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71 脱がすなら脱がせてみせよう服

あけましておめでとうございます。今年最初の投稿です。どうぞこれからもよろしくお願いします。

 クーファに乗ってローコクのある南の地方へと向かうも、移動には丸一日ほどを要した。


 さすがにジェット機のようにはいかない。

 ほどほどに休憩しながら、活動時間をほぼすべて移動に費やしてこれだ。

 それだけこの国が広いということでもあるのだけれど。


 不動は今度こそ置いてきた。

 あいつが伝達をしっかりやってくれれば、結界と魔法の申し送りはガルムさんにすべて伝わることだろう。


「ウルちゃん誘拐された!?」


 ウルが連れ去られて十八日が経過していた。


 白竜になったクーファに乗っての移動がてらレルミットに事情を話すと、レルミットは自分が遅刻してきたことに怒り心頭した。

 そして何の罪もない俺に行き場のない憤りをぶつけるという八つ当たりを敢行した。


「なんでそれ早く言ってくれなかったの!? バカなの!? ドMなの!?」

「ドM関係ない!」


 いや、そもそもドMじゃないしね。ドSでもないけど。


「それ知ってたら半日は早く来たよ!」

「いやそもそも自分が一緒に行きたいって言いだしたのに、約束の時間に遅れること自体ありえなくない?」

「でも、ぽかぽか陽気に誘われたらお昼寝の一つや二つは仕方のないことだよ!」

「た、たしかに仕方ないのかもしれないけど、でもさ」

「折れないでください稀名さん! だめでしょ! 遅刻の原因『お昼寝』ですよ!?」


 見かねたネミッサが横から口を出す。


 いやでも前の日夜更かししてたりすると気持ちはわかるんだよな。

 クーファもしきりに頷いてるし。


「あっ、そうだっ、思い出した! 稀名君、うっふーん、うっふーん」


 何の脈絡もなく、レルミットは腰に手を当て髪をかき上げて、セクシーポーズっぽい何かをする。


 三次元くらい跳躍して俺を置いてきぼりにするレルミットの行動に戸惑いながらも、これもまた八つ当たりの一種か? と考える。


「馬鹿にしてる? なにそれ」

「色仕掛けだよ!」

「馬鹿にしてるよね!?」

「これで稀名君は、私を手放せない」

「馬鹿にしてるよね!? ハニートラップどころかギャグとかでさえない!」


 唐突すぎるし意味がわからない!


 しかしそんなレルミットのよくわからない挙動にも騙される奴がいた。


 手をわなわな震わせながら、目からうろこが落ちたみたいな迫真の瞳で、じっと見ながら軽く喉を鳴らしたのだ。

 ネミッサが。


「こ、これが色仕掛け……」


 ネミッサにまた新たな間違った知識が取り入れられた頃、クーファは地上へと着陸した。


 でもローコクの町はどこにもない。

 湖がぽつりとあるだけだ。

 ここからは騒ぎにならないよう町まで徒歩で行くことになるだろう。


 問題はどうやって怪しまれずに町に入って行動し、『教団』の情報を持つレルミットの上司さんと接触を図るかだけれど――


「おかしいぜ」


 風もない静かな湖のほとりで、青いツチノコの姿をした精霊コルが、つぶやきながら周囲を見回していた。


「いないようだな」


 ここでも地面に埋まっている男の姿をした精霊――バンナッハも頷いた。


 ネミッサの使い魔三体は、ネミッサが持つ棍棒クォータースタッフに入ってここまで来た。乗る人数が多いとクーファが面倒臭がるのだ。


「何のこと?」


 ネミッサが尋ねると、二体は答えた。


「シリンだぜ。さっきから何の魔力も感じねえんだ」

「出不精のあやつが自分の縄張りから出ていくなど、よほどのことがない限りないはずなのだが」


 どうやらこの湖と周囲一帯がシリンの行動範囲みたいだった。


「まあ遠出とかしたくなることもあるんじゃないかな」


 シリンがいないとなると、やはり優先事項はレルミットの上司の人に会うことだろう。


「あいつの行動など知らん。それより――」


 白狼のバラムが、落ち込んだように肩を落としていた。


「また白竜やつに借りを作るとは……だから俺だけは陸路で行くと言ったんだ」


 バラムはどうやらクーファに乗せて行ってもらったことを後悔していたようだ。


 慰めるように鳥やら猪やらがバラムの周りに集まってきた。


 さすが人に『獣の王』とか呼ばれていただけのことはあって、獣とはいつでもどこでも仲良しらしい。


「そんなことで落ち込んでるの?」


 俺が言うと、バラムは吐き捨てるように返した。


「お前は奴の恐ろしさを知らんからそんなことが言えるのだ」


「――わしの前でわしの話などよくできたものじゃな」


 まだ白竜のままだったクーファは首を伸ばしてバラムを見下ろすように威圧した。


「いや、なんというか……すいません」


 とたんに目をそらすバラム。


「それに稀名はわしを負かした男じゃぞ。しかもたった一人で正面から戦ってな。弱っちいおぬしとは違うのじゃ」

「は? う、嘘つけ、お前が、たった一人の、こんなひ弱そうな奴にか……?」


 驚愕に染まるバラムの顔。


 そんなことあったっけと思ったけれど、たぶん王都でひと悶着あった時のことだろう。


「あれはそういうことになるの?」

「そりゃそうじゃろ。本気を出す暇もなく戦意を削がれた。衝撃じゃったぞ」


 バラムはさらに落ち込んだみたいだ。「そんな馬鹿な……」などとぶつぶつ言いながらさらに肩を落とす。


「勝ったとかいう自覚ないんだけどなぁ」


 言いながら、俺たちはローコクに向けて歩き出す。


「……獣どもはなんて言ってたの?」


 俺のそばで服のすそを掴みながら、チェルトは少し警戒している様子でバラムに尋ねた。


「む? お前は獣の言葉はわからんのか?」

「なんとなくしかわからないわよ。けどあの時、何か不穏な感じがしたの」


 言われて、バラムは少し考えるように間を置いてから答える。


「シリンは殺されたんだと。お前の言う通り、さっき湖周辺に棲む獣どもが教えてくれた」

「!」

「殺された!? あいつがか!?」


 コルとバンナッハが目を見開いた。バラムは頷く。


「両手が義手の男と、レーシィとかいう女に殺されたと獣たちは言っていた」

「レーシィ!?」


 両手が義手の男は、おそらく『雷侯』のことだろう。


 レーシィとは、やはりウルのことだろう。

 『教団』は、『六人の愚臣』の一人、レーシィ・レソビィークとウルを重ね合わせている。


 今はいないようだが、ここに来ていたのか。


 しかもウルが雷侯と一緒にシリンを殺した?


 協力してか。

 見間違いではないのか。


「お前のウルとかいう女、すでに奴らの仲間に引き入れられてるんじゃないか?」

「いや、それはない、はず」

「いざ危険を冒して助けに行ったら門前払い食らったとか、そんなことにはならないだろうな?」

「……大丈夫、だと思うけど」


 そんなはずはない。教団の一員になったなんて。ウルに限って、そんなはずは。


 協力してシリンを倒したなど、ありえるのだろうか。


「しかしあやつがな……」

「大してかかわりなかったけど驚いたぜ。たやすくやられるような奴じゃないはずなんだがな」

「まあそうだな」


 ネミッサの使い魔三体はそれぞれ思うところがあるらしい。

 他人以上友達未満ってところだったのだろうか、複雑な感じだ。


「……シリンのことは残念だけどさ、俺たちはこれから、どうローコクの人にばれないようにしようか考えよう」


 ローコクに向けて歩きながら、俺は相談をした。


 バラムたちはクォータースタッフの中に入れば大丈夫だが、俺もネミッサも顔が知られている。


 商会ギルドとかいうのがローコクの町にもあるのなら、広く知れ渡っていてもおかしくはない。


「私はおばあちゃんだと思われてるからいいとして、稀名さんは顔の特徴や見た目でバレる可能性がありますね」


 ネミッサの手配書は醜悪な老婆として描かれていた。

 修正されている可能性もあるけど、黄色人種でのっぺりでジャージな俺より目立たないだろう。


 開けた場所に出ると、広い道の先に高い城壁が見えてくる。ここも魔族の襲撃に備えた城塞都市だ。


 目的地はすぐそこだった。

 何か対策があれば講じないと。


 ネミッサは両手に握りこぶしを作って続けた。


「でも、そこは私に任せてください!」

「私、軽い変装術くらいなら習得してるよ!」


 示し合わせたようにネミッサとほぼ同時に言ったのは、レルミットだ。

 自信満々で敬礼のポーズをしている。


「おお、さすが裏稼業」


 情報屋ギルド直伝の変装術か。これは期待できるぞ。


 ネミッサとレルミットは互いに顔を見合わせて、そして厳かにうなずいた。


「では、稀名さんを……女の子にします」

「えっ?」


 ごめん、何て?


「私とレルミットさんに任せてください! 大丈夫、ちょっと女の子の格好するだけですので!」

「ちょっ、えぇ!?」


 有無を言わさず、レルミットは俺を押さえに来る。


 レルミットから伸ばされる手を俺は飛びのいてかわす。


「待って! レルミット待って! 変装って女でなくてもいいのでは!?」

「だめだよ女の子じゃないと」

「て、提案するよ! ちょっとヒゲつけておっさんっぽくすれば大丈夫じゃない!?」

「そんなので衛兵たちの目をごまかせると思ってるの稀名君。甘いね、甘すぎるよ!」


 対峙しながら、じりじりと距離が詰まっていく。その間レルミットは満面の笑みだ。


「チェルト、助けてチェルト!」


 俺はチェルトに助けを求める。


 俺の使い魔でもあるチェルトはゆっくりと俺を守るように前に出て――


「…………」


 そして振り向いた。

 彼女の魔法でもあるイワトガラミのツルが地面から出てきて俺を縛りあげる。


「さあ私が押さえている今のうちに!」

「う、裏切り者ぉ!」


 身動きのとれない俺は幼女の姿になっていたクーファに目を向ける。

 あくびをしながらこの光景を眺めていたクーファに、俺はすがるように言った。


「ク、クーファ! クーファは助けてくれるよね!?」

「……『白銀の細工師イル・マリネン』!」


 クーファの目の前で銀色の魔法陣が閃いた。


 助けてくれるのはわかるけど魔法はやりすぎだって!


 思っていたらファッサァー、と俺の頭に重くてサラサラした何かが垂れてくる。

 これは――銀色の髪の毛? しかもかなり長いぞ。


 俺が自分の異変を感じ取ったのを見て取って、クーファは答えた。


「銀細工を細く長く柔らかく伸ばして髪の毛を表現してみたんだがどうじゃ?」

「ちっくしょう誰も味方いねえよ!」


 じりじりと近づいてくる女の子たちの軍団。確実に全員おもしろがっている。


「メイクは私に任せて。服は?」とレルミット。

「私があの時着てた服があるはずです」


 答えたのはネミッサだ。


 あの時って……あの時か!? ネミッサが魔法少女なってた時!?

 あの服着るのか俺が! むしろ目立つわ!


 ていうかなんだこの何年もこのメンバーでやってきましたみたいなチームワークの良さは!


 同じ男であるコルたちは、あきらめたようにかぶりを振った。バラムは少し笑いをこらえている風だったけれども。

 こいつらは俺を助ける気全くないな。


「服脱がせるよ!」

「私も脱がせます! むしろ私が脱がせます!」

「わ、私もっ……」

「みんなで脱がすのじゃ!」


 四人がかり(とツルの触手)で俺を押さえつけながら服に手をかける。

 少女たちにもみくちゃにされるなか、クーファは俺の腕をがっちりとつかんで拘束した。終わった。


「や、やめっ、誰かぁー!」


 ていうか町の近くまで来たんだからレルミットの上司をここまで呼んでくればいいんじゃなかろうか。

 町に入る用事なんてそれくらいしかないんだし。


 いや、たぶん違うね。効率とかそういう問題じゃないね。ちくしょうめ。


 俺の着ているシャツがひん剥かれて上半身裸になったとき――突然上空に巨大な魔法陣が現れた。


「あれは――魔族が出てくるときの!?」


 俺が空を見上げて叫んだけれど、誰一人としてまったく意に介さなかった。


「みんな上見て! 上ぇ!」


 女性陣は俺を女の子にしようと集中してそれどころじゃない。


「あ」「ん?」

「む、あれは……」


 ネミッサの使い魔三体は上空の異変に気付いたが、とても呑気だ。


 やがて現れたのは、巨大な四つ足の化け物だった。


 石柱のように細い四つの脚と体。頭の位置にはアンテナのような巨大な角が屹立している。


 大きさは城壁と同じくらいだろうか、そいつは、どすんと音と振動を立てながら地面に降り立った。


 俺たちとはやや離れている位置だ。


「なっ、魔族?」


 俺のズボンを脱がしに差し掛かったころ、ようやく、ネミッサたちは身近な事態に気付いた。


「稀名さん魔族です!」

「うん知ってる!」


 魔族の進路は、やはりローコクの町だろう。


「まずいよ、隊長がまだ町にいるのに!」


 ゆっくりと細い脚を動かしながら前進する魔族。


 それを追うと、町の城門が見えてきた。


 城門は、まだ開いたままだ。


 城門の前には、武装した男たちが整列し、魔族迎撃の準備を完了していた。


 ローコクの騎士とその私兵団だろうか。


「あれは……!?」


 その集団の先頭に立っていた人物は、手に黒い剣を携えていた。


 鎧を着て、なぜか顔には仮面をしている。

 口元だけが出ている、鉄製の仮面だった。


 ――あの黒い剣と、藍色の髪には見覚えがあった。


「まさか『雷侯』!?」


 ローブは着ていないし仮面で顔は見えないが、間違いはないだろう。


 まさかこんなところで再会するとは。


 私兵団と思われる部隊の中にも、ウルを捕まえに来た少年たちが混じっているのを見つけた。


 ――おかしいのは、彼らが町を守ろうと、まるで騎士と私兵団であるかのように、魔族と戦おうとしていることだった。

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