33 難易度Gでもキノコ狩りがしたい
クェルセン川の前に来たけれど、隣りがお城だからか気が休まらない。
城は川を堀として利用しているからか、水の中に浮かんでいるような印象を受ける。
チェルトは川のへりに座ると、素足を川の水につけてまったりとしていた。
「ずいぶん気持ちよさそうだね」
「んー森の中と水は魔力の吸収率がいいからね、私にとっては」
「水の中にも魔力あるんだ」
「水というか自然すべてに魔力は宿ってるわよ、稀名。私たちはその魔力のおかげで活動できるんだもん」
「魔力が栄養源ってことなのか」
クーファがあの図体に対してあまり大食いしているとこ見たことないのは、そこに関係しているのかな。
それにしても足で吸収するのか。
「なによ。木が根っこで水分摂るのがおかしいっての?」
「足が根っこだったの!?」
初耳だよ。
……あの時、よだれ吸ってもらわないでよかった。顔踏まれてたところだ。
「んー、でも、ここの魔力は豊富だけど質がよくない」
「やっぱり好みとかあるんだ」
「そりゃあ、まあ……なんていうか、稀名の魔力のほうが、私は……」
「え? 何?」
「なんでもないわよ!」
語尾がごにょごにょとして聞き取れなかった。
チェルトは水面に目を落として、少し顔を赤らめた。どうしたんだろう。
「――わしを置いて行くとはいい度胸じゃの」
話していると、聞き覚えのある声がした。
「あ、クーファ」
「起きたら誰もおらんでな。焦ったのじゃ」
「いや、起こそうとしたけど起きなかったんだからね?」
クーファは眉を吊り上げて機嫌が悪かった。
置いていかれたのがそんなに嫌だったのだろうか。
「手加減して蹴ってやろう」
「ごめんクーファ……あいたぁっ!」
ドスゥなんて重い打撃音とともに攻撃された膝が曲がる。
竜にとって手加減でも人間にとって容赦ない攻撃になってるんですが。
……待っている間クーファにギルドでの出来事を話すと、
「なんでそんな面白そうなことわしに黙ってやろうとするんじゃ」
また蹴られた。
「……それにしても森の中でキノコと木の実探すだけなのになんで川の前で待ち合わせなんだろうね」
足をさすりながら、俺はふと疑問になったことを口に出した。
「あー、たしかにね」
「なにか事情があるのでしょうか」
と、チェルトとウル。
「それはな少年」
いきなり後ろから、野太い男の声がした。
「目的のブツは、あの川の向こうにしか生えてないもんでな」
四十代後半から五十代前半くらいの、やや皺が目立ち始めた目鼻立ち。
茶色がかった金髪は短く、同じ色の髭は顔周りにもじゃもじゃと生えている。
筋肉質の巨躯で、やはり胸当てと腰に巻いた短めの鎖帷子しか防具を装備していない。
「ぬおおおっぁぁあ!」
俺は腹から声を出して、全力でそのおじさんから離れた。
この人、魔族と戦っていた偉いっぽい人じゃないか。
まずい、正体がばれたのか?
ウルが険しい顔で俺の前に出る。
「そんなに怖がることはない。オレはウィズヘーゼルの騎士ガルム・フラックシードという」
やっぱり騎士の人じゃないか!
「お前らの依頼主だ」
「え?」
「だから、キノコと木の実の採取を依頼したのはオレとオレの私兵団だ。お前らが手伝ってくれるんだろう?」
ガルムさんは俺が手に持っている板切れを指さした。
「あ、はい……」
ということは、この人が同伴する依頼主か。
ガルムさんの横で、ひょろっとした兵士が出てきて一礼する。
「本来は私だけの予定だったのですが……」
「オレがどうしても同伴したいと頼み込んだ。杏殿から聞いていた、マスキング・ベールの名を耳にしたものでな」
ガルムさんはにやりと笑ってから、真剣な顔になって頭を下げた。
「あの時は言えなかったから、ちゃんと礼を言いたかった。町を救ってくれてありがとう」
「いえ……」
捕まえに来たんじゃないことはよかったけれど、この人と一緒に行くのか。
一気に難易度が跳ね上がった気がするぞ。
「さっそく仕事の話だが」
「あ、はい」
「目的はゲッコウオオタケとネトニリキスの実をできるだけ多く採ることだ」
ガルムさんが言うと、チェルトがぴくりと反応した。
なんだろう、知っている植物だったのかな。
「そしてこの依頼が危険なのは、川の向こう――魔女ネミッサのいる森の中に足を踏み入れなければならないことだ。キノコも木の実も、ほとんど川の向こうでしか採れない」
「な、なるほど」
用意してもらった船に乗り込む。
ちなみに渡航料は免除してもらった。
ややこじんまりとした船に、俺にクーファにウルにチェルトにガルムさんに兵士の人。
ガルムさんの体格が人二人分くらいはあるせいか、定員ぎりぎりだからか、少しぎゅうぎゅう詰めだ。
俺たちは移動がてら、ガルムさんから話を聞く。
「そんなに危険なんですか? ネミッサのいる森って」
「『獣の王』の影響か、川の向こうの獣どもが獰猛になっている」
「フォーン?」
「ネミッサが従えている使い魔の一つだ。神獣クラスの力を持つといわれている幻獣族だな」
「神獣クラスって……」
「あの有名な白竜と同等の力を有しているということだ。森の獣たちがそいつの魔力にあてられて狂暴化している。命がけだぞ」
クーファを見ると、少し不満そうな顔をしていた。
「あの有名な白竜と同等とはでかくでたものじゃな。個人的には心外じゃ」
どんだけ自分に自信があるのこの竜。
しかし命の危険に捕まる危険……どっちも孕んだ依頼なわけか。そりゃ危ないよね。よし、帰ろう。
「仕事やめたいときってどうすればいいの? 辞表書く?」
「またまた謙遜するな! 余裕だろうこれくらい!」
がっはっはと笑いながら、ガルムさんは俺の肩をたたいた。
当然のようにスルーですか。
「確かに並みの者なら再起不能になって帰ってくるが、あの魔族と対等に戦っていたんなら大丈夫だろうさ。割のいい仕事だ」
とても肩身が狭い。
チェルトはというと、やや確信的な顔で、
「ゲッコウオオタケとネトニリキスの実――どちらも毒があるわね」
ガルムさんに確認する。
「ほう、知っているか?」
「ゲッコウオオタケは誤って食べる人間なんかが多かった気がする」
「その通りだ。毎年そういう事故が何件か起こっているな」
ガルムさんはうなずいた。
「ただ、食べられないこたあない。塩漬けにして毒を抜いてからなら食べられる。まあ少数派だがな。しかし噂じゃめちゃくちゃうまいらしい」
「毒キノコが?」
「オレも食ったことないからわからないがな。まあ下手に食うと嘔吐・腹痛・下痢の症状が出てから、痙攣し呼吸困難とめまいと幻覚症状に侵されながら死に至る。食わないのが無難だな」
「なにその地獄の苦しみのフルコースみたいなの」
「赤い色をしているキノコだが、夜になると青く光るのが特徴だ。ま、知っている奴がいるなら手っ取り早い。炎の魔法使いもいることだしな」
ガルムは、まだ警戒心の抜けていないウルのことを笑いながら見た。
「あ、まあ、そうですね……」
俺は青い顔をしてうなずいた。
チェンジは……依頼のチェンジはできないのか。
今から帰って大丈夫か。だめか。
「危険だがその代わり報酬ははずむ。悪い話じゃないはずだ。オレがいるんだから万一死ぬこともあるまい」
この人がいるから危ないんですが。俺にとって。
やがて川の向こう岸についた。すぐ近くには小さな兵舎がある。
そして俺の初バイトがはじまる……んだけど、ちょっとこれ割に合わなくない?
靴を買いたかっただけなのに、なんで命がけでキノコ採ろうとしてるのか。
命を賭して足の裏の安全とか守ってどうするんだ。
依頼内容:ゲッコウオオタケ・ネトニリキスの実の採取【急募】
「ネミッサが潜む森の中に生えている、猛毒を持ったキノコと木の実を手に入れたい。時間いっぱいまで、できる限り多く採ってきてほしい。」
成功報酬:キノコまたは木の実一つ当たり500~1000レーギン
そのほかの諸事項
・ネミッサの使い魔のせいか、森の中の獣が著しく狂暴化しているので注意
・どちらも猛毒のため取り扱いは慎重に
・川の渡航料は特別に免除することとする
・命の危険が多分にあるため、森に詳しい者か腕に自信のある者のみ受領すること
・万が一死亡しても依頼主は一切責任を負わない




