6 白竜撃退戦(お一人様)
この小太刀があれば、俺の身体機能は向上する。
対人戦なら、よほどのことがない限り負けはしない。
でも、強化された身体機能より上をいく強大な力が相手なら?
そんなのひとたまりもない。
そうなる前に俺の風をどうにかして届ける必要があるけど、そもそも竜にリラックスする風なんて効くのだろうか。
広場に出る。
そこかしこで煙が上がり、建物が破壊され、兵士たちのうめき声が聞こえる。
「ん、あれ……?」
どうもおかしい。
壊しているのはすでに避難して人の気配のなくなった建物だけ。
兵士には怪我をさせているけれど、殺すほどではない。
一般人を襲っているわけでもない。
あの場に俺たちがいたのは偶然であり、計算外だったからだ。ほかに一般人の被害はない。
目的は『スプリガン』だけってことか。
……彼は竜だけど分別がある。
ならきっといける。
「あっれぇ~!? おかしいぞ~!?」
アホみたいに不自然な声の大きさで、俺は広場に躍り出た。
「道に迷っちゃったな~!」
あっけにとられている兵士を無視して竜の元へ駆け出す。
「――近づいてくるならば殺すぞ小僧よ!」
白い竜はご丁寧に忠告してくれる。
ありがたいけど、無視させてもらおう。
竜は反射的に前脚を振るって爪の攻撃。
予想はできていた。俺はとっさに身を引いてそれを回避する。
鼻先のすぐ近くをセラミックブレードのような真っ白い爪が通過していく。
こ、怖えええっ!
「――ほう? やりおるな」
竜の攻撃は基本大振りだ。俺は次の攻撃が来る前に身を低くして竜の懐へ入る。
小太刀を抜いた。
吹き荒れる強風。人間にはリラックスどころの風の強さじゃないけれど、竜の巨体にとってはちょうどいいはずだ。
「――!」
竜の動きが鈍った。
よし、よかった、効いてるぞ。
「――得体の知れん術を使うの。ならば……!」
竜が言うと、地面に魔法陣のようなものが描かれた。
そこから俺を囲うようにして一メートルほどの銀色の獣のようなものが現れる。
二体、三体、四体……全部で五体。
さらに銀色のナイフのような浮遊する刃が数十本。
俺を逃げ場のないように囲む。
銀の獣は鋭い牙を剣に変化させ、俺に一斉に襲い掛かって来た。
でも獣の動きは心なしか鈍い。飛んでくるナイフも、とらえられないほど速くはない。
大丈夫だ、いける!
銀色に光るナイフたちをかわし、獣の牙を小太刀で受け止めながら、
「もう一丁ぉ!」
さらに風を竜に浴びせる。
飛んでくるナイフは風にあおられて軌道が逸れ、獣の動きが一瞬止まった。
「――ふん、わしの固有魔法が、こうも調子を狂わされるとはの」
「あ、やっぱり魔法だったんだ……竜って魔法使えるの!?」
「――『白銀の細工師』。本当ならもっと速度があるのじゃがな」
そんなんあり?
むしろ攻撃魔法とか存在してたんだ。
用心していたけど、竜からの追撃はなかった。魔法の銀細工たちが突然消えてなくなる。
「なんだ!?」
「白竜の動きが止まった!?」
「どういうことだ!? あの少年は一体!?」
「あ、あいつ、あの時の偽勇者か!」
兵士が口々に戸惑いを口にしていた。
俺がもらうはずだった金盗んだ兵士もいやがるな……くそう。
白竜は穏やかな目を俺に向けていた。どうやらもう俺を攻撃する気はないようだった。
「――なんじゃ、その風は? 怒りが鈍る。攻撃に迷いが生じる。それでいて、妙に心地がよい」
「そうだろうね」
こんな竜を止めるような力があるのに、いらないって追い出した国があるらしいぜ。
「聞いてくれ竜さん。俺は『スプリガン』の居場所を知ってる」
「――何!?」
「ここにはいない。俺が案内するから、この場はとりあえず収めてくれないだろうか?」
人の名前じゃないことはとりあえず伏せておいた。
あとで十分に怒りが鎮まったところで説明しよう。
「――収める? ぽっと出てきたどこの者とも知らぬガキの言葉など誰が信用する?」
馬鹿にするように、竜はその巨大な頭をかしげる。
うん、確かにそうだ。
「そこは信用してくれとしか言えない」
「――しかも少年、この国の者ではないな?」
「そうだけど、わかる?」
「――それどころか、この世界の者でもない、か」
竜は興味深げに俺を観察しているようだった。
「それもわかるのか。俺は別の世界からこの世界に召喚された、らしいんだ」
「――ならばこの国がどうなろうと関係なかろう。なぜあえて首を突っ込む?」
「生きていてほしい人がいるから、かな」
ぽつりと漏らすように即答した。
「――ほう?」
竜は興味深げに俺の言葉に耳を貸していた。
「でもその心配は杞憂だったみたい」
「――なぜじゃ?」
「竜さん、最初からこの国滅ぼすつもりなかったでしょ?」
「――ふっはははははっ!」
竜は牙を見せ、大声をあげて笑った。吹き出した息が強風のように俺を煽る。
「――面白いぞ少年!」
なんだか知らないけれど、竜は満足したみたいだった。
「――じゃが、よほど腐っているなら本当に滅ぼそうとは思っておった」
「えっ、そうなの?」
「――おぬしの提案、願ってもないことじゃ。取引成立じゃな。さっさとわしを案内せい」
「わかった。竜さんが物分かりよくて安心したよ。さっそく行こうか――」
言いかけた矢先だった。
「『スプリガン』はここにいるぞ!」
路地からやって来た兵士二人が、とある少女を連れて広場にやってきたのだ。