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34 樹海にて 合理的論理と露出狂との境界に揺れる

 船から降りる。

 川岸や兵舎のある周辺を除けば、一帯が森林地帯。


 鳥の鳴く声がこだまして聞こえ、どことなく不気味な雰囲気を醸し出している。


「しかし『獣の王フォーン』か……ふむ」


 クーファは腕を組んで何か考えている風だった。


「クーファは何か知ってるの?」

「いや、この名は知らんのじゃ。ただ、気配はどことなく覚えがあるような……まあほかの精霊どもと混ざっていてよくわからん」

「鋭いな、少女。確かにネミッサ・アルゴンは複数の精霊を従えているといわれている」


 言いながら、ガルムさんが兵舎から出てきた兵士に挨拶をする。

 膝をついてかしずこうとした兵士たちを、ガルムさんが手で制した。


「場所がだいたいわかっているのに、捕まえに行かないのはなぜです?」

「捕まえに行ったさ、何度もな。だが精霊と魔法に道を阻まれて、いまだに倒せん。魔族の襲撃もあってか、人員も不足気味になっている。大規模な作戦はできない状態だし、少数精鋭で行っても結果は同じ。オレも何度も死にかけた。不本意だが、今は引き下がるしかなくなっている」

「そんなことが……」

「森の奥には、木々に赤い顔料でしるしをつけてある。そこを越えると獣どもの獰猛さも増してくる。採取は、できるだけしるしの手前側で行う」


 比較的安全な場所があるわけだ。


「はい、わかりました」

「いいか、何があっても絶対にしるしから奥には行くな」


 あ、そんなこと言ってるとクーファが……。


「わかったのじゃ」


 間違いを装って行きそう、と考えていたところで、クーファのよどみない返事が聞こえた。

 嫌な予感がして見ると、クーファはこの上なくいたずらっぽい笑みを浮かべている。

 うん……クーファには目を離さないでおこう。


「よし、では行くか!」


 ガルムさんは気合を入れると、おもむろに服を脱ぎ始める。


「何やってるんですか!」


 あっという間で止める間もなかった。

 ミニスカートのような鎖帷子くさりかたびらの腰巻きと、最低限守っているだけの胸当てを残して、ガルムさんのやや日焼けした毛深い肌が露出する。


 つまりは、ほぼ裸になっていた。

 ……裸鎖帷子ってなんのジャンルですか?


「なあに、大事なところは守っているから問題はない」

「ありまくりだよ!」

「なぜ裸で探索に向かうのか? ――それはいずれわかることになる」

「わかりたくねえ!」


 兵士の人も苦笑い。


 ていうか女の子もいるんですけど。


「マスキング、私消えてるから用事があったら言って」


 チェルトが明らかに不機嫌そうに目を伏せながら早口で言うと、俺の中に消えていった。


「…………!?」


 ウルはガルムさんの行動をわかりかねているようで混乱している。

 必死でわかろうとしているところがまた可愛いが、たぶん深い意味とかないと思う。脱ぎたかったからだと思う。


「不愉快じゃな」


 重い口調のクーファは殺気のはらんだ目で指をごきん、と鳴らした。


「早くその露出している部位をしまわぬと――潰すぞ?」


 どこを!?

 一番大事なプレイスは腰巻きで隠れているから大目に見てあげて!


 ガルムさんは手に持っていた服を地面に投げ捨てると、にやりと笑った。


「いいだろう。やってみるがいい。ただし容易く握り潰せると思うな……」

「なんであんたがケンカ腰なんだよ! おいオッサン!」


 もうこういう「おかしい」と思ったところは素直に「おかしい」と言うことに決めました。


「稀名、なんかおもしろい事せい。わしの気を紛らわせよ」

「マスキングだし、ムチャ振りだよ……」


 森の前でもたもたしていると、不意に前方の茂みからガサガサと音がした。


「ムッ!?」


 ガルムさんが真っ先にそいつ・・・の気配を察知し、構えた。


 のそのそとこちらに向かってくる、巨大な影。

 やや逆立った灰色の毛並み、鋭い爪。肩を怒らせて向かってくるそれは、まぎれもなく純粋で強靭な筋肉の塊。


 その灰色のモンスターが熊であるとわかるのに、それほど時間はかからなかった。


「熊!? 熊だ!」


 グォォォォッ……。

 熊はうなりながら後ろ足で立ち上がって、三メートル以上はあろうかという巨体で威嚇してきた。


「熊だな。マスキング殿はこいつをお目にかかるのは初めてかな」


 構えながら言うガルムさん。魔族と戦った時につけていたガントレットは今はつけていない。

 どころか、腰に差した剣を抜こうともしない。

 この両腕が武器だと言わんばかりに、こぶしを上げて構えている。


「これがウィズヘーゼルの不名誉な名物の一つ、リシン・グリズリーだ。獣の中でもとりわけ凶暴な人食い熊よ」


 その不名誉な名物の一つにオッサンの裸甲冑が挙げられていることは予想するに難くないのだが、しかしいきなり熊と遭遇ってのはシャレにならない。


「で、でけえ!」


 熊の巨体に陽光が遮られ、俺たち周辺に影を作る。

 幸先が悪すぎる。

 でも、俺の剣の能力なら――


「…………」


 考えて、小太刀を召喚するのをためらった。

 ここで小太刀を出せば俺が神無月稀名だってばれるんじゃないだろうか。


 どうしよう。

 「カンナヅキマレナ」がどんな能力を持っているかは知られているだろうし。

 でもここでなんとかしないとやられる。


 うろたえていると、ガルムさんが俺の前に躍り出た。


「ガルムさん!」

「反応が鈍いぞマスキング殿!」

「やめてください、そんな情けない姿でこんなでかい熊に勝てるわけが――」

「姿は関係なかろう!? 俺は元気! 若いモンにはまだまだ負けんわ!」


 リシン・グリズリーは腕を振り上げる。

 それだけで図体がより巨大になったように感じる。

 問答無用の薙ぎ払いが襲い来る――!


「おおおおっ!」


 ガルムさんは気迫とともに拳を握ると、胸筋とともに腕の筋肉が一回り膨れ上がった。


 どういう原理だよおい。

 パンプアップとかだろうか。いや、パンプアップってそんな急になるものなのか。


「『波動極光流甲冑拳法はどうきょっこうりゅうかっちゅうけんぽう』――」


 ガルムさんは流麗な動きで爪を振るうリシン・グリズリーの懐に入る。


「『破岩烈風崩打撃ガスト・クラッグ・バスターァー』!」


 なんか叫んだ技名とともに打ち込まれた巨大なこぶし。


 ガルムさんの巨躯からは想像もつかないほど素早い一撃。

 カウンターを合わせたようにガルムさんのこぶしだけがリシン・グリズリーの体に刺さった。


 耳をつんざくような打撃音と骨が砕けるような音に空気がびりびりと振動し、重量もそれなりにあるはずの熊の巨体が横ざまに吹っ飛んでいく。

 リシン・グリズリーは巨木に激突して止まると、そのまま動かなくなった。


 激突の衝撃と風圧で近くの木々からはらはらと青葉が舞い散る。


「お前にも見えただろう。――目くるめく閃きの波動が」


 なんか裸でかっこよさげなこと言ってる……。もうやだよぉこの人。


「でも、すげえ……! すごいことに変わりはないのが悔しい」


 三メートル以上はある熊を生身で一撃ノックアウトって、もはや人間が可能な領域なのか。


 ガルムさんはしたり顔で笑うと、自慢げにひげを撫でた。


「気迫と鍛錬とで己のこぶしや鎧を一撃無双の必殺拳と化す――それが波動極光流甲冑拳法!」

「内功みたいなものなのだろうか! もうそれで納得するしかない!」


 裸になっているのは膨らむ筋肉に耐え切れず服が破れてしまうからなのか。


 紐で調整できる鎖帷子の腰巻でどうにか最終防衛ラインは守られているものの、いつはち切れるかわかったものじゃない。


 なにより、オッサンの露出が増えたところで全っ然うれしくない。


「――オレが服を着ない理由がわかっただろう? 毎回服破いてたらもったいない」

「わかったけど服は着よう! ブカブカの服着よう!」

「ブカブカだと動きにくいだろうが。常識的に考えてみろ」

「あんたに常識とか語ってほしくないわ!」


 オッサンの裸甲冑とか誰も幸せにならないんだよ!


「やはりありのままのすがたでいるのが一番気持ちいいな。町だと変態扱いされるから脱げんのだよな」

「本音漏れてるぞオッサン」


 町中じゃ自重しているあたり、自分の性癖を隠そうともしないヘルムートさんよりはまだましだろうか。

 ……いや、よく考えたらどっちもどっちだった。


「お? おーい、稀名、あっちのほうがおもしろそうじゃぞ。行ってみるのじゃ」

「マスキングだって言ってるでしょー! おもしろさなんてどこを見渡しても皆無なんですが!」


 クーファは案の定熊なんてどうでもいい様子で単独行動しようとしている。


 ウルはなぜか青い顔をして俺に頭を下げていた。


「すいません、ろくに字も読めない私がでしゃばってこんな仕事薦めたせいで……かくなる上は……」

「死んで詫びないでいいから! 女の子なんだからそういう武士道捨てて!」


 しかし、こんな熊みたいなのが森にわちゃわちゃいるのか……。


 とにかく隙を見て武器を出さなければならないな。

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