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65 やたら賑やかな娘がやってきた

 さらに一週間が経っていた。ウルが連れ去られて十四日ほどが経過した。


 俺は外で適当な石を椅子代わりにして、木の枝で地面をなぞるようにしていた。


 文字を習うといっても、ここには本はあるが白い紙がない。当然ノートもないわけで。

 外の乾いた地面の所に木の枝で書くのが手っ取り早い、ということになった。


 一通りのことをネミッサに教わりながら、一人で文字の練習をするのが日課になりつつある。

 完全にいじけているようにしか見えないが、文字を練習しているのだ。

 仲間からつまはじきにされて寂しいというわけでは全然ない。

 全然ないのだ。


「そんなもの練習してどうするってんだ?」


 川から水を汲んできた不動が、休憩がてら俺のそばに寄ってきた。


 こいつもだんだん馴染んできているな……。


「必要かもしれないじゃないか」

「普通に話せるんだからいいだろ。文字書くときは誰か代わりのやつを呼べばいい。あとそれ、いじけてるようにしか見えねえんだけど」


 ププッ、なんて笑いをこらえきれずに破顔する不動。


「くっそ似合ってるぜ」

「うっさいわ。邪魔だしさっさと水汲みの続きしてほしいんだけど?」

「わかったよバーカ」

「さっさと行けバーカ」


 だらだら歩いて森に消えていく不動ににらみを利かせながら、俺はため息をついた。


 文字の習得は順調にいきそうだが、ウルの所在についてはいまだ手がかりはなかった。


 バンナッハが地中に潜りながら川を渡り、情報を集めようとしてくれているが、いまだにめぼしい情報はなかった。

 もたもたしている時間がはがゆい。


「稀名さーん、何かわからないところありますか?」


 練習していると、ネミッサが様子を見にやってきてくれる。

 青いツチノコっぽい見た目の精霊コルを胸に抱いていた。


「あ、うん、大丈夫」

「そのうち魔法師マホツシが使う文字の魔法も教えますね!」


 魔法師の魔法か。俺に習得できるのだろうか?


「お前にできるかどうかはわからないけどな。まあこれからも励むように」


 コルはふんぞりかえって偉そうなことを言っている。


「それなんだけど、人間みんなが使えるわけじゃないんだよね?」


 魔法師は力を失って衰退していったと聞いた。


 技術はひっそりと伝えられているのに、なぜほとんどの人が必要としなくなったのだろうか。

 使いようによってはかなり便利な気がするんだけど。


「たしかに魔法師の魔法は使える人と使えない人がいますね。まあ稀名さんは潜在魔力が高いので使えると思いますけど。魔力が低くても月の光が強い夜とか、特定の条件下でならたまに使えたりするみたいですけどね」


 時間によっても使いやすさは変わるのか。

 ますますわからないな、魔法師の魔法。

 魔力の高い低いで使えるかどうか変わるってことは素質や才能もある程度関係してくるのだろうか。

 まあそういう不安定さが衰退につながっていったのかな。


「魔法師の魔法は『言霊ことだま』という力を使わせてもらっているんです。要領がわかればすぐにマスターできますよ」

「その『言霊』って言葉も引っかかるんだよなぁ」


 どこで聞いたんだっけ?

 いまだに思い出せない。


「そういえばバラムは?」


 ネミッサがいつも見張りをしているバラムがいないことに気付いた。


「ああ、どこかに行ってるよ。ていうかしょっちゅうどっか行ってるよ、あいつ」


 どこかでサボってるんじゃないだろうか。


 なんて話していると、


「うおっ」


 白い毛並みの塊が、いきなり森から顔を出した。


 ネミッサの使い魔の一匹である、白狼のバラムだ。


「おい、なんか食ってないか?」


 コルの言う通り、なにやら人間のようなものを銜えている。


 いや、人間のようなものじゃなくて人間だ!


「バラム誰食べてるの!?」

「バラム! 人は食べちゃダメって言ってるでしょ!」


 俺とネミッサは慌てて声を上げた。

 それを聞いて、バラムは眉間にしわを寄せる。


「はべへはほひはお(食べてなどいない)」

「何言ってるかわからない!」


 その人は上下の牙に挟まれて、これから噛み砕かれる寸前であった。


「あっ、着いたの!?」


 バラムに食べられそうになっている人は顔を上げてあたりを見回した。


 どうやら意識があるらしい。


 見覚えのある顔と声。


「レルミット!?」

「ややややややややややややややややっ、マスキング君!」

「や多すぎぃ!」


 しかも意外と元気だった。細かい擦り傷はあるものの、バラムは彼女を傷つけてはいないようだった。


「やっと会えた! 探したよー」

「捕食されそうになってるよレルミット!」

「わかる」

「冷静だな!」


 バラムは俺たちのやりとりを聞いて、レルミットを地面に解放してあげた。


「お、お知合いですか? どなた様で?」


 ネミッサは俺とレルミットを交互に見る。


 レルミットはネミッサに顔を向けると、ポニーテールにしている髪を撫でて整えた。

 そしてネミッサに向けて言い放つ。


「レルミット・レレミータ! 偽名だよ!」

「ついに自分から言ったぞ……」


 ネミッサは笑顔でうなずいた。


「偽名なんですね! わかりました!」


 それで納得できるの……。


「ネミッサ・アルゴンといいます。よろしくお願いしますね!」

「かわいい! おばあちゃんじゃなかったの!?」

「おばあちゃんじゃないですよ!」


 なんだこのノリは。一足飛びで仲良くなった感じで、二人は意外に馬が合っているのだろうか。とてもいい雰囲気だ。


 バラムは鼻を鳴らして、俺に目を向ける。


「こいつが森で迷っていてな、どうしてもお前に会いたいそうだから連れてきた。恋人か?」

「こっ恋人!?」


 なぜかネミッサが驚いて、


「いてえよ!」


 抱いていたコルを地面に落としていた。


「いや、違うよ」

「そ、そうですか……」


 安堵の息をつくネミッサ。


 レルミットは尻についた砂を払うと、擦りむいたところを痛そうにさすった。


「いてて……いやー、クマとか襲ってくるからさぁ、逃げるの大変だったよ! そしたら道に迷っちゃってね! 助けてもらったの! よだれもそんなについてないし、いい狼君だね!」


 助けてもらったって、バラムに食われそうになってましたが。

 背中とかに乗せてもらうというのもできたはずだけど、そうなってないあたり客としては扱われていないと思われる。


 ……クマってリシン・グリズリーだろうか? むしろ逃げられたのか、あれに。よく擦り傷だけで済んだな。


 レルミットは上着にショートパンツの動きやすそうな格好だったが、それでも脚力で勝てるとは思えない。


「よく逃げられたね」


 荷物はほとんどなく、ベルト付きポーチが腰にあるだけである。


 いくら荷物が少なくて動きやすいといっても逃げられるものなのか。


 レルミットは笑って親指を立てた。


「まあ私の方が小回りは効くし、逃げ足なら誰にも負けないからね!」


 なにその情けない自慢。


「……俺は抵抗するなら殺そうと思ってたがな」


 バラムはそっぽを向きながら不機嫌そうに答えると、レルミットはしたり顔で服の上着をバサバサ揺らした。


 引き締まったウェストと小さなおへそが見え隠れするが――注目すべきはそこじゃない。


「ふふん、いや、それ以上噛み砕かなくてよかったね狼君」


 服の中からボトボトと地面に落ちたのは、以前お世話になった赤い毒キノコ――ゲッコウオオタケだ。


「噛み砕いてたら狼君もただではすまなかったよ」

「毒キノコ……隠し持ってたのかレルミット」


 体を噛み砕くとき一緒に噛み砕かれるように――もしくは体を噛み砕かれる前に口の中に放り込むつもりだったのか。

 ただで死ぬつもりはなかったようだ。


「クマさんから逃げている間に拾って服の中に忍ばせておいたんだよ」

「フン、噛み砕くつもりはなかったから俺の勝ちだな」


 何無理して意地張ってんだバラムも。


「この毒キノコはマスキング君にあげるね! 私いらないから!」


 レルミットは両手に抱えた毒キノコを俺に差し出そうとする。

 いや、俺もいらないんですけど。


「稀名さんよかったですね! 毒キノコですよ!」

「いや俺別に毒キノコ好きってわけじゃないからね?」

「わかってます。好きとか嫌いとかじゃなくて、必要なんですよね!」

「いやもう必要ないから!」


 俺が毒キノコ食べて倒れた一件からか、ネミッサには何か変な誤解をもたれている。


「――あっ」


 胸のつかえがようやく取れた。


 そうだ、思い出した。レルミットには魔法師についての情報を探してもらっていたんだった。


「もしかしてレルミット、俺を探しに来てくれた?」

「そうそう、どこ探してもいないからさぁ、大変だったよ。で、ちょっと人払いできる?」

「べつに聞かれても困らないから人いてもいいけど」

「私情報屋だよ? 情報を知った人数分のお金取るけど」

「二人きりになろうか」


 即答だった。

 料金発生するんだよな、そういえば。


「ネミッサも少し家の中に入っててもらっていい?」

「あ、は、はい」


 ネミッサはやや逡巡しながらコルと一緒に家に戻ろうと俺たちに背を向け、


「まっ、稀名さんっ」


 意を決したように振り向いた。


「どうしたの?」

「わ、私をもらうって言ってくれたこと、忘れてませんから! 二足の草鞋でも気にしないですけど、私といるときは私を見てほしいというか……お、お茶淹れてきます!」


 顔を真っ赤にしながら、ネミッサは言うだけ言って慌てて家の中に入っていった。


「え? え?」


 まったく身に覚えがないんですけど。


「いや、マスキング君も隅に置けないね」

「もらうって、嫁に?」

「そりゃそうでしょ。まぁ女の人はだいたい結婚して家庭に入るからねぇ。十八歳くらいまでには。あの子にとってはちょうどいい時期なんじゃないかな」

「早っ。早いなぁ結婚。ていうかこのへんって一夫多妻制なの?」

「やーそれは偉いお役人とか王様とかの身分くらいだよ。庶民じゃ無理だよ。お金持ってないと」

「ネミッサ、さては間違った知識で覚えてるな……」


 金も権力もどっちもないよ。


「ていうかマスキング君、嫁にもらうなんて約束してたんだ?」

「してないよ!」


 ネミッサをもらうなんて一言も――


「あ」

「言ってた?」

「たしかに言ってたけど。しかも公衆の面前で堂々と」


 ――言った。言ったよ。ネミッサを魔法少女に仕立て上げようとして失敗したときに勢いで言ったよ。


 でもそれはそういう意味じゃないんだけど……。


 レルミットは口元を押さえて赤面した。


「大胆だね! どんくさそうな顔に似合わず!」

「顔は関係なくない?」

「公衆の面前でプロポーズとかもうお嫁にもらわれるしかないね!」

「違うってば。からかうのやめてくれ……」


 ネミッサにはいろいろ誤解されているようだ。困った。


『……プロポーズ?』


 心に直接伝わってくる、チェルトの怒りをはらんだ声。

 チェルトまで何言ってんの!


『ふうん。へえ……』


 いや、チェルトは俺がプロポーズも何もしてないこと知ってるでしょうが。


 間髪入れず、


「マ、マスキング君大変!」

「どうしたの?」


 レルミットが焦燥感にあふれた顔で自分の腹をさすっていた。


「毒キノコ服の中に入れてたらお腹かぶれたっぽい!」

「それ自業自得じゃない?」

「どうしよう!」

「あとでクーファに頼んで魔法で治してもらえば?」


 ていうか、そろそろ本題入ってくれませんかね? 遊びに来たのかな?

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