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82 とある屋敷の脱出経路

 ――放電が来る!


 タイミングを計って、俺は目の前に樹木の壁を作る。

 瞬間、稲光が迸って壁越しに衝撃が伝わった。直撃したところから木が燃え上がる。


 雷侯の周りに複数の魔法陣を展開する。

 四方から雷侯に向けて伸びる樹木は、雷侯の右腕から盾のように増殖してきた黒い鱗で防がれた。

 切り裂かれるように割られた樹木の一部が階段や屋敷の内壁を破壊する。


 階段を上る途上で立ち止まり、俺は焼け焦げた樹木から雷侯を見据える。


「雷侯! よくもケルピィを!」

「役立たずは速やかに死ぬべきだ。あんな何の魔法も使えないような駄馬、兵器にもなりはしない。足を引っ張るだけだ」


 黒い鱗の隙間から、涼しい顔で雷侯は答えた。

 しかし引き付けるっていったってどうすりゃいいんだこれ……。

 勢いで言ってしまったはいいけども。


「チェルト、ちゃんといる?」

『いるわよ』


 チェルトは小太刀の中に入ってくれている。


『稀名、たぶんあの馬生きてるわよ』

「あ、そうなの?」

『まだ魔力は残ってる。だいぶ弱ってるみたいだけど……回復のためにウルのところまで戻ったんじゃない?』


 なんか水になって四散したように見えたけど、そうか、生きてるのか。


 さすがしぶといな。


「とにかくウルをクーファたちと合流させる」


 そのためには――まず雷侯を階段の踊り場から引きずり降ろして進路を確保する。


 ここから上に上がるルートしか広間への道はない。

 だから雷侯にはどうしてもそこからどいてもらわなければならない。


 ウルたちは順調に信者たちを倒していく。

 雷侯は自分から動きそうもない。電撃の伴った左腕を構えて、俺が飛び出してくるのを待っている。


「なぜ来た?」


 様子を見ていると、雷侯は静かに、圧迫させるように語りかけてくる。

 帯電する左手で牽制したままだ。


「ウル様を取り戻してどうする? 『まつろわぬ王と七人の家臣』の伝説がある限り、世界はウル様に優しくはならない。ここに閉じこもっていた方がずっと安全で幸せだろう」

「気にしない人もいる。それに『六人の愚臣』にまつわる特徴なんてビルザールに限った話じゃないか」


 こうして木々に隠れているが、ここでじっとしていてもウルが言っていた黒い鱗での射撃は出てこない。


 なぜ使わない?


 使えないのか?

 それとも思いのほか威力は低くて、木で防御できるほどの貫通力なのだろうか?


「理解できないな。ほかの国なんてとっくに衰退して人の住めないような状態になっている。生きるにはこの国に留まるしかない」

「そういう問題をみんなどうにかしようとしているんじゃないか!」


 俺は意を決して飛び出した。


 すぐに雷侯の左腕が反応する。


 わかっていた。

 攻撃がわかっているなら対処はできる。

 俺は雷侯の左腕がピクリと動いとのと同時に、手に持っていた小太刀を手放した。

 数メートルほど離れた位置で、ツルを使って雷侯を指すように向ける。


 迸る雷光。

 雷撃は、吸い込まれるように小太刀の切っ先へ。


「――!」


 うごかなかった雷侯の眉が、ぴくりと動いた。


 ……小太刀を避雷針替わりにした。小太刀は思いのほか丈夫のようで、雷を受けてもほとんど損傷はみられなかった。

 俺は耳鳴りとちかちかする目を気にしながら小太刀の鞘だけを持って雷侯の手前まで接近する。


 鞘を『森羅創生ロウダンデ』の樹木で覆って剣のようにする。

 柄を両手で持てるようにし、体重を乗せて木の剣を振るう。

 雷侯が黒い鱗ですぐに大剣を作り、俺の剣を受け止めた。


「ウル様の居場所はここにしかないとなぜわからん……!」

「それを決めるのはお前じゃないだろ!」

「あのカリスマと行動力と戦力は我々に必要だ。制御できれば、強大な力と利益をもたらしてくれる」

「結局お前の都合じゃないか! ウルは絶対に連れて帰るからな!」


 木の剣からさらに大樹を茂らせる。

 大樹の根や幹は、黒い鱗の剣を飲み込んで雷侯の腕へと伸びていく。


 樹が届く直前、雷侯は剣を手放して踊り場から跳躍し、黒い鱗を針状にして飛ばした。

 とっさに剣の刀身を広げて体の大部分は防げたが、肩と足に一本ずつ針が被弾する。


「ぐっ!」


 階段の足場にも針が直撃していた。俺のいる場所から、がらがらと足場が崩れていく。


 雷侯と一緒に下のフロアへ落下する。


 衝撃で体を打ちながら転がる。

 傷から血も飛び散り激痛が走るが、しかし雷侯を階段から引きずり下ろすことができた。


「ひとつ提案がある」


 膝をつく俺を見下ろす雷侯。


「仲間ともども正式に教団へ入れてやろう。そうすればウル様と一緒にいられるぞ」

「お断りだ」


 傷がみるみるうちに修復していく。


 チェルトのツルと俺の樹木が所々に生い茂り、室内は変な芸術家が描きそうなやや退廃的な雰囲気を醸す奇抜なジャングルへと変貌を遂げていた。

 すでにこの場所の環境は整っている。霊樹の加護は効力を発揮できる。


「そっちこそ魔族の情報を俺に教えてくれない? お金になるみたいなんだよね」

『ウルたちは無事に逃げてくみたいよ』


 チェルトに言われて、フロアを横目で眺める。

 十人の信者たちは全員倒れ伏していた。

 階段には、入れ替わるようにしてウルたち三人が移動を開始していた。


「教団に入って幹部にでもなれば、そのような情報は自ずと入ってくる」

「それはさっきも言われたな……」


 ツルで運ばれてきた小太刀を受け取り、剣を鞘に戻す。

 ウルとクーファたちの合流は助けたし、次は進路の確保だ。

 ちょうどよく、雷侯の背には偽物の扉。一緒に破壊して外に出させてもらおう。


「うちは大規模な組織で、働き分の報酬は払うし悪くはない稼ぎだと自負している。実力主義で年齢や経験関係なく活躍でき、いい結果を出せればその分はちゃんと評価される。先に入信した者を短期間で追い越すことだって可能だ。実力があればすぐにでも幹部クラスになれるだろう。希望の休みがあれば事前に申請することで、できる限りの配慮はされる。入って損はないはずだ」

「企業の説明会みたいになってんぞ」

『きぎょう?』


 死ぬ危険性があるってそれだけでブラックじゃないか。そもそも存在がブラックだし。


「国と敵対する神無月稀名が入ったとなれば、信者たちの士気も上がるだろう。組織のこれからの将来性もある。むしろ入るメリットしかないはずだ」


 雷侯は黒い鱗を飛ばしてくる。足元に攻撃が集中しているところをみると、まず動きを封じるつもりだろうか。


「だからお断りだってば」


 俺はばらばらと広範囲に飛ばされるそれを極力小さな動きでかわしていく。


「ならば仕方がないな」


 足元の床に刺さっていた黒い鱗が、いきなり針状に変形した。


「!」


 ――これは、これも避雷針か!?


 床中にばらまかれている黒鱗すべてが針状になって屹立し、根元はいつの間にか細い針金のようになり、床を縫い付けながら針同士をつないでいた。

 針にいったん電撃を当ててから、床につないである繊維状の黒い絨毯へと流すような仕掛けだろう。


 回避しきれないほどの広範囲だ。


「死んでもらうしかない」


 雷侯が黄色い羽毛の生えた左腕の義手を構える。


 ――が、左腕から雷が放たれることはなかった。


「雷撃が放てんだと!? どころか、義手の動きが鈍い……!?」

「さっきナイフ型の霊符を拝借して、こっそりツルで義手に括り付けておいた」


 ウルが天井に飛ばしていた二本のうちの一本である。

 一本じゃさすがに全身の拘束は無理だったが、隙は十分できた。


 距離を詰める。


「くっ――!?」


 距離を取ろうとする雷侯は、しかし何かに押さえつけられているかのように動かなかった。

 いつの間にか床を濡らしていた水が、雷侯の足を掴むようにまとわりついて止めていたのだ。


 水はだんだん小さい馬のような形を成してくる。


「へへっ」


 半分くらい液状化したケルピィが、雷侯の足を押さえて不気味に笑っていた。


「お望み通り足を引っ張ってやったぜ。感謝しろよ駄人間」

「この駄馬がぁっ!」


 俺は懐に入り、小太刀の切り上げで伸びていた左腕の義手を切り落とす。

 砕かれたように床に転がる、雷を放つ方の義手。


 もう一撃!


 入れようとして、後ろから黒い針が飛来したのを察して、俺はとっさに飛びのいた。


「ナイス駄馬」


 距離を取った俺は、床でぐったりするケルピィに親指を立てる。


 ケルピィはつまらなさそうに舌打ちをした。


「うっせえクソ無職。あーだりぃ。死にそうだしそろそろ戻ってウル様と一体化するわ」

「その言い方やめろ」

「ふん」


 さわやかに口から血反吐を吐いて、ケルピィはまた水に戻って床にしみこむように消えた。


「やむを得なかったとはいえ、予定にないことをしてしまった」


 雷侯の表情に焦りが見え始め、しきりに自分の背後を気にしだした。


「――お前のせいだ。壁に穴をあけてしまったじゃないか」


 壁には、黒い針が何本も突き刺さっていた。


 壁は突き刺さっている場所からヒビが入り、やがて崩れて、泥のようなものが流れ出す。


「壁の外に……泥?」


 崩れた穴はどんどん大きくなり、泥が屋敷内に流入してくる。よく見れば石のような固形物も混ざっていた。


 この屋敷は泥に埋まっていたっていうのか?


 階段を上がって上の階へと逃げる。

 倒れている信者たちも、ツルを使って二階に上げた。


「チェルト!」

「うん、もうやってる!」


 チェルトには、破壊した左腕の義手を拾ってきてもらった。


「泥ではない。これも、お前らが『魔族』と呼んでいるものだ」


 黒い鱗を足場にして、雷侯も上に上がってくる。


「ウルたちが閉じ込められていた屋敷は……魔族の中にあったってことか?」


 このどろどろした不定形も魔族だっていうのか。


「そうだ。この個体は『流動するなずき』と呼んでいる」


 魔族の大きさが屋敷の容積に対してどのくらいかはわからないが、一階二階くらいは余裕で埋まりそうだ。とにかく上に逃げないと。


 しかし自分の意思で屋敷の中に入り込んでいるのだとしたら、いずれ屋敷は魔族で満たされてしまうってこともありえるか。


 ――だとしたら、まずい、早く霊符でこの屋敷から出なければ。

 雷侯の言う通り、本当にここには秘密の出入り口など存在しないんだ。

 屋敷そのものを魔族で覆って閉じ込めているせいで、移動用の霊符がなければ二度と外には出ることはかなわない。


 逃げたかったけれど、どうやら雷侯がそれをさせてくれなさそうだ。


 雷侯は黒い鱗を増殖させ、なくなった左腕を形作った。


 二階も足首がつかるくらいに浸水してくる。

 泥のような液体状の魔族が流れる異常な空間で、それでも雷侯は殺気のこもった目で俺を見据える。

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