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74 変身

 私、魔法少女マジカル稀子まれこ

 さっきまで普通の女の子だったけど、悪のなんやかんやと戦うため、魔法使いに変身する力をなんやかんやで手に入れたの。

 苦しい戦いになると思うけど、私負けない!

 だって、私にはかけがえのない仲間と、愛と勇気と希望のエナジーがあるから!


 そういう設定でいく。


 俺は神無月稀名ではない。魔法少女マジカル稀子となったのだ。

 唇には薄く紅を塗り、ムダ毛の処理をすっかり済ませた俺の渾身の女装である。


 そう、じつに渾身の女装だった。


 渾身すぎて俺は恥ずかしさを捨てた。捨てざるを得なかった。捨てなければ魔法少女は無理だった。


 ピンク色のひらひらミニスカートと、日の光を反射するように鈍く光る銀髪がゆれる。

 ネミッサ用に作られたものだから少しきついが、まあ着られなくもないといったところだろう。


 隊長さんには俺が変身する間、しばし待ってもらった。


 俺は渾身の演技で身体をくねらせ、渾身の上目遣いで無言のクーファたちを見つめた。


「はにゃにゃ~何も言ってくれないなんてひどいですぅ」


 ふははっ、俺のこの渾身の裏声による演技にひれ伏すがいい!


「……チェルト、稀名がきもいのじゃ」

「いつものことでしょ?」


 女性陣は渾身のドン引きだった。


 ていうかひどくないですかね?

 自分たちが遊び半分でやっておいてその反応。


「なにがダメなのですぅ?」


 即席とはいえある程度顔を隠すことができる長髪と化粧のおかげで、見た目にそれほど無理はないはずだ。


 なのになんでそんなに引く必要がある?


「見た目はごまかせなくはないんだけど、仕草と心が汚いね!」とレルミット。

「そうじゃな、心が汚い」


 心が汚いとかどうしようもなくない?


「えっ今のかわいくなかった?」

「かわいくないっていうか、なんかイラっとした!」

「じゃっ、じゃあどうしろってんだよう! こんな格好でまともな思考しろって方が無理だよ!」


 できることならズボン穿きたいよ!


「何言ってるの? 稀名君が変装したいって言ったんじゃん。わけがわかんないよ」

「わけがわからないよホントに! あと変装提案したのそっちだよ!」


 あれか? 女心がわからないのがいけないのか?


「とりあえずこの魔法少女の服は脱ごう……」

「もう少し言い方とか考えれば大丈夫のはずです! あきらめるのはまだ早いですよ稀名さん!」


 真剣な顔のネミッサ。べつに俺はあきらめてもいいんだけどね?


「ていうかネミッサ代えの服とか持ってきてたんだからそれ貸してくれればいいのに! ……違ったわ! まず女装しなければいいのに!」


 しかもいまだに裸足であった。

 イワトガラミのツルを伸ばしてサンダルっぽくしてはみたが、すぐちぎれそうだ。


「……では、行こうか。宿はこっちだ」


 何も言ってくれない隊長さんの気遣いが、逆に心に刺さった。




 町には難なく入ることができた。


 なんかやたらと周囲から注目されている気がするけど気のせいだ。魔法少女のコスプレが珍しいだけなのだ。


 宿の部屋に案内してもらったけど、これ絶対隊長さんはあらぬ誤解を受けるよね。

 男1:少女4:オカマ1というすごい人数比率だ。


「改めて自己紹介させてもらう。私はルパンデュ・リンピカート。そこのレルミット・レレミータと同じ、情報屋ギルドの一員だ」


 ルパンデュ……何世だろう。とっつあんはいるのか。


「偽名ですか?」

「本名だ」


 否定した隊長さんの言葉を即座に、


「偽名だよ!」


 レルミットが果敢に否定した。


「あ、やっぱり偽名なんだ」


 納得だな。やっぱりコードネームみたいなものなんだろうな。


 隊長さんの顔色がにわかに悪くなり、レルミットをにらみつける。


「おい。おいこらレルミットこら」

「ん?」

「この前言ったことをもう忘れたか? ペラペラペラペラとよく回る舌だ」


 隊長さんは楽しそうなレルミットの胸倉を掴んでがくがく揺らしながらどんどん顔が怖くなっていく。


「いいか。お前は言われた仕事だけしていて余計なことはしゃべるな。わかったな?」

「わかったよ隊長……」

「隊長じゃなくてルパンデュだ! わかったらどこか外でブラブラしていろ」

「はーい」


 レルミットは反省している様子もなくそっぽを向いた。


「……感じ悪いよね隊長」


 そして部屋を出る間際に俺にひそひそと愚痴っていく。


「よく言われるの、『黙って与えられた仕事だけをこなしてろ』って」

「だろうね」

「やっぱり私、組織にいいように使われるだけの道具でしかないのかな……悲しいよ!」

「いや、本当レルミットは黙って言われた仕事だけしてればいいと思うよ」

「稀名君まで!?」


 いや、だって情報屋なのに情報漏洩しまくってんじゃないか。

 むしろ隊長さんの気苦労が知れるよ。


「しょうがないから、外出てお買い物してるねー」

「じゃあわしもいくのじゃ」


 つまらない話になると直感したのか、クーファがレルミットに続く。


「チェルト、あの二人だけじゃ不安だからついて行ってあげて」

「しょうがないわね……」


 一番剣呑そうな二人組をシャバに解き放ってはいけない。

 とくにクーファは、俺を女装させているうちに忘れたみたいだから今はいいけど、いつ雷侯への恨みを思い出すかわかったもんじゃない。


「……この様子だと、あれだろうか、結構レルミットから聞いているだろうか」


 レルミットたちが部屋を出て行ってから、隊長さんは恐る恐る俺に尋ねた。


「ええ、まあ」

「…………レルミット……どこまで腹を割って話したんだ……?」


 隊長さんは額を押さえ、深く息をつきながら小じわを増やした。


「いや、いい。その様子だと我々が闇ギルドだということもわかっているのだろう?」

「まあ、聞いてますね」

「どこまで知ってるかは詳しく問わないでおこう。だからレルミットに我々のことを詳しく聞くような真似もよしてほしい。衛兵や騎士様にも非合法の情報屋ギルドがあるなんて知らせないでほしい。本当にお願いします。本当にお願いします」

「あっはい」


 二回も言った……。




 俺たちは隊長さんに今までの事情を話した。


「騎士のラザフォード様が『ラーガ教団』の幹部? にわかには信じられないな。もしそうならとんでもない情報だぞ」


 隊長は顎に手を当てながら、思案顔で言った。


「たぶんほぼ確実にそうですね」

「なるほど……裏が取れたら是非その情報を買わせてくれ」

「い、いいですよ。じゃあ今からここで教えてもらう『教団』についての情報料と引き換えで……どうです?」

「神無月君がそれでいいなら」


 よし、とりあえず情報料はタダになったぞ。


「『教団』についての情報だが」

「はい」

「本拠地は見つけられなかった。どこにあるのかはわからない」

「そうですか……」

「しかし見つける方法はわかった」

「方法?」

「端的に言うと、教団の信者になることだ」


 隊長さんはベッドの上に腰かけ、足を組みながら続けた。


「教団では、七日に一回定例集会というものが行われる。普通は教団の中である程度の地位がないと出られない集会だが、信者になったばかりのときは別だ。入信したとき一度だけ、その本部で行われる定例集会に出席できる」

「そのときに位置を知ることができるってわけですか」

「本部には魔法師特有の移動法で行くことになる。本部への道のりはわからないが、ついたとき窓の外から景色を眺めたりこっそり抜け出して外に出れば、だいたいの位置くらいはわかるだろう」

「なるほど……」


 特有の移動法とは、何か瞬間移動のような魔法のことだろう。

 ウィズヘーゼルで襲撃された時もそれで移動してきたらしいしね。


 本部に行ってしまえば、そこがどこにあるかなんてわからなくてもいい。

 ウルを助け出すことができる。これが重要だ。


「神無月君、そこまで積極的に情報を欲しているというのは、まさかとは思うが教団に攻め込むつもりじゃあるまいね?」


 隊長さんは俺の顔をじっと伺いながら、鋭い目つきで質問した。


「攻め込むというよりは助けたい人がいるんです。そのために、結果的に教団と対立するかもしれない」

「一応『危険だ』と忠告はさせてもらう。教団には、魔法師を中心とした強力な戦闘集団がいる」

「でも止めないんですね」

「……正直なところを言うと、少し期待していた」


 隊長さんは口元を緩めた。


「きみが教団と関わって、魔王軍の情報を持ち帰ってきてくれれば、とね」

「魔王軍ですか」

「教団と魔王軍はつながっているはずだ。我々はどうしても魔王軍の情報がほしい」

「情報屋として?」

「……そうだ。魔王軍の情報は売れる。それもいろんな国から、高値でね。なにせいきなり現れて暴れる以外、ほとんど何もわかっていないんだ。わけがわからないうちに滅ぼされた国だっていくつもある」


 隊長さんは真剣そのものだった。


 顔色を窺って、隊長さんや情報屋ギルドの思惑を考えたけれど、全然何もわからないな。


「国が滅ぼされた……?」

「そうだ。ビルザールはまだいいほうだ。中には完膚なきまで都市や村々を破壊され、ほとんど国として機能していないところもある。そこではまだ、何体もの魔族が破壊するものを探してさまようようにうろついている。人は魔族に見つからないように、森や山にまぎれながら大きな集落を作らずひっそりと暮らしている。国外に逃げる者もいるな。人同士がやる戦争のように、降伏なんて奴らは聞き入れない。破壊できるものがなくなるまで破壊するだけ。滅茶苦茶だ」


 この国出たことなかったからわからなかったけれど、国の外はもっとひどいことになっているのか。


 これは国外に逃げても安心安全とは言いがたいか……。


「魔族に関することが今一番需要のある情報ということですか」


 隊長さんはうなずいた。


「惨劇を目にし辛酸をなめた者の誰もが報復を望んでいる。もし魔王軍の情報を私のもとに届けてくれたなら、きみの言い値でその情報を買おう。いくらでも吹っ掛けてくれてかまわない」

「まあ俺の目的は連れ去られたウルを連れ戻すことなのでそのついででよければ――」


 いや、待て。言い値って言ったのか?

 いくらでもって、いくらでもいいの?

 一生暮らすに困らないような金額でも?


 ……だとしたら、ついでに手に入れる価値は十分にある。


 なにせ、まともな靴も服も買えるしごはんや寝床に困らなくて済むということだろう。

 靴が買えるってとても素晴らしいことじゃないか!


「稀名さん、稀名さん」


 隣で黙って話を聞いていたネミッサが、テンションの上がっていた俺の背中をつついてつぶやいた。


「ん?」

「ちょっと話がうますぎませんか?」

「隊長さんの話に別に不自然なところはないと思うけど」


 俺もひそひそとネミッサに返答する。


「そ、そうですけど、なんかいいように使われてるような……」


 たしかにネミッサの言う通り、俺もそんな気はしている。口車に乗せられているような……。


「でもたまにはぶら下げられたニンジンに思い切り飛びついてもいいと思うよ」


 結局一番の目的はウルだ。教団には行かざるを得ない。

 魔族の情報を耳にすることもあるだろう。

 それでお金くれるならもらっておこうというものだ。

 衣食住の確保は大事だしね。


 俺は隊長さんに向き直った。


「それで、どうやったら信者になれるんです?」

「本当ならうちの仲間の一人に潜入してもらう予定だったんだが……いいのか?」

「それしか方法がないなら」

「……信者になるには、ほかの信者から仲介してもらう必要がある。必要なのは『紹介状』と『窓口』だ。ただ……」


 ここまで話して、隊長さんの顔が曇った。


「信者と接触して紹介状の方はどうにかなったが、条件を提示された」

「条件?」

魔法師マホツシかその才能のある者を一人以上連れてくること、だ。少し警戒されて、厄介な条件を出されてしまった」

「なら問題ないですね」


 俺が安心しながら言うと、隊長さんは目を丸くして見つめた。


「問題ないとはどういうことだ?」

「私がその魔法師です」


 ネミッサはうなずいて言った。


「魔法師? きみがか?」

「はい」


 ……そうか、そうだったのか、と隊長さんは得心いったようにつぶやく。


「焼けたあとのウィズヘーゼルの近くで暴れていたのを見たときはまさかとは思っていたが、きみは本当にあのネミッサ・アルゴンなのか……」


 見てたのか、あれを。


「そして俺は精霊と契約している魔法使いです」


 俺は自分をドヤ顔で指さした。


「魔法少女とかいうのではないのか」

「違いますよ! 今は魔法少女ですが魔法使いです。これだけいれば条件はクリアできるんじゃないですか?」

「ああ、十分すぎるくらいだろう」


 隊長さんはそう言うと、懐から古い羊皮紙を取り出した。

 封蝋がしてあるから中身はわからない。


「これは?」

「『紹介状』だ。きみに預ける。準備ができたら言ってくれ。『窓口』の信者にきみたちを紹介しよう」

「わかりました」


 といっても、準備なんて何かあるだろうか。


「じゃあクーファたちが戻って来次第行きますよ。早くこの格好やめたい」


 頭に生えた髪の毛を解除できるのは魔法をかけたクーファしかいない。


「いや、きみの正体は知られている可能性があるから、そのまま変装を続けてほしい」

「…………」

「では今から夜に会う手筈を整えておこう」

「……お願いします」


 俺は羊皮紙をカバンの中に入れ、そして泣いた。


 せめてこの格好だけでもどうにかなりませんかね……。

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