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70 とある屋敷にて(4)怪鳥捕縛戦‐2

 前線はシリンのまだ手前にあった。


 前進できるような状態ではない。これ以上進んだら音の魔法の力が強くなるからだ。

 飛び道具での応戦と霊符による防御で、どうにか後退せずにいるようだ。


 雷侯たちもシリンに接近できないでいる。


「レーシィ様、お下がりください!」


 ウルが出てきたのに気づいた信者たちは目をむいてウルの前に立ちはだかった。


「! ……お戻りください。ここは危険です」


 戦闘に参加していた雷侯も、眉を寄せてウルをいさめる。


「……雷侯さん、なぜあれを精霊兵器に?」

「我々の戦力にするためです」

「では私も戦列に加わります」

「なりません」

「なぜです」

「勝手なことをされては困ると言っているのです」


 雷侯はここにきて語調を強めた。


 ウルは構わず最前線に進み出る。


「レーシィ様」


 雷侯はウルの肩を掴んで止めようとする――が、突然ウルから生じた突風に体をのけぞらせた。


「風!?」


 周りの信者たちも強い風に煽られて尻をつく。


 『ウィンドブロウラー』……周囲の風を集めて操るその魔法を使い、シリンの羽ばたきで生じていた風を一点に集めたのだ。


「わかってください、これ以上犠牲者を見たくないのです」


 嘘だった。これ以上彼らの、命を懸けた茶番に付き合いたくないだけだ。


『おいおい大丈夫か?』


 今は手枷の印と同化している河童がウルに忠告する。


『こんなの無茶で無謀でアホウのすることだ。こんな状況、俺たちは出てこれねえんだぞ』

「ご主人様なら、この状況をどうにか止めようとするはずです」


 ウルは考える。


 自分にはこの鳥を止める力はないだろう。


 しかし彼なら――稀名ならば、どうするだろうか。


『いや、たぶん本人はそのつもりないけど結果的に引っ掻き回して大事にして終わるんじゃないか?』

「絶対にそんなことありません。ご主人様はそんな無責任なことしません」

『ご主人様信じすぎだろ……』


 音でびりびりと空気が震える中を突き進む。


 すでに音の有効範囲の中だ。音だって致死量くらいは浴びているはずである。


「消し飛ばない……!? レーシィ様!?」

『おいおい本当に平気なのか?』


 うろたえる信者たちと河童の言葉に、ウルはうなずいた。


「たぶん、サラマンダーさんの……」

『加護か』


 自分の周囲に炎を発生させる『イグニッション』には、炎の耐性はなくてはならない加護である。


 ウルは炎でやけどをしなくなる程度だと思っていたが、音が発生させる高熱にも耐えられるということは思ったより強力な加護だったようだ。


「お一人でこの戦況を――なんてお方だ!」

「さすが『偉大なる家臣』!」


 事情を知る幹部は雷侯くらいしかいないのか、絶賛する信者が多数だ。


 絶賛の嵐を浴びながらシリンの目と鼻の先まで来ると、音はふっとやんだ。


「――何者だ?」


 シリンはウルに目をやって、そして納得したようにつぶやいた。


「――そうか、貴様レーシィ・レソビィークの?」

『どうやら「レーシィ」はどこにいっても人気者みたいだな』


 河童の皮肉は無視して、ウルは話を続ける。


「それは関係ありませんが、この場は収めてはくれませんか」

「――収めるも何も貴様らが始めたのだろう。自分たちが退くのが道理ではないか」

「雷侯や信者たちはあなたを捕らえ、物言わぬ道具にするつもりです。それもさせたくはない」

「――全員殺せば問題はない。それ以外は貴様らが退くくらいしかこの場を収める道はない」

「雷侯の力は強大です。あなたも苦戦するはず」

「――くっ、それは……」


 シリンは言葉を濁した。やはり雷侯相手はやりにくいとみえる。


「彼は黒い鱗のほかにも力を持っています。あれは苦戦している演技でしょう。その気になれば、あなたはおそらくすぐにでも精霊兵器にされてしまう」

「…………!」


 目的の半分は信者たちにカタルシスを与えることなのだろう。


 雷侯が自分だけの力で楽に勝っては達成感も連帯感も生まれない。


 雷侯がうまいこと主導権を握って信者たちを導くつもりだったのが、今やウルが戦いの中心だ。いい気分でもあった。


「ですから――私の使い魔になってください」

「!」


 シリンの赤い瞳が見開かれた。


「私はいずれ近いうちに彼らと敵対します。ですから、共同戦線を張りませんか」

「――共同戦線だと?」

「雷侯を倒すまで契約させてください――この土地から離れることになりますが、少しの間です。河童グリンさんたちがそうであるように、私の使い魔ならば身の安全は保障してくれるはずです。主従ではなく対等な立場として、どうですか」


 数秒の沈黙の後、羽ばたいていたシリンは地上へと降り立った。


 恐れなど感じていないような凛然としたたたずまいのウルに嘴を近づけ、観察するように眺める。


「……ふん、それが貴様の望みならば、それも悪くないか」

「ありがとうございます」


 ウルは口元を緩めた。


「精霊に好かれる体質は相変わらずのようだな」

「死んだらどうしようかと思ったぜ!」


 安全だと判断したのか、河童と丸太が顕現して首を突っ込んできた。


 そして調子に乗った河童がシリンの羽毛を肘でつつく。


「おう後輩よ、先輩様にあいさつしろや」

「――あ?」

「いえ……なんでもありません」


 冷汗を滝のように流す河童を一瞥して、


「ところで、レーシィのことをご存じなのですか?」


 ウルはシリンに尋ねた。


「――よく知っている。このへんの出身だったからな。あなたのような可愛らしい女の子ではなかったが」

「どんな人でしたか」

「――多数の精霊を従えていた。王の器だったが、どうやら自分の主人に尽くしていたようだった。気のいい奴だったよ。私の姿と魔力に恐れをなさなかった人間はレーシィが初めてだ」

「気のいい奴だったんですか」

「――髭もじゃのオッサンだったぞ」

「オ、オッサン……」


 ウルの顔がこわばった。

 だとしたら、自分は本当にただ瞳の色が同じというだけで『教団』に連れてこられたのか。


 気のいい奴というのも意外だった。精霊に対しては優しかったのだろうか。


「では、盟約を結びましょう」


 信者たちがこちらへ近づいてきていた。

 早くしなければシリンの動きを封じる結界を張られてしまう。


「――ああ。これからよろしく頼……!」


 にわかに、シリンの表情が苦痛にゆがんだ。


 瞬間、身体に刺さっていた鱗の刃が巨大な黒い針となって、シリンの身体を貫いた。


「これは、雷侯が放っていた黒い鱗……!?」


 飛び散る大量の血液。

 シリンの巨体が、音を立てて地面に倒れた。


「シリンさん!」

「――そうか、これが貴様らの作戦だったのか?」

「違います、シリンさん、しっかりしてください!」

「…………」


 シリンの表情から、生気が薄れていった。

 瞳孔が開いている。言葉も音の魔法も、もう発することはなかった。


 背後に、雷侯が立っていた。


危ないところ・・・・・・でしたね、レーシィ様」

「あなたは……!」


 雷侯は冷徹な目でシリンが息絶えたのを確認した。


 精霊兵器にはなりえないとわかって、シリンを始末したのだ。


 ウルに余計な戦力を与えないために。


「ご無事ですかレーシィ様!?」

「お怪我は!?」


 信者たちも、おおかた「シリンに襲われそうになっているレーシィ様をお助けするのだ」などと雷侯に言いくるめられたのだろう。

 誰かは緊張しながら、誰かは安堵の表情を浮かべながら駆け寄ってきた。


「シリンは死んだ! 精霊兵器に封じることはかなわなかったが、我々にたちはだかる脅威を一つ取り除くことができた! 我々の勝ちだ!」


 雷侯の言葉に、戦闘員の信者たちは歓声を上げた。


「シリンさん……」


 ウルがシリンの死体を悲し気に見つめていると、死体は光りながら夕空に霧散していった。


「死体が……!?」


 まるで蒸発するかのように、周囲と同化しながら消えていくシリン。


「精霊や幻獣に死体は残りません。ああして光の粒になりこの星の魔力に溶けていくのです」


 やがて、シリンは跡形もなくなった。

 まるで最初からそこにいなかったかのように、肉体も飛び散った血液も光になって、シリンは消えてなくなってしまった。


 戦いは終わった。


「では、帰りましょう」


 雷侯が言ったところで――信者が蒼白になりながら雷侯のもとにやってきた。


 『愚臣』たちを護衛していた信者である。


「雷侯、オクターヴ様が――」

「どうした?」

「オクターヴ様が、目を離した隙に……」

「いなくなったのか!?」


 報告を聞いて、雷侯も血相を変えた。


「レーシィ様の目覚ましい活躍に皆目を奪われておりまして……。さきほどから皆に探させていますが、まだ……」

「なぜすぐに報告しない! すぐに保護を!」


 雷侯は「くそっ、魔法師どもは何をやっていたんだ……」などとブツブツ呟きながら、右腕の義手に生えた黒い鱗をかさぶたを取るような動作でかりかりと指でひっかいた。


 ウルは『愚臣』たちがいる方へ目をやった。


 ミルが心配そうな表情でオロオロしている。

 ウルにそばについていてほしいと顔で訴えていた。


「……まさかシリンとの戦闘に巻き込まれて?」

「それはないでしょう。そうだと思いたい」


 ウルの質問に、雷侯は早口で答えた。

 珍しく、雷侯の顔に余裕がない。


 ウルがミルのもとへと戻ると、


「レーシィちゃん……」


 ミルは泣きそうな表情で手を握ってきた。


「まあオクターヴさんなら大丈夫でしょう」

「レ、レーシィちゃんもオクターヴも、やることが無茶すぎるよ……」


 ……しばらくすると、オクターヴは信者たちに連れられて林の中から姿を現した。


 オクターヴは「ははは、みんな大げさだなぁ」などと言いながら呑気に苦笑している。


「オクターヴ様、勝手に動かれては困ります!」


 冷静を欠いた雷侯に、オクターヴは笑いながら頭を掻いた。


「やーごめんごめん、ちょっと珍しい獣がいたから追いかけてたら迷っちゃったんだ」

「お気を付けください!」

「ごめんね」


 ウルとミルもオクターヴのもとへと駆け寄る。


「オクターヴ!」


 泣きながら抱き着くミルの頭をオクターヴは困ったような表情をしながら撫でた。


「オクターヴさん大丈夫ですか。お怪我は?」

「大丈夫大丈夫、道に迷ってただけなんだから。みんな心配しすぎ」


 オクターヴは笑いながらウルの肩を五回、小さくたたいた。


「……ならいいのですが」


 合図だ。


 五分――それが姿を消してから追いつかれるまでの時間だった。


 それを知らせたのだ。


 ウルはうなずいた。

 充分だ。


 五分。あくまで目安ではあるものの、それが集会中に相手の目を欺けられる猶予。

 屋内ならばもう少し時間は縮まりそうだが、それくらいならば屋敷からの脱出も不可能ではない。


「では帰りましょうか、ミルさん、オクターヴさん」


 ウルはガーレに命じて黒いローブに白い糸を縫い付けさせた。


『よっかご』『けいかくどおりに』


 一瞬で縫い付けられた白い糸は、メッセージになっていた。

 オクターヴとミルにしか見えない位置に、小さくたどたどしく縫われた白い文字。


「うんっ……」

「そうだね」


 ミルとオクターヴはうなずいた。


 用済みの糸はサラマンダーのイグニッションで燃やし、証拠を残さないようにする。


 これを伝達手段にして、書庫の死角でわからないようウルの考える計画を二人に伝えていた。


 ――脱出の決行日は、四日後の定例集会。


 集会の時間、集会には出席せず姿をくらませるという作戦だ。


 五分以内に三人は合流し、あらかじめ作って隠した白いローブを着て屋敷内外を探す信者たちに紛れながら、入り口から堂々と外に出る。


 信者たちの着ている白いローブは、糸紡ぎの精ガーレに作ってもらう。

 女中に頼んだ服をローブに仕立て直してもらい、クローゼットに隠しておく。

 どのようなローブを着ているかは、今日覚えさせた。


 『門』を使う必要もない。

 信者たちに紛れながら外に脱出させてもらう。


 かくして少年少女は、それぞれの思いとともに脱出の決意を胸に温める。

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