53 ウィズヘーゼル夜戦(4)もう一人の勇者
「カンナヅキマレナ! では彼が……」
「そうだ。王都襲撃の凶悪犯だ。ネミッサとも通じていたとはな。油断するなよ」
不動が剣を抜きながら言うと、兵士たちはそれぞれ動揺を口にしながら戦闘態勢に入る。
悪いけど、この人たちにいちいち構っていられない。
もたもたしていると、また部隊を投入されるかもしれない。
「……どうでもいいけど、さっさと終わらせてもらうよ」
俺の前じゃ、勇者だろうが一般兵だろうが関係ない。
召喚した小太刀を抜いた。
深度を深くした風を一気に兵士へ吹かせる。バタバタと次々に意識を失っていく兵士たち。
「なん、だ?」
無事な者もいたが、眠気にどうにか抗っている状態だ。
「…………!?」
不動も膝をついて意識をもうろうとさせるだけで、まだ眠りに落ちていない。
もう一丁!
再び風を吹かせると、まだ起きていた兵士たちは全員熟睡して横になっていった。
「ぐっ」
ただ一人、不動は無事だった。
大剣を杖代わりにして、どうにか倒れずにいられている。
「驚いたよ。まだ意識を保っていられるなんて」
やっぱり個人差ってあるんだな。
「……その剣、ただリラックスさせるだけじゃねえな……?」
「うん。でももう終わりだから、これ以上手の内を明かすわけにはいかない」
一人くらいなら、深度は自在に調整できる。
立ち上がろうとしていた不動に向けて、俺は風を吹かせた。
「くそっ……こんなところで終わる、なん、て……」
という言葉を最後に、前のめりに倒れてくる不動。
気にせず前に進もうとして――目の前の不動がいまだ踏みとどまっていることに気付いた。
「なんてな!」
「!」
完全に反応が遅れた。
横薙ぎに振るわれた大剣に、一瞬反応が遅れてしまった。
少し後ろに背を反らすだけで精いっぱいだった。
刃は、届いていた。
胸から一文字に切り裂かれる。
「ぐああああっ!」
自分の体から吹き出す血しぶきを見ながら、俺は膝をついた。
暖かい血の感触が傷口から伝わってきて、痛みも相まって傷が焼けるような錯覚を覚える。
不動は眠気なんてなかったかのように、悠々と立ち上がった。
俺の風が、効いていないのか?
「お前がどんな力を持っていようと、俺には効かないんだよ。残念だったな」
不動は笑うと、大剣を地面に突き刺した。
「せっかくだから見せてやるよ。少なくとも勇者と魔法使いは、俺には絶対勝てねえ。――これが俺の剣の力だ」
突き刺した剣から、赤い金属片のようなものが湧き出すように溢れてくる。
赤い金属片は瞬く間に不動の体に吸い付き、パーツが組み合わされるように赤い鎧を形作った。
頑丈そうな鎧だけれど、各関節部分は動きやすいように鎖帷子になっている。
西洋のプレートアーマーと日本の甲冑を足して二で割ったような感じだ。
フルフェイス型のヘルムも赤い。
赤い鎧――ってだけじゃないよな、さすがに。
「聞いて驚け、これは赤い鎧ってだけじゃねえ! 物理攻撃も、魔法も、魔法に類する特殊な攻撃も、すべて無力化する鎧を纏う――これが俺の剣の能力だ! お前の攻撃なんて効かねえんだよぉ!」
不動は遊んでいる小学生みたいな大声で自慢げに叫んだ。
自分で言っちゃったよ。
もしかしてこいつ馬鹿なんじゃないだろうか。
いや、しかしそれだけ剣の能力に自信があるのだろうか。
すべての攻撃を無効化するって、本当だろうか。はったりじゃないのか?
胸につけられた傷は深く、血が止まらない。気を抜くと意識がちぎれて消えてしまいそうになる。
不動は剣を構える。首を落とすつもりだ。
「つーことでな! 手始めにお前を殺して、旅の軍資金にでもさせてもらうぜ!」
ためらいはなかった。
不動は袈裟切りをするように斜めに振り下ろす。
膝をついている暇はない。とっさに後ろに退く。
「――っ!」
どうにか致命的な一撃を避けたが、肩をかすめた。
さらに攻めてくると思ったら、不動はその場で足を止めた。
「おい、なんだよそれ。それもお前の剣の力か? それとも魔法か?」
俺の傷口を指さして、不動は慄然としたように言う。
切り裂かれた胸の傷が、見る間に修復していく。血はもうほとんど出ていない。痛みも和らいでいた。
そよ風を纏う。
限界深域――俺の持つ最大の切り札を使わせてもらう。
「気持ち悪りぃな! 不死身にでもなったのか!?」
はき捨てるような言葉とともに、赤い大剣が振り下ろされた。
距離を取るように後退する。
「いやー、ここは手を引いてくれないかな、不動さん」
苦笑しながら、頭をかく。
森の中でなら、致命傷を負ってもたちどころに修復する。
けど、流れた血液は完全には戻らない。切られ続けたら俺の身体がもたない。
ここは時間を稼いで、チェルトの加護で自身の回復を優先しよう。
「引くわけねえだろ!」
「……そもそもきみがガルムさんに加担する理由ある? さっさと魔王倒しに行けばいいのに」
鎧を着ても、動きはそれほど変わってはいない。
不動はリーチと破壊力のある赤い大剣を力任せに振るう。
嵐のような一撃一撃を紙一重でよけていく。
砲弾が直撃したみたいにえぐれる地面。
速さも攻撃力も申し分ないが、軌道は読みやすい。
よけることは造作もない。
「お前こそネミッサ・アルゴンに加担してどういうつもりだ?」
後退しながら、太く伸ばしたイワトガラミを束ねてツルの拳を形作る。
「俺は友達の手助けをしているだけだ……!」
それを四本、俺自身は後ろに下がりながら遠隔操作で拳の乱打を不動に叩きこんでいく。
だが不動が赤い剣を一閃すると、ツルの拳は切断面から腐り落ちるように消えてなくなった。
普通に切っただけじゃ、形状が崩壊していくなんてありえない。コントロールも利かなくなっている。
今度は一本だけ形成するツルの拳。
鞭のようにしならせ、赤い剣を回り込むようにして不動を打った。
鎧ごと破砕するほどの一撃――のはずだった。
拳は鎧に触れたとたん、切られた時と同じように形状が崩壊して体積を著しく減らした。
「友達ってお前、魔女とか呼ばれてる罪人だろうが!」
あいつが言った通り、こちらの攻撃は絶対に通さないのか?
魔法も、勇者の能力も赤い剣と鎧によって無力化される。どうあがいても攻撃は本体まで届かない。
って、そんなのありか?
実質無敵じゃないか。
しかも勇者の剣の特性として身体能力が上がっているおかげだろう。重そうな鎧を着こんでいてもそんなデメリットなどものともしないように動いている。
「罪人とか、その前提が間違ってるんだよ」
「まあお似合いかもな。お前もネミッサも、森と一緒に焼かれればよかったんだ。そうすれば楽に片付いた」
俺は不動の一撃をさらに跳ねるようによける。
「森の中には結界を作っている社があるのにか」
ひたすら剣を空振りさせてスタミナを消費させるか?
いや、相手が体力切れになる前に、俺の超集中状態は先に根を上げるだろう。
「結果的に無事だろうが。ネミッサを炙り出せたんだから作戦は成功だ。さすが俺だな!」
「……この作戦を立案したのはガルムさんじゃないのか?」
「俺の提案だよ。社の確保はガルムの案だがな」
後ろに引く俺。それを追う不動。
どんっ、と背中に固いものが当たる感触がして、俺の進路が阻まれてしまった。
木にぶつかったのだ。
それを見逃さない不動ではない。
「くっ」
「死ね!」
焦ったような顔をして攻撃を誘う。
ぶつかったのはわざとだ。
剣が振り抜かれる瞬間、俺は素早く身をひるがえす。
不動の剣は、青々と茂る樹木の幹に阻まれて、その動きを止めた。
「なっ!?」
抜こうと思っても、刃は幹に深々と食い込み、抜くことができないでいる。
観察してわかったが、こういった剣は重さで叩き切るため、刃はそれほど鋭く研いでいるわけじゃないようだ。
それでも人間の胴体以上ある木の幹に半分ほども切り込めるのは、とんでもない腕力が発揮されている証左だろう。おかげで隙ができたんだけど。
俺は不動の懐に入った。
剣を持ったままの伸びきった腕。
――狙いは脇の下、そこから見える関節部分の鎖帷子!
不動は剣を抜こうと必死になって、反応が遅れている。
鎖帷子は斬撃には耐えられても、突きには意外に弱いらしいとどこかで聞いたことがある。
防御力の低そうな部位なら破壊できるかもしれない。
俺は小太刀の切っ先を鎖帷子に向けて、ひねりを加えて突いた。
同時に、背後――眠っている兵士たちからイワトガラミを使って剣を四本ほど奪い、背後から同様に関節部分を狙って突く。
しかし鎖帷子は傷一つつかない。
当たっている感触はある。しかし石塀をつついているみたいに手ごたえがない。
「無駄なんだよ!」
剣から手を放した不動は、拳を作って俺を殴りつけた。
「――!」
殴るのもありなのかよ!
頬に走る痛みに気を取られている場合じゃない。
胸倉に伸ばしてきた手を払いのけて、俺はよろめきながら一歩だけ下がる。
「もう小細工は尽きただろ!?」
拳で追撃してくる不動。
「社の位置を教えてくれるんなら見逃してやってもいいぜ!」
振るわれた拳を俺は受け止める。
よし、鎧に触ることはできるみたいだ。
なら――アレをやる条件はクリアだ。
「お断りだ!」
俺は左半身になりながら、受け止めていた不動の右腕を引き込む。
体勢が崩れる不動。不動の右腕と一緒に俺は背後に回り込み、腕をつかんだまま関節を極めて締め上げた。
「はっ、そんなの俺に通用するはずが――いっ!?」
「通用するはずが?」
ここにきて不動の態度に狼狽が混じる。
「うああああっ!? なんっ、だ!?」
不動は取り乱して痛みに悶える。
やはり思った通りだ。
鎧が無効化するのは、鎧に対しての攻撃のみだ。
「やっぱり無敵なのは鎧だけで、中身は無敵じゃないみたいだ」
「俺の赤い鎧はダメージを一切通さない、はず……!」
「そうみたいだね。でも俺は、鎧は一切傷つけてはいない」
鎧に対しては掴んでいるだけ。攻撃なんて加えていない。
鎧は傷つけることはできない――打撃も斬撃も魔法も通じないが、触れたり掴んだりすることはできる。
ならば直接本体に攻撃を加えるまで。
幸い、動きやすいように関節部分の多くは鎖帷子が目立つ。
手っ取り早く有効なのは――関節技。
俺は関節技なんてこれぽっちも知らないけれど、俺の知識の中にある昔やってた格闘ゲームのキャラクター――『マスキング・ベール』がその手の技を得意としている。
限界深域中に、その技の中で現実的な技を選択し再現するのはわけない。
この技は、ゲーム中では『シ鬼オトシ』といわれているカウンター技である。
少し地味だけど、不動のリアクションを見る限りだと効果はてきめんだったみたいだ。
「景気よく攻めて、ヒントを出してくれたのはお前だ」
それに能力に頼りすぎて警戒が甘くなっていたのが助かった。
異世界での戦闘経験はたぶん俺のほうが上だろう。
自分の能力をどれだけ知っているかも。
こいつはまだ、自分の能力を知らなすぎる。
「ぎゃああああっ、折れる! 折れるって!」
いや、折ろうとしてるからね。
「鎧の能力を解除しろ。でないと骨を一本一本丁寧にじっくり時間をかけてボキボキに折りながら身体を壊していく」
「や、やめてくれ! 拷問とかありえねえ! お前それでも人間か!?」
「心を込めて折るから大丈夫。まず一本目――」
「わかった、わかったよ!」
了承早いなぁ。
不動の抵抗がなくなると、俺は風をまとうのをやめる。
一気に押し寄せる疲労。自然と身体が折れていくのを堪える。こっちのほうが膝をつきたくなってしまう。
くそ、脳筋のくせに手こずった。
「稀名!」
「ご主人様、ご無事ですか」
奥地からウルとチェルトが走って戻ってきた。
――さて、次打つべきは、この戦いを止める一手だ。




