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68 無慈悲な尻パン

 さらに三日が経った。ウルが連れ去られて十七日目だ。


「レルミットのやつなにやってんだ?」


 旅の準備でさらに時間を要し、レルミット待ちでさらに時間を要した。

 レルミットは今日合流する予定だが、まだ姿を見せない。

 仕方ないので俺たちは、ここで最後のお茶会を催していた。


「ところでネミッサは本当にいいの? ここには二度と戻ってこられなさそうだけど」


 俺が尋ねると、ネミッサはうなずいた。


「はいっ。もう最初に決めていたことですから」


 引っ越しということで部屋内はガランとしていた――わけではない。

 机などの調度品はそのまま、本棚も本もそのままである。


「結界や社のことはすべて騎士のガルム様にお任せします。社の位置を記した地図も用意しました」


 魔法師やその魔法についての書物も、ほぼすべて置いていくことになったのだ。


「資料を置いていくのは諸刃の剣じゃぞ」


 結界は社を守っていればとりあえずは維持ができそうらしい。

 しばらくはネミッサのような結界を修復する人間がいなくてもやっていけるだろう。


 ただクーファの言う通り、その秘密を知るために『教団』のやつらが近づいてくる可能性もある。


「それはガルム様を信頼するしかありません」

「うん、そうだね」


 ガルムさんならうまくやってくれるだろう。脱がなければまともな人だ。


 それに、こちらにはちゃんとメッセンジャーもいる。


「俺がガルムのオッサンたちにこの場所を知らせればいいんだな?」


 同じ席で出されたお茶を飲みながら、不服そうに不動は尋ねた。


 人質兼小間使いも今日でお役御免だ。

 不動にはここに残ってもらって、ガルムさんに社の存在を伝えてもらう。


「はい。でもできれば、はじめはガルム様だけにお伝えしてください」

「わかったよ。捕まっていたとはいえ世話になったからな。ちゃんと伝えてやる」


 不動は珍しく殊勝な態度だった。


「しかしローコクか……」

「うむ」


 ローコクという地名を聞いて、コルとバンナッハの顔が曇った。


「…………」


 バラムも窓の外で複雑そうな顔をしている。


「なんか嫌な思い出でもあるの?」


 俺が言うと、三匹は顔を見合わせる。


「いや、そういうわけじゃねえんだけどな」

「あそこの近くの湖には我々の知り合いがいるのだ」

「知り合い? 人間の?」


 床に埋まっていたバンナッハは軽くかぶりを振った。


「いや、人間でなく精霊だ。俺たちと同じ、土地から生まれた奴だ」

「土地から?」


 たしかコルは川から、バンナッハは山から、バラムは獣道からそれぞれ生まれたのだったか。


「ああ、聞いたことある。たしかシリン、だったっけ……?」


 思い出しながら言うネミッサに、


「そうだ。湖から生まれた精霊シリン。魔力は強いんだが協調性がまるでない奴なのだ」


 バンナッハは答えて、コルがそれに同意した。


「会わないで済むなら会わない方がいいんだぜ」

「でも貴重な現地に住んでる知り合いなら話を聞かないわけにはいけないよね」

「そうなんだよなぁ」


 コルはのぼせたようにぐでっと体を伸ばした。


「話聞いてもらうように説得してみるかぁ……ウィズヘーゼルの異変にも我関せずだったからな。バンナッハと違って」

「バンナッハはここの土地出身じゃないんだ」


 俺の質問に、コルは頷く。


「ああ、バンナッハは王都から北側、バラムは西側の地方出身だぜ。ウィズヘーゼル出身は俺だけだ」

「へえ、そうだったんだ」

「まあバラムは昔どっかの竜にコテンパンにやられて森を追い出されたとかで、だいぶ前にこっちに逃げてきて住み着いてるんだけどな。で、今回の騒動で駆けつけてくれたのがバンナッハだ」

「あっ……」


 そういえばバラムはクーファと戦ったことがあったんだっけ。

 見ると、バラムは焦ったように顔を上げ、クーファは生き生きとした顔になっていた。


「おいその話はよせ!」

「ほうーどっかの竜に? どこぞの超強い白竜がそこの身の程知らずをどうしたのじゃ? なに? コテンパンにしたとな?」

「ほらうざくなった!」


 とりあえずバラムとクーファは放っておこう。


「昔は俺たち四体を指して『土地神の四柱』とか言われて人間に敬われてたんだぜ。その魔力の強い四つの土地に目をつけて、人間どもは社を立てたわけだしな。……今となってはそんな人気はもう見る影もないんだけどな」


 聞くところによると、この国を覆う結界は東西南北の地方にそれぞれ設置されている社から形成されるということだ。


 今回壊されそうになったのは東側のウィズへーゼルのものだけみたいだけれど……『教団』のやつらはたぶんどの地域でも破壊工作を行っているんだろう。


 まあ『シリン』については、コルたちが昔の知り合いならばどうにか話をつけてくれるだろう。


「話はそんなもんか?」


 足を組んでおとなしく聞いていた不動が立ち上がる。


「とりあえずレルミットさんが来るまではここでこうしていましょう」

「なら神無月。ちょっと面貸せ」


 不動はむすっとした顔で俺を見た。


「ん?」

「表出ろ。男同士で話がある」


 なんて言いながら、俺の返事を待たずにさっさと出て行ってしまった。


「おとっ、男同士で!」


 今まで黙っていたチェルトはにわかに声を上げた。

 心なしか嬉しそうだった。


「チェルトさん?」

「あっ、ごっ、ごめん、なんか、自分でもよくわからないんだけどすごくどきっとしたっていうか……なんでだろ」


 チェルトらしくないたどたどしい返答だった。やや照れくさそうに、しおらしそうに、肩身狭そうにしている。


 ……まさか、目覚めてしまったのか?


「でも一体なんだろうね……?」

「行ってきてください。私たちは待ってますから」


 ネミッサに促されながら、俺はネミッサの家を出た。


「こっちだ」


 不動は森の中で手招きしながら先導する。


「?」

「こっちこっち……よし、このへんでいいな!」


 かなり森を歩いた。


 ちょうど赤いラインの入った場所の手前――川とネミッサの家の中間地点だった。


 向き直った不動は、いきなり赤い剣を召喚して振りかぶった。


「死ねい!」

「ぬおおっ!?」


 寸前で俺も小太刀を出して紙一重で避ける。危なかった……。


「ざまあ! 俺の作戦にまんまと引っかかりやがったな! ずっとおとなしくしてたのはこの日のためだ!」

「さ、作戦だって!?」

「そうよ!」


 不動は大剣を肩にかついでにやりと笑う。


「全員で囲まれたら俺に勝ち目はない――しかしこうして呼び出して一人一人倒していけば最後に立っているのは俺という寸法!」

「それ作戦なの!?」


 すげー頭悪そう!


「ここまでスムーズにいっているのは俺が敵から信頼を勝ち取ったおかげってやつだ」

「それはどうだろう」

「さんっざん俺をこき使いやがって! 全員俺の前に跪かせてやる!」


 やや距離を取りながら、不動は剣から赤い粒子を放出する。


「俺がおとなしく召使いやってたと思うなよ! ずっとお前を倒すにはどうしたらいいか考えていたんだ! こっそり特訓もしてた!」


 赤い粒子は不動の身体をたちどころに覆いつくし、一瞬で赤い鎧を形作った。


「!」


 しかも鎧は以前とは違う。


 形状が、やや変わっている。


「そして出た答えが、俺のこの進化した鎧だ!」


 以前は動きやすいように鎖帷子だったところは、赤いプレートに変化していた。

 正真正銘、フルプレートのアーマーだ。


「少々重いが関係ねえ! 関節部分さえ強化しちまえばお前のサブミッションなんて効かねえんだよ!」


 たしかにこれじゃ、関節は曲がりにくい。


 よしんば拘束できても、鎧がガチガチなら中の人にダメージを与えるほど関節部分を曲げることができない。


 そして攻撃を無力化する能力が健在だとすると、相変わらず物理攻撃も魔法攻撃も効かないことになる。


「関節技を知っているお前さえ倒せれば、あとは魔法だけ強い奴らしかいなくなる……魔法なんて効かねえ俺が一方的に相手を倒せる!」


 たしかにそれはやっかいだ。


 鎧を身に着けた不動は走って斬りに来る。


 重さのせいか動きは若干遅くなったようだが、その分攻撃に重さを乗せられる。


 俺は――とにかく攻撃をかわすのに専念する。


「ふはははっ、逃げてるだけじゃ何もできねえぜぇ!」


 樹木を切り倒しながらの横薙ぎを転がってどうにか避ける。


 木に食い込ませて攻撃を止めるやりかたはもう通じない!

 このところ不動は森を歩き回っていたおかげか、道の凹凸にも慣れている様子だ。


 そうして逃げて、ついに川岸近くまで来てしまった。


 ――よし、ここまでくれば。


 俺は地面から出力を極力絞った『森羅創生ロウ・ダンデ』を発動する。


「予想通り土はちゃんと踏むんだね」

「魔法なんて効かね――何!?」


 魔法はあの赤い鎧に触れたらかき消えてしまう。


 ならば触れなければいい。


 俺は地面の中――地中で魔法を発動させた。

 勢いよく茂る樹木たちは地面を持ち上げながら地上に突き出てくる。

 そう、土を踏んでいる不動の真上の位置だ。


「うおおおっ!?」


 出力は絞っているが、それでも五メートル四方ほどの範囲にはなるだろうか。


 突き出た樹木は勢いよく地面を持ち上げる。

 ――その地面の上にいる不動もろとも、である。


 魔法で作った樹木は地面には触れているが不動には触れていない。不動との間に地面を挟むことで魔法の無力化を防ぐ。


 不動は地面ごと空中に大きく投げ出され――川の水面へと落下した。


「俺だって、お前対策・・・・を何も考えてなかったわけじゃないよ」


 聞こえていないだろうけど、俺は言った。


 不動の能力はチート並みに強い。関節技を克服された時、どう戦うか頭の中でシミュレーションをしていたのだ。

 その方法のひとつが『水に沈める』だった。


 土と一緒に勢いよく水の中にダイブした不動。鎧は重いから沈むこと請け合いだ。


「ぶはっ! てめえよくも――」


 案の定能力を解除して泳いで逃げようとしていた不動をイワトガラミのツルで捕まえた。


「ぐおおっ」


 一丁上がりだ。


「あれっ!? マスキング君、迎えに来てくれたの? おーい」


 その時、ちょうどよくレルミットがやってきて大声で俺を呼んだ。

 川岸から一人、手を振りながら船を使ってこちら側に渡ってくる。


「レルミット、遅いよ。あと俺の名前稀名ね」


 さて、捕まえた不動はどうしようかな……。


「く、くそっ、放せ! ふざけんじゃねえ!」


 まだ不動は文句を言っていた。

 これはちょっと、ちゃんと反省してもらわないと。


「稀名君ー、この人誰?」

「うん、不動っていって、俺と同じ境遇で連れてこられた人」

「ふーん、勇者?」

「そうそう、ってそのこともご存知なのね……」


 反省してもらいたいけど反省の色がないとなると、まずちゃんと反省するように教え込まないとダメだよね。


 レルミットが川を渡り切ったとき、不動を俺の近くに引き寄せた。


 そして以前のように、尻を突き出す格好のまま固定する。


「てめえふざけるな、放しやがれ!」

「情けない格好だね。女の子の見ている前でこんなはしたなくお尻を突き出して……」

「や、やめろ!」

「それとも見られるのが気持ちいいのかな? とんだ変態だね」

「んなわけあるかぁ!」


 ウル――は、いないんだよな。せっかく魔力奪うチャンスなのに。


「……レルミット、悪い子には何が必要かな?」

「んー……しつけとか、おしおき?」

「そう、悪い子にはおしおきが必要だね」


 俺は笑顔でうなずいて、魔法で作ったツルを束ねて拳を形成した。


「ただ、子どもにはお尻ぺんぺんで十分だけど、こいつは大人だからグーパンね」


 じかに殴るのは気持ち悪いからイワトガラミのツルで作った拳になるけれども。


「おい、まさか……」


 俺が何をするか察したらしく、みるみる青ざめていく不動の顔。


 震えているのか、ぽたぽたと垂れる水の量が多くなっている。


「ちょっと待て……やめろ、やめてください。すいません俺が悪かったですもうしませウゴァーッ!」




 ……ネミッサの家に戻ってきた。


 レルミットとびしょ濡れで尻を膨らませてぐったりする不動を連れて帰ると、ちゃんとお茶を飲みながら待っていたらしいチェルトたちが出迎えてくれた。


「何やってたの? ずいぶん遅かったね――って、どうしたの?」

「いや、大したことないんだけど、ちょっと野暮用で……」


 チェルトに言われて、俺は笑ってごまかした。


 連れてきたレルミットが、俺に続いて家に入りながら大声で言い放つ。


「んーとね、縛って言葉責めしながらフドーさんの尻叩いてた! 楽しそうだったよ!」

「縛って言葉責めしながらフドーさんの尻を叩いてたっ!」


 チェルトは勢いよく立ち上がってレルミットの言葉を反芻した。


 ……その通りだけどそういう言い方やめよう?


 しかし手こずった。午後遅くなってしまったけれど、出発はできるだろうか?

 急いでしたくしなければ。

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