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80 混乱と強行

 とにかくウルが来なければどうしようもない。


「本当にレーシィ様はここにいるんですか?」

「いつも集会に顔を出しておられたんだが……」


 窓口の信者に質問しても、これ以上は埒が明かないか。


『稀名、どうするのよ』


 チェルトに脳内で言われたけど、こちらも行動を起こすしかない。


 通常通りじゃないことが起きているのは確かなのだ。

 ならばこちらも救出を強行するまで。


 雷侯もこの場にいないのが気になる。

 ウルに何かあったのかもしれない。だとしたら時間がない。すぐに行動するべきだ。


「クーファ」

「ようやくじゃな」


 クーファは周囲にバレないように魔法を使い、銀細工で巨大な化け物を作り上げる。


 それは魔族――ローコクの手前で暴れていた、四つ足の氷を使う奴だった。


 魔族もどきは、天井と側面の壁に張り付きながら角のような頭を床に向ける。

 実物よりはややこじんまりとしているが、その姿はなかなか迫真だ。


 突然室内に魔族が現れると、にわかにどよめきの声が広がった。

 窓口の信者も気を取られている。


「これは――『バディ』!?」

「なぜ『冬日の枯れ枝』がここにいるんだ!? ローコクに送ったはず!」


 ――バディ? 送った?


 いや、今はそんなこと気にしている場合じゃないか。考えるのはあとだ。


「これじゃ足りないかな……俺が正体を明かして敵の目を引き付けるから、ネミッサはウルを探しに行ってくれる?」


 三人の愚臣が、信者たちに守られながら退室していく。


 それを横目で確認しながら言ったけれど、なぜかネミッサは不服そうに眉をしかめた。


「それ本気で言ってるんですか?」

「?」

「稀名さんが迎えに行かなくて誰が迎えに行くんですか」

「いや、でも俺が一番顔知られてるし敵の目を引き付けられるし……」

「そういうことじゃなかろう」


 とクーファまで俺の意見を否定する。


 俺の頭から、クーファが魔法で生やした髪が抜け落ちて消えていく。


「髪は元に戻しておいたのじゃ。さっさと探しに行くのじゃ」

「ウルちゃんは、きっと稀名さんに最初に迎えに来てもらいたいはずですよ。ここはコルに暴れさせますから、行ってください」


 そういうものだろうか。

 いや、風で周囲の気配を探れる俺の方が適任かもしれない。


「わかった。じゃあ頼んだよ」


 混乱を極める室内を俺は出ていく。

 直後、びきびきと室内から金属の固まる音。

 クーファが銀で入り口を封鎖したらしい。


 周囲に人がいないことを確認して、俺は小太刀のそよ風を屋敷中に吹かせた。


 ウィズヘーゼルでやったときみたいに周辺意識の同期トランスリンクで精霊の気配を探る。


 しまっている部屋内にも隙間からできるだけ入り込む。風は屋敷じゅうの壁を反射しながら、くまなく行き渡らせる。


 風を流してまもなく、いくつかの意識を掴んだ。

 思ったより屋敷内にいる人間は少ない。

 その中で魔力の高い意識を選別する。



 ――いた。

 やや散らばっているが、下の階に精霊たちの気配がある。


「チェルト」

『間違いない。沼の民たちの魔力よ』


 上の階にも精霊の気配がした。

 おそらくこちらは雷侯だろう。


 考えるのはあとだ。階段を使い急いで下の階へと降りる。


「キュウッ――じゃねえ、クソ無職の稀名か!?」


 途中で、しゃべる水棲馬の精霊……ケルピィに出くわした。しかもいきなり失礼な言いようだった。


「相変わらず口が悪いなお前」

「ふん、まさか来てるとはな。なんだ、教団のお仲間にでもなったのか?」

「助けに来たんだよ。……お前がいるってことはウルもいるんだよね?」

「ああ、この先の出入り口にウルたちはいるぞ。俺は雷侯が来ないように見張っているから早く行け」

「やっぱりのっぴきならない事になってるみたいだね」

「いいからさっさと行けウスノロ」


 吹き抜けのエントランスのようになっている場所に出る。


 扉の前に三人の白装束。教団の信者の格好をしているが――。


「誰か来たぞ!」


 河童の声で、白いローブを着た三人は一斉にこちらを向いた。


 同時に、白いローブの一人から炎が上がった。

 炎が意志を持ったように両腕にまとわりついているあれは、間違いない、ウルの『イグニッション』だ。


「ウル!」


 俺はかぶっているフードを取って叫んだ。


「――ご主人様、なのですか?」


 纏っていた炎が消えて、こちらを向くウル。


「よかった、やっと会えた……」


 息を切らしながらウルのもとに到着する。


 どうやら炎で扉を焼くつもりだったらしいけど――どういう状況だこれ? 逃げようとしていたのか?


 ウルのそばにいる二人の信者は、どうやら敵ではないようだ。ウルの味方になってくれているらしい。


 ウルと同じような歳の若い少年と少女。金髪で整った顔つきをしている二人で、きょうだいだろうか、よく似ていた。

 少女の方は、おびえたような顔で少年の背中に隠れる。

 少年の方は俺を見て少し警戒していた。


「とにかくウルが無事でよかったよ。雷侯にひどいことされてない?」

「大丈夫です。でもどうして……」

「そりゃウルを連れ戻すために。俺だけじゃない。ネミッサやクーファも来てるよ」


 喜ぶと思って言ったが、しかしウルは悲しげにうつむいた。


「そんな、でも、私は、ただの奴隷で……私なんかのために、ご迷惑をおかけしてしまって……」

「誰も迷惑だなんて思ってない」

「私のこといらないわけじゃ……」

「ウルのことが大好きだからここまで来たんじゃないか」

「……!」


 考えるより先に言葉が出ていた。

 俺は、うつむくウルを見つめながら微笑む。


「みんなウルが戻って来てくれるのを待ってる。ウルが無事に帰ってきてくれるのを待ってるんだ」

「私は……」


 ウルはようやく顔を上げた。


 けれど、その瞳には大粒の涙が今にも零れ落ちそうなくらいにたまっていたのだった。


 し、しまった……。

 またやってしまった。

 レルミットの時といいどうしてこうやらかすんだ、俺は。


「私なんかが、帰ってきていいのですか?」

「一緒に帰ろう。……まあ帰る家はまだないけど、待ってくれている場所ならあるから」


 傷つけてはいないと思うんだけど……女の子に泣かれると困るなぁ。


「え、ええと、あ、ほら、お土産もあるんだよ」


 動揺を隠すように、俺は今は無きウィズヘーゼルの出店で買っていた安物のブレスレットを取り出した。

 手枷のあるほうの手にそれをつけてあげる。

 鉄の手枷が味気ないかと思っていたけど、これで少しはごまかせるのではないだろうか。


「むしろウルこそ、俺が迎えに来て迷惑じゃないかって少し思う」

「そんなことは! ……ありがとうございます、こんなものまで。私にはもったいないです」


 ブレスレットを大事そうに胸に抱くようにすると、改めて俺の全身を観察するように見た。


「しかしその格好は?」

「ふっふっふ、俺は魔法少女になったのだよ」


 言いつつ、俺は恥ずかしくなって慌ててローブで前を隠した。


 やや苦笑いぎみのウル。


「た、大変お似合いです……」

「そこはツッコんでくれていいんだぞう」


 どうもしまらないなあ。


「レーシィさん、彼はもしかして?」

「はい、私のご主人様です」


 ウルは頷いて俺を二人の信者に紹介する。

 金髪の美少年のほうは俺に対する疑いが晴れたようだが、美少女のほうはまだ少年の背中に隠れたまま無言だ。


「説明はあとにして、クーファたちと合流して暴れまわって屋敷ぶっ壊して外に出ようか。……チェルト」

「今調べてる。少なくともこの扉は開かないわ。ただの偽物。扉のように見せているだけ」


 言いながら、チェルトは手足から細いツルを根のように伸ばして、屋敷内に張り巡らせているところだった。


 扉や屋敷内を調べて、脱出経路を絞ってもらっているのだ。


「偽物か……」


 壊せなくはないと思うけど……さて、どうしたものか。


「稀名、私は?」

「何が?」

「いや、やっぱいい」


 チェルトは不機嫌そうに顔をそらした。


 何が言いたかったんだ?


 などとしばし考えていたら思い至ることが。


「ああ、えっと、もちろんチェルトのことも大好きだよ? ってこと?」

「遅い! すぐ言ってほしかった!」


 余っていたツルの触手でベシッと背中を叩かれた。痛い。

 なんなんだよもう。


「それで、出口は見つかりそうかな?」


 と金髪の美少年は真剣な表情で、しかし穏やかな語調で俺たちに訊いた。

 俺は頷くことはできない。


「俺もさっき風で調べてみたけど、外に通じているような場所は見つからなかった。少なくともここは、密閉されているどこかみたいだ」

「なるほど、最初からまともな出入り口はなかったのか」


 美少年は思案顔でうなずいた。


「……どうやらきみはただの変態じゃないみたいだね」

「これは変態じゃなくて変装だからね?」

「さっき感じた風はきみの魔法か何かだったのかい?」

「そんなところ。……残念だけどこの屋敷は完全な密室だよ。巧妙に隠された秘密の出入り口とかがあるんじゃないかな」

「――そんなものはない」


 ふいに上の階から声が聞こえた。


 すぐにその声の主はわかった。


 ――踊り場に、雷侯の姿があった。


「そしてネズミに居場所など与えん」


 手には何か動物の死体のようなものをぶら下げていた。

 右腕で頭部を鷲掴みにしながら、床に滴る血を気にしようともしない。

 その小さい馬のような動物は、時折痙攣しながら力なく血だらけの脚をだらりとさせていた。


「ケルピィ!」


 雷侯に追従するようにして、何人か白いローブの信者が駆け付ける。


 見覚えがある。魔法師の少年たち四人と、ローコクで見た私兵団にいた上半身裸の大男だ。


「ウル様以外は殺しても構わん」


 雷侯が指示を出すと、信者たちはすぐに動いた。


 もうこの前のようにはいかない。ウルは絶対に連れて帰る。


 俺は小太刀を抜いて、自分の周囲一帯にそよ風を起こす。

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