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60 魔法師と雷光

「あーやっぱだめだったかぁ」


 帰路をとぼとぼ歩く。

 反撃も追撃も特になく、俺たちは徒歩で森まで帰ろうとしていた。


「本当にあれでいけると思ったのかお前」


 バラムは白い毛を揺らしながら呆れ顔で言った。


「……恨みの根が深すぎたのでは?」


 ウルがもっともなことを言う。


「いい作戦だと思ったんだけどなぁ」

「まずその『魔法少女』というのがまずかったんじゃないですかね? 魔女の名を払拭するにしてももっと別の名前が……」


 ネミッサは納得いかないように反省を口にする。


 これには反論せざるをえない。


「魔法少女は人気だからいけると思ったんだ」

「誰も知りませんでしたよ!」

「それが意外だった」

「衣装も恥ずかしかったし」

「恥ずかしいから、いいんじゃあないか! 人々を守護しゅごるためにはそれなりの恰好と覚悟が必要なんじゃないのかね!?」

「なんでそんな力説なんですか……」


 ネミッサは事が終わると物陰でさっさと着替えてしまった。今は衣装を着ていない。

 さすがにこの文化レベルの人たちには前衛的すぎたのだろうか。

 フリフリのミニスカートとか誰一人として履いてないしな、そういえば。


「稀名のいたところじゃ、ああいうのが人気だったの?」


 と少し興味を持ったチェルト。


「そうそう、みんな好きだったよ魔法少女。百人中百人が好きって答えるくらい」

「それは嘘のような気がする」


 川岸につくと、コルの力で川が割れて川底がむき出しになり、向こう岸までの道ができる。


「なんかモーゼみたいだ」


 言っていると、灰になり水浸しになっていた町の残骸のほうから、


「いたぞ! あの方だ!」

「おお、あの方が!」


 なにやら身なりのよさそうな男たちが三人、こちらに注目してなにやら話していた。


「なんだ? 白竜クーファの狂信者かな?」

「失礼な言いぐさじゃな。普通に信者とかでいいじゃろ」


 いや、それにしては身なりが整いすぎている気がしなくもない。

 べつにクーファの信者が汚くてみすぼらしいとかそういう先入観もないんだけど。


 いや、でも今クーファは人間の姿になってるけれど、よく白竜とわかったな。

 やはり狂信者なんじゃないか?


 しかもよく見ると三人とも十四、五くらいの少年だった。偉い貴族に仕えるいい身分の従卒、みたいな印象だ。


「ま、熱心な追っかけはそこかしこにいるからの。人気者はつらいのじゃ」

「はいはい。だったらサインでも書いてあげれば?」


 少年たちは、まっすぐこちらに駆け寄ってくる。


「――おい、あいつら、何か武器を持ってやがるぞ!」


 バラムが声を張り上げてネミッサをかばうように身構えるのとほぼ同時だった。


 走ってきた少年二人が、懐からナイフを取り出すと俺たちの周りに投げつけた。


 投げられたナイフは八本、それが周囲の地面に突き刺さる。


「――外した? いや、これは……!」


 ナイフの表面に刻まれていたのは、文字と特殊な記号。


 たぶんこれも霊符だ。紙とは媒体が違うだけの。


 そしてナイフが地面に刺さったとたん、足が何かに縫い付けられたように固定され、その場から動けなくなってしまった。


「くそっ、まずいぜ!」

「これ、魔法師の魔法……!?」


 見ると、よほど強力なのかネミッサやコルまでもが敵の術中にはまっていた。


 そしてその中で、ウルだけがナイフの結界の外にいた。こちらの様子をうかがいながら立ち尽くしている。


「クーファは力ずくで動けないの?」

「まあ真名を知られていたらまずかったが、そうじゃないからの。動けなくはないと思うのじゃが、しかし無理じゃ。――狙われておる」


 見ると、少年の一人がこちらに向けてクロスボウを構えていた。


「クーファなら矢なんてどうにでも――」

「狙われているのはわしではない、おぬしじゃ」

「!」

「ウルもそれで動けずにいるのじゃ」


 確かに今は剣を出しているわけではない。それに一撃で頭を貫かれれば剣を出していようとなかろうと終わりだ。


 クーファは矢が当たっても大したことない。ネミッサはバラムたちに守られた状態で動きを封じられている。


 無事ですまないのは俺だけだ。


 そしてこの現状を切り抜ける方法は、たぶん俺が犠牲になることを前提にしなければありえない。


 白竜の信者ではないことは一目瞭然だった。なら、俺やネミッサの賞金目当てにやってきた奴だろうか?

 あえて矢を受けてクーファに回復させるか。でももし即死だったら生き返れるのか?


 打開策を考えあぐねていると、白い装束を着た怪しい奴らがぞろぞろと現れだした。


「なんだ、あいつら」


 そしてその中心にいたのが、クロークのような黒い外套を羽織って体のラインを隠していた、俺と同じような歳の男だった。


 まっすぐ伸びた藍色の髪に、紅の瞳。美形といっても差し支えない整った顔立ち。


 引き締めた表情は、やや怒りを醸しながら厳格そうにこちらを見据えていた。


「こちらです、『雷侯らいこう』」


 少年たちに促され、雷侯と呼ばれた男はウルの前に歩いてきた。


 クロスボウを構えている少年以外は、全員ウルの前に片膝をついて跪いた。


 そして黒い外套の男だけが顔を上げ、静かに口を開く。


「お迎えにあがりました。――レーシィ様」

「……?」


 誰だって?


 ウルも訳が分からず言葉に詰まっている。


「われら『教団』は、ずっとあなたを探しておりました」


 教団? 教団と言ったのか?


「人違い、です」


 男たちに気おされながら、かろうじてウルの口から出た否定の言葉。


「そうだ! ウルっちはそんな名前じゃねえ!」

「ウル様がレーシィとかいう名前もあるなんて聞いたことがないぞ」

「キュッ」


 手枷から河童たちが出てきて猛抗議をする。

 俺が狙われているのがわかっているのか、相手に危害を加える気はないみたいだけれど。


「そこまで言うなら、失礼いたします」


 男は言いながら、丁寧にウルの眼帯を外した。


「…………っ!」


 ウルは体をこわばらせながらも、男から目を離さなかった。

 左目は緑で、右目は赤。ウルはこの異世界でも珍しい虹彩を持つ。

 眼帯の外れたその双眸で、ウルは男を見据える。


「ウル様に触れるな」

「そうだバカ! ハゲ!」


 しゃべれる奴は限られているので、野次を飛ばすのはだいたい河童か丸太だった。

 しかしその野次も、白装束の軍団の感嘆の声でかき消される。


「おおっ、この瞳は……!」

「まさしく言い伝えられていたレーシィ様の……」


 瞳って、ウルの瞳がどうかしたのだろうか。

 たしか呪われた瞳だとか王都の人たちに言われていたけど。


 彼らにとっては違うのか?


「町の霊符が破壊された今、あなたの力が必要なのです。我々と来ていただきます」

「ちょっと待て、町の霊符、って……!」


 こいつらの中には魔法師もいる。

 そしてこの町の事情を知っている魔法師ときたら、間違いない。


「――こいつらが黒幕か!」


 結界の破壊者はこいつらだ。実行犯はわからないが、この『雷侯』と呼ばれているリーダー格が関わっていることは間違いないだろう。


「稀名、一つだけ、わしが動いても稀名が助かる方法があるんじゃが」


 クーファが周りをはばからないような声の大きさで俺に提案する。


「よし、やってくれ」

「わかったのじゃ」


 二つ返事で返した瞬間、俺の脇腹に強烈な衝撃が迸った。


「ぐおおっ!?」


 クーファが尻尾だけ白竜に変化させて、(たぶん加減して)を薙ぎ払ったのだ。


 って、そこまでする!?


「くっ、意外とこの中で動くのはきついのじゃ……」


 渋面を作るクーファがかろうじて確認でき、俺はあばら骨あたりから聞いてはならない音を聞きながら、金縛りの結界の外に突き飛ばされた。


 え? 俺これ助かるの? あばら折れてない?


 いや、自分の骨の心配をしている場合じゃない。


「丁重にお連れしろ! くれぐれもけがをさせるな!」


 飛ばされた勢いを利用して、ウルを連れ出そうとしていた『雷侯』と呼ばれている男に接近した。


 そのときに矢を右肩に受けた。けど、耐えられないほどではない。


 小太刀を召喚する。

 獲物はまだ射程外だが、風なら届く。


 眠らせて縛り上げてやる。


「控えろ」


 ばさりと黒い外套がはためき、男の両腕があらわになった。


 その両腕は肩近くまでが生身ではなかった。

 義手だ。

 いや、義手と呼んでいいのかどうかわからないような異様な義手だった。


 左腕は鳥のそれに似た黄色の羽毛がところどころに生え、右腕はひじから指先まで黒い鱗で覆われている。

 この不気味な意匠――おそらく『精霊兵器』だろう。

 両腕の義手二本を精霊兵器にしているんだ。


 右腕の黒い鱗が増殖し、黒い剣を形作った。男はその黒い鱗の剣を握って構える。


「バンナッハ!」


 男が俺に剣を突き立てようとしたところで、俺は唯一地中に逃れていたバンナッハの名を呼んだ。


 地面がうごめいて盾のように俺の眼前に隆起し、男の黒い鱗の剣を止める。


 さらに踏み込み小太刀から風を発生させようとしたとき――


「――!」


 耳鳴りとともに何かまばゆい光が閃いて、その瞬間しびれるような痛みと焼けるような熱さが体を通り抜けていった。


「    !」


 熱さにもだえる暇もなくわけもわからず前のめりになる。


 体が思うように動かない。

 今の衝撃は電気? 雷か? ……だから『雷侯』か。


「く、そっ……」


 おそらくあえてまだ生かされている。

 これ以上暴れれば、今度こそ俺の命を奪うと、この場の全員に警告しているんだ。


 薄れる意識の中、男がこちらに向けた左腕の方の義手が帯電しているのが、かすむ視界の隅に映り――


「  !」

「    !」


 誰が何を言っているかもわからないまま、やや抵抗しながら白装束のやつらに連れられていくウルと視線が合って。


 意識が暗闇に溶けた。

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