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81 ウィズヘーゼルの真実

「ケルピィさん……!」


 力なくぐったりするケルピィを見上げながら、ウルは小さく声を上げた。


 雷侯はゴミでも捨てるようにケルピィを床に叩きつける。

 ケルピィは全身が水になって飛散すると、床に広がるように溶けていった。


「くそっ!」


 悲しんでいる余裕さえもない。


「ウル様以外の人間は殺して、使えそうな精霊は生きたまま捕らえろ。いくらウル様の使い魔とはいえ逃走を幇助するようなのは許容できない」

「はっ」


 雷侯は、どうやら部下にやらせて自分は階段の踊り場で高みの見物をするようだ。


 いや、それが一番いいのかもしれない。

 乱戦のどさくさに紛れて逃げる者をすぐに見つけられる。


 俺は三人を守るように前に出た。

 一歩遅れて、ウルも同じように前に。


 信者たちが迫りくる。


「なぜ『篝火かがりびの兄弟団』のメンバーが信者に紛れているんだ……!? パトリック・ラザフォード様の私兵団がなぜここに……?」


 金髪の美少年は後ずさりながら、震える声でつぶやいた。


 美少女の方はさらに小さくなって美少年の後ろに隠れる。


 四人の信者の少年たちが、一斉にナイフを投擲する。

 以前投げてきた、ナイフ形の霊符である。


 すでに俺の意識は、限界深域マージナルゾーンによって超集中状態にまで達している。

 文字が刻まれているナイフの刀身を俺は見据える。


 すばやく二本分、最低限の力で迅速に文字の上に傷をつけて叩き落した。


 もう二本は、ウルが風を操る魔法『ウインドブロウラー』で俺の風を圧縮しナイフにぶつけて吹き飛ばす。


 ……風で吹き飛ばしたナイフは天井に刺さり、床に落ちた霊符の効力は発動しない。


 事前にネミッサから講義を受けた通りだ。


 霊符への対策は、破壊するほかに、魔力の高い者が文字を書き加えたり削ったりして言霊としての意味を失わせるというのもある。

 単純に破壊してもいいんだけれど、言葉の意味を上書きする方が弱いエネルギーで最大限の効果を得られる。


「フォローは任せたよ、ウル」

「はい」


 予備のナイフを取り出して投げようとする少年たち。


 ナイフはウルを連れ去った時に俺たちを拘束していたのと同じ術式の霊符だ。

 同じ手を何度も通すわけにはいかない。


 四人の少年たちを矢継ぎ早に眠りに落とす。――が、残っていた五人目の信者に懐に入られていた。


 先端に幅広の剣が取り付けられている小ぶりな盾を両手にそれぞれ持った、上半身裸の大男だった。


 剣は何か茶色く細長い筋が所々に這うように走り、盾の部分は黒い染みのような模様が浮き出ていた。

 何かと無理やり合体させたかのような不自然な意匠――間違いない、武器が精霊兵器になっている。


 突き出された剣付きの盾をどうにか小太刀で受ける。


「――!」


 受け止められたのが意外だったのか、大男は目を見開いた。


「……加勢は必要か?」

「いえ、すぐにでも首を並べてごらんに入れましょう」


 雷侯の問いに、大男は答えた。


 見たところまだ若い。浅黒い筋肉質の肌、そして図体のでかさと全身からあふれるような闘気。


 ……顔はあまり似ていないが、雰囲気はどことなく、ウィズヘーゼルの騎士ガルムさんに似ていた。


「あの、あなたはもしかしてアデルバートさんでは?」


 盾を受け止めながら、俺は大男に語りかける。


 ガルムさんの息子アデルバートは、ネミッサとの戦いに敗れたあと行方不明になっていると聞く。


「その名はすでに過去のものだ」


 大男は全身に力を込めると、力任せに腕を振り切った。

 俺は押されて飛びのくように後退する。


 うん……この剛力と戦い方はたぶん間違いないな。


 俺と立ち代わりで前に出たウルの炎が風に乗って大男へ迫る。


 大男、もといアデルバートさんは両手の盾を前に向ける。

 そんなもので炎の熱は防ぎようもない――はずだったのだが、炎は見えない壁にでも突き当たったかのように大男まで届かなかった。


 なんだ……? 炎が届いていない?


「あなたが教団にいるということはウィズヘーゼルの結界壊しも――」


 ウルと交代するように前へ出て、ツルの魔法――イワトガラミを使う。


「俺が魔法師に命じてやらせた。町を整備するという名目で建てた新しい施設に霊符を混ぜてな。そして罪はすべてネミッサ・アルゴンに押し付けた! ネミッサとその精霊と戦ってわざと敗走したのも、ウィズヘーゼルの民たちにネミッサへの恨みを持ってもらうための演出だった」


 縛り上げようとしたツルは、やはり掲げた盾の手前で止まる。


 ローコクの魔族退治の時に見たのと同じ現象だ。

 あの時も、空気を凍てつかせる魔族の踏みつけを両手の盾で防いでいた。


「どうしてそんなことを」


 言いながら観察する。

 ――ツルは盾までは届いていない。直接盾に触れる前に止まっている。

 見えない何かに阻まれているように。


「すべては我らが王のために!」

「王?」


 というと、魔王軍の親玉とかだろうか?


「我らが王の理想こそ我が理想! 雷侯の言葉こそ我が至高!」


 明らかに周りが見えていない、正気の薄い瞳。

 教団に洗脳でもされているのか……。


 この人の勢いをとにかく削がなければ話は聞いてくれそうもないな。


「『ヌル・ヌッチャル』!」


 試しに出したヌルヌルした液体は、やはり盾の手前で見えない壁に張り付くようにしてぶつかって飛び散る。

 やはり何もない空間を固めるとかして操っているようだ。


 たぶん空間操作か何かだ。

 風で眠らそうとしても、風はアデルバートさんまで届かない。


 おそらくどんな攻撃だろうと同じだ。

 盾に少しの傷さえつけることはできないだろう。


 固めた空間を今度は足場にして、アデルバートさんは距離を詰めてくる。

 頭上からの強襲に、逃げるように飛びのく。


 どうやら空間操作は盾の周囲一、二メートルほどの短い範囲だけのようだ。なら――。


「『森羅創生ロウダンデ』!」


 アデルバートさんの足元の近くから魔法を発動させる。

 戦いながら推し量っていた、空間操作の及ばないギリギリの境界だ。出力は極力絞る。


「何っ!?」


 床から急激に伸びてきた樹木はアデルバートさんを隙間なく囲うように天井まで伸びた。


 防がれる前に樹木の壁で閉じ込める――これで間接的に無力化できる。


 内側から樹木を突くような音がする。

 どうやら防御に特化した精霊兵器では簡単に破壊できないとみえる。


「ガルムさん心配してましたよ! こんなことやめて帰ってあげてください!」


 聞こえているのかいないのかアデルバートさんに向けて叫んでみるが、返事はなかった。


 疲れてきたけれど、休憩している暇はない。


 どたどたと足音が近づいてきたと思ったら、階段を上がった先から戦闘員らしき信者たち十人ほどが駆け付ける。俺が来たのとは別の扉からだ。


「ぬおおおっ」


 見張りに立っていた沼の民たちが、追われて先にこちらに雪崩れ込んできた。


「敵が来たぞ!」


 丸太は信者たちから逃げながら俺たちに向かって叫ぶ。遅いよ。


「来たっていうか連れてきたな。むしろこっちはもう戦ってるんですが」

「稀名ではないか、久しぶりだな」


 あっという間に信者たちに囲まれる。


 限界深域マージナルゾーンで高めている集中力の限界が近い。その他大勢に構ってはいられない。


「ウル、ほかの信者たちは任せていい? 信者たちをどうにかしてから、隙を見て広間にいるクーファたちと合流して脱出するんだ。雷侯は俺が引き付けておく」


 呼吸を整えながら言うと、ウルはうなずいた。


「わかりました」

「合流したら、俺のことは構わずにとにかく逃げるんだ」

「必ず戻ってきます。……あの黒い鱗は盾にしたり飛ばすこともできるので、雷ともども注意してください」

「なるほど」


 いいことを聞いた。ウルも大人しく捕まっているだけではなかったらしい。


「……本当に雷侯はお任せしてもよいのですか」

「大丈夫、信じて」

「信じます」


 ウルに即答されて、俺はおかしくなって吹き出した。

 教団に入っておいてなんて言葉を交わしているんだ。


 ウルも信者たちを相手するには多勢に無勢だが、使い魔たちもいるだろうしどうにかなるだろう。


「僕たちもやるよ。守られてばかりじゃみっともないからね」


 金髪美少年は拳を握って構える。


「ほら、クローディアも」

「で、でもアシュリー……」

「僕の後ろで魔法使うだけでもいいから」


 少年の方はアシュリー、少女の方はクローディアというらしい。


「とにかく無理やりそのへん壊して、みんなでここから出よう」


 と俺は笑った。


 そうだ、あとはクーファたちと合流して脱出すればそれでいい。

 こそこそするのはもうやめだ。全員そろえば、もはや秘密の出入り口なんて探す必要はない。

 屋敷も潰れない程度なら、壊してしまって大丈夫だろう。


 俺はすばやく信者たちの群れを抜け、階段を駆け上がる。

 まずは広間までの進路の確保だ。


 そのためには、進路上にいる雷侯にはどいてもらわなければ。

 そしてできるだけ時間を稼ぐ。


「煩わしいな」


 階段の踊り場で動かない雷侯はうんざりそうにつぶやくと、帯電する左手を俺の方へと向けた。

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