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76 汚い涙(男泣き)

 すすり泣く声を聞いてしばらくすると、レルミットはがばっと顔を上げた。


「稀名君、ごっ、ごめんっ」

「いや、いいよ」

「ごめん」

「いいってば」


 手も離してほしかったが、いまだにレルミットは俺を抱きしめたままだった。


「えっと、じ、実家、遠いの?」


 どうにか絞り出すように考えたセリフを口にすると、レルミットは少し黙ってからおもむろに話し始めた。

 先に手離してって言えばよかったけどもう後の祭りだ。


「私、ビルザールじゃなくて、クィンタイルって国の人間なんだよ」

「この国出身じゃなかったのか……」


 顔がかなり近い。

 むしろ目を見て話しているぶん、こういう形のほうがどぎまぎしてしまう。


 レルミット、手を離すこと自体忘れてないか?


「小さいけどいい国だよ。これでも、わりといい家の生まれだったの」

「だった?」

「うん、国は魔族に滅ぼされた。私の国では今でも魔族が何体もうろついてる」


 ここでレルミットはゆっくり目を伏せた。


 これは隊長さんの話にもあったな。


「私は国の諜報部隊の一人でね、襲撃からなんとか生き残って、同じように生き残った王族から、魔族をどうにかするように命を受けてたんだ。手がかりを探して、私たちはビルザールへこっそり入国した。大陸一大きい国のくせに、魔族にほとんど侵攻されてないのは、何かあるんじゃないかって考えて、情報屋ギルドを偽装して」

「そうだったんだ、スパイってやつか……」


 そ、それは話してしまっていい情報なのかい?


「魔王軍の手がかりが見つかるまで、国には帰れない。国なんて今はもうほとんどない状態だから、帰っても仕方ない」

「そっか。それは、つらいね。帰りたいけど帰れないっていうのは……」

「つらい。すごく、つらい」


 レルミットは目をそらし、苦笑まじりにぼやく。


「ときどき、もうやだって思って、どうしようもなく悲しくなることがあるんだ」

「うん」


 俺は風を起こすのをやめた。


 レルミットを抱きしめ返して、子どもをあやすように頭を撫でた。

 ポニーテールにまとめているレルミットの髪は、長くて細くて、指が滑らかに滑った。


 レルミットの気持ちはよく理解できた。

 きっと、なんだかんだいって俺もまだ元いた世界に帰りたいんだろなぁ。


「保証はできないけど、どうにかして手がかりを見つけ出してみせるよ。レルミットたちが胸を張って国に帰れるように。だから安心して」

「稀名君……へへっ」

「計画通り、とか思ってる?」

「んーん……なんか恥ずかしくなってきた」

「今更だなあ」


 俺はさっきからずっと恥ずかしいよ。


「リディア・スパークル・クロムレック」

「……なんのこと?」

「私の名前。覚えなくていいよ」

「覚えておこう」

「いいってば。レルミットでいいよ」


 レルミットは照れくさそうにしながら、ここでようやく俺から体を離した。


「きっと魔族の情報を持ち帰ってね」


 それはたぶんただの願いだったんだろう。


 だけど、レルミットらしからぬ優しげな声を聞いたとたんに、俺は何か熱い質量の塊が首筋から背中にかけて滴ってくるような錯覚を覚えた。


 ……あれ?


 よく考えたら、なんか俺、すごい重大な役割を背負ってないか?


 一国の命運かかってない?


 俺は果たして、これにうなずいてもよかったのか?


 不相応だ。俺なんかにそんなの頼むなんて。荷が重すぎる。

 もし情報を何も持ち帰れなかったらどうなるのだ?

 それによって、救えるはずの国が救えなくなったらどうなる?


「ね」

「あ、うん……言っとくけど、あくまでウルのついでだからね」

「ウルちゃん助けるのが一番大事に決まってるじゃん。ところで稀名君、顔色悪いけどどうしたの?」

「なんでもないよ!」


 額に浮かんだ汗を手の甲で拭って、首を横に振る。


 手が震えてきた。


 隊長さんたち情報屋が苦労して手に入れた教団への入場枠を俺たちが潰すのだ。


 ――俺の働きに、いったいどれだけの人の思いが、願いがかかっているんだ?


 ただで帰って来れるわけがない。

 何も返さないわけにはいかない。

 それでいて、俺の願いだって譲るわけにはいかない。


「……あっ! そういえば!」

「どっ、どうしたの」

「あのさぁ、ちゃんとした色仕掛けってどうやるんだろうね。稀名君知ってる?」


 この状況でそれ言う!?


「さ、さぁ? さっぱりわかんないやー」


 俺は色仕掛けなど頭の辞書にはないと言わんばかりにシラを切った。


「……ま、稀名君、髪の毛抜け落ちてる!」


 脈絡なく、いきなり俺の頭を指さしてレルミットが叫んだ。


「?」


 見ると、クーファの魔法で作った銀色の髪の毛がぼろぼろと崩れてきていた。


「ちょっ、ここで!? クーファなんでこんなタイミングで魔法解除するの!?」


 着てるものはまだ魔法少女のままなんだけど!


 このままだと俺はただの女装趣味の男になるだろ!


 うろたえていると、ぼろぼろと容赦なく銀色の髪の毛が抜け落ち、


「見つけたぞ!」

「やっぱりこっちに隠れてやがったか!」


 短い俺の地毛だけ残ったころ、男たちの声が再び聞こえてきた。


「!」


 振り向いたときには遅かった。

 袋小路に、ガラの悪そうな男二人が戻ってきて出口を塞いでいた。


「やっと見つけたぞ小娘が」

「金返せや!」


 男二人はじりじりと寄ってくる。


「私が教えたのはデマじゃない! 行き違いで誰かが仕事を取ってったんじゃないの?」

「ちなみに何教えたの?」

「ギルドに割のよさそうな仕事あったからそれを」

「それは難しいねえ」


 教える方も教える方だけど聞く方も聞く方だよね。

 あれって結局早いもの勝ちだろうしね。


「ごちゃごちゃうるさいんだよ変態かお前なんだその服は」

「カレシが変態とか詐欺師にはお似合いだなおいこの変態が」

「変態言うな!」


 たしかに今の風貌は変態そのものだけども!


「好きでこんなスカート穿いてるんじゃないんだ!」

「どうでもいいわ! もしその女を守るっつうならお前も痛い目にあってもらうしかねえなあ!」


 かかってくる男に向けて、俺は空中に魔法陣を展開させる。


 イワトガラミのツルを伸ばして、不動にやったのと同じように二人の男の腕関節を極めて拘束した。


「いてててて!」

「くそっ、腕が!」


 他愛もない……が、この人たちだって、旬すぎてすぐ腐るような情報をレルミットが流さなければこうならなかったのではないだろうかと考えると、同情は禁じ得ない。


「レルミット、お金返してあげたら?」

「やだ」

「強情だな」

「仕事は早い者勝ちだからね、ってちゃんと言ったもん私」

「言ってないでしょ? 言ってないから怒ってるんでしょ?」

「それらしいことは言ったもん」

「レルミットの『それらしいこと』ってどこまで砕けた言い方か想像できないんだけど、砕きすぎてない?」

「稀名君さ、私のことすごいアホな子だと思ってるでしょ。ちゃんとわかるように言ったよ」


 言い合っていると、なぜか男たちの顔面がみるみるうちに蒼白になっていった。

 お腹でも痛めたか? 俺みたいに。

 そんな様子もないけど。


「お、おい、まさか、マレナって……」

「妙な格好をしてるって聞いたがこういうことか?」


 なんだろう、みるみるうちに幽霊か妖怪でも見たような怯えるような顔になっていく。


「ま、ま、間違いねえ、カンナヅキマレナだ!」

「白竜を連れて王都を襲撃し、ネミッサ・アルゴンをそそのかしてウィズヘーゼルを壊滅させた大罪人――破壊者・神無月稀名! なぜローコクにいるんだ!?」

「……は?」


 妖怪や幽霊なんてものじゃなかった。


 俺を悪逆非道な凶悪犯だと思っているのだ。

 心外だけど、人々の抱いている俺のイメージってたぶんそんな感じなんだろう。もはや国内中に定着してしまったといっていいのではなかろうか。


「こんなのにケンカ売っちまった……おしまいだ……」

「おっ、お願いです! 命だけは! 命だけは助けてください! その女は金だけ取ってさっさと逃げましたが、俺たちが仕事を決めかねて横着してたのも悪いんだ!」

「ど、どうしてこんなことに……母さん……」

「少しでもいい仕事を見つけて、妹にうまい飯を食わせたかっただけなんです! 許してください……!」


 男二人は勝手に怖がり、ついには泣き出してしまった。


「なんかすいません」


 悪い人たちではなさそうだったので、俺は泣きじゃくる男たちを離してあげた。


「じゃーどっちも悪いということで、間を取って半分だけお金を返すってのはどうですか?」


 俺が提案すると、


「もはや、いかようにでも……」

「は、半分も返してもらえるんですか! 願ってもない! でもそれはお金を半分返して命を全部取るという意味でしょうか!?」


 納得しているかどうかは別として、膝をついて震えるながらもいい返事をする。


「いいですよね?」

「よろしゅうございます!」


 もうひと押しすると、男たちは首がもげるほど頷いたのだった。


「ということでレルミット」

「えー、まあいいけどさぁ」

「今度から前金制度とか導入したら?」

「そういうのよくわからないからいい」


 アバウトだなぁ。


 お金を男たちに半分返し、どうにか納得してもらえ、俺たちはようやく帰路につくことができた。


 俺は銀髪の植毛だけ取れて魔法少女の格好のまま帰ることになったんだけど。


 夜だから人が少ないから助かったけど、すれ違う人は必ずこっちを二度見していく。声かけてきた変態は無視するか追い払う。

 なんなのかなこの羞恥プレイ。

 よくネミッサはウィズヘーゼルでこんなひらひらの服着て大衆の前で「騎士に代わっておしおきよ!」とか言えたな。ほんとごめんなさい。


「は、恥ずかしすぎる……」

「そんなんで魔族の情報取ってこれるの?」

「いや、魔族と羞恥心は何の関係もないし、それにまずウルを探すのが大前提だからね?」

「ウルちゃんを連れ出すためのプランはできてるの?」


 レルミットに言われて、俺はしたり顔で笑った。


「それはちゃんとできてる」


 魔法師は、霊符さえどうにかできればなんとかなる。

 その対策も、ちゃんと考えている。


 ただ引っかかるのは湖でレーシィ――つまりウルと雷侯が協力してシリンを殺したという情報。

 心変わりして教団の仲間になったのだろうか?


 だとしたら俺が連れ出しに行っても仕方ないのではないか?

 いざウルに会いに行ったら本人から直々に門前払いを食らったなんてことにならないだろうか?


 たびたび懸念がよぎるが、とりあえず行ってみてウルに話を聞こうと思い直した。


 やらないうちから諦めたくない。

 もし教団の一員になりたいにしても、本人の口から聞きたい。


 それまでは、予定通りウルは連れ出す。


 破壊者は破壊者らしく。


 相応のやり方でやらせてもらう。

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