55 作戦会議 魔法少女とサブミッション
ネミッサの家まで戻ると、俺たちは作戦会議がてらようやく遅い夕食にありつけた。
見張りとして外に出ているバラムと熟睡して起きないクーファ以外は、みんなテーブルを囲んでいる。
「ということで、魔法の杖の中にコルさんたちが入ると魔力の込められた武器になるんです。魔法も武器と融合している使い魔のものが使えるようになります」
「そこはかとなく『精霊兵器』に似てるね」
ネミッサの作った食事を口に運びながら、ネミッサの魔法『心枢霊轄』についての説明を聞いていた。
どうやら持ち物と融合させることによって使い魔の潜在魔力をより引き出す、魔法師特有の魔法のようだ。
例えば水の流れを操ったりするだけのコルが、水を凍らせたり熱湯にしたり霧状にしたりなど、形状を変化させられる効果が増えたりする。
「『精霊兵器』だと? あんな一方的に精霊を使い潰すような紛い物と一緒にするない」
今は小さくなったコルが得意げに胸を張る。主張はもっともだ。
「しかしあの二メートルくらいのただの棒がね……」
俺としては武器の形状が変化するという点にロマンを感じざるを得ない。
これで衣装が変身すれば魔法少女っぽかったんだけど。
「えっと、ごめんなさい、私の説明下手だったですか?」
ネミッサの変身後の衣装について無言であれこれ妄想していると、ネミッサは勘違いしたようで俺の顔を覗き込んだ。
隣にいたチェルトはまっさきにうなずいた。
「うん、よくわかんなかった」
いや、チェルトは途中で理解するのあきらめたでしょ?
燃費のいいチェルトはおいしい水があれば生きられるらしく、さっきからコップに入れた水をちびちびと飲んで食べ物には口をつけていなかった。
「俺はわかるよ。つまり魔法少女みたいなもんだよね」
「んー……うん、たぶんそうだと思います」
それでいいのか。
悩んだ末そのまま魔法を使える女の子って意味でとらえたな。
「でも稀名さんのほうがすごいですよ! 関節技っていうんですか? 今度教えてください!」
「……まあ今度ね」
関節技と魔法少女の組み合わせとかどこかで聞いたことがあるというのが恐ろしいが、護身術としては悪くないだろう。
きっと魔法が使えなくなったときとかに重宝するはずだ。
「それで、今後のことだけれど――」
「これで戦いが終わりとは思えねえぜ」
コルが鋭い目で言葉を挟む。
うん、その通りだ。
戦いは始まってしまった。
ガルムさんたちにとって、ネミッサに集中できるのは魔族を倒したこの時だけだ。
人質を取っている間は攻めてこないとは思うけれど、それもどこまで信用していいやら。
明日にでも新たな作戦を携えて攻めてくるかもしれない。その可能性も、ゼロではない。
「あー……」
不動は一応縛っておいたけれど、さっきから「あー」か「うー」しか言わないので戦いが終わるまで放置してもいいかもしれない。
「あー……」
回復するのかな、これ。
河童は魔力の回復とともに気力も戻ってくるから大丈夫って言ってたけど……。
不安になってきたぞ。ずっとゾンビ状態ってことはないよな。
「かといって、ずっと人質をとって時間稼ぎをしているわけにもいかない。そうしていても結界の破壊は止まらない。そして、もたもたしてたらいつか新しい魔族がやってくる」
人質を取ってガルムさんたちが動けない今がチャンスなのだ。むしろ今しか動くタイミングはない。
「俺たちが建物に埋まっている魔力汚染の霊符をどうにかする。そうしたら合図を送るから、ネミッサが結界を完全に修復させてくれ」
「どうにかできるんですか?」
「……やるしかないよ」
俺は曖昧にうなずいた。
「だから、ネミッサのほうはどうなの?」
「私の決意は変わりません。悪者と言われてでもこの町を守ります。今残ってる霊符のストックと、今晩新たに作る霊符でどうにかしてみせます」
ネミッサは少し震える唇でうなずいた。
俺はネミッサに笑顔で首肯を返すと、青いツチノコに顔を向ける。
「コル、確かめておきたいことがあるんだけど」
「なんだよ」
「結界の魔力の供給源で、一番の魔力源はどのへんなの?」
コルは少しためらったあと顔を上げた。
「おもな魔力源はクェルセン川だぜ。魔力は森や土地からも供給されているが、あの川が魔力の大部分を担っているのは間違いない。本来なら精霊を生むくらいの魔力を持っているからな。まあ今は結界を破壊するための魔力で汚染されちまってるが」
「……やっぱりか」
だとしたら、やはり、結界を壊すのにやるべきことは……。
考えていると、床からぬっとバンナッハが顔を出した。
「せっかくだし我が秘蔵の果実酒でもふるまってやろう」
「お前そうやって地面に潜って女の子のスカートの中とか覗きに行ったりしてないよな?」
「変態がそんな紳士のような真似するわけなかろう」
「逆じゃない? 変態と紳士逆じゃない?」
確かにバンナッハは酒樽のようなものを片手に抱えていた。
まあ俺は飲めないけど。
ネミッサは白い目でバンナッハを見る。
「そんなの作ってたの私知らない」
「我が主には飲酒は早いゆえ、黙っていたのだ」
つまりご主人様に内緒で酒盛りしようとしてたのね。
「さあ客人よ、遠慮はいらない」
ウルとチェルトは即答するように首を振った。
バンナッハはターゲットを俺に絞るけれど、俺も酒飲まないからね。断固拒否するよ。
「俺も未成年なんだけど」
「人生経験の少ない稀名殿に一ついいことを教えてしんぜよう」
「床に潜りながら言われるようなことじゃないような気がするけど、何?」
「人間とは、大人だと思ったやつから大人になっていき、オッサンだと思ったやつからオッサンになっていく。そういうものだ。つまり成人してなくとも心が大人ならそれは大人なのだ」
「人外が人間のなんたるかを語りだしたぞ。すでに酔ってるだろ」
「つまり酔っているのだ」
「酔ってたよ」
窓を見ると、バラムがそわそわした様子でこちらをしきりに見たりしていた。
酒が気になるのか。ていうか精霊も酒好き多いのか。
みんなが寝静まったころ、俺はネミッサの家の屋根によじ登って星を見ていた。
俺のいた世界での星座なんてほとんど知らないけれど、それでも見たことない星空だった。
半袖でいるには少し涼しすぎるかもしれないけれど、空気がきれいだからか心地がいい。
気が付けば、着ている服もボロボロだ。ところどころ擦り切れて破れて汚れきっている。
まだ異世界に来て数日くらいしか経っていないはずだけど、いろいろハードだったからなぁ。
少し地平線が白んできている。
もうすぐ朝が来る。結局一睡もしていなかった。
「うむ、いい酒じゃ」
「よかったね、取っておいてもらえて」
傍らにはお酒の入った器を片手に満足そうに頷いているクーファがいる。
でもあまり酔っぱらってはいない様子だ。
クーファの睡眠間隔は少し特殊だ。二、三時間くらいの短い睡眠を一日に何度か分けて取るみたいだ。
「って、ただお昼寝して夜眠れなくなってるだけじゃないの?」
「違うのじゃ。自分でもようわからんが、そういう習慣なのじゃ」
で、今は目が冴えている時間らしい。
「ネミッサも夜なべして霊符を作っておるみたいじゃぞ」
「あ、そうだったね。俺みたいに緊張して眠れないんじゃなくて、ちゃんとやることやってるんだ」
あまり屋根の上をどたどた移動しちゃいけないな。
「クーファも物好きだな。人間同士のごたごたなんだからもう俺に付き合ってくれなくてもいいのに」
「冗談を言うでない。おぬしといる方が面白いのじゃ」
「そっか……あ、そうだ」
俺は鞄から金属を紐でつないだようなものを取り出す。
昼間に雑貨屋で見つけたネックレスのようなお守りだった。楕円形のような銀細工に文字や模様が彫ってある。
「なんじゃこれ」
「お店の人に聞いたけど、なんかお守りみたいだよ。ここまでいろいろ助けてくれたから、そのお礼」
「お守り?」
「クーファ危なっかしいから、どこかで足元すくわれないように」
「大きなお世話じゃ」
言われるけれど、あまり迷惑そうではないみたいだ。
「しかしなかなか殊勝な心掛けじゃな。ふふん、もらってやってもよいぞ。早くつけるのじゃ」
「偉そうだなぁ」
俺はネックレスのようなそれをクーファの首にかけてあげる。
お店でこういうアクセサリーっぽいの売ってるところを偶然見つけたけれど、すごい安物だったことは秘密だ。
作りもかなり安っぽく、クーファがつけたら子どものおままごとみたいな感じになるのも黙っていよう。
そして贈り物を買ってからは、それを入れて隠しておくものが必要だった。
で、鞄を買ったら靴を買うお金がなくなってしまったのだ。
我ながら無計画すぎる。
「しかし魔力も込められていないのにどうやって不運や脅威から護ってくれるんじゃ?」
クーファは心なしか嬉しそうに、そのお守りを掴んで夜空に透かすようにしてまじまじと見つめた。
「こんなのただのネックレスではないか?」
「まあこういうのは気持ちだろうし」
ウルとチェルトの分も買ってあるが、まだ鞄の中だ。みんないる前だと恥ずかしいから一人の時を狙おうと思って渡しそびれてしまった。
「……で、朝が来たらやるんじゃな?」
クーファは酒を口にしながら、含みのある視線。
「うん。まあ、まずはほかの建物にも同じように霊符が貼られているか確かめてからだけど……十中八九貼られてるだろうね」
「ネミッサに具体的なことは話したのか?」
「話せるわけないよ。きっと悲しい顔をする」
「――本末転倒じゃぞ」
「どのみちやらないと結界は完全に修復できないでしょ」
「おぬしを称賛する者など誰もおらんじゃろうな」
「ネミッサにもガルムさんにも嫌われちゃうだろうね。まあガルムさんは夜の戦いでだいぶ嫌われたと思うけど」
俺は苦笑した。
本末転倒……クーファの言うとおりだ。
でも、これくらいしか俺の思いつく霊符対策はない。
「ウィズヘーゼルはとてもいい町だよ。人は優しいし、建物も充実している」
「そうじゃな」
「食べ物にも事欠かないし、仕事だって探せば見つかる。いっそここに住みたいくらいだ」
「否定はせんぞ」
「町を治めているガルムさんもいい人だし、兵士の人だって優しい」
「よほど気に入ったみたいじゃな」
「うん、俺、あの町が好きだよ」
俺はよどみなく頷いて、苦笑したまま立ち上がった。
「だから――」
……標的は、ギルドに学校に教会に病院に、そしてあの川にそびえる城。
結界の破壊を止めるには、まず破壊にかかわっていると思われるそれらの建物を瓦礫の山に変えなければいけない。
主要のインフラをすべて潰す……しかも二度と元通りにならないよう、完膚なきまで。町の機能を止めるに等しい所業だ。
「俺はネミッサやガルムさんが今までずっと大切に守ってきたあの町を破壊する」




