64 とある屋敷にて(2)偶像
ここに連れて来られてから七日ほどが経った。
部屋にいても部屋の外に出ても、四六時中見張られている。
部屋内の捜索もままならないし、部屋内に脱出できるような材料など見つからないだろう。
いい生活だった。
外に出られないという制限はついているが、それでもウルが今まで経験した生活のどれよりも贅沢な暮らしではあった。
屋敷内にはほとんど信者はいなかった。いるのは屋敷の維持に必要な最低限の従者のみで、あの『雷侯』さえこの七日間、ほとんど姿を見せなかった。
ただ、今日は違った。朝から屋敷内が騒がしい。
「これからレーシィ様には信者たちの定例集会へ顔を出してもらいます」
「私はレーシィではないです」
「……ではウル様、よろしくお願いします。信者たちの前ではレーシィ・レソビィーク様と呼ばせていただきますが」
慇懃な言葉遣いをするが、ほとんど強制だった。
ウルの方が立場的に上、というのはただの建前だ。
金糸で模様のような刺繍をつけたような黒いローブを渡された。
「精霊は出したままでお願いします。私がお話をしますので、ウル様は後ろで立っているだけで結構です。それと……」
「!」
雷侯は前触れなくウルに接近し、ウルのしていた布の眼帯をはずした。
この世のすべてを恨んでいるかのような雷侯の血のような赤く鋭い瞳がすぐ近くにあった。
「これは取っていただきます」
眼帯を丁寧に畳んで懐にしまいながら、有無を言わさぬ慇懃な口調の命令。
抵抗はしなかったがせめて雷侯をきっと睨みつけた。
人前ではつけていた方がいいと稀名に言われていたものだった。奴隷の自分がその指示を守らないわけにはいかない。
だがここで問題を起こしては警戒が厳しくなってしまう。
あとで抜け目なく出し抜くためにも、今はなにもしないほうがいい。
不満を感じながらもウルは黙って従い、雷侯の指示通りに黒いローブを身に纏う。
大広間には、たくさんの信者たちが集まっていた。
皆、白いローブを身に着けている。顔はよく見えない。
それでも二百人ほどしかいない。住まわせてもらっている屋敷の作りや広さを鑑みると、教団の規模はこの程度なのだろうかと疑問になる。
「同志たちは各地に散らばっています。ここに集まった者たちはほんの一部です」
ウルが信者たちの前に姿をあらわにすると、信者たちから感嘆の声が上がる。
「同志たちよ! ついにレーシィ・レソビィーク様がわれらに味方してくださった!」
雷侯はこなれた風でウルを紹介し、信者たちを煽り立てる。さらに歓声が上がる。
「……隙があると思うか?」
座らせてもらっている丸太から、囁く声が聞こえた。
「……さあ、どうでしょう」
「現状、奴らが移動している『門』の魔法に紛れて逃げるのが手っ取り早いんじゃねえ?」
河童があくびをしながら小声で言った。
「定例集会の日に、あの白いローブを手に入れられればそれも可能かもしれません」
「しかしなんでああ一瞬で移動できるんだ? そんなんなら結界を破壊したりとか回りくどいことせずに直接王都を狙えばいいじゃねえか」
河童のなんとはなしに出たぼやきに、
「言われてみればそうだな」
丸太が同意した。
「『魔族』と教団がつながってんなら直接送り込めば一発だろ」
「何か理由があるのだろうか?」
「……それとも、何か制限でもあるんでしょうか」
ウルが考えながらつぶやいた時――
「それは、神のみぞ知るってやつでしょう。探ったところでどうしようもない」
横に同じように黒いローブをまとった男がやってきた。
二十代後半くらいだろうか、緑色の髪を長く伸ばし、後ろで獣の尻尾のように縛っていた男だった。
「……あなたですか『レム・ママル』さん」
ウルはこの七日間生活していて、彼のことは顔見知り程度に覚えていた。
本名は知らない。ここでは『レム・ママル』と呼ばれている。
ウルが『レーシィ・レソビィーク』と呼ばれているのと同様、彼の名も昔語りにある『六人の愚臣』のうちの一人になぞらえられていた。
事情はよく知らないが、彼もウル同様に連れ去られ、この屋敷で軟禁生活を余儀なくされていた。ウルよりもここの生活はずっと長いようだ。
屋敷内はお互い自由に動けるからか、今までに何度か顔を合わせていた。
「こんにちはレーシィさん。ご機嫌いかがですか?」
レムは細い目をさらに細めて笑った。
「……最悪です」
ウルは薄い表情は変えずに静かに呟いた。
「相変わらずはっきりしてますねえ……」
苦笑気味に返すレム。
金色の長い髪を揺らしながら、同じような黒いローブをした少女がやってきた。
「こ、こんにちは……レーシィちゃん、怖いこと言ってる」
ややおどおどした態度の内気そうな美少女だった。歳はウルと同じくらいだろうか、腰よりも長いブロンドはまっすぐで、小川がゆったり流れるように美少女の動きに合わせて揺蕩っている。
「ミル! 失礼なこと言わない! ……ごめんよ、レーシィさん」
同じく金色の髪をした、こちらは短い髪の少年だ。
女性と見まがうほどきれいな顔をした美少年で、金髪の美少女と顔はよく似ていた。
「どうも……」
とウルは短い挨拶。
美少女の方を『ミル・グラード』、美少年の方を『オクターヴ・ブランシャール』といった。
もちろんここでの呼び名で、本名は知らない。
二人は双子で、顔がよく似ていた。
「…………」
さらに無言で、筋肉質の大男がぬっと姿を現す。
「うわあっ、コロナさん、いきなり現れないでよ。びっくりするなぁ……」
金髪美少年のオクターヴはやや大きめに声を荒げた。
筋肉質の大男は、五人目『コロナ・パーカー』の名を冠している。
「で、『オロペル』さんは?」
「いるぜ」
短髪で目つきの悪い細身の男が、コロナの横にいた。
男はウルの顔や体をじっくり見つめながら、
「よう、あんた新顔だな? 『忌まわしき瞳』を持つってことは最後の一人『レーシィ・レソビィーク』か?」
微笑しながらウルの目を指さして尋ねた。
「ええ、まあ……」
「知らなかった。六人目が来ていたんだな。俺もあんたと同じ、『六人の愚臣』の一人だ。信者どもには『オロペル・ユーリン』と呼ばれてる。まあ仲良くやろうぜ」
オロペルが言うと、レムが信者たちの方を見ながら、
「みんな顔合わせはすんでますよ。知らなかったのはオロペルさん、あなただけです」
口を挟む。
「おうっ!? そうなのか」
オロペルはおどけた調子で返した。
「お前さんも何かしらこじつけで連れてこられたのかい?」
河童がオロペルに質問すると、オロペルはうなずいた。
「まあそんなところだ」
ほかの愚臣たちにも河童に同じ質問をさせてみたが、みんな似たような回答だった。
どうやら全員同じような境遇らしかった。
ならば脱出の可能性は広がる、とウルは思った。
自分の協力者になれるとしたら、おそらくは『六人の愚臣』のうちの誰かだ。
立場的には全員『雷侯』よりも上の指導者である。
安全で贅沢な生活が保証されてはいるから、この生活を受け入れている者もいるだろう。
逆に受け入れられない者もきっといる。
――この状況をよしとしない者を選別し、こちら側に招き入れられれば。
ただしあまり仲良くする気もない。最低限の接触で済ませ適切な距離感で協力関係を結びたい。
「ウィズヘーゼルの結界を破壊し、『バディ』を国内の中枢に招き入れる作戦は失敗に終わった。社の場所も結局わからずじまいだ。だが案ずるな!」
考えていると、雷侯は声を大にして、ウルたちを示す。
「見よ! ここに六人の偉大なる家臣たちの魂を受け継ぐ者たちが集ってくれた!」
『愚臣』ではない、雷侯は『偉大なる家臣』と彼らを呼んだ。雷侯は続ける。
「これにより計画はもう一つの段階に移る! 『約束の日』は近い!」
「すべては我らが王のために!」
信者たちが口を揃えて雷侯の言葉に応えた。
我らが王……?
ウルはポーカーフェイスを通しながら思案した。
王とは、崇拝の対象である『まつろわぬ王』のことを言っているのか、それとも魔族を率いている魔王のことを言っているのか……。
だいたいこの教団と魔王との関係性はどのようなものなのか。
……わからないが、彼らの意志がどこに向かおうとしているかはわかる。
少なくとも、彼らは国を亡ぼすつもりなのだ。
『まつろわぬ王と七人の家臣』についてのまとめ
・登場人物
『まつろわぬ王』
ラーガ王……悪い王様。
※「まつろわぬ」というのは本来なら国に逆らうような奴や民族とかに使うが、ここでは国民や新王たちにとって悪い奴みたいな意味で使っている。
『七人の家臣』(『六人の愚臣』と『英雄』で七人)
レム・ママル……六人の愚臣の一人。
ミル・グラード……六人の愚臣の一人。
オクターヴ・ブランシャール……六人の愚臣の一人。
コロナ・パーカー……六人の愚臣の一人。
オロペル・ユーリン……六人の愚臣の一人。
レーシィ・レソビィーク……六人の愚臣の一人。魔法使い。
エール……家臣のうちの一人。王と家臣を倒し民を救った英雄。
・昔話の概要
昔、悪い王様と悪い家臣がいて、やりすぎたので良心ある家臣の一人エールに倒された。
エールは民を救って、ビルザールを建国し新しい王になった。
エールは良い王だったので国は二百年くらい栄えた。というか今も栄えている。




