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38 きのこの神様

「稀名よ……稀名よ……」


 呼びかける声が聞こえてきて、俺はゆっくりと目を開いた。


 しわがれた老翁のような声だった。


 荘厳な雰囲気を醸す霧で包まれていて、周囲の見通しは悪い。


 ここはどこだろう。俺、死んだのかな。

 ネット小説でよくある、死んだら神様にチートスキルもらえる不思議空間だろうか。遅っ。異世界来てから結構経ってるよ。超今更感あるけど。

 でも足からいっぱい血が出てたから、それもありえるか。


 だったら俺は俺といるときだけ女の子をエッチな気分にさせることができるスキルもらいます。


「ということで神よ、俺に力を分けてくれ!」


 起き上がって、俺は両手を広げてお祈りした。ステータスオープン……ッ!


 しかし力を授けてくれる気配はない。

 代わりに老人の声は、ごきげんそうな調子でからからと笑った。


「よくワシが神であると見抜いたな……」

「やはり神様か」

「そうじゃ。ワシはきのこの神様じゃ」

「……え?」

「きのこの神様じゃ」

「ごめん、何?」

「きのこの神様じゃ」

「……え?」

「きのこの神様じゃっつってんだろーがこのガキ!」


 すごい怒られた。

 そしてやっぱり意味がわからない。


 霧から姿を現したのは、十メートルくらいはあろうかという巨大なキノコだった。

 開ききっていない傘は濃いブラウンで、一応目と口はついている。

 どこぞのおさわり探偵に出てきてもおかしくなさそうな見た目だが、でかすぎるしちょっと可愛さが足りない。


 よく見ると、周囲には赤松の木が植わっていて、根元には松茸らしきキノコが生えていた。

 それも周囲一面にたくさん。

 どの個体を見ても大きさも形も申し分なく、松茸独特の香りが鼻腔をくすぐる。


 そんな松茸の固有結界みたいな空間の中心にいるのが、きのこの神様だった。


 きのこの神様……ごめん、やっぱりきのこの神様って何?

 えらいの?


「戸惑うのも無理はないが――ワシを呼び寄せたのは稀名、おぬしじゃぞ」

「呼んだ覚えないけど」

「ならばワシは帰るけど」

「いいよ」

「ちょいと待て稀名よ。待たれよ」


 きのこの神様は焦りながら言う。


「ワシを呼び出しといてタダで帰すのか?」

「いや、そうだけど」

「マジで? 願いとかないの? キノコ関連ならなんでも叶えてやるぞ」

「願いの範囲局地的すぎない?」


 なんでキノコ関連で限定するんだよ。

 キノコ栽培業者とかならともかく、キノコに関する願いとかぱっと思いつかないよ。


 探してたゲッコウオオタケだってすでに見つけてるし……あ、そういえばゲッコウオオタケはどこなんだ。ないぞ。


「ここはおぬしの心象風景ゆえ、目覚めれば元の世界に戻れよう」

「あ、そうなんだ」


 少し安心した。どうやら死んだわけではないらしい。

 ……目覚めたらあの世とかじゃない限りは。


 舌打ちが聞こえた。


 きのこの神様はふてくされたような態度だ。


「フン、たしかにワシが勝手に出てきた。暇じゃからな」


 暇そう。


「ここまでワシの声を聴ける人間は久しぶりなんじゃ」

「目覚めるのでそろそろおいとまします」


 なんだよ、きのこの神の声をよく聴ける才能とか……いらないよそんなスキル。


「はぁ、仕方がない。また来るがよい」


 きのこの神様は心なしか残念そうだった。


「しかし人間のくせに意外と魔力あるのーおぬし」

「俺が?」

「左様じゃ。しかしそのほとんどは有効活用されておらぬ」


 きのこの神様は興味深そうに俺を観察する。


「たとえばそのツルを絡める魔法も」

「『イワトガラミ』?」

「そういう名で呼んでおるのか。精霊からの恵みじゃろうが……」


 きのこの神様はうーむとうなった。


「あまりに強い魔法でな、その精霊は偽りの名前で呼んで、本来の力を抑えておるようじゃ」

「偽りの名?」

「そうじゃ。『イワトガラミ』は本来の名ではない」

「俺に教えてない本当の名前がある?」

「左様。真の名を紡ぐことができれば、本来の力も発揮されるじゃろうて。それを扱えるほどの魔力は、おぬしは持ち合わせておる」

「名前を変えただけで威力があがるっていうの?」

言霊コトダマとはそういうものじゃからな」


 でも本来の名前を封印するにはそれ相応の理由もあるだろうし、チェルトに直接聞けるだろうか。

 イワトガラミのままの方がいいんじゃないのか。現状それでどうにかなってるわけだし。


 まあそれは目覚めてから考えよう。


「目覚めようという意志があれば目覚めるぞ」


 きのこの神様に言われて、俺はさっそく実践しようとした。


 けれど……目の前に広がる松茸に目を奪われる。


「ところで、この一面にあふれる松茸は……」

「おぬしの心象風景ゆえ、食べても差し支えはないぞ」

「……う」

「?」

「うおおおおっ、食べるぞぉ! 松茸食べ放題とかどこの天国なのか!」


 目覚める前に食べておかないと損じゃないか、こんなの。


「火はおこせる?」

「おぬしの心象風景なんじゃから、念じれば可能じゃ」


 俺は松茸を取ると、七輪を召喚するように念じた。

 すぐに炭火がいい感じで暖かくなっている七輪が出現する。


 網で焼いて醤油をかけた丸ごとそのままの松茸を俺は箸でつまんで口に入れる。


 瞬間広がる、松茸の香ばしさ。


「う、うめえ。こんなにうまいのか松茸。今まで食べたことなかったから比較しようがないけど」


 松茸はまだまだいっぱいある。

 むしろ生で食べていいなこれ。どうせ心の中の世界だし、うまいだろ。

 焼いてる時間がもったいない。目覚める前に食い尽くす。

 松茸を手づかみで抜いて、そのままかぶりつく。


「ぬおおおおっ」


 なんという美味。

 うまみの本流が、体中を流れるようだ。

 こんなうまい食べ物が世の中にあったなんて。

 俺は松茸を手でつかんで、次々に口に放り込んでいく。


「うめえ! なんだこれ、めちゃくちゃうめえ!」


 ばくばくと景気よく食べていると、


「ぬ?」


 きのこの神様が少しうろたえた。


 俺の目の前には、金髪碧眼の幼女が立っていた。

 人間の時のクーファと同じくらいには背が低く、あどけなさのある顔はお人形さんみたいに整っている。


 幼女は松茸を食べる俺をしばらく見ていたが、やがて俺のそばにしゃがみこむと、俺の手を取った。


 そして無言で、少しためらいがちに俺の中指に噛みついた。


 ――痛くはなかった。


 甘噛みだ。


 両手で俺の手のひらを包み込みながら、はむはむ、はむはむと。

 ゆっくりと味をかみしめるように口をもごもごさせる。


 よくわからないけど、かまうものか。

 こそばゆかったけれど、俺は構わずに松茸の味をかみしめる。


 その横で、俺の指をゆっくり咀嚼する幼女。

 ぬくもりある唇と唾液に包まれながら、小さな犬歯が俺の指の第一関節をやんわりノックする。


 キノコが俺に食べられて、俺が幼女に食べられている。


 やんごとなき食物連鎖。誰も傷つけない、傷つかない、やさしさの入り混じった弱肉強食。最高にウィンウィンの関係。とても自然の摂理。すごい。


 やがて幼女は目をぎゅっとつむり、今度は勢いよく――


 ガリッ、と。


 まるで骨まで砕くような強さで、俺の指に歯を立てた。


「いっ!?」


 本当に指が取れるんじゃないかってくらいの痛みが走り――



 ――俺は素早く目覚めた。


「……!? ……!?」


 指には幼女ではなくクワガタの角が噛みついていた。


 クーファからもらったネプチューンオオクワガタだ。気にも留めてなかったけれど、どこか服とかにくっついてきたらしい。

 そして角に挟まれた指からゆっくり血が滴っているのが認められた。


 目を全体に移すと、そこは元の風景だった。


 生えているのは真っ赤なキノコであるゲッコウオオタケ。


 そうだ、俺は、坂を転がり落ちて、気を失って。


「稀名ぁ! どうしちゃったの!?」

「ご主人様!」


 なぜかウルとチェルトが俺に抱きついていた。

 否、押さえつけようとしていたのだった。


 どういうことだろうと自分自身を確認していくと、両手にはいっぱいのゲッコウオオタケが握られていた。


 両手だけじゃない。

 口の中にもいっぱい入って荒く噛み砕かれているコレは、つまり……。


 状況がようやくわかった。

 ウルとチェルトの制止を振り切って、俺はゲッコウオオタケをしこたま貪り食っていたのだ。

 猛毒を持つといわれる、そのキノコを。


「え……は?」


 さっと血の気が引いてくるのがわかる。


 心なしか息が苦しい。


 ――噂じゃめちゃくちゃうまいらしい。

 ――まあ下手に食うと嘔吐・腹痛・下痢の症状が出てから、痙攣し呼吸困難とめまいと幻覚症状に侵されながら死に至る。食わないのが無難だな。


 ガルムさんの言葉が脳裏にこだましていた。


 どこから夢でどこから幻覚だったのか。


 それともすべて幻覚だったのか。


 だんだん意識と記憶があいまいになっていく。


 口の中をめぐる確かなうま味と全身をめぐる嫌な感じがする苦痛に、再び視界が暗転した。

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