56 そして破壊者と呼ばれるもの
「え、ええと、五つある社すべてに私が作った木簡の霊符を置きまして、五か所同時に結界の修繕を施します」
日が上る直前、俺たちは集まって各々の役割を確認していた。
ネミッサのほうは準備がほぼ整ったらしい。
俺たちは町の建物を壊すだけなので準備も何もなかった。
「五か所同時か……」
結界修復はネミッサとその精霊たち、破壊工作は俺とクーファとウルとチェルトといったメンバーでわかれる。
「一度魔法が発動できれば、邪魔が入らなければという前提付きですが十全に結界を元通りにできると思います」
「アフターケアは?」
「準備はまだ……ですが、川の魔力だけでも守る対策というか、そういう案はあります」
「なら安心だね」
「ですね」
はきはきしている語調のわりには、ネミッサはうつむいて、手が震えているみたいだった。
「ネミッサ?」
「い、いえ、その、五か所同時は初めてなので……私はまだ未熟者だから、できるかどうか……」
ネミッサは困ったようにぎこちなく笑った。
失敗しても誰も咎めないのに、律儀に緊張しているらしい。
「未熟者なんてとんでもないよ。ネミッサは町の人たち全員から集めた魔力に、二年間もたった一人で対抗していたんだ」
俺は小太刀を出して、周囲にそよ風を吹かせた。
「ネミッサならできるよ。できないはずない」
「何? か、風が私にまとわりついてくる?」
ネミッサのこわばっていた顔がだんだん緩んできているのがわかった。
「なんだか、落ち着いてきます……この風は、稀名さんが……?」
「事前に緊張を取り除く、くらいしかできないけどね」
小太刀を鞘に納める。
「ネミッサさんならきっと大丈夫です」
ウルも微笑しながらネミッサの手を握って激励してくれる。
「ありがとうございます! 肩の力が抜けた気がします!」
力強く頷いたネミッサに笑顔を返してから、俺たちは別行動を取り始めた。
「どうやらばれてねーみたいだぜ」
川の向こう側までは、コルに連れて行ってもらった。
コルが水流を操り、川の中にトンネルのような道を作ってくれ、そこを渡って来たのだった。
少しも濡れていないし、誰かにバレたりもしていない。
「しかしなぜ白竜に乗って空から行かないんだ?」
「上空は警戒されてるからすぐ見つかるよ。いままでさんざん魔族が空から降ってきてたからね」
見つかれば住民たちは普段の刷り込みで、くだんの霊符が貼られた建物に避難することになる。
結界の破壊を助長するうえ、建物もスムーズに破壊できなくなるだろう。
少なくとも建物の一つを壊すまでは、見つかるべきじゃない。
「まあなんでもいいが俺は戻るぜ。気をつけてな」
「そっちもね」
川岸には少数だが兵たちがいくらか布陣している。
交渉の用意か、見張りか、それとも川を渡りきる前に仕留めるつもりなのか。
どちらにしろ関係ないんだけど。
町の中に侵入するけれど、兵たちの歩哨がまばらにいる。
さすがに地上も警戒されているが、隠れて進めないこともない。
「あ……そうか」
町中に流れる水路に目をやって、俺は納得した。
「どうしたんじゃ」
「いや、建物の魔力をどうやって土地全体に流してるのかなって気になってたんだけど、それがわかった」
「どういうことじゃ?」
「建物を通して人の魔力を霊符が集めて精製し、そして町中に張り巡らせた水路から町や川に汚染された魔力を流す、ってところだね」
重点的に川に流されていたから、結界の破壊が促進されていたんだろう。
町そのものが、結界を壊す構造に改造されていたんだ。
ガルムさんの息子が魔族や魔法師たちとつながっていたか、もしくは建築家とか大工さんに工作員が紛れていたか……。
いずれにしても町がリニューアルしたときから結界の破壊が始まっていたんだ。
「建物だけ壊すんじゃだめだね。水路も破壊しないと」
「つまりどういうこと?」
チェルトに質問されて、俺は苦笑した。
水路は町全体を流れている。それらすべてを破壊するとなると、ね。
「つまり、破壊対象は町全体になった」
一番近くにあった教会の裏までたどり着くと、
「クーファ」
「まかせるのじゃ」
クーファに加減してもらって、壁の一部を壊してもらう。
ここでも二重構造になっている壁に、お札がぎっしりと敷き詰められるように貼ってあった。
「やっぱり五つの高層建築すべてにこの仕掛けが施してあるっぽいね」
「つまり暴れまわって町一つを壊滅させればいいわけじゃろ?」
上機嫌なクーファがいたずらっぽく笑う。
「あ、うん、得意分野だね」
「一日ですべて焼野原じゃ!」
クーファが景気よく教会の壁を破壊すると、一撃で中が見渡せるくらいの大穴があいた。
礼拝堂のようだ。平日の朝早い時間だからか、あまり人はいない。
長髪で羽の生えた女の人の石像があった。
これが信仰の対象である神様エイテルさんだろうか。女神様って感じの人柄だ。
「ひっ、ひいい! どっ、どなたさまでしょうか!?」
いや、誰もいないと思ったら司祭のような人がいた。下働きの聖職者や下男っぽい人もだ。こんな時間にお仕事なんて勤勉だな。
「どうもー、指名手配中の神無月稀名です。今から町壊しますのでよろしくお願いしまーす」
「は、はい、よろしくおね――は!?」
だいぶ混乱しているみたいだ。
イワトガラミのツルで縛り上げ、無理やり穴から外に放り出す。
「いいよ、クーファ。やっちゃって」
「――もう暴れていいんじゃな?」
「人は踏みつぶさないようにね」
待ってましたと言わんばかりに白竜化したクーファは、巨大な尻尾を教会に叩きつけた。
風圧と瓦礫がアホみたいなスピードで飛び散って――って危ないな!
しかし教会は一撃でほぼ半壊。
高層建築も堅固な壁も、神様の石像も、白竜の前では張りぼても同然だ。
「――うはははは! 逃げ遅れた者はわしが治してやるから死にかけても安心するがよいわ!」
「うん、クーファが嬉しそうでなによりだよ」
もう一撃、尻尾を使って教会を叩き潰すと、クーファは青白い火炎を吐いて霊符ともども建物を焼き払った。
「隣に聖職者の住居みたいな場所もある。ついでに破壊しておこう」
「――わかったのじゃ」
「ド派手にやって民衆の恨みを買うんだ。ネミッサの分の恨みまで集められれば、ネミッサはきっとすべて終わった時に町になじめるはずだ」
まあ町なくなるわけですが。
人が生きていればきっとまた立て直せるだろうし、大丈夫だよね。
敵襲を告げる鐘が鳴る。
聖職者たちが悲鳴を上げながら逃げていく。
白竜になったクーファが、なんだかやらかしてしまったような顔でこちらを見下ろした。
「――たぶん兵隊にばれたのじゃ」
「うん、もうばれていいんだよ」
たぶんじゃなくてばれたんだよ。
さすがに白竜が出たら図体でわかるだろう。
「――次はどうするんじゃ?」
「クーファは『病院』へ向かって」
「――病院じゃと?」
「クーファが患者たちの怪我を治しながら避難を促すんだ」
まずは逃げにくい人達からだ。その間に、俺たちは別の建物を破壊する。
重病の患者さんとかは完全には治せないだろうけれど、避難できるだけの体力が回復してくれればいい。
まあいればの話だけど。
「で、逃がしてから病院を破壊して焼く。できそう?」
「――めんどいのじゃ」
あー、うん、だろうね。そう言うと思ったよ。
「――じゃが今のわしは機嫌がよい。どうしてもというなら行ってやらんでもないぞ」
「うん、頼んだよ」
「――特別じゃぞ」
話していると、駆け込んできた数人の兵士たちに俺たちの姿が見つかる。
「いたぞ! あいつらだ!」
「――グオオオオオッ」
すかさずクーファが咆哮で威圧する。
びりびりと空気を震わせるその猛烈な迫力に、
「ひいっ!」
兵の一部は戦意を失って後ずさった。
「臆するな! 白竜とて無敵ではない!」
リーダーらしい兵が怯んだ兵を奮い立たせる。
向かってきた兵たちをクーファが無造作に振り払った。
「じゃ、俺たちは行くよ」
「――うむ」
クーファは空を飛ばずにわざと歩いて病院を目指す。
ついでに水路も踏みつぶして壊しているみたいだ。
「スピード勝負だから、ウルとチェルトは『学校』へ行って。俺は囮になって兵たちを引き付けながら『ギルド』へ行く」
俺はツルを束にして近くの民家や水路に穴をあけて破壊しながら、大通りに出る。
民家はべつに破壊しなくていいんだけど、注目を浴びるために、わざとある程度は破壊しておく。
逃げ惑う人々が目に入る。
「ふはははは! いつも逃げている場所に逃げても無駄だぞう! あんな建築物積み木より簡単に壊せるからな!」
わざと声を張り上げながら進む。
騒ぎを聞きつけた兵たちは俺を追いかけたりほかと合流したり、別の場所から次々に集まってきた。
ウルとチェルトは回り込むようにして、こっそり学校へと向かっている。
兵が集中してきているのは俺とクーファのいる場所だ。
十人、二十人……まだ増えている。
俺を囲うようにぞろぞろと揃っていく兵たち。
その中に、ひときわでかい筋肉の塊が、今にも飛び出しそうにこちらを見据えていた。
「さ、さすがに引き付けすぎたかな……」
クーファのところに行ってほしかったんだけどなぁ、ガルムさんは。
兵たちの士気は十分、数は予想より多い。
どう切り抜けるか考えながら、俺は小太刀を抜いて風を起こした。




