57 そして破壊者と呼ばれるもの(2)
風を纏う。
疲れるからむやみやたらとは使いたくないけれど、限界深域がなければ切り抜けられない気がする。
四方から飛んでくる無数の矢。
数本じゃきかない、飛来した数は三十六本だ。
速さもタイミングも方向もそれぞれ違うそのすべてをとっさに小太刀とイワトガラミで払いのけた。
「あれだけの矢をすべて叩き落した!?」
「弓がだめなら白兵戦だ! これ以上町を壊させるな!」
「おおっ!」
兵たちの声で、彼らにとっては俺がただの町の破壊者なんだと再認識させられる。
とんでもないことをしでかしちゃってることは確かだろう。
向かってくる兵たちは眠らせない。
あえて俺を矢継ぎ早に攻撃させて、兵を俺の近くに置く。
弓の援護に対する牽制のためだ。さすがに味方は攻撃できないだろう。
兵たちは連携して、手数を増やして攻撃する。
振るわれる剣を最小限の動きでかわし続ける。
「くそっ、こいつ、素早い!」
……十分もすると、兵たちの息が上がり始める。
全力で攻撃し続けていればすぐ気力と体力は削れると思ったけれど、まだやりそうだ。
でも俺もそろそろ囮をやめてギルドの破壊に向かわないといけない。
前線にいる兵たちの動きは鈍ってきているが、しかしその中で後方から飛び出す血気盛んな兵士が一人いた。
振るわれた剣を小太刀で受ける。
「なぜですかマスキング殿!」
「あのときの兵士さん!?」
間違いない。俺と一緒に毒の実とか毒キノコとか取りに行ってくれた付き添いの兵士さんだ。
「使者を送ると聞いていたのに……後日取引の席を設けるのではなかったのですか!?」
「ああ、あれは時間を稼ぐための嘘です」
「なにか事情があるのですか! それともただ好き勝手して悦に浸っているだけなのですか!?」
「……後者ですよ」
「嘘だ! そんなことするような人には……」
さすがに仕事の付き添いでネミッサの森を探索していただけあって、この人も強い。
だが、どうにかできないわけじゃない。
「じゃあ言いますけど、俺はこの町を破壊します。住民を全員避難させてください」
「正気ですか!?」
「もちろん。死者が出てほしくないなら今すぐ町の人たちを外に逃がしてください。どうせ逃げ慣れてるでしょ?」
「あなたは……ッ!」
怒りとも呆れともつかない複雑な表情を浮かべる兵士さんを俺は力で押しのける。
ガルムさんが兵の群れから出てきて、吹き飛ばされた兵士さんを受け止めて口を開いた。
「いい。できるだけ迅速に住民を避難させろ。奴ら本気で町を破壊する気だ」
「しかし、ガルム様……」
「住民の避難が最優先だ。この町はこれ以上壊させはしない。俺がこいつを食い止める」
「…………!」
ガルムさんは何のためらいもなく飛び出し、俺に拳を振るう。
上体を反らす。重いものが風を切る音とともに拳が俺の鼻先をかすめる。
「お前らもだ! はやく住民を避難させろ!」
ガルムさんに怒鳴られた兵士たちは、ためらいながらも町に散っていく。
なるほど……俺が町の住人に危害を加えるかもしれないと思っていての対応だろう。
俺をとりあえずここに釘付けにしておけば被害を抑えられるという判断だ。
「しかしなぜだマスキング殿! なぜ一度守った町を破壊しようとする!?」
人払いが済んだ。
俺と真正面から対峙するガルムさんは、どこか悲しそうに俺を問い詰める。
「……誰にも理解されず、誰にも称賛されないで、魔女だってさげすまれながら、それでも町のために必死になって頑張っている子がいる。それを見て、ただ手をこまねいているだけなんて、俺にはできません」
「なんのことだ!?」
「さあ? なんのことでしょう」
本当にガルムさんは何も知らないみたいだ。
結界の破壊に息子さんが関係しているかもしれないってのに……でもそれを言ったところで信じないだろう。
「マスキング殿、あなたがなんの理由でこんなことをしているか知らないが――」
すでにインファイトの距離。
ガルムさんの籠手付きの拳による正拳突きを俺はその場でかわす。
「――誰一人として殺させるわけにはいかんし、オレと息子が築き上げてきたこの町をこれ以上壊させるわけにはいかん!」
一撃でも直撃すれば命にかかわる凶悪な重さと速さの拳。
それを俺との距離を保ちながら休みなく与え続ける。
ステップやスウェーを使って紙一重で拳をかわしていく。
「ぬあああっ!」
気合を入れた突き。
俺はそれもすんでのところで避け、風を発生させる。
すぐに眠らせてやる。
だがガルムさんはかわされるとわかっていたような様子で軸足をずらし、俺の懐に飛び込んでくる。
「くっ!」
小太刀を持っているほうの腕を掴まれた。
しかしそれだけなら風は止まらない。
かまわずガルムさんに風を浴びせようとするけれど――ガルムさんの口元が髭と一緒に笑みでゆがんだ。
――まずい、何かくる!
ほとんど直感のようなものだった。
朝日を反射してきらりと光る何かが飛来してくるのがかろうじて見えて、俺は首をひねった。
頬に一筋のかすり傷がついたらしい。
血が滴って顎まで伝っているのがわかった。
……飛来物の正体は矢だ。
方向はガルムさんの後ろ、俺の正面あたりだ。けれどどの位置や距離から射られたのか全然わからない。
避難を促す兵はいても、視界に俺を狙う射手はどこにもいない。
しかも警戒する周囲から視線をはずした絶妙なタイミングで射られた。ほとんど意識の外からの攻撃だった。
「オレごと貫けと命じていたのに、あいつめ……」
ガルムさんが口惜しそうに舌打ちする。
まるでスナイパーのように、遠くの物陰に隠れて俺を射抜く瞬間を狙いすましている兵が一人いる。
たぶん飛距離のある特殊な弓を使っているはず。合成弓か、強化弓か、もしくは単純に大きな弓か。
思い浮かぶのは、和弓のようにでかい弓を持った、私兵団の総長だ。
「……ソローさんか!」
「知っているようだな」
「この連携、練度、やっぱり強……」
一瞬視界が遠のいて、足元がふらついた。
「…………!?」
体勢が崩れそうになるのをどうにか踏みとどまる。
なんだ? 立ちくらみが……。
「効いてきたか」
「まさか、この矢……!」
ガルムさんの言葉で思い至る。
毒だ。矢じりに毒が塗られていたんだ。
「そうだ。お前らがわざわざ集めてくれたものから精製したものだ」
矢に塗っているのは、ネトニリキスの実とゲッコウオオタケの合成毒か……!
あのキノコと木の実、人を殺すために使うつもりだったのか。
いや、兵が毒を集めるとかそれくらいしか使い道ないんだろうけど。
受けた毒の致死量はどれくらいだ。解毒はできるのか。
経口摂取と体内注入では、毒の効き方は違ってくる。
たとえかすり傷でも強い毒が直接体内に入れば、それは致命傷になりえてしまう。
また弓による狙撃が来る。もたもたしていられない。
いったん距離を取ろう。
「させるか!」
俺は物陰に隠れようと下がるけれど、ガルムさんがそれをさせない。
二射目――俺は飛来する矢をどうにか叩き落した。
風を纏い直す。
途切れそうな意識をどうにか繋ぎ止める。
これも限界深域の応用だ。
意識の深度を調整して、無理やり覚醒状態を保っている。
けれど毒はそのまま俺の身体を蝕んでいく。
意識を保ったまま激痛に耐えなければいけない。場合によってはまた幻覚も見えてくるんだろう。
……また幻覚? 幻覚なんて見たっけな。
「稀名、無事!?」
俺とガルムさんを隔てるように地面からツルが何本も生えてきた。
チェルトとウルが帰ってきたのだ。
チェルトの作ったツルの壁は通りどころか建物と建物の間まで隙間なく伸び、簡易の障壁を形作る。
三射目の矢は、すんでのところでそれに刺さった。
「チェルト、ウル? そっちはもう終わったの?」
「ううん、まだ。あの女がいたから逃げてきたの」
「あの女?」
「ほら、魔族退治したときにいた、変な筒ついた剣持った……」
「……まさか」
言った矢先に、ツルの壁が切り裂かれた。
「もう威嚇射撃はしないわ」
二刀流なうえに二挺拳銃――あまりに特殊な双剣を携えて、杏さんが切り裂かれた壁の間から足をかけてこちら側に入ってきた。
威嚇射撃、とはチェルトとウルに対してだろう。
警告代わりにわざと外したのだ。
つまり次は外さないという宣言でもある。
「……一番来てほしくない人が来ちゃったかな」
さすがに町の破壊は見過ごせなかったらしい。彼女が参戦するのは少し予想外だ。
そしてわざわざべつの場所を拳で破壊して、ガルムさんも壁を突破してくる。
町に来ていたもう一人の勇者と町を守る騎士。
……少しやっかいなタッグを組まれてしまった。




