44 気になるもの
宿も取り晩御飯も食べ、一夜を安眠のもと過ごした次の日の朝。
俺は怪しい人物がいないか調べるため、早々に宿を出ることにした。
「ありがとうございました」
「おう、あんたは騎士様たちと一緒に俺たちの町や人を体張って助けてくれた英雄だ。泊まるならいつでも大歓迎だぜ!」
民宿のおじさんはとてもいい人だった。
なんでも、俺が魔族と戦ってレルミットを避難させるところを見ていたらしい。
大変なサービス価格で泊まらせてもらってしまった。
「じゃ、また機会があれば泊りに来てもいいですか?」
「おうよ! いくらでも泊まっていってくれ英雄!」
英雄ってのはいささか大げさすぎるけれどもね。
「で、何をどこから調べるんじゃ」
民宿を後にしてから、俺たちは町を練り歩く。
まだ朝早いっていうのに、活動している人たちは多い。
「とりあえずウルの精霊に町中に散ってもらって、全体的に怪しい動きがないか見てもらおう」
俺はウルに目くばせすると、ウルはうなずいて『沼の民』たちとケルピィ、それにコルンヴォルフを町へと走らせた。
「で、俺たちはネミッサのところに行こう」
「昨日の今日でまたいくの?」
チェルトの質問に、俺はうなずいた。
「ネミッサや精霊たちの目の届かないところで社に細工してるやつがいるかもしれない」
可能性を三つほど考えてみた。
一つはネミッサが嘘をついていて、結界を壊しているのがネミッサ本人の場合。
一つはネミッサのいう通り、外部から何らかの力が加えられて結界が弱まっている場合。
そしてもう一つは……精霊がネミッサを騙して結界を破壊させようとしている場合だ。
一つ目はたぶんないだろうな。
三つ目も、まず動機が思いつかない。
でも人を騙すような悪い精霊はいると思うんだよな。なんでだろう、確信を持って言える。
確率高そうなのはやっぱり二つ目だろう。
けど……土地の魔力を汚染しているのではなく結界の社を直接汚染している場合もある。
社が五つもあれば、ネミッサの目の届かないところで何らかの細工をすることだってできるだろう。
いろいろ考えたけれど、とりあえずネミッサのところに行ってみるほうがいいと思ったのだ。
でも誰が何のためにそんなことやるのかって話だ。
……ものすごく強い魔王軍のスパイがこの町にいるとしか考えられないんだけど。
少なくとも魔法師の生き残りが魔王軍の軍門に下っているのは間違いない。
でもだとしたら、結界は魔法を使わないなら簡単に中に入れる仕様なのか、もしくはスパイが結界などものともしない魔力を持っているのか。
「とりあえずウルとクーファはギルドにでも行ってて」
「なんでギルドなんじゃ」
「いや、またキノコの依頼あるかもしれないし」
生きていくために日銭も稼がなきゃいけないからね。
レルミットが調べてくれている情報に関するお金もきっとかなりかかるだろうし。
べつにキノコが気に入ったわけじゃないんだけど、川も渡れるしお金も稼げるしちょうどいい仕事なのだ。
「稀名はどうするんじゃ」
「野暮用がてらネミッサにお土産でも買って行こうかと思う」
野暮用っていうか自分の靴買いたいだけなんだけどね。
……市場に出るが、やっている店はちらほらしかない。やっぱり魔族襲撃の爪痕がまだ残っているんだろう。
「で、野暮用ってどこいくの?」
ついてきたらしいチェルトは上機嫌で俺のそばを歩いていた。
腕がくっつきそうなほど近い。
「とりあえず靴屋かな」
「ん、わかった」
「今日は機嫌いいね」
少し戸惑いながら笑うと、チェルトはきょとんとして首を傾げた。
「そう?」
昨日森を探索しているうちにチェルトの好感度が上がったのだろうか。そんなきっかけあったか。
それとも俺という人間に慣れただけなのか。
まあ怒っているより全然気が楽だからいいんだけど。
「とりあえず、そのへんぶらぶらして見つけよう」
そういえば俺、女の子とデートしたことなかったな。
これがデートと言えるかどうかは怪しいけど。
チェルトは物珍しそうにあたりをきょろきょろ見回す。
「稀名、あれなにー?」
「知らない」
「あれは?」
「知らない」
「稀名ってさ、私より世間のこと知らないよね」
「いや、しょうがなくない? まだこの世界に来て結構間もないんですが」
チェルトもずっと森の中で暮らしていたって言ってもこの世界の住人なわけで、逆にどんなものがあるのか教えてもらいたいくらいだ。
「せっかく稀名にいろいろ教えてもらおうと思ったのに……」
言いながら、チェルトは少し残念そうにした。
「二人で、いろいろ知らないこと知っていく必要があるね」
「そうね! それもいいかも!」
機嫌を直したらしいチェルトはあどけなく笑った。
頭を撫でようとしたけど、嫌がりそうなのでやめておこう。
出店を物色しつつ、まずネミッサへのお土産を見つける。
お茶菓子などあればよかったんだけど、売っていなかったので果物っぽいものをいくつか買う。
見飽きているものだとしても、バスケットに入れればそれなりに映える。お土産としては十分だろう。
「律儀ね。そんな余裕ないくせに」
「お世話になったらお礼するのは当然だよ」
しかし生活費として貯める分を除いてウルとその余りをわけるとすると、俺の取り分は五千程度である。
思ったよりは少ない。
靴は買えるのだろうか。
心配しながら歩いていると、靴屋の出店は案外早く見つけることができた。
お店の人に聞いてみると、それなりにいいのを買ってもまだ持ち金が三、四割くらいは余る。
「…………!」
しかし靴屋の横、別の店のある商品が目を引いた。
「チェルト、俺はゆっくり選んでるから先に行ってて。もうすぐ戻るからってみんなに伝えてくれる?」
「いいけど」
いぶかしむチェルトを行かせたあと、俺は一人うなずいた。
少し時間がかかりそうだけれど、三人にはとりあえず待ってもらおう。




