4 強襲する白竜
広場のすぐ近くの住宅地に沿った細い路地に逃げ込む。
角に隠れながら、周囲を確認。どうやら撒いたみたいだ。
「もうなんなんだよ」
世界は不親切だ、それはもうどうしようもなく。
なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
「大丈夫だった?」
「……? 私、ですか?」
なぜ心配されているかわからないって顔だ。
「きみしかいないよ」
「私は問題ありません、ご主人様」
「俺はご主人様と違うよ。ていうかせっかくきみを助けたのに、何で俺が追われなくちゃいけないんだ」
「本当にご主人様ではないんですか?」
「うん」
わからない。当然なのかもしれないが、この異世界、俺のもといた世界と全然違う。
どうも俺の知っている常識とは違う世の中らしい。文明レベルも進んでないし。
……いや、待て。
奴隷商って、あの男二人のことだろうか。
で、商品というのがこの手枷をはめたウルって少女。
それを力ずくで奪い取った奴がいるらしい。
俺だ!
「やっとわかった」
この世界じゃ、奴隷を売り買いするのは合法なんだ。それを殴って邪魔したもんだから……。
「悪いのは俺だ」
この国の法にあてれば、盗人は、たぶん、俺なんだ。
でも間違ったことはしていないはず。
「とにかくこの王都? みたいなところから逃げないと」
この子はどうしよう。
さすがに置いてはいけないが、俺に人一人養えるほどの甲斐性ないんだよなあ。
というかこのままだと自分さえ養えない。
考えていると――
カンカンカンカン!
鐘を連続して打ち鳴らす音が聞こえてきた。
「なんだ?」
周囲の気配もざわつき始める。
やがて駆け出していく住人達がちらほら見られた。
「すぐにここから逃げろ! 竜が、竜が出たぞ!」
「なんで王都に竜が!? こんなこと一度だってなかったはずだろ!」
「知らねえよ!」
「衛兵は何をしてるんだ!」
口々に騒いでいた。
……竜?
「うわああっ!」
「きゃああっ!」
悲鳴がひときわ大きくなると、いきなり周囲が薄暗くなった。
いや、違う。
上空にいる何かによって、太陽の光が遮られ、あたりに影が差したんだ。
俺は少し震えていたウルの手をぎゅっと握った。
上空に現れた、太陽さえ呑み込みそうな巨体。
白磁のような鱗に覆われた白い身体。体よりさらに巨大な二対の翼、頭部には小さいが角が二本。
建物くらいならたやすくなぎ倒しそうなしっぽに、鋭い爪の生えた脚。
「白い、ドラゴン!?」
そうとしか言いようがないものが、そこにはあった。
白い竜は突風を伴いながら中央の広場へ向かっていき、地面に降り立った。
グオオオオオオッ!
空気をびりびりと震わせる咆哮は、それだけで天変地異に匹敵しそうだ。
遠目からでもわかる巨体。建物よりもずっと大きい。
あんなものに暴れられたら、このへん一帯はどうなる?
くそっ。考えてる時間がおしい。
「ウル、きみは、この混乱に紛れて逃げるんだ」
「え? でも……ご主人様はどうされるのですか?」
上目遣いで心配そうな瞳を向けてくるウル。
うん、ていうかご主人様じゃないんだけどね。
でもご主人様の命令ってことにすればちゃんと逃げてくれるだろうな。
息を一つ吐く。
それだけで覚悟が決まる。
「俺は――きみがちゃんと逃げられるように少しでも時間を稼いでみる」
なんていうか、損っていうか、まあ誰かが食い止めないといけないわけだしなぁ。
俺は急ぎ、ドラゴンがいる中央の広場へと駆け出した。
本当、異世界に来てからこのかた、散々だよ。