7 そうして俺は罪を重ねる
「ウル!?」
兵士に連れられているのは間違いなくウルだ。
「――知り合いか?」
「うん。どうして……逃げなかったんだ」
「――『スプリガン』だと言っておるが?」
「ただの奴隷として売られそうになってた女の子だよ! そんなわけない」
隊列を作っている兵士たちより一歩進んで、兵士たちは言った。
「この者は左目が緑、右目が赤の色をしている『忌まわしき魂を持つ者』だ!」
忌まわしき魂を持つ者?
「古より生きる神獣よ、この者が『スプリガン』で間違いない! 本人も認めている! この者の命をもって、その怒りを鎮めたまえ!」
――そうか、事態を収拾させるために、適当に人を見繕って『スプリガン』に仕立て上げたのか!
「まずい!」
俺はウルを助けるために駆けだした。
「……あ」
ウルは切なそうな瞳で俺のことを見つめた。
――間に合わない!
ウルの背中めがけて、剣を振り上げる兵士。
パァン!
金属のはじけるような大きな音が響くと、兵士の持っていた剣は一瞬で砕け、弾け飛んだ。
「!?」
足元には、さっきと同じ魔法陣。
剣を目にもとまらぬ何かで弾き飛ばしたのは、竜の魔法『白銀の細工師』による白銀の刃だ。
「ぐあああっ」
兵士は衝撃に悶え、腕を押さえて悲鳴を上げた。
でもさっき俺に飛ばしてきたナイフより、ずっと速い。なにせ俺の強化された動体視力でも捉えきれなかった。
あっけにとられて竜を見ると、
「――これが本来の速度なんじゃがな。威力はあえて抑えたが」
ぽつりと漏らした。
「なんか言い訳みたい」
「――うっさいわ」
何にしても助かった。
俺はウルのもとへ行く。
もう一人いた兵士は怖気づいてほかの兵士たちと合流。
その合流した隊列を組んでいた兵士たちはというと、俺がウルに駆け寄ると、じりじりと逃げるように下がっていく。
俺は膝をついていたウルの手を引いて立ち上がらせた。
「なんで逃げなかったんだよ、ウル」
「たとえ逃げても、行くところなんてないですから……ならご主人様のおそばにいようかと」
「それで町を戻ってたら兵士に捕まって?」
「はい」
ウルは頷いた。
感慨に浸ろうとすると、竜が俺たちを守るように躍り出た。
瞬間、鱗に無数の矢がはじかれる。
竜が助けてくれなければ、俺たちが矢に射抜かれていた。
「俺たちを狙ったのか!?」
数人の勇気ある兵士たちが、なぜか俺たちに向かって突撃しようとしている。
「ば、化け物とその仲間が!」
「ここから出ていけ!」
「おっ俺は戦うぞ! いつまでもビクビクしてられるか!」
「そうだ!」
司令塔の騎士が、兵たちの指揮を上げるために剣を掲げた。
「わが国に仇なす白竜とその眷属を討ち取るのだ! 我々の町をこれ以上壊させはしない!」
オオオオッ!
雄たけびとともに、奮い立った兵士たちが突撃してくる。
「いや、なんで!? なんで俺たちも!?」
俺むしろ竜を止めたんだけど、理不尽すぎるだろ!
眷属って、こいつらどういう解釈してるの!?
「――つまりじゃ。大勢の兵たちが全員でかかって止められなかった敵を、少年一人が止めたとなれば」
「……メンツ丸つぶれか。そういうこと」
竜は自分たちが止めたことにしたいのね。
俺もウルも竜の仲間ってことにして殺して、事実を闇に葬り去って。
竜は無理だが、せめて人なら殺せるって思ったんだろうか。自分らのプライド のために?
「今さっきまで鎮めたまえとか言ってたくせに、勝手だな」
俺って、これ捕まったら罪人として処罰されるんだろうな。
とことん理不尽だなあ。
「――すまんな。暴れたのはわしだけじゃったのに、巻き込んでしもうた」
「いや、気にしてないよ。さっさと逃げよう」
「――じゃな」
竜の爪が、ウルのはめている手枷の鎖を断ち切った。
「――腕輪の部分はひとまず逃げた後じゃな。二人とも背中に乗るがよい。飛ぶぞ」
「うん。ありがとう、竜さん」
俺はよじ登るようにして竜の背中に乗った。
改めて竜のでかさを感じる。鱗はごつごつしていて、鋼鉄の瓦の上に立っているみたいだ。
「ウルも行くよ」
「私も……ですか? いいんですか? ご主人様の言いつけを破ったのに」
ウルは申し訳なさそうに小さくなっていた。
俺は小太刀を召喚して竜から降り、
「!?」
ウルをお姫様抱っこするように抱えて、鱗を足場にしながら竜の背中に飛び乗った。
「行くよ」
「は、はい……」
赤くなって控えめにうなずくウルに微笑んで――俺は鞘から刃を抜いた。
俺たちを中心にして、台風のように吹き荒れる風。
「なんだ、この妙に心地のいい風は!?」
「頭が冴えていく……!? だがなぜだ!?」
「俺たちは、本当に彼らを倒せるのか?」
「いや、今の俺ならやれる気がする!」
「眠い……」
動揺する兵士たち。
でも、やっぱり緊張が解けたり無駄な肩の力が抜けたりしてパワーアップする場合もあるのね。
冷静になって足を止めたり、リラックスしすぎて眠気が差したりしてくれてるのもいるけど。
全員が戦意を失ってくれればよかったんだけどな。
けど、まあ、とりあえず足並みは崩せた。兵たちの意識はバラバラだ。
「竜さん、今のうちに」
「――クーファじゃ」
「ん? 竜さんの名前?」
「――そうじゃ。真名は忌み名じゃから全て明かせんが、とりあえずクーファと呼ぶがよい」
ってことはクーファというのは真名の一部分ってことか。
忌み名っていうのは聞いたことがあるぞ。
本名を人前じゃあまり口にしない、みたいな習慣が昔日本でもあったってテレビかどこかで聞いたような気がするけど、それと同じようなものだろう。
「そんな大事な名前俺に教えていいの?」
「――特別じゃ。はよ呼ばんか」
「ありがとう、クーファ。あ、俺は稀名っていうんだ」
「――では行くかの稀名」
俺の風に、クーファの羽ばたく際に生じる風も混ざる。
風に乗って空高く舞い上がると、俺たちは王都をあとにした。
「……あっ」
なんだか根本的な問題に直面してしまった。
スミラスクの町って、どこ?
東と聞いただけで具体的な道のりわかんないんだけど。
大丈夫か。
まあなんとかなるか。