66 ばれてた
ところでギルドで稼いだお金はいちおうそのまま取っておいてあるけれど……足りるのかな。
聞くところによると、自分の預かり知らないところで自分の伝えた情報が誰かに伝えられたとしても料金は発生しえないということだった。
つまりレルミットがいなくなってからなら、俺がいくらでも情報をネミッサたちに伝えてもいいということらしい。
人払いはとりあえず済んだ。
家の庭に二人。俺とレルミットは家の壁に背中を預けながら話をすることになった。
……と、話を始めるその前に。
ひとつはっきりしておこう。
「気づいてないみたいだからあえて言うけどさ」
「ん?」
首をかしげるレルミット。
きっとびっくりするだろうなぁ。でも隠していてもいずれバレるだろうし。
「俺さ、じつはマスキングって名前じゃなくて」
「あ、そうなの?」
「指名手配中の神無月稀名だったんだよ!」
「知ってたー」
「知ってたのー!?」
レルミットは普段と変わらないフランクさだった。
俺がびっくりしたよ。
いや、たしかにレルミットは同じように懸賞金かけられてたネミッサのこと知っても動じてなかったけど。
「それだけ?」
「うん……」
「じゃあ私からの情報いい?」
「どうぞ……」
まあ、お尋ね者にも態度を変えずに接してくれるのはありがたいんだけど。怯えられたり逃げられたりされても困る。
「結論からいうと、魔法師ってのはまだひそかに存在してたみたいだよ」
レルミットは珍しく真剣な表情になる。
「ウィズヘーゼルの件では、なんかお抱えの建築家を使って、建物の中におフダを仕込んでたみたいだね。それが結界の破壊につながってたみたい」
「やっぱりか……『お抱え』って、やっぱり魔法師たちは組織を作ってたの?」
「そうみたいだね。魔法師を中心とした邪教集団『ラーガ教団』――それが国内にちらばって工作をしている組織の名前だよ」
「『教団』……!」
やっぱりあいつらのことか。
結界を壊して魔族を引き入れていた――魔王軍の協力者。
「魔法師の技術を連綿と受け継いでるって噂だけど、全員が魔法師ってわけじゃないみたい。ただまあ破壊工作に加えて戦闘集団としてはかなり高い戦闘力はあるみたいだよ」
「それはもう痛いほど思い知ったよ」
俺は乾いた笑いで、黒焦げになった時のことを思い出した。
「そいつらの本拠地ってわかったりしない?」
「ん? マスキング君、本拠地に乗り込むつもりなの?」
「い、いや、いろいろ事情があってね」
ウルが本拠地にいるという保証はないといえばないんだけど、本拠地なら誰か知ってるだろうしね。
あと名前、稀名なんだけど……まあいいや。
「話が早いなぁ! でも、慌てちゃだめだよ」
「話が早いってなんのこと?」
「それはまだ隊長――じゃなかった、うちの上司が調べてるところなんだよ。南の地方なんじゃないかってフワッとした予想はあるみたいなんだけど」
上司の人も調べてもらってるのか。
「……上司?」
「あっ、えー、まあ、あれだよ。上司っていうかね」
上司という言葉を取り上げただけだけど、レルミットがにわかにしどろもどろになる。
「レルミット、組織ぐるみで情報屋やってるの?」
「ま、まあね。いっ、いやっ、まあねっていうか、秘密なんだけど」
「秘密の情報屋集団って、なんだかかっこいいね」
「へっへーそうでしょ!? まあうちの情報屋ギルドは本当に秘密だから騎士様やお役人さんに見つかったらしょっ引かれるんだけどね!」
素直にほめると、レルミットは得意気になってとんでもない事情を漏らした。
「えっ、それって闇ギルド……」
べつに国が活動を認めてくれているわけじゃないのか?
しかも見つかったら捕まるって、何かいけないことでもやってるのだろうか?
「マッ、マスキング君誘導尋問はだめだよ!」
レルミットは気色ばんで反論した。
「本当にバレたらまずいんだから! きみ消されるよ!」
「俺が!?」
「そりゃそうだよ!」
しゃべってるのはレルミットなんですが……じゃあ言わないか嘘ついたほうがよくない?
レルミットが正直すぎたせいで俺が消されるとか理不尽すぎない?
「でも南の地方か……行ってみてもいいかもしれないな」
「そこのローコクって町にうちの上司が滞在してるから、もし詳しい話聞きたいなら直接聞いた方がいいかもね」
何も手がかりがない以上、手に入れた情報にすがるしかないか。
「ありがとうレルミット。それで、その……いくらなの?」
「ああ、そうそう、お金ね!」
レルミットは思い出したように言って笑顔になった。
怖い。この瞬間が怖い。先に料金聞いておけばよかった。
足りなかったら借金背負わされるかな。
いや、最悪始末されて臓器とか取られるのか……? 闇ギルドならなんでもありだよな、たぶん。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよマスキング君」
レルミットは上機嫌で俺にウィンクする。
「貧乏人だけど命の恩人であるマスキング君に正規の料金を徴収するほど、私は悪魔じゃないよ!」
「レルミット……」
貧乏人とか一言余計だよ……いや、助かるけど。
「とりあえず有り金全部でいいよ!」
「レ、レルミット……」
泣いた。
俺の、俺たちの初給料の残りが……。
レルミットはポンと優しく俺の肩をたたいた。
「泣くほどうれしいなんて、やめてよ、私とマスキング君との仲でしょ?」
「くっそ! 言い返したいけどお世話になってるからなんとも言えない! あと俺稀名だよ!」
「稀名君ね。はいはい」
鞄を持ってきて有り金をすべてレルミットに渡した。
今思ったんだけどぼったくりじゃないよね、これ?
レルミットは差し出された貨幣を数えながら、
「苦労の割にこれっぽっちかぁ……しょっぱいけどしょうがないね!」
「ううっ」
なんかカツアゲされてる気分だ。
いやでも裏の稼業みたいだし労力を考えたらやっぱり割高になるのは仕方ないのか。
「せっかくだからおまけ情報。ネミッサ・アルゴンの両親について」
「――! 元気なの?」
ネミッサは気にしていない風だったけれど、きっと寂しいはずだ。せめてここを出る前に会わせてあげたい。
「残念だけどもう亡くなってるよ」
「……そっか」
「二度目の魔族の襲撃でね。避難する時間はあったはずなのに、逃げなかった。抵抗なく、ほとんど自殺をするみたいに魔族に食われた。ネミッサが結界を破壊しているとわかってから、少し精神が不安定になっていたみたい。ガルム様がどうにか家族には危害が加えられないように気を遣ってたらしいんだけどね」
「……この情報はネミッサには言わないほうがいいかなぁ」
「それは稀名君にまかせるけど。町を出ていって行方がわからないとかにしといたら?」
それもいいかもしれないな。
「ねえレルミット、もしかしてさ、ネミッサの両親のことをこっそり教えてくれるために、人払いしてくれたの?」
どこまで俺たちのことをお見通しだったのか……気を遣ってくれたのかな。
「さぁーねー。知らなーい」
レルミットはとぼけたように空を見上げた。
嘘が下手だなぁ。
「あっ、もしここを出るなら私も連れてってよね。ちゃんと上司の仲介してあげる」
「そうするよ」
レルミットは上司に伝書で報告書を送るために一度帰ってから、合流してくれることになった。
まだ少し準備は必要だけれど、ようやく進路と目標は決まった。
南の地方のローコクとかいう町で、レルミットの上司から『ラーガ教団』の情報を手に入れる。
……お金……情報料……いや、今はまだそういうこと考えないでおこう。




