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47 決意の力

 待っているのもあれなので薪割りしたり草むしりしたり家の手伝いを頼まれながら周辺を散歩したりしていたら、すっかり日が暮れてしまった。


「は、腹減った……」


 なんだか気が付いたらいつも空腹な気がする。

 慣れない斧まで使って汗だくになりながら、青草の生える地面に腰を下ろして休んでいた。


 薪割りの成果はあまり芳しくない。

 意外にまっすぐに割れないものだな、薪って。


「全然なってないな。もっと効率よくできないのか?」


 気だるげな白狼のバラムが、横になりながら毒を吐いてきた。


 はじめてなんだからこんなものだよ。

 と俺は無言で口を曲げた。


「いやぁ、ご苦労さん、稀名」


 青いツチノコのコルが胡坐をかく俺の膝の上に乗ってきた。


「どうしたの?」

「女子どもが紅茶を入れて女子会を始めてたから逃げてきたぜ。稀名の様子を見てくるって言ってな」

「あ、そうなの」


 でもだとしたら霊符の解析は済んだのだろうか。


 突然、足元の地面からバンナッハがぬっと顔を出した。


「うおっびっくりした……」


 しかもほとんど顔しか出ていない。

 生首がいきなり現れたかのような衝撃だ。


「我が主の邪魔にならぬよう、私も退散した次第だ」

「きみはあれなの? どこかに潜ってないと死んじゃうの?」

「そういう事情はないが」


 普段からそうなのか、バンナッハは硬い表情をしている。


「まあネミッサも同世代の友達と話すのは本当に久しぶりなんだ。少しは楽しませてやろうぜ」

「それもそうだね」

「ということで俺たちも男子会でもするか?」

「無駄に対抗しなくていいと思うよ」


 ネタないだろ。俺も含めて。


「しかし、あのネミッサに友達がな……」


 コルは感慨深そうにうなずくと、やけに涙ぐみながら言った。


「二年くらい前、魔法師に関する書物を集めてネミッサに頼みに行ったのが懐かしいぜ」

「それまでは魔法師とか結界とか、そういったことは知らなかったの?」

「そうなんだ。無理に頼んだんだが、いやな顔一つせずに頼みを聞いてくれた。ネミッサはな、俺たちの呼びかけに応えてくれて結界の修復なんてでかい仕事を見返りなしで引き受けてくれたんだぜ!」

「熱く語っといてなんだけどそれ昨日も聞いたよ」


 同じ話何回もするおっさんかな?


「最初は攻めてきた兵士たちに肉薄されたり態勢が整っていなかったから、いろいろつらかったんだぜ」

「ああ、ガルムさんの息子さんが攻めてきたやつね」


 あれもたしか二年前だったな。


 ……あれ、そういえば町のインフラを整備し終わったのも二年前だっけか。

 インフラを整備してから、ガルムさんの息子さんがネミッサのいるところに攻め込んだことになるのかな。


 でもその整備した建物から、変なお札が出てきた。


 何か、関係はあるのだろうか。


 息子さんはそのことを知っているのだろうか。

 修行の旅出てるから直接聞けないけど。


「たった二年であそこまで成長した。我が主は天才なのだ」


 バンナッハも感極まっているけれど、地面に埋まっている時点でイケメンが台無しだった。



 話していると、まもなくネミッサが俺たちを呼びにやってくる。


「稀名さーん、稀名さんも一緒にお茶しましょう!」

「そっち!?」

「あ、霊符も解読しましたよ。本読みながらでどうにかなりました!」

「そっか。お疲れさま」

「結論からいうと、ほとんど黒です」


 ネミッサの顔から、笑顔が消える。

 手には俺が渡した霊符を持ち、文面をたどるように指を這わせていく。


「これで周囲の不純な魔力を集めて、土地を汚染する魔力を精製していたみたいですね」

「不純な魔力?」

「この場合、自然物とは違うあらゆるものです。たとえば、人間とか、獣などの動物ですね」

「人間か……!」

「でも結界を破壊するとなると、かなりの魔力量が必要になるんです。この霊符が三枚四枚集まったところで、効力はたかが知れています」


 お札が埋まっていた建物である商会ギルドは、比較的人が集まりやすいところだろう。


 それに、ほかに整備された建物も、学校や病院や教会……全部人の集まりやすい場所だ。


 もしそれらすべての建物に霊符が仕込まれていたなら、かなりの量になるのではないか。


 考えをネミッサに伝えると、ネミッサは納得したようにうなずいた。


「たしかに人が集まるようなところに集中させれば、結界を破壊できるくらいの魔力にはなりそうですね」

「どうすれば結界の破壊は止まるの?」

「無効化するには、同じ力で打ち消し合うのが手っ取り早いんですが……少なくとも同じ数の霊符とそれに見合った魔力を揃える必要があります」

「でも、そんな時間はないよ」

「その通りです。かといって何もしなかったところで、私の力で現状を維持しているだけじゃ、いずれ結界は破壊されてしまうでしょう。現に今、かなり厳しい状態です」


 魔王軍の魔力がスミラスクの町にまで及んでいることからも、ネミッサの言っていることは正しい。


 それにお札が貼ってあったのは建物の中だ。

 同じ力で相殺するとしても、規模が大きすぎて霊符をこっそり仕掛けるなんてできない。


「術者がいなくても、霊符が維持にかかる魔力も集めているのでほぼ自動的に効果は持続しています。術者を探すのもほぼ不可能でしょうね」


 現状、どうしようもないってことだろうか?


「俺に何かできることはない?」

「今からがんばって考えます。それしか、私にはできません」


 ここにきて思い至る。


 俺とネミッサは似ていると思ったけれど、そうでもなかった。


 彼女はずっと一人で、自分の力で生活をしながら、一つの目的のためにひたむきに前に進んでいたのだった。

 どうにかなる見込みも全くなく、本当なら味方になってくれるはずの兵からは命さえ狙われて、それでもどうにかしようとして毎日をがんばっている。


 そんな根性俺にはない。

 たとえ使い魔に助けられながらでも、途中で投げ出してしまうだろう。


「どうしたんですか?」

「あ……えっと、もう夜だなって」


 すでにあたりは、日が暮れてしまっていた。


 昨日より遅くなってしまった。仕事の刻限をとっくに過ぎてしまっている。


 ネミッサは空を仰いで、今気が付いた様子でつぶやく。


「あっ、本当ですね! ご飯のしたくしなくちゃ」

「いや、違うんだ。その、ネミッサはすごいなと思って」


 言葉を選びながら言い直すと、ネミッサは消え入りそうな笑みを浮かべた。


「すごいなんて、そんなことないです」

「いや、すごいよ。俺にはたった一人で、ずっとがんばり続けるなんてできないから」


 自嘲気味に言うと、ネミッサは微笑を浮かべたままで、少し物憂げな瞳を地面に向けた。


「……私、ウィズヘーゼルの郊外で生まれたんです。そんなに裕福じゃなかったですが、家族がいて、少なかったけど一緒に遊んだ友達もいて、そんな町のみんなをガルム様が守っていて……私は、私の大事な人たちがまた笑って暮らせるために、今を頑張っているんです。もちろん、私だってその中に入りたい。いつか結界を完全に修復して、みんなの誤解を解いて、絶対に私もその輪の中に加わるんです」


 その声はやや頼りなかったけれど、ネミッサをここにつなぎとめているような意志の強さを感じた。


 きっと本当にその夢を頼りに今までやってきたんだろう。


「今自分がつらい思いをしているのは、いつか笑って楽しい思いをするためなんです。だから、どんなに長い時間がかかろうと、誰かに蔑まれようと、責められようと、全力で、がんばれます」

「……やっぱりネミッサはすごいよ」


 つぶやくようにもう一度言う。


 戻って、みんなを集めて帰り支度をしないとな。


「そうだ、もう遅いし、今日は泊まっていきませんか?」


 ぱっと顔をあげてから出てきた、ネミッサの提案。


「えっ?」


 と、ととと、お泊りですと!?


「なに驚いてんだ。連れと一緒に決まってるだろ」


 コルがあきれながら言う。


 そりゃそうだ。

 フラグなんていつ立てたんだって話だ。


「そ、そんなこと知ってたし!」

「ど、どうでしょうか? もし都合がよければで構わないんですが」

「いや、お言葉に甘えるよ」


 言ったところで、ずっと横になって怠けていたバラムが、


「おい」


 俺たちに呼び掛けた。


「悠長に話している時間は、どうやらなくなっちまったらしいぞ」


 バラムが起き上がって伸びをした。

 目は警戒の色濃く、毛が逆立っているのがわかる。


 それからうんざりそうに、城のある方角を見やった。


「兵たちの襲撃だ」


 景色の一部が赤く染まり、煙が立ち上っているのがここからでもわかった。


 ガルムさんの方も、なりふり構っている状況じゃないようだ。

 ――森に、火を放ったらしい。

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