37 ドロップアイテムはセルフでゲットしなくちゃならないとかそういう
「失われた血は完全には戻らんから気を付けるんじゃ」
傷はクーファの魔法で回復してもらった。けどクーファの魔法もあらゆる傷に対して万能ってわけじゃないみたいだ。
たとえば体の中に寄生虫が入った場合、たぶん寄生虫まで元気になってしまうおそれがあるんじゃないか。こわいな。
血は完全には戻らなくとも、身体の状態は調子がよすぎるくらいまで回復した。これでまだ探索は続行できる。
ガルムさんと兵士さんは、仕留めたスケーリィテイルの皮をはぎとっていた。
「なにやってるんです? さすがにそいつは食べられないような気が」
「こいつの鱗は熱で溶かして精錬すりゃ鱗鉄というものになってな。鉄に含有させて剣や矢じりを作ると、普通のものより丈夫でよく切れるものに仕上がるんだ」
「なるほど」
「ただ数が取れん。ここでこれほど手に入るとはラッキーだったな。マスキング殿のおかげだ。これは追加報酬としてギルドに申請しておく」
素材はなんでも使っちゃうんだなぁ。
「あ、そうだ。こんな人数だから、手分けしてキノコとか探しませんか?」
もうこんなピンチはごめんだ。本来の力を出して楽するためにも俺は提案する。
「ていうか、とりあえずウルたちのことを考えて別行動を取らせてください」
「なぜだ?」
「あんたのその見た目でそれだけ純粋に聞けるってすごくない?」
ウルがさっきからガルムさんのことをちらっとしか見ないんだよな。基本目を合わせない。
俺も正直いつ腰の鎖帷子が外れるか気が気でない。そういう理由もある。
「……もしガルム様とマスキング殿たちが差し支えないなら、手分けして探したほうが効率がいいでしょうな」
兵士さんが助け舟を出してくれる。
「そうか? まあマスキング殿の強さなら全然問題はないか」
「そうですよ」
「死人を出したくないから、ずっと随伴していようと思ったんだがな。確かにマスキング殿に対しては杞憂だろう」
よし、と俺は心の中でガッツポーズ。
兵士の人とガルムさん、俺とウルとクーファとチェルトでチームを分けてキノコと木の実を探すことにした。
夕刻になったら森の手前の兵舎で落ち合う約束をして、俺たちは二手に別れた。
「稀名、一緒に森のずっと奥へ行くのじゃ」
別れて早々、危険度マックスな提案をするクーファ。当然却下だ。
「ていうか森の入り口付近でさえこんな苦戦してるのにさらに奥なんていけるわけないだろ。即死だよ即死」
「えー、いやじゃ」
「とりあえず木の実とキノコ見つけて帰る! それだけで今日はいいの」
もうさっきから足を蛇とか虫とかに噛まれそうでヒヤヒヤしてるんだよ。
「じゃわしだけで奥に行ってもいいか?」
「だめ。俺のそばについてること」
「むう……わかったのじゃ」
ぴしゃりと言うと、クーファは頬を膨らませながらもちゃんとわかってくれた。
「稀名、ゲッコウオオタケはあっちにあるっぽいよ」
優秀な森の案内人であるチェルトは、指で方角を指示してくれる。
「さすがだなあ」
「べ、べつにあんたの足の裏が心配だってわけじゃないんだからね!」
なにそのベタなツンデレを踏襲しようとして失敗したような感じ。
心配だったのか、俺の足の裏。
「なんにしてもチェルトが詳しくて助かったよ」
「まあ、どちらもスミラスク地方にも生えてたものだし……数は少ないけど」
「おかげでいい靴が買えそう」
報酬が余れば晩御飯代にもなるだろうか。せっかくだからおいしいものが食べたい。
「でもだいぶ奥まで進んでるし、ネミッサの精霊に注意しながら行かなきゃいけないな。あと獣」
正直危険ラインを超えない場所で遭遇しないとも限らないわけだしね。
「まあでもそのへんはクーファがいれば大丈夫か」
なんて言いながら、俺は微笑してクーファを見る。
「クーファ?」
ほめているのに珍しくクーファは無言。
どころかうつむいてとぼとぼ歩いている様子。
「どうしたのクーファ……あっ!?」
クーファの顔を覗き込むと、そこにはあるはずの顔がなかった。
白っぽくしてはいるが、銀色の輝きが太陽光に反射していたりする。
魔法で作った動く銀細工だ、これ。
クーファはいつの間にか、『白銀の細工師』で形作った、精巧な人形にすげ替わっていた。
「くそう、道理ですんなりオーケーしたと思ったら……」
「まあ大丈夫なんじゃない? クーファだし」
チェルトは暢気そうに言って道案内を続ける。
「精霊さんに探してきてもらいましょうか?」
ウルが言ってくれるけど、俺は首を横に振った。
「いや、いいよ。どうせ飽きたら帰ってくるだろうし」
少し歩くと、目的のものが見つかる。
ゲッコウオオタケは、崖のような急勾配の下に群生していた。
「あー、これは……」
苔の生えた樹木の幹に、いくつも生えている赤いキノコ。
傘はシイタケのようだけれど、見るからに毒々しい赤。
食べられないのが一目見てわかるような警戒色と光沢。
「降りられそうかな」
「どうかしら」
イワトガラミで上り下りできる高さだろうか。
確認しようとして、俺は崖のようになっている場所へ一歩前に足を踏み出す。
覗き込むと、いきなり黒い塊が飛び出してきて俺の足元をかすめていった。
「ぐっ!? こいつさっきの!」
足に激しい痛みを覚えながら確認すると、黒い刃付きの獣――スケーリィテイルが俺に突進をしてきたのだった。
「稀名!」
チェルトが切羽詰まったように声を上げ、ウルがスケーリィテイルを焼いているのがスローモーションのように視界に映る。
そしてバランスを崩した俺は、そのまま足を踏み外していた。
「……ッ! ……ッ!」
まともに声があげられなかった。
俺は奥歯をかみしめながら口を閉じていた。
草や岩やむき出しになっている木の根などにぶつかりながら、足から流れる血液をまき散らしながら、俺は崖を転げ落ちて――そこで意識が途絶えた。




