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58 そして破壊者と呼ばれるもの(3)

「弓は遮蔽物があればある程度なんとかなる。で、ガルムさんの攻撃はギリギリどうにかできるとして……いくら射程は短いとはいえ銃を相手とか怖すぎるぞおい」

「じゅう?」


 チェルトたちに説明している暇はなさそうだ。


 杏さんは身を低くしながら、その素早さと身軽さを活かして急接近する。


「うぐっ!」


 全身に激痛。

 血管の中を刃のついた虫が無数に這い回るような苦しみに、俺は膝をついた。

 耳鳴りがして、頭もくらくらしてくる。

 まずい。ずいぶん毒が回ってきている。冷静な思考もできるかどうか怪しい。


 ずんずんと地鳴りがする。

 これも頭がくらくらしているせいだろうか?


「――こっちは終わったのじゃ稀名ー!」


 違った。ちょうどいいタイミングでクーファが戻ってきたんだ。


 クーファはこちらを攻めてくる二人を踏みつぶすように俺の前まで走ってきた。

 当然杏さんとガルムさんは飛びのくようにしてそれを避ける。


 大型トラックがせまってくるよりずっと大きな迫力で、クーファはガルムさんと杏さんの前に立ちはだかった。


「クーファ、助かった……」


 『天国の露』の水滴が、俺の身体を包み込んだ。

 解毒作用もあるらしい。毒による苦痛が抜けていく。


「――ぬおっ!?」


 が、しかし同時に発砲音。


 杏さんがクーファに向けて引き金を引いたのだ。


 鉄にでも命中したような甲高い音がして、クーファの顔がゆがんだ。

 肩あたりに当たったらしい。固そうな白銀の鱗は命中箇所の部分だけ砕けてしまっていた。


「――面白い! ここまで傷をつけられたのは数百年しばらくぶりじゃぞ」


 しかしその傷もすぐさまクーファが魔法でたちどころに修復する。


「少しやっかいね」

「だが、相手が白竜だろうと退くわけにはいかん!」


 二人の闘志は衰えていない。


「――二人まとめて相手してやるのじゃ。死にたい奴からかかってくるがよいわ!」


 悪役にしか思えないセリフを吐いて――まあガルムさんたちからしてみれば俺たちは悪役なんだけど――クーファは銀細工の獣を形成した。


 近くの建築物を容赦なく破壊しながらの乱闘が始まったが、しかし埒が明かなくなってきた。


 ここから学校、ギルドとこそこそ壊しに行くのが得策だろうか……?


 ためしに、俺はそよ風を町に吹かせて人の意識を探った。


 兵士たちの働きもあって、徐々に人は町の外へ逃げていっている。


「避難し損ねている人はほとんどいないな……」


 いや、避難できない人や避難が遅い人は、この前の魔族の襲撃でほとんどいなくなったといった方が正しいか……。


 ソローさんは俺たちが狙撃できる位置まで移動中だ。


 むやみに動いたらまたどこからか毒の矢で射抜かれそうだな。さて、どうしたものか。


「ところでチェルト、なんか俺に隠してない?」

「なによ、急に」

「イワトガラミって、本当にこの威力? なんか違う気がするんだよ」

「…………」


 クーファが戦ってくれている今、できるだけリスクを減らして動くなら、たぶんチェルトの力が必要不可欠だ。


 このツルの魔法にはなにかある。根拠はないが、そんな確信があった。


「切り抜けられるなら、俺に本当の名前・・・・・を教えてくれ」

「だめ。なんで稀名がそのこと知ってるのかわからないけど、あれは本来、味方も巻き込む自爆技みたいなものなの。たとえこの場を切り抜けても、そのあとどうするかもわからなくなる」


 味方も巻き込む……だからチェルトは本当の名前を封印したのか。


 いや、俺もなんでこんなこと知ってるのかまるでわからないんだけど。

 どこかで誰かに言われたんだっけ? 誰にだっけ?


「でも切り抜けられるんだね?」

「……半端な魔力じゃ制御できないの。少なくとも、私は制御できないから使えない」

「それでもいいよ」

「でも……」

「早くしないとこの現状切り抜けられないよ」

「う、そうだけど……」

「切り抜けられたらチェルトの言うことなんでも聞いてあげるから」

「……あー、もう、わかったわよ! でも知らないからね!」


 なかばやけくそ気味に、チェルトにイワトガラミの真名を聞き出す。


 確かに、膨大な魔力を使いそうだってことは感覚でわかった。


 目の前では、まだクーファとガルムさんたちが激しい戦いをしている。


 覚悟は決まった。

 小太刀を抜く。限界深域マージナル・ゾーンで少しでも魔法にかかる集中力を軽減していく。


「『森羅ロウ』――」


 言葉を紡ぎだした瞬間、足元を中心に魔法陣が形成された。


 しかもかなり規模がでかい。

 でかいというか、でかすぎる。


 どこまでも広がるような大きさの魔法陣は周囲一帯じゃ全然収まらない。


「!」「……?」

「――稀名、なんじゃこれ!?」


 戦闘していた三人も気づいた。動きを止めるけれど、もう遅い。


「――『創生ダンデ』!」


 真名を唱えると、地面から樹齢何百年かというような太い幹の樹木が何本も勢いよく生えてきた。


 急速に伸びる樹木は石畳や水路を突き破り、家々を破壊し、すべてを呑み込みながら無数に発生し、周囲一帯を一瞬にして森林へと変えていく。


「ぬおおおっ、何だ!?」

「これは――」


 ガルムさんと杏さんでさえ、少しの抵抗も許されずに樹木たちに呑み込まれていく。


 規模はもはや町全体といってよく、無事なのは外壁付近のみで、それ以外の人工物はすべて瓦礫と化し、うっそうとした森へと変貌してしまった。


「こ、これはだめなやつだ……」


 制御はできる。

 ただ制御できても、規模が大きすぎる。


「だから言ったのに!」


 チェルトも眉を吊り上げて怒っていた。


 霊樹の加護もこの中なら最大限に活かせる。

 攻撃魔法でも支援魔法でもない、一定範囲の環境を自分が適応しやすいように無理やり作り変えるという、あまりに強引な魔法だ。


「制御できるだけの魔力を持ってたのは正直すごいけど、どうすんのよ」


 俺のそばにいたからか、ウルとチェルトには被害はなかった。


「だってこんなマップ兵器だと思わなかったから……」


 いや、でも目的を一足飛びで達成できた。


 町も再起不能なくらい壊滅したけど。

 壊さなくてもよかったところまで隈なく破壊しつくされてしまった。


 あとところどころから阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえる。

 まあ、とっさに樹木を操って人を巻き込まないようにしたから殺してはいないはずだ。


「がああっ! よくも町を! くそっ、離せ!」


 ガルムさんと杏さんは、木の幹に埋め込むようにして手足を固定させてもらった。


 杏さんは相変わらず涼しい顔だけれど、ガルムさんは町の惨状に激昂している。


 クーファは……空のほうに飛んで逃げていたから無事みたいだ。


「――やりおるのう、稀名よ」


 まあクーファは心配してなかったけど。それにしてもクーファでさえ若干引き気味ではなかろうか。


「……これはすべてご主人様の魔法がやったんですか?」


 ウルが周りを見回しながら俺に尋ねる。


「まあ、そうだね」

「えーと、す、すてきな魔法です……」

「まあ環境には優しいよね」


 人には厳しいけど。


 ウルもかなり無理してヨイショしてくれているが、間違ってたら間違ってるって言ってくれていいんだよ?


「……でもこれですべて終わりということですか?」


 いや、まだだ。俺は小さく首を振った。

 もうこうなっては、やるところまでやってやる。


 俺はガルムさんに向き直る。


「ガルムさん、さっきなぜ町を破壊するかと俺に言ってましたね」


 ガルムさんは無言でこちらを睨みつけるだけだ。

 今すぐ殺してやるって顔。


 俺は口元を吊り上げて笑った。


「これはお礼ですよ。ここに来て短い間でしたが、いろんな人にお世話になったお礼です。俺なりのね」


 そしてわざとらしく慇懃に頭を下げる。


「優しくしてくれて、どうもありがとうございました」

「貴様ぁぁっ!」


 当然だけれどガルムさんはさらに頭に血が上っていた。しかし手足は森羅創生ロウダンデの樹が押さえつけて自由を奪っている。


 ガルムさんからしたら、大事な息子さんが魔族から人々を守るために整備してくれた町を壊されたんだ。

 そりゃ怒る。


 ただ、放心して生きる気力を失うよりずっといい。

 これはいい反応だ。


「よし、仕上げだ。ウル、俺が風を起こすから――」

「はい、わかりました」


 うん、さすがだ。もう言わなくてもわかるんだね。


 チェルトの加護のおかげで森林内にいる生き物の気配がわかる。

 木やツルを操って、どんどん町の中にいる兵隊さんや逃げ遅れた人を運んで川に投げ込んでいく。またところどころから悲鳴が上がった。


 ソローさんも見つけたけれど、この人はほかの人よりかなり乱暴に川に投げ捨てておこう。

 ガルムさんと同じように木に埋まっている杏さんも川まで運んでおく。


「さて」


 町にいた生存者をわりと雑に片付けてから、俺は小太刀で風を起こした。


 少し強めの風だ。それを周囲に台風のように渦巻かせて広げる。


「――何をする気だ!?」


 ガルムさんはわざと残した。もう少し俺への恨みを募らせてネミッサへの恨みを忘れてもらおう。


「さて何をするでしょう」


 言いながら、俺は笑った。


 建物は壊れたが、まだ霊符は残っている。燃やして完全に効力を消さねばならない。


「すべて焼き尽くせ、ウル!」

「はい」


 ウルは俺の起こした風に『イグニッション』の炎を纏わせた。


 風に乗った炎は、力強くなびきながら渦を巻く。


「やめろ! やめてくれ! もうこれ以上町を――」


 ただし、俺たちの周りには炎が及ばないようにしている。


 さらに水分の多い木をいくつも茂らせることで、炎に対する対策をする。


「魔力が足りないので……使わせてもらいます」


 ウルは首から下げて服の中に隠していた小さな巾着から、ピンポン玉くらいの玉を取り出した。

 ウィズヘーゼルに来る前に、俺から抜いた魔力だ。


 丁寧に取り出したそれを、ウルは地面に落として割った。

 固形化していた俺の魔力が溶けだしたようにウルのもとに流れていく。


「ご主人様のが、私の中に入ってきます……っ!」

「その意気だ!」


 そして炎は、さらに業火となって森林化した町を包んだ。


「やめろぉー!」


 ガルムさんは叫ぶけれど、もう遅い。


「これこそ本懐よぉー! すべて燃えてしまえ!」


 炎は町のすべてを燃やし、灰にしていく。

 火の手はこちらまで届かないが、灰や熱風が俺たちの肌を叩く。


 炎が嫌いなチェルトはいつの間にか俺の小太刀の中に入ったらしく、


『楽しそうね』


 あきれながら呟いた。


 そんなことないんだけどね。


「うーん、でもどうしようこれ」

『だから言ったのに!』


 どうしようもないな……『森羅創生ロウダンデ』は、今度から力を抑えて発動させることにしよう。抑えられるかわからないけど。



 かくして町は一日で滅ぶ。

 猛り狂う炎は衰えを知らず、空を飛ぶクーファに乗って逃げながら、俺は暴れようとするガルムさんを川に投げ捨てた。

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