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83 『流動する髄(なずき)』

 魔族――『流動するなずき』は少し生ぬるくて、ごつごつした小石のような固形物が混じっている。


 それがたまに足に当たったり踏んづけたりして、正直心地はよろしくない。


 魔族は何かしら敵対行動をとるかと懸念もしたけれど、ドロドロが流れるだけで俺に攻撃を加える様子はない。


「ぬあああっ!」


 樹木の中に閉じ込めていたアデルバートさんは拳で樹の壁を破壊して出てくる。

 武器をしまい、内側から幹をよじ登って魔族から逃れながら、素手で樹木をなぎ倒していたのだ。


 この人裸一貫の方が強いんじゃないか。血筋かな。


「アデルバートはウル様たちを追え。広間へ向かっていったはずだ」

「はっ」


 させるか!


 アデルバートさんの前に立ちはだかろうとしたけれど――


「ぬおっ!?」


 雷侯の操る黒い鱗に邪魔をされた。

 左腕代わりにしていた鱗を増殖させ、壁のように俺とアデルバートさんの間に隔たりを作る。


 左腕から切り離されても、黒い鱗の壁は残っていた。


 雷侯の前じゃ、さすがによそ見なんてできないか……。


「……どうするのよ稀名」


 チェルトが俺のすぐ後ろで、左腕の義手を抱えながら尋ねた。


「とにかく雷侯の攻撃をかわしながら、アデルバートさんを追いつつ上に逃げる。チェルトは小太刀の中に」

「できると思うか?」

「――っ!」


 雷侯は増殖させた左腕をさらに長く巨大にし、蛇のようにうねり、しならせながらこちらにぶつけてくる。

 すんでのところで飛びのいてそれを躱す。


 ――武器を一つ奪ったとはいえ、まだ雷侯は無傷だ。

 対して、俺はようやく先ほど負った傷が完全に癒えたところ。

 雷侯にはまだ、右腕に宿した黒竜の精霊兵器が残っている。


 がりがりと何かをひっかくような音がする。


 見ると、雷侯が黒い鱗で作った左手で、右腕の義手を強くかきむしっていた。


「さっき『流動するなずき』と言っていたけれど……魔族は個体ごとに名称があるのか?」


 所々破壊され、不安定になったエントランスに立つ。


 すでに一階は『流動する髄』で完全に水没し、俺のいる場所も膝の下までつかるくらいになっていた。


「それはそうだ。もっとも、まだこれは不完全ではあるがな……」


 雷侯は魔族を『これ』と言った。

 さっきから、まるで自分たちが魔族を支配しているみたいな言い方だ。


「完成には、まだ材料が足りないな」


 教団が魔族に従っているものとばかり思っていたけれど――思い違いをしていたのだろうか。


「まるで自分たちで魔族を作っているような言い方じゃないか」

「そうだ」


 雷侯は何のてらいもなく、ごく自然に答えた。


「人工精霊『バディ』――それが教団の中で呼ばれている名称だ。魔族や魔王軍の存在など、教団が流布したでっち上げに過ぎない」

「なん、だって……!?」


 言った拍子に、ついに集中力が底をつく。

 限界だ。

 自分にまとわりつく風は凪ぎ、汗がどっと噴出してくる。


「言い当てておいて『なんだって』とはご挨拶だな!」


 俺の動揺を見逃すような相手じゃない。

 雷侯はまた増殖させた黒い鱗の質量で俺をつぶそうとする。


 小太刀と鞘でそれを受ける。

 右にいなしながら、転がってどうにか難を逃れた。


「人工精霊ってなんだよ……魔王軍が実在しないってどういうことだ!? 全部お前と教団が仕組んだことだっていうのか!?」


 魔族を――自分たちで作っていたっていうのか……? あんな巨大なものを?


「そうだと言っている。精霊を人工的に作り出す――それが教団の目的の一つでもあるのだから」

「なぜそんな……!」

「なぜって――」


 いきなり、雷侯がしゃべっている途中で膝をついた。

 泥の中にうずくまるような体勢になり、ばしゃりと『流動する髄』がはねる音がする。


「……!?」


 雷侯は頭を押さえながら、混乱する目を俺に向けた。


「意識が、遠のく……貴様、何か、やったな……?」


 間一髪、ようやく俺の風が効いてきたようだ。


「話しながら、少しずつ風をお前に送り続けていたんだ。今お前の意識の深度は昏睡状態に近くなっているはず」


 雷侯にばれないような微弱な風をこっそり吹かせて、雷侯の意識に介入した。


 眠らせて縛り上げておしまいだ。


「あとでいろいろ聞かせてもらうよ」


 雷侯は隊長さんに直接引き渡すとして、今は脱出のことだけ考えよう。


「なるほど……にわかに襲ってきた、この頭の奥が抜け落ちるような深いまどろみは貴様の仕業か」


 雷侯は右腕を爪のように鋭くすると、躊躇なく自分の右腿に爪を立て――肉の一部をえぐりとった。


「ぐああああっ」

「何やって……」

「――ただの眠気ならば、これで問題はないはずだ!」


 雷侯は血で染まる右足を気にせずに立ち上がった。

 まさか、痛みで眠気を上書きして意識を強制的に戻したのか!?


「そ、そこまでする?」


 たじろいだ俺をみてとって、雷侯は眠ったままの少年や信者たちの方を向く。


「いつまで寝ている?」


 雷侯は、少年の一人にえぐりとった自分の肉を投げつけた。


 びしゃりと血を飛び散らせながら、肉は少年の顔に張り付く。


「ひっ!?」


 次々起きる少年たちは、目を開けたと同時に悲鳴を上げてひるんだ。


「バディの魔力の礎となるがいい。きみたちの魂はバディの中で永遠に生き続けるだろう」


 雷侯に威圧されると、信者や少年たちは一斉に背筋を伸ばし、


「よ、喜んでこの命を捧げます! すべては我らが王のために!」


 やや躊躇しながらも、階段下に飛び降りるように、次々に『流動する髄』の泥の中に身を投げていった。


「ちょっ、なにやってんだ!」


 俺は慌ててツルを使っておぼれ死のうとする信者たちを掬い上げる。


「本当やばい集団だなぁ」


 信者たちはツルで縛り上げて一時的に天井に張り付けておくことにする。

 もがく信者たちだけど、アデルバートさんみたいなのじゃない限りは拘束できるはずだ。


 ――そして信者たちを助けながら、思い至る。


「でも、まさか、さっき言ってた不完全っていうのは……」

「まだ魔力を十分に取り込んでいないのだ」


 雷侯はうなずいて言った。


魔法師マホツシによる長年の研究で、バディの製法はだいたい確立された。必要な材料は魔法陣と、自然や大地の魔力……つまり土などの自然物の魔力と、新鮮な生物の魔力だ」

「生物の、魔力……!?」


 まさか、さっきからごつごつ当たる小石みたいなのは――


「生物が死ねば魔力は徐々に空気中に溶けていく。死んだものをすぐ沈めても魔力は吸収されるが、なるべく生きたまま沈めて、バディに新鮮な魔力を届けなければならない」


 骨、なんじゃないか? もしかして。


 流れの中で骨が河原の石のようにぶつかり合って、ごつごつした表面が削れて石のような形になったのではないか?


「とくにこの個体は、ほかの個体と比べて強力な特別製だ。純度の高い魔力をもっと与えなければいけない」

「まさか、純度の高い魔力って……!」

「そうだ。『流動する髄』は、『六人の愚臣』の魔力を飲み込んでようやく完成する! 特別魔力の高いウル様は、どうしても生きたまま『流動する髄』の中に沈めなければならない!」

「!」

「上に逃げていればいずれバディの流入は限界になって止まると思っているだろう。甘いな。魔族は屋敷をすべて埋めるように作ってあるし、屋敷もくまなく魔族で埋まるように作ってある」

「最初から、魔族……バディの魔力の一部にするつもりでウルたちを監禁していたのか!」


 肯定するように、雷侯は口元を釣り上げて笑う。


「最高の精霊を作るためだ。私も心苦しい」

「嘘つけ。そもそも人工精霊って、チェルトたちとは似ても似つかないじゃないか。完成したところでこんなの精霊じゃないだろ」

「研究段階だがれっきとした精霊だ。……そして、話を長引かせて少しずつ準備していたのは貴様だけではない」

「!」


 『流動する髄』はついに腰あたりにまできた。


『稀名、なんか周りに黒いのが浮いてる!』


 小太刀の中に入ってもらっていたチェルトに言われて水面を見た。


 ドロドロの中に、何か、黒い藻のようなものがたくさん混じって流れている。


 黒い鱗の塊だ。

 相当な数だった。


「すでに黒竜の鱗は、『流動する髄』の流れに乗りながら貴様を取り囲んでいる!」


 最初に取り囲んでいた黒い鱗の壁から、泥に流れる黒い藻から、一斉にこちらに向けて触手のようなものが無数にまっすぐ伸びてきた。


 太さも千差万別、共通する特徴は、あまり先端が尖っていないところだろうか。

 それが四方八方から猛スピードで俺に迫ってくる。


 圧搾するようにすり潰して殺すつもりだ。人工精霊バディに吸収されやすくするように。


「くっ、くそっ!」


 『流動する髄』のせいで、まるで浅いプールの中を走るみたいに、すばやく動くことができない。


 泥のない上に逃げるか?

 それともあえて潜って下に――いや、そもそも自在に黒鱗を動かせるならどこに逃げても追尾される。

 くそ、限界深域マージナルゾーンが切れてなければ、もっと早くに攻撃の意図に気付けたし冷静に対処できたのに!


「挽き潰れろ! 神無月稀名!」


 視界が黒に塗り替えられる一瞬。


 バキバキと骨の砕けるような音。


 泥に混じって、俺の血液がぞっとするほど大量に流れていく――。

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