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40 俺の知らない間にみんな仲良くなっている

 ババアじゃなかったのか。


 手配書のイラストってあまり信用ならないな。

 俺も凶悪犯みたいな顔になってたし。


 ウルとチェルトは俺が目覚める前に自己紹介を済ませていたようで、すでにとても打ち解けていた。

 この人あのネミッサだよね? 二人はそれわかっているんだろうか。

 敵陣の真っただ中ってことだぞ、ここ。


 でも肝心のネミッサは魔女どころか普通の女の子のように思える。なんなんだ。


「稀名さんでいいんですよね?」

「う、うん」

「よろしくお願いしますね!」


 しかも神無月稀名という名を聞いても怪しまない。


「俺のことは知らないの?」

「え? はい、知りませんけど。私、森の中の暮らしが長いので世間には疎いんですが、有名な方でしたか?」

「いや……そんなことないよ」


 スープを口にしながら、次にどうするか考える。


 ……よし、帰るか。


 人は見かけによらないっていうし、とんでもない凶悪犯かもしれない。


「稀名さんたちはどこから来られたんですか? このへんの人ではないようですけど」

「遠くからです。あ、うめえこのスープうめえ!」


 俺は急いでスープを飲み干す。


「わあ、ありがとうございます! うれしいです!」


 毒は入ってないみたいだけど、入っていてもそのうち治るみたいだしとにかく急いで食べる。

 ごちそうさま。


「じゃあ俺そろそろ帰りまーす……」


 俺は重い体を起き上がらせる。


 まだ本調子ではなかったけれど、動けないほどじゃない。


「もう? できればまだ安静にしていてほしいんですが」


 ネミッサが眉根を寄せた。


「そうだぜ、もっとゆっくりしてろい」


 青いツチノコもベッドに飛び乗って引き止める。


「いや、そろそろ森を出ないと町に着くころには夜になっちゃうからね」


 さっきまでクーファに遮られてわからなかったが、もう日没近い。

 ガルムさんとの待ち合わせに遅れてしまう。

 あとなんかまた無用な争いに巻き込まれそうな気がするからさっさと退散したい。


「そうですかー」


 ネミッサは心なしかさみしそうだった。


「体はもう全然平気。……あ、そうだ、俺の持ち物は?」


 死にかけたとはいえ俺の収入源だ。

 毒キノコも毒の実も大事な所持品である。完全出来高制で基本給ゼロだから、なくなっていたら困る。


「えっと、ウルちゃん持ってたよね?」


 ネミッサがフレンドリーに促すと、ウルはうなずいて麻袋を差し出す。


「お荷物ならこちらに」

「キノコは」

「キノコも一部回収しておきました」

「さすがウル!」


 麻袋の中にしっかりどぎつい赤色のキノコが入っていた。数はネトニリキスの実と同じくらいだろうか。


「ただ、状況が状況だったのですべては持って来られませんでしたが……」

「全然いいよ、ありがとう」


 これだけあれば相当な収入が期待できるな。


「うへへ……このキノコがあれば……俺はどんな険しい道でも前に進める」


 靴が買えれば、とがった石ころ踏んで痛い思いしなくて済むんだ。


 それどころか余ったお金で今日はごちそうだ!

 おっと、晩御飯のことを考えてたらよだれが垂れてしまった。いかんいかん。


「なんかこの人危ないこと言ってる……うわぁ」

「こりゃ毒素が頭に回ってやがるぜ」


 ネミッサが引きつったような顔になり、ツチノコがあきらめたようにかぶりを振った。

 いや、なんでこの人たち俺に憐憫の目を向けているの。


「なんじゃ、もう帰るのか?」


 人間になったクーファが窓の縁に座りながら言った。


「あ、うん」

「おう帰れ帰れ。さっさと消えてしまえ」


 とバラムが鼻を鳴らしながら憎まれ口を叩くが、クーファににらまれて慌てて顔をそらした。


「えっと、私も用事があるので、ちょこっとそこまで送りますよ」


 無理にでも監禁されるかもしれないと思ったけれど、ネミッサはすんなりと帰してくれるみたいだ。


 ネミッサは何か木の板を懐に入れ、箒の横に立て掛けてあった長い棒を手に取った。


「じゃあ行きますか。帰り道の方角を案内しますね」


 あ、その棒持つだけで外出の準備はいいんだ。

 お出かけセット的なのはないのか。どんな用事だろうか。


「何その棒?」


 ネミッサの身長よりずっと大きい棒だった。二メートル近くはある長さだ。


 棍――いわゆるクォータースタッフってやつだろう。長さがあるだけのただの棒だ。


 ただの棒だが、れっきとした武器でもある。

 コストが安く手軽に量産でき、戦いの経験が浅い者でも扱いやすい。

 適当にブン回すだけでもそれなりに効果があり、農民兵御用達の武器として中世ヨーロッパの戦争でもよく使われたらしい。


 物自体は、何の変哲もない。


 ネミッサはそのクォータースタッフを手慣れた様子でくるくると振り回し、


「護身用、ですっ」


 びしっと構えた。


 棒術? ――いや、違う。


 よく見たら、手元から先端まで何かしら文字がずらりと刻まれている。

 まるで『精霊兵器』の――呪いの刻印のような印象。だが精霊が無理やり融合しているわけではない。

 魔法の杖、だろうか?


「用事って?」

「はい、やしろのところに」

「えっ――あっ」


 みんなで家を出ながら、俺はやっと気づいた。


 彼女は今から結界を破壊しに行くんだ。

 そうだ、この子、『ウィズヘーゼルの魔女』って呼ばれてるんだった。


 すごくナチュラルにそのへん散歩してくるノリで社に行くとか言ってるけど、彼女はネミッサ・アルゴンなんだ。


「このへんは迷いやすいので途中まで一緒に行きましょう」

「あ、うん、ありがとう……」


 森の中を歩きながら、俺は頭を抱える。

 ……どうしよう。成り行きで結界を壊す道のりに途中まで同行することになってしまった。


「そ、そういえばクーファとさっきの狼は知り合いなの?」


 狼は家で留守番をするようだった。


 俺はすぐ隣を歩いていたクーファに聞いてみる。


「じゃな。昔殺し合ってな、ボコボコにしてやった。命を助ける代わりに真名を差し出させたってわけじゃ」

「へえ」


 怖いことしてるなぁ。


「相手の真名を知ることは命を握るのと同じようなもんじゃから、わしに頭が上がらんのじゃな」

「『宿しゅの盟約』でも真名が必要だし、そんなに重要なものなんだ」

「真名を含んだ言葉は、精霊や幻獣にとってある程度の強制力があるからの。『宿の盟約』でもその原理で使い魔に命令できるのじゃ」


 なるほど。強制力のある言葉か。

 それも言霊コトダマってやつなのかな。


 あれ? 俺『言霊』って言葉どこで覚えたんだっけ?


「ここの獣道にそって行くと、兵士さんのつけた赤い印の場所に出ます。そこからは木にナイフで出口までの印が付いてますし、わかりやすい道もありますので大丈夫だと思います」


 先頭を行っていたネミッサが立ち止まって言った。


「……私、その、ここに移り住んでからずっと人と会ってなくて、ええと」


 行こうとしたら、ネミッサがもじもじしながら俺たちに語る。


「すごくうれしかったんです!」


 クォータースタッフを力強く握りながら、思い切りよく言うネミッサ。

 何を言いたいのかわからなくて、俺は少しきょとんとしていた。


「だっ、だから、もっとお話ししたいんです! 稀名さんとも、ウルちゃんとも、チェルトさんたちとも、もっとお話ししたいんです。仲良くなりたいです。よかったら、またみんなで遊びに来てくれますか?」

「き、機会があればね」


 もしかして、人間の話し相手が不足していて寂しかったってことか?


「敵意を持っていない人間が来るのは本当に久しぶりなんだぜ。だからネミッサと仲良くしてやってくれ」


 ツチノコも地面を這いながら言う。


 ……手軽に遊びに来るには命がけすぎるんですが。


 それに、さっきから凶悪犯らしさが少しもない。

 緊迫感もないし、なんだかすごく違和感があった。

 日常生活を送るみたいに悪事を働く中身は悪魔みたいな少女なのだろうか?

 まったくそうは見えない。


「では私は行きますので」


 社へ行こうとするネミッサの手を俺は掴んだ。


「ちょっと待って、やっぱりダメだよ、こんなこと」

「?」


 魔族が人を襲う地獄絵図が、まだ脳裏に焼き付いている。


 もう絶対に、あんなことあっちゃいけないんだ。


「どんな理由があっても、ウィズヘーゼルの結界を壊すなんて……」

「いえ、そんなことしてませんけど」


 ネミッサは無垢な瞳で答え、首をかしげる。

 壊してないって、どういうことだ?


「逆なんだぜ、稀名とやら」


 青いツチノコが飛び上がって言った。


「逆?」

「私は結界を修復するためにここにいるんですよ」

「……えっ!?」


 ネミッサから出てきた信じられない言葉。


 彼女が嘘をついているようにも見えなかった。


「そういうことみたいよ」


 事前に聞いていたのか、チェルトも妙に納得していた。


「壊そうとしているのは外部の誰かです。しかも相当膨大で強力な力を使って、社の力を無効化しようとしている。修復しても修復してもそれ以上の力で壊されるんです」

「そう……なの?」


 その話が本当なら――すべての前提が崩れる。


 ネミッサを倒せばすべて片付くということにはならなくなる。

 むしろ修復する者がいなくなって、結界の破壊が促進されることになるじゃないか。


「稀名ーわし疲れたのじゃ。立ち止まってないで早く帰るのじゃ」


 今大事な考え事してるから、ちょっとクーファさんは黙っててくれませんかね。

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