78 奪還作戦当日
ウルが連れてかれてから二十一日目の早朝。
――定例集会当日、つまりウル奪還作戦の決行日、俺たちは窓口の信者の家に集合していた。
見送りするとか前日に言っていたレルミットは熟睡して起きないので置いてきた。
「余計な人数が増えているようだが?」
眠そうにあくびをするクーファを見て、窓口の信者は指摘した。
チェルトは小太刀の中にいてもらっているので、ここであの場にいなかったのはクーファだけだ。
「まあまあ、彼女も魔法使いなのです。私の代わりということで、ここはお願いします」
隊長さんはまた窓口の人に賄賂を贈呈。
お金のない俺たちを今日まで宿に泊めてくれたりして、隊長さんには頭が上がらないな。
だからこそ、何かしら結果を出さないといけない。
プレッシャーが……。
「代わりなら仕方がないな」
無表情で頷き賄賂を懐にしまうと、窓口の人は床にチョークで魔法陣を描き始める。
この人も魔法師だったのか。
出来上がった魔法陣にお札を乗せると、魔法が発動した。
長方形に切り取られたような穴に、ここではないどこかが見える。
豪奢な屋敷の中のようだ。
一瞬でどこかに移動する魔法――ネミッサがその魔法陣と霊符を記憶しようと凝視しているのが見て取れる。
一気に緊張してきた。
俺の正体と思惑がバレたらおしまいだ。慎重にいかないと。
「では行くぞ」
窓口の人の指示で、俺たちはその穴の中に入った。
穴を通っていくと、大広間にはすでに多くの信者が待機していた。
暗いブラウンの絨毯が敷かれた小奇麗でだだっ広い空間だった。窓はない。
信者たちが話したりしているせいか、室内は少しざわついていた。
ウルは……まだ来ていないみたいだ。
「ここはビルザールのどのへんなんです? ていうかビルザールなんですか?」
「詳しくは教えられん。――が、結界の範囲外にある場所とだけ言っておこう」
結界の範囲外……国外か? それとも国内に結界の守り切れていない場所があるのだろうか?
「詳しく教えてくれません?」
「この教団内で成り上がれば情報は開示されていくだろうな。知りたかったら教団によく貢献することだ」
「実力がすべてってことですか?」
「そういうことだ」
広間を通り過ぎた先の個室でもろもろの登録手続きをし、白いローブと霊符が支給される。
それから、教団や『まつろわぬ王と七人の家臣』について自分たちの信じるものがどれほど正しいか、軽くガイダンスを受けた。
渡された霊符は光るだけのものだが、これが光った時は魔法師や戦闘員たちの緊急招集の合図になるらしい。
「ではこのあと集会があるのでそれに出席するように」
「教団は……魔族と手を組んでいるんですよね?」
白いローブを羽織りながら、俺は窓口の信者にズバリ尋ねた。
「それも教団に貢献して理解することだな」
何か含みのある言い方で返された。
くそう。下っ端には何も教えてくれないのか。
「そうですか。が、がんばろーっと」
窓口の信者に苦笑いを返しつつ、ネミッサに目配せをする。
こくりとうなずくネミッサ。
ネミッサにはこっそりバンナッハを床下に潜らせてもらった。
山から生まれた精霊であるバンナッハは、土の中を自由に移動することができる。
地中を通って地表へと行ければ、外がどうなっているか、あわよくばどの地域かわかるはずだ。
「ネミッナ・ペンドラゴン、その棒はここに置いて行ってもらおうか」
ネミッナ・ペンドラゴンとは、とっさに用意したネミッサの偽名だった。
クォータースタッフはさすがに集会に持っていけないらしい。
ちなみに俺はマレコ・ミナヅキで登録したが、自分で自分の名前を忘れそうだ。
「わかりました」
ネミッサは頷いて、クォータースタッフを手放した。
武器を控えられるのも織り込み済みだ。
巨大な白狼のバラムは置いていくしかないが、ネミッサの背中には青いツチノコのコルがしがみついている。
「ここ探検したいのじゃ~探検したいのじゃ~」
廊下に出ると、クーファが俺のローブを引っ張りながらわがままを言い出した。やや棒読みではあったけど。
「クーファ、大人しくしてて」
「いやじゃ~せっかくだから探検するのじゃ~」
「だめだって言ってるでしょ」
「ふえーん、ふえーん、ちょっとだけでいいのじゃー」
クーファは勇者ヨシ〇コの料理対決回で活躍した子役張りの匠すぎる棒演技で涙を誘う。
一応これも作戦である。
「しょうがないな……俺たちは大事な用事があるから、一人でちょっと行って帰ってこれる? 誰にも迷惑かけない?」
「大丈夫なのじゃ」
「ということでいいですか?」
キリッと顔を引き結んで窓口の信者に顔を向ける。
「だめだ」
「ですよね」
わかってたけど、にべもなかった。
広間に戻ってくると、床に魔法陣の書かれた場所まで来る。
「ではさらに移動する」
「また?」
窓口の信者の持っている霊符と反応して魔法陣が光ると、また目の前に空間を切り取ったような穴ができた。
穴の先はここと似たような広間が映し出されている。
「集会する場所は本部ではないんですか?」
「本部だぞ。こことは別の本部だがな」
「本部は二つあったんですか」
俺は奥歯を噛んだ。
本部が二つあったなんて、そんなのありか?
こことウルの捕らえられている場所はよく似た別の建物だったのか。
それは、ちょっとまずいな……いや、もうなるようにしかならないか。
「…………」
ネミッサとアイコンタクトを取る。
――地面を潜って周囲の調査をしているバンナッハは、そのまま調査を続行で。
俺の意思をくみ取って、ネミッサはうなずいた。
穴をくぐり抜け、また同じような広間に出る。
さっきの屋敷と同じような構造の大広間だ。ここにも窓はない。
信者たちは静まり返り、整列していた。
雰囲気はさっきと違って厳かだ。
列の最後列に加わり、俺たちは同じように気を付けのまま待機を支持された。
「もし『偉大なる家臣』の方々がいらっしゃったら跪くんだぞ」
「わかりました」
正体はバレている様子はない。
あとはウルが出てくるまでじっと待てばいい。
――ウル奪還作戦の概要はこうだ。
ウルが出てくるまで待機して、ウルが姿を現した途端クーファの銀細工やネミッサの使い魔に暴れてもらう。
建物は壊さないように注意する。
で、混乱している隙にウルを連れ出して逃げるという、作戦といえるのかいえないのかわからないような作戦だ。
勢いに任せた大胆さも作戦のうちだ。
ただやはり、あのときの雷侯とウルが協力してシリンを倒したという情報が脳裏にわだかまっていた。
それに、本部が二つあったのも想定外だ。
ここから脱出できたとしてもネミッサの大事なクォータースタッフを置いて行ってしまうことになる。
こことさっきの本部の位置が近ければいいんだけど。
「私だってウルさんさえ助け出せればそれでいいですよ」
悩んでいる俺から察したのか、ネミッサは隣で声を潜めながら言ってくれる。
ただ、自分が我慢すればいいというニュアンスが含まれていた。
けどネミッサの大事なものを置いていくのはだめだ。どうにかする必要がある。
そうこうしているうちに、黒いローブを着た筋肉質の屈強そうな男の人が整列している信者たちの前にやってきた。
『偉大なる家臣』――もとい『六人の愚臣』の一人だろう。
「あの方はコロナ・パーカー様だ。『偉大なる家臣』の魂を受け継ぐ方々は全員覚えておくように」
「了解です」
俺たちは片膝をついて跪く。
「……クーファ」
突っ立ったままでいるクーファのローブを俺は引っ張った。
「ウルを取り返すためだよ。はい、お座りして」
「子ども扱いするでないわ。わかっとるのじゃ」
遅れてクーファも跪いた。
続いて男二人が呑気そうに話しながらやってくる。同じように黒ローブ……『六人の愚臣』だ。
「笑ってらっしゃる好青年がレム・ママル様、髪が短く目つきが鋭い方がオロペル・ユーリン様だ」
窓口の信者が丁寧に説明してくれるけれど、覚えきれないし覚える気もない。
残るはあと三人。
「クーファ、魔法の準備はいい?」
「よいが、なぜわしの正体がばれないように暴れなきゃならないのじゃ?」
「こんなところで白竜になったら建物が壊れちゃうでしょ。それに、反応も見たいしね」
クーファには、魔法の銀細工で「あるもの」を作って暴れてもらうことにしている。
正体不明の敵にどう対処してくるか――実験のようなものだ。
…………。
しかししばらく待ってもウルらしき人物は来なかった。
どころか、やってきた『愚臣』は三人だけだ。
雷侯も姿を現さない。
いつまで経っても集会は始まらず、静かだった広間は次第にざわめきが広がっていく。
「あの、レーシィ様は――ほかの家臣様たちは?」
「おかしい。いつもならすぐにいらっしゃるのだが……」
窓口の信者も詳しい事情は知らないようだ。
……このままじゃだめだ。ウルがこの場に現れてくれないと、暴れようがないし、混乱させようがない。作戦自体が成立しない。
屋敷内のどこにいるかもわからないウルを探している時間なんてない。
もたもたしていると雷侯や魔法師に見つかる。
雲行きが怪しくなってきた。
――何か、よからぬことが起こっているらしいことは直感でわかった。




