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63 レーシィと昔語り

 ウルが連れ去られて一週間が経過していた。


 聞くところによると、『教団』の奴らはウルを確保すると、とくにほかには危害を加えずに帰っていったらしい。


 俺はというと、全身黒焦げになって生死の境をさまよっていたが、クーファの魔法も手伝って森にあるネミッサの家にこもって寝ていたら三日ほどで全快した。

 毎度毎度だがよく死なないなと自分でも思う。


「うん、体はもう完全によくなったな」


 リハビリがてらチェルトと一緒に畑の草むしりをしながら、俺は身体をひねったりしながら自身の調子を確認していた。


 数日は体がだるく動かしにくかったけれど、どうやらそれも元通りになったみたいだ。


 チェルトは呆れながらため息をついた。


「焦げても血がたくさん出ても毒キノコ大量に食べても死なないとか、軽く人間やめてるわよね」

「雷直撃で助かったのはクーファの魔法のおかげだったかもしれないけど、ほかの回復力はほとんどチェルトの力だからね」

「まあ、今まで『宿しゅの盟約』なんてやらなかったから、正直自分でも驚いてるわ……たしかに普段から沼の民のみんなからは『お前の魔法怖すぎだから使うな』って言われてたけど……」

「使うたびに町壊滅させてたら精霊と人間で戦争起きそうだなぁ」


 今日は家の周りの見張りに白狼のバラムがいない。

 まあちょくちょくいなくなるから気にしてはいないんだけど。


「ていうか、このまま黙ってここに隠れ住んで人生終わるわけ?」

「いや……今後のことは考えてはいるよ」


 このままじゃ終われるわけがない。

 ウルが目の前で連れ去られて、自分たちはそれを忘れてのうのうと生きていくなんて。


「二つ、やらなきゃいけないことがある。ウルを探すことと、この世界の文字を習得することだ」


 ――言いながら、俺は忘れていたあることを思い出した。


「あ、あと一つ」


 雑草を捨てて土のついた手を拭いて、俺は同じように草取りをするチェルトに向き直った。


「ちょっと目つぶってて」

「は?」


 目をつむらせると、いずれ渡そうと思っていてポケットに入れたままになっていたものを取り出す。


「いや、なんていうか、お礼みたいなものなんだけど、怒りそうだからこっそりつけようかなって……」


 好みとかすごくありそうだ。ここは渡すだけ渡してあとは知らない顔をしていよう。


「へぇ、私が怒るようなことでもするの?」

「そういうわけでもないんだけど」


 蝶の形をしたブローチなんだけど、どこにつければいいんだこれ?

 そもそも服につければいいものなんだよな……? 知識がないからそれさえも曖昧だ。


 迷っているとチェルトが瞳をうっすらと開けてこっちを見ていた。


「……今薄目開けて見た?」

「みっ、見てないわよ!」


 指摘したら力強く目を閉じた。……見られてなかったかな。


 とりあえずフードの目立たないところにでもつけておこう。


「ていうか、文字を習得するって? 稀名、人間のくせに文字書けないの?」


 目を閉じながら、チェルトは俺に尋ねる。


「書けないよ。そりゃもう一文字も書けないし読めないよ」

「珍しいね。両親とかから教わらなかった?」

「教わってたら両親何者だってなるからね?」


 ネミッサに教えてもらったけれど、学校に行くのはお金持ちのお家だけで、お金持ち以外はだいたい両親から文字を習うらしい。


 この国の識字率がわりと高いのは、昔は魔法師による文字や言葉の魔法が普及していた影響のような気がする。


「相手は魔力のこもった言葉を操る。知っておいて損はないはずだよ」


 それに自立して生活するには必要不可欠だろうからね。

 いずれ誰かに教わりたいなと思っていたからいい機会でもある。


 あとは『雷侯』や魔法師の魔法について、対策を練らないとな。考えなしに行ってもまたやられるだけだ。


「よし、つけられた」


 手こずったけれど、どうにかブローチをチェルトのフードにつけることができた。


「しょうがないからあとで確認してあげるわ」


 まんざらでもなさそうにフードのあたりをまさぐるチェルト。


 どう言葉を返そうか考えていたところで――


「おい! ネミッサたちが呼んでるぞ!」


 不動が家から出てきて俺たちを呼んだ。

 俺は微笑してうなずく。


「ご苦労様。草むしりの続きよろしくね。あ、バラムが近くにいるから逃げられないよ」

「くそ、俺を小間使いみたいに扱いやがって……」


 気力のなくなっていた不動も、ここ数日でかなり回復した。今は憎まれ口を叩けるくらいにはなったみたいだ。


 そして命は取らずいずれ逃がすことを約束して、召使いのようにこき使っていた。

 ……まあまだ人質にもなるだろうしもう少しここにいてもらおう。


 家に入ると、クーファにネミッサにバンナッハにコルに……外に出たバラム以外の面々が揃っていた。

 少しこじんまりしたテーブルを囲っている。

 茶葉のいい匂いが部屋内に充満していた。


「あ、稀名さん! 体の調子はどうですか?」


 俺が席に着くと、ネミッサは言った。


「だいぶいいみたい」

「よかったぁ! なんかもう不死身ですね!」

「いやほんとにね」


 しぶとさだけはあるっていうね。


「ま、わしは心配してなかったのじゃ」


 幼女姿のクーファが自分のことのように得意げにうなずいた。


「――では快気祝いに一杯やるか」

「バカ野郎そういう話じゃねえんだぜ!」


 床に埋まりながら酒樽を抱えたバンナッハをコルは体当たりで床下に押し込む。コントでもやってるのか?


「それで、稀名さんが元気になったところで今後の予定について少し相談しようかと思うんですが……」

「あ、うん……」


 俺がやることは決まっているが、ネミッサはどうするのだろう。


 やはりもう一芝居打って町の人たちに溶け込ませようか……いや、両親とかネミッサの知っている人を探せば受け入れてくれるかもしれない。

 とにかくネミッサはネミッサの問題を解決するべきだろう。

 俺だって、いつまでもここにお世話になってしまっていたら申し訳ない。


「俺はやること決まってるからいいけど、ネミッサはどうするの?」

「稀名さん、何を寝ぼけたこと言ってるんですか」


 ネミッサは眉を寄せて俺の頬を両手で挟むようにつまんだ。


「?」

「準備をして、みんなでウルちゃんを奪還しに行くんじゃないんですか? そのためにどうするか相談しようと思っていたんじゃないですか」

「いや、ネミッサはそれでいいの?」

「当り前じゃないですか!」


 さも当たり前だと言わんばかりに、ネミッサは首肯した。


 そっか。

 もうすでに行動は決まっていたのか。


「わからないのは、どこに連れ去られたかなんです。ウルちゃんの行方がわからないとどうにもなりません」

「魔法師の魔力の残滓とか追えないの?」

「いえ、残念ですが……できたらこんな苦労はしませんよ」


 ネミッサは苦笑しながら答えた。


「じゃあ、そうだな……バラムはいちおう狼だから、ウルのにおいを追ったりできないかな?」

「あまり遠いと無理だろうし、そんな犬みたいなことやってくれますかね……?」


 うん、あまり期待はできないな。


「とにかく手がかりという手がかりは『魔法師』と『レーシィ・レソビィーク』くらいです」

「待って。レーシィ・レソビィークってそもそも何なの?」


 というかネミッサはレーシィとかいうののことを知っているのだろうか。


 あのとき雷侯は『レーシィ様』とだけ言っていた。

 レソビィークなんてどこにも出てきていなかったはずだ。


「むしろ稀名さんは知らないんですか?」


 知っていて当たり前みたいな調子でネミッサが言う。


「知らないよ」

「『まつろわぬ王と七人の家臣』って昔語りを知ってます?」

「…………?」


 なんだろう、聞いた事ないはずなんだけれど、どこかで覚えがあるぞ。


 ――これがデジャブというやつか?


 あれか、俺の前世の記憶が異世界とつながっていてうんぬんかんぬんみたいな因縁か。

 望むところだ!


「スミラスクで少し聞いたじゃろ」

「あっ、ああ、あー……あの吟遊詩人がしゃべってたやつだっけ?」


 うろ覚えだけれど、あのときは『悪い王様と七人の家来たち』とか看板に書いてあったのをクーファに教えてもらったんだっけ?


 うん、前世の記憶なんてないし全く関係なかったわ。最近の記憶だった。


「その『七人の家臣』の中に、レーシィという名前の魔法使いが登場するんです」

「それとウルと何の関係が?」

「言い伝えにあるレーシィ・レソビィークも、左目が緑色で右目が赤色をしてるんです」

「……それだけ? 連中はそれを崇拝対象にしているっていうの?」

「それだけインパクトのあるモチーフですから。『忌まわしき双眸』だとか『呪われた瞳』だとか言われてますね。疑問なのは、悪い王様に手を貸していた『六人の愚臣』のうちの一人なのに崇拝対象だってことでしょうか」


 ……レルミットともみくちゃになった時、ウルの眼帯が外れたことがあった。


 あの時教団の誰かに見られていたのだろうか、それとも前々から目をつけていて噂などをたどって来たのだろうか、それともそのどちらともなのか。


 とにかく、どうやらレーシィ・レソビィークというのは悪者らしい。


 ネミッサから聞いた昔話はこうだ。



 この国ができる前、この土地はある王様に支配されていた。

 王の名はラーガといって、重税や弾圧で民たちを苦しめていた。


 ラーガ王の家臣たちも、王の命令を聞いて悪政を手伝い、一緒に甘い汁を吸っていた。

 彼らは『六人の愚臣』と呼ばれており、その中にレーシィ・レソビィークもいた。


 ラーガ王が私腹を肥やしたいがために苦しめられる民たち。

 だが家臣たちのなかで唯一、民のことを思って事態を憂いていた『七人目の家臣』がいた。

 それが、のちのビルザール初代国王・英雄王エールであった。


 ラーガ王たちの悪行を見かねたエールは、ついに王を倒すため、民たちを率いて立ち上がる。

 特別強力な魔力を持っていたエールは魔法の力を民たちに分け隔てなく教え、幾度かの戦いの末ついにラーガ王と『六人の愚臣』を倒したのだった。


「かつて一介の家臣だったエール王がいろいろ特殊能力を持った『愚臣』たちをばったばったと倒して、ついに悪い王様をも討ち取り、虐げられていた国民たちを救って新しい国を築くんです。爽快な英雄譚ですよ」

「それ実話?」

「そりゃ実話でしょう。本や昔語りになったりして、広く伝えられてるんだから」

「誰かの創作じゃなくてか」

「作り話ならこんなに広まりませんよ」


 いや、わからないよ?


「しかしウルもいい迷惑だよなぁ、ただの偶然の一致のせいでいろいろ迫害されたり崇拝されたり……」

「ウルちゃんに罪はありませんよ! だいたい『呪われた瞳』とか、そんなのこじつけです! ご先祖様がレーシィとかならともかく、誰かが誰かをいじめたいから適当な理由をでっち上げたにすぎません!」


 ネミッサは三つ編みをわなわな震わせながら熱弁をふるう。


「私も悪い王様の話のちゃんとしたやつは初めて聞いた」


 チェルトはフードについたブローチをしきりに気にしながら言った。


「わしは知ってたのじゃ」


 あえて言わなくてもいいことをクーファは得意げに胸を張って自慢する。


「はいはい、物知りだねぇクーファは。よしよし、抱っこしてあげようか?」

「子ども扱いするでない」


 いや、つい……。忘れがちだけど千歳差なんだよな、この幼女と。


「とにかく『教団』は昔の悪い奴らを崇拝してるってことね」

「おそらくそうでしょうね。この情報をもとに聞き込みをしてみましょう。顔バレしてない人が」


 そんな人いるか?

 基本地中に潜ってるバンナッハくらいだろうか?


 あれ? 情報?

 ……何か忘れているような気がしないでもない。


 まあいいか。とりあえず今は、魔法師の対策とウルを迎えに行く準備に全力を尽くそう。


 チェルトは――俺についてきてくれるからいいとして。


「クーファもついてきてくれるの?」

「わしがこのままおとなしくしていると思うか……?」


 クーファは頬杖をつきながら、子どもの姿に似つかわしくない殺気だった瞳でこちらを見る。


 怖い怖い。顔が怖い。

 たしかにあんなことされて仕返ししないクーファじゃないけど……聞くのも野暮だったよ。


「もうみんなやることは決まってたんだね」


 そうだ。

 俺だけじゃない。


 泣き寝入りをよしとするような奴はここにはいない。


 黙ったままでなど、いられるはずがない。


「では旅の支度をしましょう。目的地の目途が立ち次第ここを引き払います」

「結界を維持しているやしろのことは大丈夫なの?」

「考えてるので問題はないです!」


 ネミッサがついてきてくれるなら心強い。


 内心感謝しながら、俺はうなずいた。

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