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72 『冬日の枯れ枝』

「なんで雷侯が魔族と戦おうとしてるんだ……? あいつら仲間同士じゃないのか?」


 しかも町を背に、魔族を迎撃しようという形。


 人違いか?


「とにかく隠れよう」


 だが隠れたいときに限って、ここは開けた道になっている。

 少し離れれば隠れられそうな木々や麦畑があるが、これ以上遠くに行ったら状況がわからなくなる。


 ここは――やはり魔法か。


 俺は膝立ちして手を胸の位置でパンと叩いてから地面に触れる。

 そんなことする必要は全くないが某錬金術師風に魔法を発動し、隠れる用の木々をその場に何本か茂らせた。


「おお、うまい具合に魔法陣も出るし結構しっくりくるな。等価交換じゃないし真理の扉とか見てないけど」

「また稀名がわけわかんないこと言ってる」

「普段通りじゃな」


 チェルトたちに呆れられつつ、木の陰に隠れながら雷侯と思われる人物と周りの集団を観察する。


 遠目からだからはっきりとは判断できない。


 私兵団と思われる者たちも、鎧を着て武器を構えている。

 ウルを捕まえに来ていた少年たちも、今はローブを着ていない。


 雷侯と思しき仮面男の横にいる大男も気になる存在だ。

 盾に幅の広い剣のようなものをつけた、見たことがない武器を両手に持っている。

 しかもなぜか上半身裸だった。


「どっちだ……雷侯とその信者たちなのか、変な仮面軍団なのか……」


 仮面つけてるのは一人だけだけど。


 呟いているうちに雄たけびを上げて魔族に突撃する仮面の男とその兵たち――戦いが始まった。


 魔族はその細く長い脚をひときわ上げて、勢いをつけて兵たちを踏みつけた。

 瞬間、踏みつけられた地面とその周囲が一瞬にして凍り付く。


 空間や地面の水分を凍結させるストンピングだった。


 雷侯たちはそれをとっさにかわす――が、何人かは回避しきれずに地面と一緒に凍ってしまう。


「ちゃんと魔族と戦ってる……やっぱり雷侯じゃないのか?」

「面倒なことは奴らをブッとばしてから考えるのじゃ」


 俺は早まろうとするクーファの小さい肩を掴んで止める。


「クーファ待って。抑えて」

「なぜじゃ?」

「魔法師らしき少年もいる。少し様子を見よう」

「ふん、油断しなければどうということはないのじゃ。どいつもこいつも薙ぎ払ってくれるわ」

「あの仮面が雷侯じゃない可能性もあるよ」

「黒竜を腕に宿しておるんじゃぞ。本人じゃろ」

「黒竜? あの黒い鱗のこと?」

「左様じゃ。あれはわしの『白銀の細工師』と似たようなもんじゃ。操るのが黒鉄くろがね白銀しろがねかの違いでしかない」

「黒竜の、幻獣……?」


 ここ数日、ネミッサから講義を受けていた内容が思い出される。

 精霊化に関する講義だ。


 精霊とは基本、長い年月を経て高い魔力が宿った『何か』に対して使われる名称だ。


 精霊化には二種類あって、物が魔力を持って精霊になる場合と、獣などの動物が魔力を持って精霊化する場合がある。

 とくに獣が精霊化した姿は幻獣とも呼ばれ、二つは精霊族と幻獣族に区分化されているのだそうだ。

 例えばクーファは後者で白竜の幻獣族、チェルトは前者で樹木の精霊族である。


 黒竜ってことはクーファと同じで、竜が長い年月を生きて強力な魔力を帯び、精霊化したものなのだろう。


 魔法師たちの研究によると、動物が精霊化するのは大変珍しいケースなのだそうだ。

 まあ寿命の関係で普通は死ぬだろうしね。


 幻獣がほとんど唯一無二の存在であるなら、それを持っている人物といえば間違いはないだろう。


「じゃああの仮面の正体はやっぱり雷侯なのか……」


 つぶやくと、レルミットはきょとんとした顔で俺を見た。


「正体も何も、あれローコクの騎士パトリック・ラザフォード様だけど。稀名君知らないの?」

「騎士!?」


 どういうことだ?

 雷侯が騎士だった?

 でも国内で破壊工作を行っているんだろ?


「持病があって、なんかたまに顔に発作が出るから仮面で隠してるんだって」

「発作って?」

「さあ?」


 でも、もしそうなら、あの町を守ろうとしている彼らは騎士とその私兵団だったのか。

 だが雷侯で、教団だ。

 よくわからないけど、そうなのだろう。


「そんなことはどうでもいいのじゃ」

「そうです!」


 前に出ようとするクーファに、なぜかネミッサが同意した。


「ネ、ネミッサ?」

「稀名さん、私、ずっと試してみたいことがあったんです。今それをやります」

「試してみたいこと?」


 ネミッサはじっと魔族を見据えている。


 なんだか嫌な予感がするのは気のせいか。


「私は、魔族さんの方に用があります」

「ちょっと待って。あれに?」

「はい! ウィズヘーゼルにいるときはガルム様に任せてましたが、ずっとやってみたかったんです。魔族さんとの話し合い」


 やっぱり……。


「いや、あきらかに話通じないし問答無用で人間虐殺するし無理でしょ! 死ぬと砂っぽくなるしなんかもう同じ生物なのかどうかさえ疑問だし」

「でもどこからやってきたのか気になるし、コミュニケーションを取れないと決まったわけではないと思います!」


 たしかにそうかもしれないけれども。


「なので説得を……」

「とりあえずあの人間を一発殴り飛ばすのじゃ!」

「せめて行動を統一しよう! バラバラに行動してたら個別にやられるから!」


 暴走気味の二人を止めている間に、事態は動いていた。


 魔族がその場に転倒したのだ。

 脚には針のような黒い塊が刺さっている。


 あっという間だった。


 横目で見ていてわかった。

 凍結のストンピングを上半身裸の男が両手の盾で受け、その間に仮面の男が黒い剣で魔族の脚を攻撃したのだ。

 それで魔族はバランスを崩して倒れた。


「仮面の男だけじゃない。あのメイン盾みたいな男の武器も……」

「精霊兵器じゃろな」


 でないとあんなもの受けたら死んでしまうだろうしな。


 立派だが、しかし上半身裸だ……うーん、なんか記憶に引っかかるけど忘れてた方がいいような気がしないでもない。


 風が吹いた拍子に銀色の髪が顔にかかって、俺は髪をかき上げるしぐさをした。


 クーファは解除してくれないのかな、俺の頭にかけた魔法。

 すごくうっとうしいんだけれども。


「よく似合ってるわよ」

「俺の心の中を読まないでくれチェルト」


 倒れた魔族に、兵たちが一斉にとびかかる。

 反撃する暇もなく、魔族はなすすべなく力尽き、砂のようになって崩れた。


「ああっ、魔族の人がっ」


 ネミッサは残念そうに声を上げた。


 ――強い。


 巨大で強大な魔族をああも一方的に倒せるなんて。


「レルミット、あれは本当に騎士で間違いはないの?」

「うん。ローコクの騎士パトリック・ラザフォード様とその私兵団『篝火かがりびの兄弟団』だよ、間違いなくね。で、何の話?」

「いや……ちょっとね」


 あの仮面の男が『雷侯』だとしたら、なぜ魔族と敵対しているのだろう。仲間割れでも始めたのか?


 ――もしくは、完全な協力関係ではないのだろうか?


 魔族を倒すと、仮面の男――パトリック・ラザフォードとその私兵団は犠牲者を運びながら引き上げていく。

 町から人々の歓声が上がっていた。


「稀名のおかげで殴り損ねたのじゃ」

「まあまあ」


 すねるクーファをなだめながら、俺たちは木陰から、引き上げていくパトリック・ラザフォードを見つめた。


 今まで成り行きで騎士の人たちと戦ってきたが、今度は真っ向から戦うことになりそうだな。


「でも、そうしたら雷侯さんは魔族すべてを味方につけているわけではない、のでしょうか?」


 ネミッサは確かめるように俺に言う。


 魔族にも派閥みたいなのがあるのだろうか。


 事情を知らない魔族は、雷侯や教団の人間なんて、ほかの人間と同じに思えるだろう。

 教団は、手を組んでいる魔族と事情を知らない魔族に挟まれて、意外と面倒な立ち位置にいるのかもしれない。


「雷侯さんが魔族さんと仲良くなれたのなら、きっと私とも話が通じるはずです」

「うん、まあ、それも一つの手かもね」


 雷侯が手を結んでいるのとは別の派閥の魔族とこちらが接触すればあるいは、といったところだろう。教団に対抗しうる勢力も作れるかもしれない。


 でも町を襲撃するために派遣されてくる魔族との話し合いはどう考えても無理だろ。あれは話が通じなさすぎる。


 ――例えば頭のいい司令塔なんかがいれば、それも可能かもしれない。


 あまり現実的な話ではないし、俺はウルを教団から取り戻せればそれでいいんだけど。


 なにはともあれ、戦いは終わった。


「――稀名、誰か近づいてくる」


 チェルトに言われて、警戒しながら指で示す方を向いた。


 町の方から、手を振りながら駆けつける男が一人いた。


「あっ、隊長! おーい!」


 レルミットが手を振り返す。


「無事かレルミット。まあお前は心配する必要はないか。しかし来るのが早かったな」


 駆け付けたのは、長身で細身の、三十代半ばほどの男だった。


 レルミットが隊長と呼ぶということは、彼が情報屋ギルドの上司だろう。


 隊長さんは、近寄ってくるレルミットをスルーして俺たちの方を見た。


「きみたちも無事か?」

「ええ、まあ」


 訝しんで男と距離を取ろうとするネミッサをかばうように、一歩前に出て言う。


「隊長ー、色仕掛けだめだった」

「は? お前が色仕掛けだと? ――相手の命に別状はないんだろうな!?」

「なんでケガしてるの前提になってるのー! 隊長がやれって言ったんじゃん!」

「そんなもの期待しているはずないだろうが」

「ひどい!」

「あと隊長はやめろ」


 レルミットは俺たちの方を元気よく振り向いて、隊長さんを紹介する。


「はい、これが隊長だよ!」

「隊長じゃないと言っているだろう」


 俺は正直ここで隊長さんに会えてホッとしていた。

 この場でノルマをクリアすることで、ひとまず俺の前に立ちはだかる悲劇を回避することができる。


「……隊長さんに会えたことだし、もう女の子の格好は必要ないよね?」

「立ち話もなんだろう。町で宿を借りている。詳しい話はそこでしよう」


 確認している途中で隊長さんに言われて、俺は固まった。


「必要あるようじゃぞ」

「……くうっ!」


 いや、だから変装するなら女の子じゃなくて髭生えたオッサンとかでよくない?

 というか俺はべつにここで立ち話でもいいよ? 何時間でも立ち話できますよ?

 ダメなの?

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