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59 やりすぎちゃった

 最後に残った城をクーファと一緒に容赦なく破壊し、俺たちはネミッサのいる森に戻ってきた。


 戻る途中、森の中で社のある場所と思われる部分が五か所、ほのかに光の柱が立ったのを見た。

 ネミッサのほうもうまくいったらしい。


「よし、きっともう魔王軍はしばらく町を攻めて来られないね」

「もう攻める町跡形もないけどね」


 チェルトが燃えている町を見ながら言った。


「い、いや、跡形くらいはあるよ!」

「攻める価値はもうないわよ」

「こ、これもヘルムートさんがフォローしてくれないかな……」


 無理かな。


「だ、大丈夫です、きっとフォローしてくれます」


 ウルは無理に言って俺を元気づけてくれる。


「――いや、無理じゃろ」


 だよね。



 ネミッサの家まで来ると、


「派手にやったな、お前ら……」


 獣を使ったのか事情を知るバラムが出迎えてくれた。

 とても皮肉っぽいセリフだった。


 ネミッサもバラムの近くにいた。竜化したコルと地面に埋まっているバンナッハも一緒だ。


 地面には魔法陣と、複数の木簡。


「みなさん!」


 ネミッサは俺たちに手を振って、地面に下りたウルと抱擁を交わした。


「こちらは終わりましたよ! 成功しました! みなさんのおかげです!」


 ネミッサは涙ぐんで、今にも泣き出しそうに笑った。


「ところでなんだか町のほうが騒がしいですが、何かあったんですか? ここからじゃ、なんとなくしかわからないんですが……燃えてる?」


 まだ詳しい事情は知らなかったの。


 少しきょとんとしながら質問するネミッサに、三体の使い魔は顔を見合わせ、答えにくそうに口を開いた。


「ああ、燃えてる」

「うむ、じつに燃えているな」

「メラメラだぜ……」


 なんかすいません。


「大丈夫だ、燃えてるのはこいつらのせいでネミッサのせいじゃない」


 バラムはネミッサに言うけど、でも仕方なかったんだよ。


「いや、確かにあれは俺がやったんだけど、でもちょっと待ってくれ。いい案思いついたから、ちょっと炎の勢いが衰えるまでしばらく待ってみよう」

「本当ですか!?」

「本当さ」


 安堵したような表情のネミッサとは対照的に、三体の使い魔たちは怪訝そうな顔。


 大丈夫、今度はかなりまともな方法を考えてるよ。いや、毎度まじめに考えてるんだけどね。


「ならお茶会でもしながら待つのじゃ」


 クーファの提案に俺はうなずいた。


 ネミッサの慰労会みたいなのにもなるし、何もせずに待っているよりはいいだろう。

 すごく不謹慎な気もするけど。




「うーん……」


 昼をすぎ、夕方近くになってみんなで様子を見に行ってみたが炎は消えていない。


「やりすぎちゃったかな?」

「やりすぎちゃったかなじゃねえんだよ。やりすぎちゃったんだよ」


 コルから鋭い指摘と体当たりが飛んできた。


 ただ少しは勢いが衰えてきた。

 燃えるものがなければそのうち消えるんだろうけれど、自然の鎮火を待っていてはこの火事を活用・・できない。


「あー、町が……でもこれくらいしなきゃ霊符は除去できなかったんですよね? そうですよね?」

「そうです」


 複雑な表情のネミッサに、俺は答える。


「みんな無事に生き残ってるから、きっと不可抗力だったのかな……」


 ネミッサは独り言のようにつぶやきながら自分を納得させていた。


 いや、本当すいません。


 人々は、町の近くの平地に集まって、燃える町を遠目に見ていた。

 わりと大きな町に住んでいるわりには、やはり人口は少ないように思える。


 きっと魔族の犠牲者が多いんだ。俺は犠牲者出してないし!


 逃げた住民はほとんどそこに集まっているようで、ガルムさんや兵士たちの姿もある。

 行く当てもないんだろう。途方に暮れながら、みんな一つ所に集まってきていたようだ。


「しかし便利だな、魔法師の魔法って……」


 今はネミッサの魔法で姿を見えなくしてもらって、物陰から人々の様子を見ている。


 社にかけてある魔法の簡易版らしい。

 地面に文字と円が描いてあり、そこに入った者を周囲から見えなくさせている。


「ご主人様」


 ウルから一言言われ、畳んである服を渡された。


「おお、できたか」

「はい、ご主人様の言いつけ通りに、衣装をガーレちゃんに作ってもらいました」


 さすが糸紡ぎの精、仕事が早い。あとでお礼言っとこう。


 ちなみに女物なので俺が着る服ではない。

 ということで俺は渡された服をそのままネミッサに渡した。


「これ着て」

「なんですこれ?」

「着ればわかるよ」


 俺はネミッサへ朗らかに笑いかけた。


「じゃ、打ち合わせ通りにいくから、みんな配置についてね」



 そうだ。やらかしてしまったものはしょうがない。

 この火事は、余すところなく活用すべきだ。


 いまから実行に移すのは、レルミットを英雄にする妙案だ。


 俺とウル、チェルトにクーファは、こそこそ隠れながら民衆のすぐそばまで来た。


「よし、クーファ変身」

「うむ」


 クーファの白竜化と同時に、近くにいる兵たちに突っ込む。

 見張りの兵を眠らせると、たちまちざわめきがあたりを包んだ。


 俺は単身そのまま戸惑う民衆の中に突っ込んでいき、おびえる幼女を一人、人質に取って出てくる。


「ふははは! 動くな! こいつがどうなってもいいのか!? 逃げた奴から白竜に殺させるぞ!」


 力いっぱい叫んで、町の人たちをその場に留まらせる。

 さしものソローさんも、この状況なら狙撃できまい。


 ウルとチェルトは、黙って仁王立ちしてもらって、人々に威圧感を与えてもらっている。


 兵たちとガルムさんが、民衆を守るように駆けつけてきた。


「おのれ神無月稀名!」


 ガルムさんは相変わらず先頭だ。

 どうやら怪我もなく無事みたいだった。

 ただし武装はしていなかった。もっともこの人なら生身でも裸でも挑んでくるだろうけど。


「お前らよく聞け! ウィズヘーゼルの町を焼いたのは何を隠そうこの俺、神無月稀名だ!」


 人質の幼女は一拍おいて泣きわめきだした。

 ごめんよ、ちびっこ。少し我慢してくれ。


「そしてお前らもこれから同じ目にあわせてやるぜ!」

「――グオオオオオッ!」


 クーファの咆哮が響き渡った時、燃えていた町は立ち上る水流によってみるみる消火されていった。

 人々の見える位置にネミッサが立って、火事を消火しているのだ。


 一部気付いた人々が町を指さして何やら話している。

 俺はそれに気づかないふりをする。


「ネミッサを操って結界を壊させていたのもじつは俺の仕業だぁー! ネミッサは操られていただけなんだよ! じつは!」

「要求はなんだ!? 何が望みだ! 我々からこれ以上何を奪おうというのだ!?」


 歯噛みするガルムさんに、俺は笑いながら叫ぶ。


「俺の要求は、お前らの命だ! さあ、この子の代わりに死んでくれるのはどいつだ!?」

「……お、俺を殺せ!」


 真っ先に、父親らしい青年が震える足で前に出た。


「ならん!」


 ガルムさんがすかさず青年を制止させる。


「オレが犠牲になる。だから町のやつらは助けてくれないか」


 俺はにやりと笑って小太刀を抜いた。

 そしてガルムさんに向けて風を吹かせた。意識の深度はちょうど、深いまどろみあたり。眠気に耐えられるかどうかくらいの程度だ。


「ぐっ」


 ガルムさんは頭を押さえながら膝をつき、眠気に必死に耐えていた。


「いい度胸だがお前は最後だ。この男からにする!」

「そんな……」


 ガルムさんがもうろうとした意識でつぶやいた。


「見ろ……町の炎が」

「さっきまであんなに激しく燃え上がっていたのに」


 町のほうを見ると、火はもうほとんど鎮火してしまっていた。さすがコルだ。

 俺は町の人の言葉を聞くと、今気づいたように声を荒げた。


「なんだと!? 俺の火事が! ……まあ仕方ない。どうせもう焼野原だ。そんなことより、さあ前に出ろ男。一振りで首をはねてやる」

「待ちなさい!」


 魔法で何もないところから現れたようなネミッサの槍が、俺のすぐ横をかすめた。


「なにいっ!?」


 そして人質にしていた子どもを奪い、俺から離した。


 その間、クーファたちは迫真の棒立ちである。


「こ、これ以上の悪事は許しません!」


 槍を構えたネミッサは、太ももの見えるひらひらのスカート姿であった。

 色もピンクに近い赤で、頭にはリボンをつけている。


 ――そうそれはもうどこからどう見ても魔法少女であった。


 そして、これこそが俺が描いたシナリオである。


 俺を悪の元凶みたいにして、ネミッサがそれを退治する。

 ネミッサは人々を助けた英雄として、町に迎え入れられることになる。


「誰だ!?」


 なにせ魔法少女が味方になってくれるのだ。

 それはもう魔女じゃない。魔法少女なのだ。町を守護する存在として今後は慕われることになるだろう。


 ネミッサの顔が真っ赤で羞恥に震えているが、まあ慣れればどうにかなる。


「まっ、ままま魔法少女ネミッサ・アルゴン!」


 そして決め台詞と決めポーズ、これで民衆の心をがっちりつかむ!


「騎士に代わって、おしおきです!」


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 ……あ、こりゃだめだ。


 この静寂と手ごたえのなさ。


 めっちゃスベってるぞ。


「みなさん、結界は私が無事修復しました! 火事もこの通り消火できました! あとはこの悪漢を倒すだけです。みなさんのエナジーを私に貸してください!」

「…………」


 民衆がぽかーんとする中、クーファは無邪気に俺を見下ろした。


「――エナジーってなんじゃ?」


 うん、エナジーってなんだろうね。自分で言わせといてなんなんだけど。


 会場はもはや誰一人展開を理解できずに冷め切っていた。


 ネミッサもそれを悟ったのか、演技に勢いがなくなってくる。


「え、えっと……わ、わー、エナジーがたまってきました! ……バラム」

「あおーん」


 あからさまにやる気のないバラムが、棍と合体する。


 光とともに変化したのは、巨大な両手持ちの剣だ。


 ……おお、バラムと合体すると巨大な剣になるのか。

 しかも重さなんて感じさせないほど軽々と持っている。


 内心感動しながら、俺は打ち合わせ通り面白くなさそうにして唾を吐いた。


「ふん、どうやら洗脳が解けたようだが、仕方ない。これは町の人間ともども、まとめて一緒に始末するしかないな!」

「そんなことはさせません! 勝負です!」

「ふん、受けてたとう」

「では正々堂々と」

「いざ尋常に」

「待ったなしで」

「ふざけんなー!」


 ようやく民衆から飛んできたのは、応援ではなく怒りの声だった。


「グルのくせに嘘ついてんじゃねー!」

「この破壊者どもが!」

「どうせ俺たちをあざ笑いに来たんだろうが悪魔ども!」

「俺たちを殺したいなら殺せばいいだろうが! だが、ただで死ぬと思うなよ!」


 一人が言うと、ほかからも次々と文句が出て、たちまちブーイングの嵐になった。


「ええー……だめ?」


 さすがに虫が良すぎただろうか。


「いや、だめでしょ」


 チェルトが苦笑いして答えた。


「じゃ、じゃー俺がネミッサもらうぞぉー! 二度と魔法少女には会えなくなるんだぞぉ! いいのかぁ!?」

「持ってけ馬鹿!」

「帰れ!」


 開き直ったらさらにアウェー感が増してしまった。


 ネミッサはむしろ、人質の子どもを助けたんじゃなく子どもを新たに人質に取った悪者として見られているようだった。

 人質の幼女はもはや号泣を通り越して思考停止状態だ。


 ……あ、いろいろよくしてくれた宿屋のおじさんも一緒になって文句言ってるのを見つけてしまった。


 くそう、もう家建て直しても泊まらせてくれないだろうなぁ。


「だ、だめですか稀名さん!?」


 ここまで俺の茶番にがんばって付き合ってくれたネミッサも半信半疑だ。


「うん、ごめん、ネミッサ。だめみたい」


 俺は正直に謝った。


「これで誤解解けるって信じてたのに!」

「残念ながら現実は甘くなかったよ」

「そんなぁ……こんなのってないです!」

「奇跡も魔法もなかったよ」

「ごっ、ごはん食べて寝れば直ってますか!?」

「直らないよ」


 ケガじゃないんだから。


「ううっ、こ、こんな恥ずかしい恰好までしたのに……!」


 あ、やっぱり恥ずかしかったんだ。


 よし、撤収。

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