52 ウィズヘーゼル夜戦(3)衝突
「……いた」
戦いは、火事の現場だった場所で起きていた。
火の手は消えていた。ネミッサが消火してくれたんだろう。
煤けたようなにおいがあたりに立ち込めている。
ネミッサたちは川側から押し寄せてくる兵士たちに、次第に囲まれつつあった。
今はクーファの出した無数の銀色の兵士と、ガルムさんの兵士がつばぜり合いをしている。
隊列を組んだ兵士たちが、同じように隊列を組んでいる銀色の兵士たちと剣を交えている。
銀の兵士の剣はなまくらで、切るというより叩くという表現のほうが正しいか。とにかく戦意をそぐことに力を注いでいるみたいだ。
銀の兵士は倒されたそばから新しい銀の兵士が召喚されて、すぐさま抜けた穴を埋める。
ともすれば無尽蔵に沸いてくる銀の兵士に、ガルムさんの兵たちは徐々に疲弊し士気が落ちてきているのが見て取れた。
クーファの魔法のおかげで、半分包囲されているという圧倒的に不利な状況を膠着状態にまで持ち込めているのだった。
むしろこのまま続けば、体力が尽きるのはガルムさんの兵たちのほうではないだろうか。
チェルトやウルは、飛来する弓矢を魔法で防いでいた。
ネミッサもそうだ。どこから持ってきたのか青い槍と魔法を使って、水の膜のような防壁を張り続けている。
みんなやりにくそうで、いっぱいいっぱいの様子だった。
後方の森に逃げないのは、追ってきた兵士たちが偶然社を発見するという状況を避けるためだろう。
それに、俺が目的を果たして戦いを止めてくれるのを待っているんだ。
俺の行動が、この戦いの要だ。
「……ガルムさんはどこだ?」
俺は今兵士に化けているから、やはりまず兵たちに紛れたほうが見つけやすいだろうか。
よし、気づかれずに後方から集団の中に入ってみるか……。
思っていると、兵士たちにまじって、巨大な手甲をつけたガルムさんが突如前に踊り出る。
「お前らは下がっていろ! オレがやる!」
ガルムさんは雄たけびを上げながら、銀色の兵士を蹴散らしていく。ちゃんと服は着ている。
やや膠着状態に陥ったので戦況を切り開こうと自ら前線に出てきたのだろう。大将なのに。
「ガルム様に続け!」
「ガルム様を孤立させるな! 側面をフォローしながら敵の防衛線を破るぞ!」
「うおおおおっ!」
下がっていた兵たちの士気が再び跳ね上がり、勢いを増す。
ガルムさんを先頭にして縦陣を形成するように兵たちが突っ込んでいく。
このまま持久戦に持ち込んで敵兵の包囲を押し返せると思ったら、なんてタイミングで飛び出すんだこの人は。
しかも自分の存在を最前線の危険にさらすことで兵たちの戦意を否応にも回復させた。
兵たちに信頼されてないとできないけれど、ガルムさんらしい攻め方だ。
猛然と突撃するガルムさんは銀の兵士をしらみつぶしに撃破しながら、ついに術者であるクーファに詰め寄った。
俺は太めに伸ばしたイワトガラミのツルを足場のように使って跳躍する。
ガルムさんの拳がクーファをとらえようとしたところで、俺は二人の間に割って入って、鞘でガルムさんの拳を受け止めた。
「マスキング殿!?」
衝撃も手ごたえも思ったより小さい。
俺がちゃんと攻撃を止められたのは、ガルムさんが俺の姿を視認して直前で力を弱めたからだろう。
「稀名か」
「稀名さん!」
「稀名!」
「ご主人様!」
言い逃れできないタイミングで、ネミッサたちは俺の名前を呼ぶ。
「カンナヅキマレナ!?」
それを聞いた兵士たちは、動揺した様子でざわめき始めた。
「ネミッサ・アルゴンとカンナヅキマレナが手を組んでいる!?」
「ウィズヘーゼルの魔女と王都襲撃犯が共同戦線を張っているだと!?」
「どういうことだ!?」
狼狽する兵士たち。
まあここまできたら仕方ないね。
「マスキング殿、あなたは……!」
「黙っていてすいません、ガルムさん」
「あなたがカンナヅキマレナだったとは。しかもネミッサと手を組んで――」
ガルムさんは歯がゆそうな顔でこちらをにらみつける。
「町を魔族から守ったのも何らかの作戦だったのか……?」
「ガルムさんちょっと待ってください。俺の話を――」
「問答無用! 敵対するなら、もはや話す舌など持たん!」
ガルムさんは腕に力を込めて、鞘を俺の体ごと弾き飛ばした。
やはり戦いの途中で説得するのは無理な話か。
ウルのすぐそばで着地し、どうにか踏みとどまる。
しかしこの地力……ヘルムートさんもそうだったけれど、やっぱり騎士と呼ばれるだけあって違う。
「ガルムさん……」
「オレだって心苦しい。ネミッサだってもう少し歳をとっていると思っていた。だが、こちらだって引けんのだ! もはやどちらかが滅びなければ収まりがつかん! もしネミッサの側につくのなら、容赦はしない!」
くそっ、やるしかないのか。
「稀名、ちょうどよかったのじゃ。おぬしはあっちを相手せい。この気持ち悪いこわっぱはわしがやる」
「オレを童呼ばわりか」
ガルムさんは不服そうに拳を構える。ガルムさんに、銀色の兵士が次々襲い掛かっている。
「あっち?」
「さっき別方向から社を目指して奥地に向かっていった奴らがおるのじゃ」
なるほど、さらに部隊を投入してきたか。
俺が本陣で「別動隊はバレている」なんて報告をしてしまったせいかもしれない。バレていない別動隊を作られてしまった。
「森の中に入って行って、もうここから見えなくなったのじゃ」
「――わかった。俺が気配をたどって見つけてみるよ。ここはクーファに任せる。できるだけ俺が戻るまでガルムさん捕まえてて。ネミッサもがんばってね」
「はい! お茶会のためにがんばります!」
お茶会……?
まあいいか。
そうだ、あとでネミッサが持っている青い槍のことも教えてもらおう。
刃にいくつもの文字が綴ってあって、柄の部分は鱗のようなものが確認できる。どことなく『精霊兵器』に似ていた。気になるけれど、ゆっくり聞いてはいられない。
「ウルとチェルトをもらっていっていい?」
「好きにするのじゃ」
俺はウルとチェルトを連れて、早々に走り出した。
姿勢を低くして矢の雨の隙間を縫い、叩き落としながら、クーファが指し示した方向に向かっていく。
矢が届かなくなる場所まで進むと、俺はつけていた兜を取った。汗をかいていたからか、蒸れる。
重いので、着ていた鎧はすべて脱ぎ捨てた。
風で森の中の意識を探る。
確かに奥へと進んでいく集団がある。進軍速度はそれほど速くない。
これならすぐに追いつける。
「ウルとチェルトは、二人で森の中にいるほかの兵士たちから社を守って。ほかにも社に向かったのがいるかもしれないから。――前方にいる奴らは、俺がなんとかする」
「わかりました」
チェルトとウルがいれば、隠れて進んでいる兵がいても対処できるだろう。
二人と別れ、草の根をかき分けて全力疾走していると、まもなく兵たちの背中に追いついた。
「……いた。あれだ」
よかった。まだ社は見つかっていない。
しかし完全に追いつく前に、最後尾の兵士に見つかってしまった。
「誰だ!?」
一斉に振り向かれ、剣を構えられる。
数は十五人ほどだろうか。これくらいならすぐに終わらせられそうだ。
「神無月稀名じゃねえか」
俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。聞き覚えのある男の声だった。
ある意味なつかしく思える見知った人物が、剣を構える兵士たちの間から姿を現した。
……あー、そういえば来るって杏さんが言ってたもんなぁ。
「よう。なんでお前がこんなところにいるんだ?」
透き通るような赤い刀身を持つ巨大な剣を担いでいる、短い金髪の若い男。
鎧はつけておらず、やたら軽装だ。
軽薄な口調は、こんな状況でも心に余裕があるということなのだろうか。
「不動――!」
俺と一緒に召喚された勇者の一人である男が、嘲るように笑いながらこちらを見据えていた。




