35 収入源はたわわな果実
リシン・グリズリーの肉は食べられるらしい。
ガルムさんが自ら血抜きをして捌き、非常食として持っていくことにした。
「しかし見つかりませんな」
同伴していた兵士の人が難色を示した。
森に入ってまだ間もないが、森の入り口付近を探してみてもそれらしき実もキノコも見当たらない。
「そこらじゅうに生えてるような種じゃないからな。ゲッコウオオタケは群生してるから一コ見つかりゃなし崩しなんだが……。前来た時に採った場所はもう少し奥だったかな。少し進むぞ」
ガルムさんが提案したけれど、
『稀名、あっちにあるよ。右奥のほう』
チェルトが俺にだけ聞こえる声でナビゲーションしてくれる。
「こっち?」
俺は右斜め方向に進路を変更。少しガルムさんたちから離れるようにして歩く。
ここで武器を出してもよかったが、そもそも武器の形状が知られている可能性も考慮すべきだと思いなおした。
いや、兵士たちには魔族と戦っていた時に見られていたわけだが、戦いのさなかと現在の状況じゃ注目度も違うだろう。よく観察してみたら「カンナヅキマレナ」の武器だったなんてことにならないよう、できるだけ武器は出さないほうがいいのかもしれない。
やがて実をつけた樹木が見えてきた。
「おおっ、これかな?」
『それそれ』
「すごいじゃないか、チェルト! お手柄!」
『稀名もこの私を使い魔にしてるんだからこれくらいわかってもらわないと』
チェルトの声はどこか得意げだった。
俺はすぐさまガルムさんたちを呼んで、見つけた木を示した。
案の定クーファは来なかった。
目の前のお金……いや目的の実を取ったらすぐにクーファを追わなくては。
「おお、あれだあれ。よく見つけたな、マスキング殿!」
「幸先がいいですね」
ネトニリキスの実は樹木に生える黒っぽい緑色した丸い果実だった。
樹の丈はどれも二メートルくらいだろうか、何本か生えているが、なっている実の数はそれほど多くはない。
大きさはだいたい柿くらいで、汚い色した大きめの青梅みたいなイメージだ。
『果実の部分もそうだけれど、とくに種子が猛毒だから、生じゃ絶対に食べないようにして』
チェルトの忠告にうなずきながら、手で千切ったネトニリキスの実を麻の袋へ入れていく。
「ちなみに種は乾燥させて適量服用すれば腹痛に効く妙薬になる」
と、ガルムさんが補足するように言う。
「へえ、もしかしてこれ報酬として提出するんじゃなくて、自分で取っておいてその薬生産して売ればもっとお金になるんじゃ?」
「このへんで商いをするには商会ギルドに登録して売上のいくらかを税としてウチに納めてもらう必要があるな」
「うわっめんどくさ」
とりあえず実っている実だけを収穫する。育っていないのはそのままにしておく。
それだけでも十五個近くになった。
けっこう割のいい仕事かもしれない。これだけでいくらになるんだ?
一攫千金の戦利品にニヤニヤしていると、後ろから服を引っ張られる。
「稀名、稀名」
「ん?」
追いかけようと思っていたクーファが帰って来ていた。
幸いガルムさんは兵士の人と会話中なのでクーファの言葉は聞こえていないと思いたい。
「虫捕まえたのじゃ」
「なんで虫捕まえてんの!?」
嬉しそうにクワガタに似た虫を見せてくるクーファ。
ちょっと意味がわからないですね……。
「ネプチューンオオクワガタじゃねえか!」
ガルムさんが目を輝かせて食いついた。
「息子も好きでよく一緒に捕まえに行ったっけな……いや、やはりいくつになってもこういうクワガタは胸が躍る」
「あ、俺は虫あまり好きじゃないからわかりません」
「バカヤロウ。これは虫じゃねえんだ。ネプチューンオオクワガタなんだよ」
力説するガルムさんだけど、虫だよねそれ。
「やるのじゃ」
「あ、うん、ありがと……」
超いらないけど、クーファの厚意を無駄にしたくないのでもらっておく。
とりあえず手で持って歩こう。
「でもガルムさん、息子さんがいるんですか」
探索を再開しながら、俺はガルムさんに質問した。
「ああ。まあ正確には『いた』だがな」
「いた?」
「昔、少しな。今はどこかに行っちまった」
ガルムさんは自嘲気味に笑って頭をかいた。
「オレと同じ騎士で、本来なら隠居するオレの跡を継いで町を治めるはずだったんだが、二年前にな……」
「……すいません」
「いや、いい。よくできた息子だったんだが、ネミッサとの戦いのあと突然、旅に出るとか書き置きを残してな」
声のトーンを落として語るガルムさんに、兵士の人はうなずいた。
「若様――アデルバート様は本当にお優しい方でした。城のほかにも高層建築があるでしょう、あれもアデルバート様が造られたのです」
「ああ、ギルドとか、教会とか?」
「ええ、それと、病院に学校ですね。これも民のためと、水路を増設し、古いものを取り壊して新しくより良いものを建造されました」
「へえー、いろいろインフラを整備してくれたんだ」
ガルムさんは遠い目をしながら続けた。
「二年前、息子が兵たちを率いてネミッサを倒そうとこの森へ進軍した。だが結果は惨敗……。どうにか逃げおおせられたものの、その日の夜に『修行するために旅に出る』とか手紙に書いて突然いなくなっちまった」
「あー、なるほど」
修行って、それ血筋とかじゃないですかね。
「それから魔族は頻繁に出るようになるわネミッサの精霊には負け続けるわ、町の人口は減っていくわ……散々だ。オレも引退しようにもできなくなっちまった」
悔しそうに近くにあった木の幹にこぶしをぶつけるガルムさん。
「息子が攻めたとき以降、ネミッサを倒そうにも、そもそもその前に待ち構えている獣や精霊どもに負けてネミッサの元までたどり着けない始末。自分がふがいなさすぎて言葉もねえ」
「そうですか……」
俺はガルムさんの裸体に目を合わせずに相槌を打った。
真面目な話なんだな。
真面目な話なんだけどなぁ。台無しなんだよなぁ。
「まあしかし――チッ」
ガルムさんが言いかけたところで、何かに感づいて舌打ちをした。
「囲まれているぞ」
「囲まれておるな」
クーファとガルムさんが同時に警告した。
「ふむ、隠れていろお嬢ちゃん。ケガをするぞ」
「それはよもやわしに言っておるのではあるまいな?」
なぜか一触即発の雰囲気の二人に、俺は、
「何に囲まれてるの? またさっきの熊?」
恐る恐る尋ねる。
「いや、リシン・グリズリーは群れん。むしろもっと厄介な連中かもしれん」
「えっ」
ザザッと葉がこすれる音がして、俺は身構えた。
突如として黒っぽい塊が、俺の腕をかすめていく。
落ちる茂みの葉が真っ二つになっているのを見つけるのと同時、何かをかすめた俺の二の腕も切り裂かれていることに気付いた。
「――っ!?」
一拍置いたようにしてから、激痛とともに血があふれ出す。
通り過ぎていったほうを見ると、黒っぽく鈍く光る体の獣がこちらを見据えていた。




