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5 安息の生存戦略

 すでに住民の避難は終わっているようだ。


 俺が来たときには、ちょうど白い竜の尻尾が住宅を叩き潰していたところだった。


 石造りの貴族っぽい少し大きい家が、豆腐でも叩いたみたいにぺしゃんこだ。


 俺は家の陰に隠れながら周囲を観察する。


 遠巻きに見ると、この国……ビルザール王国の兵士たちが隊列を組んで竜とにらみ合っていた。


「俺、これ必要あったのかな……」


 逃げたほうがよかったかも。


 だがすでに挑んでいってかなわなかったのか、竜の周りには兵士たちが数人転がって呻いていた。


 兵は広場を中心に囲うように展開されていた。場所が場所だから数は多くはない。

 隊列を組んでいる兵たちの前列は、全員クロスボウ――を構えている。


 鎧みたいなのを着てはいるけれど、そんなの竜にとっては関係ないだろうな。


 でもあの弩がこの世界の最新兵器? 銃とかないの?

 相手が竜だからか、兵たちの士気は低そうだ。


「せめて王族や勇者の方々が無事に逃げ切るまで持ちこたえよ!」


 騎士みたいな司令塔が兵たちに命令した。


 いや、逃げてるのかよ、あの四人も。


 姿見ないと思ったら……勇者なんだからこんなときに命賭けてみんな守って戦えよ。


 そうすれば俺は逃げられるのに。


「――聞こえなかったか!? 『スプリガン』という者を出せと言っておろう!」


 唸るような野太い言葉が、あたりに響いた。


 これ、竜がしゃべってるのか!?


「白竜よ、そのような者ここにはいない!」


 騎士さんががんばって叫ぶ。


「――わしと死んだわしの家族を『大昔に駆逐された害獣』だと侮辱した! もし隠し立てするのなら、この都ごとその者を滅ぼすことになるじゃろう!」

「誓って言うが、そのような者ここにはいない! ――弩兵どへい構え!」


 兵たちはやる気だ。


ぇい!」


 号令とともに、斉射される弩の弓矢。


 だけど、陽光をキラキラと反射する鋼のような白い鱗に阻まれて、全然ダメージは通らない。


 オオオオオオッ!


 空気を震わせる竜の唸り声。


 口から吐き出されたのは、青白い炎の息吹。


 隊列を組んだ兵たちの目の前にそれが炸裂すると、地面である石畳が真っ赤に溶解した。


 兵たちの大半がしりもちをついておびえてしまう。


 力の差は歴然だった。


「あっ! お前は!」


 中央広場の様子を観察していると、後ろから聞き覚えのある声が上がった。


「あっ、さっきの奴隷商の人……?」


 振り向くと、先ほど俺が殴ってボコボコにした奴隷商の男二人が、裕福そうな民家から出てきたところだった。


 二人とも、両手に衣服やら金目のものやらを抱えている。


「火事場泥棒なんてしてるのかよ!」


 俺は声をひそめて言ってやった。


「うるせえ! 置いてったんならそれはつまりいらねえってことだ!」

「そうだ! お前のおかげで今日の売り上げがなくなったんだぞ! だから不本意ながらこんなことせざるを得ない!」


 二人とも声は低めだが、かなり怒りをあらわにしている。


「いや、不本意って、両手いっぱい盗んだもの抱えて何言ってんの……」


 ぶおおおっ!


 風切り音を上げながら、白い竜のしっぽが横薙ぎに振るわれる。


「!」


 さっきの叩き付けと違う!


 振るわれた尻尾に薙ぎ払われた家の瓦礫が、散弾のように飛び散って次々に周囲の建物を破壊していった。


 そのうちの一片が、奴隷商の男二人めがけて飛んでくる。


「危ない!」


 俺は出現させた小太刀の鞘を使って、すんでのところでそれをたたき落とした。


 動体視力も高まっているみたいだ。


 男二人は、目を丸くして動けないでいた。


「お前……」

「あのさ、この国の法だと、悪いのは俺のほうなの? さっきの、女の子を解放したこと」


 こんな時だけど、気になったので質問してみた。


「ああ、まあ、そうなるが……」

「だったら、ごめん。でも見てられなかった」

「ふん、ならその珍しい服をよこせ。それでチャラにしてやる」


 男は息を吹き返したように口元を釣り上げた。


「えっ? このジャージ?」

「そんな服見たことねえからな、高く売れそうだ。竜の攻撃から助けてもらったし、上だけでいいぞ」


 よかった。そんな条件、願ってもない。


「こんなんでいいなら、喜んで」

「へっ、まいど!」


 俺はジャージの上を脱いで男に渡した。


 Tシャツ姿になった俺。穏やかな暖かさが感じられる気候なので寒くはない。


 本当、こんな非常事態になにやってんだろ。少し笑ってしまった。


「ああ、そうだ。竜の言ってた『スプリガン』、あれな、人の名前じゃねえ」


 もう一方の男が、逃げる前に話してくれる。


「え? 知ってるの?」

「ああ、あれは騎士が所有する私兵団の名前だ」

「私兵団?」

「それも知らんとは、お上りさんどころじゃねえ、お前どこの国のおぼっちゃんなんだ?」


 皮肉交じりに笑う奴隷商。


「この国の騎士は、自分に忠誠を誓う部下を自由に持っていい決まりになってるんだよ。その代わり、騎士になれる家柄は限られているがな」

「超エリートなんだ」

「そういうことだな。王都を東に行った先に、スミラスクって町がある。『スプリガン』はそこを治める騎士が持つ私兵団の名前だ」

「治めるって、騎士なのに領主みたいなこともするの?」

「ああ。だから自分が自由に動かせる兵を持てる」

 

 なるほど。

 よくわからないが、この世界だと騎士はかなりの権力を持っているらしい。


「でも、そいつらがどうして竜なんかにケンカを売ったんだ?」


 さあな、と奴隷商は肩をすくめる。


「おおかた『竜の血を浴びると不老不死になる』とかいう根も葉もねえ噂を聞いて挑みにでも行ったんだろう」

「……一目見て敵わないとわかって、悪口だけ言って逃げ帰ってきたと?」

「そんなところだろうな。エリートなのは騎士だけで私兵つってもピンキリだ。ゴロツキみたいなのがいても不思議じゃねえ」

「それはよくわかるよ」


 俺がもらうはずだった金を盗っていった奴らのことを思い出した。


 なんか無性に腹が立ってきたぞ。


 兵たちの様子を見ていると、どうやら『スプリガン』のことは竜には黙っていたいようだし。


「スミラスクの町か……ありがとう、教えてくれて」


 俺のやることは決まったな。本当は嫌だけど。


「お前もさっさと逃げたほうがいいぜ。竜が起こす災害は俺たち一般人にゃどうすることもできねえ」


 大荷物の二人は走りにくそうに去っていった。


「忠告ありがとう。でも、このまま逃げるわけにはいかないかな」


 一人つぶやいて、俺は中央広場へ向かって駆け出した。


 収拾がつかなければこの王都は終わりだ。


 あんなでかい竜に勝てるなんて図々しいことは思っちゃいない。


 でも怒っているなら、鎮めることはできるんじゃないか。

 それで誤解が解けて和解できるなら、きっと俺の案件だろう。


 すでにそのための材料は、手に入った。

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