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46 キノコはお土産に含まれない

 待ち合わせ場所に行くと、予想通り付き添いの兵士さんは一人だった。

 しかも昨日と同じ兵士さんだ。


 そして昨日と同じ手順で川を渡る。


「昨日ぶりですがよろしくお願いします、マスキング殿」

「あの、そういう仕事なんですか?」

「いや、いつも私が担当というわけじゃないんですがね……人手が不足してまして……」


 兵士さんは苦笑しながら言葉を濁す。


「ところでマスキング殿、昨日の今日で大丈夫ですか? 疲れなどはたまっていませんか」

「はい、まあ、いけます」

「昨日は少し遅くなって心配しましたよ。もしいなくなっても探しになんて行けませんからね。私もそんな余裕ありませんから」


 そうか。この人も命がけなのか。


 そりゃああんな化け物うようよいたら生きた心地がしないだろうな。


「えっと、ちょっといいです?」


 俺は後ろ手に小太刀を召喚した。


 うっ、と言いながらチェルトがフードをかぶって防御態勢。

 いや、きみには当てないよ。


「どうしたんですか?」


 なんて振り向いた瞬間、深度を深く調整したリラックスの風が兵士さんの体をなでながら通り過ぎていった。


 眠りに落ちて倒れこむ兵士さんを俺は抱え込む。


「やはりセコい能力じゃの」

「セコい言わないでくれます?」


 キノコを採る仕事も必要だけど、とりあえずネミッサのところに行かなきゃね。


 兵士さんは兵舎の扉の前に寝かせておく。



 ネミッサの家までの道案内はケルピィがしてくれた。 


 キノコを採りながら森を進むと、一度も獣に出会わずにネミッサの家に着く。


 昨日は偶然じゃなかったらしい。ネミッサは獣を歩哨代わりに使っているんだろう。


 でも、だとしたら気づかれず社に近づくのもほとんど不可能になるのだろうか?


「なんだ、また来たのか」


 家の庭で寝ていた巨大な白狼のバラムが首をもたげてあくびをした。

 完全に番犬だな。


「お邪魔するよ」

「勝手にしろ」


 寄り道したせいか、思ったよりは時間がかかってしまった。時刻は昼過ぎくらいだろうか。


「ありがとう、ケルピィさん」


 ウルが道案内したケルピィの頭をなでてねぎらうと、


「キュッ」


 ケルピィはつぶらな瞳でうれしそうに鳴いた。

 ……おい。ちょっと待て。

 キュッてなんだキュッて。


「初耳なんだけど鳴き声かそれ」

「キュゥーン?」


 普通にしゃべれるだろお前。マスコットの座を狙いすぎじゃなかろうか。


「ウル、こいつ踏んづけていい?」

「えっと、それは少しかわいそうな気もしますが、ご主人様がそれでいいのでしたら、どうぞ」

「キュッ!?」


 キュッ!? じゃねえんだよ。


 ケルピィを無視してネミッサの家を訪ねると、ネミッサが三つ編みを揺らしながら出迎えてくれる。

 青いツチノコ――コルとかいったか――も一緒だ。


「またきてくれたんですね! うれしいです!」


 お土産を渡すと、ネミッサはさらに表情をほころばせる。


「わぁー、こんなにいっぱい……いいんですか?」

「もちろん」

「ありがとうございます! それで、そっちの袋は?」

「こっちはキノコ。来るときに道草して採ってたんだけど、俺のね」

「……またキノコ?」

「またキノコ」

「毒キノコ好きなんですか?」

「好きとか嫌いとかじゃなくて、必要なんだよ」

「そ、そうですか……」


 ネミッサがふいっと目をそらした。


 なんだろう、何か誤解してない?


「客人とは珍しいな」

「男の声? ――うわあっ」


 どこから声が聞こえるのかと思ったら壁だった。


 壁に埋まっている、浅黒い肌の男がいた。


 背泳ぎしてる人が水面から顔を出している情景に似ている。細く線のはっきりした端正な顔立ちだった。

 身長は人にしては高めだが、人間なのか人外なのかいまいちはっきりしない。


「ネミッサ、その人は? いや、人?」

「ううん、精霊ですよ。コルたちと同じ、私の使い魔のバンナッハです」


 バンナッハと呼ばれた男は、壁に埋まったまま軽く会釈した。


「我が主を訪ねてくる知り合いがいたとは喜ばしいことだ。どうかよろしく頼む」


 埋まっているわけではなく自由に移動できるらしい。


 これ外から見たら尻や背中や後頭部がはみ出てるように見えて、あられもない姿になってないかな。

 それだけが心配だ。


「あ、そうだ。ネミッサ、町でこんなもの見つけたんだけど、わかるかな?」


 気を取り直して、俺は建物の中からいくつか拝借したお札を取り出した。


「なんですかそれ――」


 お札を渡すと、ネミッサは目を皿のようにした。


「これ、『霊符れいふ』――魔法師の霊符じゃないですか!? どこでこれを?」

「建物の中からでてきた」


 やっぱり魔法師のお札だったのか。

 でも、どうして魔法師のお札――霊符が建物の中から出てくる必要があるのだろうか。


「このお札、どんな効力を持ってるかわかる?」

「ちょっと術式を読み解いてみないことには……」


 持ってきた何枚かの霊符をすべて渡すと、ネミッサは霊符に顔を近づけて難しい顔をした。


「でもすぐわかると思います! 任せてください!」

「頼んだよ。たぶん、結界の破壊者と無関係じゃないと思うから」


 ネミッサは本棚から朽ちかけの古文書をいくつか取り出す。


 その物々しい雰囲気に、俺は少したじろいだ。


「えっと、大丈夫? すぐ終わりそう?」


 全然すぐ終わらなさそうだ。


「ほとんど見たことない文字ですが、大丈夫です! 符術のノウハウはきっと私が学んだのと同じだと思うし……。私はまだまだ未熟者ですので思ったよりは時間がかかるかもしれませんが、集中します!」


 気合を入れつつ、ネミッサは机のある自室にこもってしまった。


「我が主は未熟者ではない。頑張り屋なのだ」


 バンナッハは壁に埋まったまま、満足そうにネミッサを見送った。


「だろうね」


 頑張り屋なのは見ていてわかるけど。


「……まあ、例によって時間がかかりそうだから、お前ら覚悟しとけ」


 青いツチノコのコルは、ため息交じりに告げる。

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