43 幕間
深夜だった。
誰もが寝静まった町並みに、少女が一人佇んでいた。
少し面倒なことになった。
と、少女――レルミット・レレミータはため息をついた。
「情報の依頼かぁ……そんなこと頼まれるとは思ってもみなかったな。断ってもよかったけど、断ったことで縁が切れちゃっても困るからなぁ」
暗い路地、月明かりも遮られるそこは、商会ギルドの建物のちょうど裏あたりだ。
「最初はチンピラを雇ってすごく自然な出会いを演出したからよかったけど、ずっと不自然さを感じさせないままくっついてくのは骨が折れそう」
レルミットは針のような細身のナイフを手で遊ばせながら、一人ぼやいた。
正面には、壁に貼り付けにされている男が三人いる。
服のすそや掌の中心にナイフを突き通し、壁に打ち付けたといった状態である。
暗闇に目が慣れた者なら、その屈強そうな男たちがレルミットを怯えるような瞳で見ているのがわかる。
魔法師のことを調べようと夜の町を駆けていたら男どもに絡まれたのだった。
触られる前に返り討ちにしてやったが、無駄な時間を取られてしまった。
一人はすでに気絶しているが、二人のうち一人が、懇願するようにつぶやいた。
「許してくれ……」
「許してくれって、そっちが襲い掛かってきたんでしょ。自業自得なんだから黙っててよ。本当、失礼しちゃうよ」
もう一人は、強がっている様子で舌打ちをした。
「この、魔女め」
「魔女? それはネミッサ・アルゴンに言ってくれないと、ね!」
語尾を強めて言ったと同時、ナイフがレルミットの手から放たれる。
目にもとまらぬ速さで投擲されたナイフは、強がっていた男の顔のすぐ横に命中した。
顔を少しかすめたらしい。皮一枚切れた頬のあたりの肉から血が流れ、顎から地面に滴り落ちる。
身動きできないからか、男はその血を拭うこともできない。
石造りのはずの壁に突き刺さるナイフをまじまじと見つめ、それきり男は黙ってしまった。
「こっ殺さないでくれ……死にたくない」
もう一方の男はなおも命乞いをする。
「あなたたちは私を襲ったあと殺すか人売りにでも売り飛ばそうって魂胆みたいなのに、自分たちが殺される目に遭うのは嫌なんだね」
レルミットはもう一度深いため息をつく。
「一晩黙って反省してて。……この町の夜は、今から私が掌握する。次同じようなことしてたら見つけ次第殺すからね」
子どもをあやすようなうんざりした口調で言うと、また独りごちながら状況整理をしはじめた。
「ボスの命令だとまだ現状維持で泳がせる方向みたいだけど、何かやろうとしてるよね。魔法師がどう関係してるのかな」
魔法師について、レルミットはそれほど造詣が深いわけではない。
とっくに廃れた技術のはずで、現代にその使い手がいるというのも耳にしたことがない。
ただ、『教団』とも呼ばれているある邪教集団がそういった技術を綿々と受け継いでいる、という根も葉もない噂は聞いたことがある。
しかしその邪教集団がそもそも都市伝説レベルの存在で、実在することさえ怪しい。眉唾の域を出ない。
「関連してるとしたら『教団』か……。まあ正体怪しまれたくないから依頼通りに調べるけど」
それに、彼がどんな事件を起こしたところで、現状自分にできることなどない。
自分は監視を命じられているだけで、余計な手出しは禁じられている。
残念だけど何か起きたところで様子見するしかないのかなー、とレルミットは不満そうな顔をする。
「とりあえず稀名君が何をやろうとしているか――何をやらかそうとしてるのか、観察させてもらおうかな」
月明かりの届く路地まで歩いて、レルミットは背伸びをしながら、静かに夜空を見上げた。
※レルミットが言う稀名との「すごく自然な出会い」については第27話参照。し、ぜん……?




