出して、風を吹かせる。


 その刹那。


 ――聞こえてきたそれは、ウルの使い魔である河童の、何気ないぽつりとしたつぶやきだった。


「はぁー、ごろごろ生活とはこれでおさらばか」

「――ッ!」


 俺は絶句した。

 いや、息が詰まったといった方が正しいか。

 それだけ俺は、その言葉に過剰に反応し、そして驚愕した。


 からん、と音を立てて小太刀を取り落とした。


 それはいつか親と山を登って見に行ったしし座流星群を見た時よりも、いつか親と行った日本海の海岸で見た夕日よりも、荘厳で存在感のある何かが脳裏に飛来したかのような衝撃だった。


 今なんて?

 今なんて言ったんだ?


 ごろごろ生活――だと!?


「お前、まだそんなこと言ってるのか?」


 丸太は河童にツッコミを入れていたが、俺はそこに食い気味で質問する。


「――待って、ごろごろ生活っていうのは? ごろごろ生活っていうのはどういう意味なんだい?」

「ああ、ここでの生活はな、集会に顔出す以外はうまいメシ食って、屋敷内散歩したりごろごろしたり、ただのんびりすごすだけのすこぶるいい生活だったんだよ」


 と河童は名残惜しそうにここでの暮らしを説明した。


「雷侯は何もしてこなかったどころか、勝手なことしなきゃずいぶんよくしてくれたぜ。怒ると怖いけどな」


 うん、よし、決まった。

 これからどうするか決まった。


「お、俺もここに住んでいいかな?」

「は?」


 それはいろんな人の声が重なり合った「は?」だった。


「この期に及んで何を言い出すのよ」


 チェルトの言うことはもっともだ。みんなも同じ気持ちだろう。


 それでも、だ。


「いや、最高じゃない!? 身の回りの世話は信者がやってくれて自分は寝て起きてごろごろしてたまに集会に顔出せばいいとか」

「ま、稀名?」

「俺の理想郷なんですけど!」


 そう、まさに俺の理想郷はここにあったのだ。


 働かなければいけないと覚悟していたのは、それは働く必要に迫られたからで、働かなくていい生活があるなら、それはもちろん働かなくていい生活の方がいいに決まっている。


 引きこもっていれば、いくら指名手配されていても関係ない。肩身の狭い思いをしなくて済む。


「さすがに『流動する髄』のいるこの第一本部じゃ暮らせないけどさ、第二本部があるじゃん。そこに住めるじゃん。ごろごろできるじゃん。最高じゃん」

「本気?」

「本気だよ!」


 あっはっはっはっ、と笑い声が聞こえてきたと思ったら、クーファが床にうずくまるようにして爆笑していた。


 そこまで笑わなくても。


「俺はお尋ね者だし、ウルは迫害されるし、ネミッサもクーファも同じようなものだ。どうせどこにいても居場所なんてない。ならここに居場所を作ろう」

「最高じゃおぬし! ぜひそうするのじゃ!」


 クーファは言いながらまた床をばしばし叩きながら爆笑しはじめた。


 俺は続けた。


「真面目な話ね、雷侯がいない今がチャンスなんだよ!」

「えっと、つまりどういうことですか?」


 ネミッサが事情を呑み込めずに首を傾げる。

 俺はうなずいて答えた。


「つまりこれから教団乗っ取ろう!」

「お前は本当かっこいいぜ!」


 河童が真っ先に俺の案に賛同してくれた。


「まあ、私も帰る家がないし、魔法師の魔法を学べるのならそれでも一向に構いませんが……」


 ネミッサはまだいろいろ疑問を持っているみたいだが、俺に頷いてくれる。


「私は稀名の使い魔だから稀名の言うことには従うけど……」


 チェルトは少し言いにくそうにしながらも答える。


「でも隊長とレルミットはどうするのよ?」

「ちゃんと情報は届ける。情報は届けたうえで、教団の方向性を変えていけばいい。そのへんはおいおいでいいだろう」

「そんなうまくいくわけ?」

「俺だけの力なら無理だろうけど、なにせ俺たちにはレーシィ様・・・・がいる」


 俺はきょとんとしているウルを見た。


「と、いうことなんだけど、ウルの意見を聞かせてくれ」

「意見、ですか」

「何も俺の言葉には従わないでいい。ここがいやで逃げ出したいなら、今俺が言ったことはナシだ。やっぱりみんなで逃げ出そう。ウルの本心を聞きたい」


 言ってから、別に働かなくていいということが、ここに留まりたい一番の理由でもないことに気付いた。


「みんなで一緒にいられるような場所に、俺はいたいんだと思う」


 それが今の俺の一番の本心なんだ。


「……あなたの、そばがいいです」


 ウルは顔を上げて、まっすぐな目で俺を見て答えた。


「あなたのいる場所が、私の居場所です。そこがどこでも、私は構いません。ですから、あなたのおそばにいさせてください」

「それでいいの?」

「はい」

「じゃ、決まりだね」

「はい……」


 俺が笑うと、ウルは少し恥ずかし気にうなずいて笑い返した。

 よく見ると少し涙ぐんでもいて、だけどとてもいい笑顔だ。うん、提案してよかった。


 それからウルは、真面目な顔に戻ってアシュリーとクローディアに向き直った。


「ということでミルさん、オクターヴさん――いえ、クローディアさんにアシュリーさん」

「えっ、まさか……」


 クローディアの顔が引きつる。


 ウルはよどみなく頷いた。


「裏切ります」

「こ、ここまできて!?」

「私は教団に残るので、逃げたかったら勝手にどうぞ」

「せっかくレーシィちゃん……ウルちゃんがいろいろ手配してくれてここまできたのに?」

「はい。といっても私の計画は扉が開かなかった時点で失敗でしたが」

「こ、この選択で大失敗決定だよ!」


 クローディアは取り乱しているようだが、アシュリーは苦笑しながらうなずいた。


「まあ、最終的に家に帰してくれるならもう少し付き合ってもいいよ、僕は。……そうするしかないだけなんだけど」

「…………」


 クローディアは泣きそうな顔で無言のまま俺をにらんでいた。小動物が警戒しているような感じであまり怖くはないんだけど。

 これは完全に嫌われたかな。

 まあいいか。


「広間の信者たちにはどう納得させるんです? たぶん下っ端の信者のままなら幹部たちのために働かなきゃいけないし、ごろごろ生活なんてできませんよね?」


 ネミッサの指摘はもっともだった。


「そうだね。何か特別なことをして、俺たちのことを認めさせないと」


 言うは易し、だが。


 逆に考えよう。


 教団の本部で行われる集会に顔を出すのはほとんどが幹部たちだ。

 丸め込めればニート生活は約束されたようなもの。


「さて、これからが正念場だぞみんな!」


 どれだけ正念場を迎えるつもりなのこの人って目をチェルトからいただいた。

 クーファはまだ笑い転げている。


「目指せごろごろ生活!」


 そうと決まれば、広間にいる信者たちを言いくるめるために、いろいろ策を講じなければならないな。

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