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48 トランス・リンク

 遠目から見た限りだが、火事の範囲は意外と広くない。

 川のやや下流に位置する部分を中心に火の手が上がっている。

 火をつけたばかりなんだろう、これから広がっていくところだろうか。


 それにしたって襲撃が早い。一週間くらい間を空けるのかと思っていた。

 しかも火をつけるなんて。


「なんで社があるのに火なんて」


 言ってから、彼らは社がどの位置にあるか正確にはわからないんだと思い至る。


 きっと森の奥地に隠していると思っているんだ。


「森を焼くなど論外だ。だが、俺たちを炙り出すには有効だろう。獣どもが怯えている……少々厄介だぞ」


 俺のすぐそばに躍り出た白い巨大な塊。


 白狼のバラムは片方しかない鋭い眼をこちらに向け、壁をつくるように前脚を俺とネミッサの間に割り込ませた。


「俺はお前らが奴らを呼び寄せたんじゃないかと疑っているんだが? 裏でつながっているんじゃあるまいな?」


 空気がざわついている。バラムが殺気立っているのがよくわかった。


「それはないよ」

「――本当か?」


 兵士の中で知り合いになった人はいるので、全く無関係だとは言えないのが歯がゆいけれど……とにかく今は首を横に振るしかない。


「落ち着け、バラム。もし彼らと兵たちがつながっていたら、それこそ森に火をつけるなど愚行は犯さん。近くの社さえ焼くことになるのだからな」


 地面から顔だけ出していたバンナッハは空を見上げながらバラムをいさめた。


 ふん、とバラムが面白くなさそうに鼻を鳴らす音が聞こえる。


 もし社ごと・・・葬るつもりならその限りじゃないんだろうけど、言うとまた俺の立場がややこしくなるので黙っていよう。


「……迎撃します! 稀名さんたちは逃げてください!」


 ネミッサは走り出して、家の中へ駆け込む。


 俺もそれを追うと、ネミッサは紅茶のいい匂いが立ち込める室内で、クォータースタッフといくつかの木簡を手に取っていた。


「ネミッサは下がってろ! いつもみたいに俺たちに任せてりゃいいんだぜ!」


 コルがぴょんぴょん飛び跳ねながらネミッサを止めようとするけれど、ネミッサは行く気だ。


「今回ばっかりは手分けして社を守らないとだめだよ、コル」

「何があったんじゃ?」


 のんきそうにお茶を飲んでいたクーファは、のっぴきならないネミッサたちの光景を見てもまだのんきそうにお茶を飲んでいる。


 クーファたちに事情を話してから、俺も出かける支度をする。


「ネミッサ、俺も手伝うよ。人手がいるでしょ?」

「私のせいで、稀名さんたちを危険な目に遭わせるなんてできません。お気持ちだけもらっておきます。私たちが炎を消して兵隊さんたちを食い止めている間に逃げていてくださいね!」

「――ネミッサ!」


 俺の話を聞かずに、ネミッサは足早に出て行ってしまう。コルとバンナッハがそれに続く。


「やれやれ……」

「バラム、ちょっといい?」


 ぼやきながら後を追おうとしていたバラムに、俺は声をかけた。


「獣たちはとりあえず火の手からできるだけ遠い社に配置して。近づいて来たら迎撃するように。配置は……今から俺が考える」

「…………?」


 俺は外に出ると、小太刀を召喚して鞘から抜いた。


「どうするんだ?」

「今から森や森付近にいる兵たちの気配を探って、どの配置が一番兵たちを抑えられるか考える」

「そんなことできるのか?」

「やったことないけど、できると思う」


 もともとチェルトの加護で、集中すれば森の中の気配がなんとなくわかるはずだ。


「稀名、でも私の加護は……」


 チェルトが語尾を濁して横やりを入れた。


「うん、わかってる。森の外までは察知できない」


 兵たちが森の外に陣取っていたら、気配から全体の動きは探れないだろう。

 そして動き出してからでは遅い。

 相手が行動を起こす前に、全体を把握しておかなければ。


「だから俺の風で、探知範囲を広げてみる」


 『限界深域マージナル・ゾーン』を発動するとき、風で自分や相手の意識の深度を操作するが、そのときは個人単位で細かい調整を行う。一人一人の意識に、風が介入するのだ。

 それと同じ要領で風で人の意識を探って、だいたいの位置を掴んでみる。


 ただし、限界深域マージナル・ゾーンはごく狭い範囲だ。今からやろうとしているのはあまりに広範囲の探知。

 勝手が違いすぎるだろうか。

 でも、深度は操れなくても意識を感じるだけなら――


「チェルトの加護とも相性がいいし、できるはずだ」


 自分に言い聞かせながら、俺は周囲に風を発生させる。


 深度はごく浅く。けれどできるだけ広く、森林を包み込むように展開させる。


 森から川に向けて、そよ風を吹かせる。

 前髪や木の葉が若干揺れる程度の弱々しい風。

 風がソナーのように障害物に当たりながら、生物の気配をかき分けて流れていくのを感じる。

 周囲の意識を無理やり同期リンクさせたような不思議な感覚。


 火の手に向かって走っていくいくつかの気配。ネミッサとその精霊たちだ。

 火を消すとネミッサは言っていた。おそらく河川の精霊であるコルの力だろう。


 兵士たちは川を背に広く配置されていて、川のやや上流にあたる付近に多くいた。たくさんの意識が、何かを待ちながらひしめき合っている。


 本陣はやはり森の外だ。

 数は……千人は下らない。

 馬の気配もする。騎兵だろう。


 森の中にも、すでにいくつかの兵たちが展開されている。

 それに、少数で森の奥へと進軍しているのもいる。五十名ほどだ。


 なんとなく兵たちの意識の場所がつかめてきた。


「やっぱり敵は、炎でネミッサが逃げて来たところを迎え撃つつもりだ。でも本命は森の中を進んでいる別動隊……奥へ進んで、社とこちらの本拠地を押さえるつもりだ」


 火事は大がかりな陽動。

 相手の本当の目的は、森のどこかにある社の確保だ。


 ――フラッグは全部で五つ。

 一つでも取られたら、結界は完全には修復できない。

 周囲の森にカムフラージュしているといっても、破られない保証はない。

 ネミッサの家――本拠地を取られても、今後の活動に支障がでることは必至だ。


 そしてネミッサは今、炎に意識が向いているはずだ。

 いくら今まで何度か撃退してきたといっても、炎を消しながら大勢の兵を相手にするなんて難しいだろう。


 ネミッサはまだ火事の現場には着いていないから見つかってはいないけれど、見つかるのも時間の問題だ。


 まとまって進んでいた精霊の気配が、ここにきて一体だけ分かれた。

 たぶんバンナッハが、単身で近くの社を守りに行ったんだろう。


「バラム、上流付近に獣たちを配置してくれる? 炎をおとりにして、奥地に来る少数の兵たちを押さえるんだ」

「お前に指図されるいわれはないが、状況が状況だ。不本意だが心得た」

「できるだけ殺さないようにね」

「保証はできんがいいだろう。俺はその進んでくる少数を相手してから、ネミッサと合流する」


 これは無駄な戦いだ。

 結界をなんとかしようとしている者同士の争い。


 血を流すなんてそれこそ、裏でこの状況を望んでいる結界の破壊者の思うつぼだろう。


「チェルトたちは、ネミッサに向かって来る兵を相手する」

「数は多いんじゃろ? いけるのか?」


 クーファが期待するように俺に尋ねる。


「森林の中での戦闘なら、ある程度は戦えるはずだ。夜間で見通しも悪いから、隠れながら対処できる。クーファには暴れてもらうよ」

「ま、わし一人でも余裕じゃな」

「クーファだけじゃネミッサをフォローしきれないから、俺たちも行くよ。ウルもそれでいい?」


 ウルは間髪入れずにうなずいた。


「はい、ネミッサさんが火を消している間、ネミッサさんのそばに兵を近づけないようにすればいいんですね」

「そういうこと」


 さすが、呑み込みが早くて助かる。


「でも炎の魔法はできるだけ使わないほうがいいね。戦闘はクーファとチェルトに任せて、ウルはネミッサの消火活動を手伝ってあげて」

「わかりました」


 俺は――ガルムさんを説得しに、兵たちに見つからないよう敵本陣の中枢へ侵入する。


 白狼のバラムは、俺たちを待たずに猛スピードで森の中へと駆け出していった。


 俺たちも急ごう。

 ネミッサの決意を無駄にさせはしない。

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