32 お仕事選択。だがしかし思考回路が腐ってる
次の日、俺は商会ギルドの建物の前まで来た。
町の雰囲気は昨日よりもどんよりとしている。
「おなか痛くなってきた」
町に入ってからというもの、なんだか腹痛がする。
昨日の晩御飯があたったのだろうか。それとも気分的なものか。
しかもこういう時に限って回復魔法の使えるクーファはいない。
まあ起こしても起きないので置いて来たんだけど。
「大丈夫ですか?」
ウルが心配そうにして、俯いている俺の背中をさする。
いや、べつに吐きたいわけじゃないんだけどね。
今日はウルの片眼を隠していた布切れが新しくなっていた。
花の刺繍がかわいい、これまた亜麻製の上品な感じに仕上がっている。
例のガーレという精霊の仕事だろう。
かわいいので全然ありだ。
「ありがとう、なんとか大丈夫……」
とはいったものの、体の調子があまり良くない。
あとどうにも中に入りづらい。
扉の前まで来てみたはいいけれど、気が乗らないな。
『そんなに働きたくないの?』
「うっさいわ! 働きたくないわ!」
聞こえてくるチェルトの声に俺は強気に反論する。
お腹痛いし次の日にしようかな。
いや、もう杏さんの言う通りこの町を出たほうがいいだろうか。
なんて入るのをためらっていると、情報屋のレルミットと鉢合わせた。
「あ」
「お?」
レルミットはきょとんとした顔のまま、俺と目を合わせた。
「やややっ、マレキング君!」
「マスキングだよ!」
「そうだった」
チェルトが言い間違ってた名前とごっちゃになってるよ。
レルミットは俺を確認するように眺めてから、俺の手を取って満面の笑みを作った。
「無事だったんだね! あれから顔見せなかったから死んだかと思った!」
「まあどうにかね」
「昨日はありがと! 私はずっと建物の中に避難してたけど、マスキング君たちが騎士様たちと一緒に魔族と戦ってくれてたんだよね!?」
「あ、うん、まあ、俺はそんなに役に立たなかったけどね」
「そうなの?」
まあ俺は口出しだけしてあとはちょっと風で援護しただけだったからね。
レルミットは不思議そうに首をかしげて、俺に質問する。
「話によると、空翔る勇者と、銀の獣と炎の魔法使いが、町を救ってくれたんだって。ねえ、私、銀の獣も炎の魔法使いも見ているんだけど――空を翔る勇者ってのはマスキング君のことかな?」
銀の獣ってのはクーファの出した魔法のことか。
クーファ自身がやったことは広まっていないみたいだ。
「どうなんだろう?」
レルミットは次にウルに注目して、ウルは無言ですましながらレルミットを見た。
ウルは何も話す気はないようだけれど、レルミットは何か話が出てくるのを待っている様子。
「いや、それはきっと支倉杏さんのことだね。王都からやってきた勇者らしいから。まだこの町にいるはずだよ」
「あー、そうだった! マスキング君も案外耳が早いね!」
「まあね」
……『あーそうだった』?
情報屋のくせに忘れてたのかな。
いや、しかし杏さんのことは、俺が知っていても違和感のない情報のはずだ。
「そ、そんなことより、商会ギルドはここで合ってるかな?」
「合ってる合ってる! マスキング君、昨日の今日でバイト探すの?」
「うん、まあ」
「えらい!」
「そうだ、俺字読めないからさ、ちょっと仕事見つかるまでサポートしてくれない?」
「もっちろんいいよ! 命の恩人のお願いだからね!」
レルミットは親指を立てて快く承諾する。
うん、よかった。
ウルも難しい字は読めないみたいだし、わかる人についていてもらったほうが何かと間違いはないだろう。
商会ギルドに入る。
受付のような窓口は三つあるけど、ついている受付嬢は一人だけ。掲示板にはなにやらよくわからない字で書かれた紙切れがびっしりと貼られている。
あとはテーブルがいくつか並ぶけれど、座っている人はほとんどいなかった。
一応上の階もあるようだけれど、依頼主用の窓口らしい。
活気はあまりない。昨日の今日だからだろうか、亡くなった人やけがをした人もいるだろうし、皆仕事どころではないのかもしれない。
逆に考えれば仕事の取り合いにならなくてすむということだから、前向きに考えよう。
「依頼内容の書かれた紙を受付に出して自分の名前サインすればおっけーだよ」
「へえ、けっこう簡単だね」
これなら俺も働けるぞ。
「今は魔族の襲撃でどこも人が足りてない。労働力はどこでも引く手あまたなんだよね」
「そりゃ助かるね」
掲示板の前に来ると、目に飛び込んできたのは俺(らしき)手配書だった。
……あ、うん、本当に指名手配されてしまったんだね。
似顔絵があくどい表情で案外似ていないのが救いだろうか。
「あ、これがカンナヅキマレナ、隣りがネミッサ・アルゴンね。もし見かけたら兵士さんに連絡したほうがいいね」
レルミットはご丁寧に説明をしてくれる。
隣にネミッサ・アルゴンらしい似顔絵もあったが、こちらはさらに醜悪な老婆のような迫力。
着ている黒いローブはまさに魔女のような印象だ。
確か、俺は二億五千万レーギン、ネミッサ・アルゴンは一億八千万レーギンの懸賞金がかけられていたはずだ。
数字さえ読めないけど。
ほかにもいろいろな手配書が貼られていた。
けど、こちらはバウンティなハンターさんとかが見る用の掲示板じゃなかろうか。
「こっちが普通の仕事用のやつだよ」
レルミットが日雇い用の仕事依頼が書かれているらしい掲示板を指さした。
「それで、俺にできそうな仕事はあるかな?」
俺が質問すると、レルミットは思案顔で紙切れを指さす。
「んー、『昨日倒壊した家屋の修復・ガレキの撤去』とか」
「力仕事でしょ? 体力使うのはちょっとなぁ、疲れるし」
「『病院での看護補助』――ここが一番人足りてないっぽいんだよね」
「血を見るのはちょっとな。必要かわからないけど資格持ってないし、素人がやることじゃない」
「『酒場の給仕と厨房での調理』」
「接客なんて俺にできるわけがない。それに、単発の仕事なのに給仕と調理どっちもやらせるの? それさ、きっとブラックだよ。一日なんかで仕事覚えられるわけないし」
「『お店の売り子』」
「まず接客から離れよう」
「んーと『迷子になったペットの犬の捜索』」
「見つけられるすべなくない?」
「『畑仕事』」
「腰痛めそう」
「『この辺を荒らす熊リシン・グリズリーの討伐』討伐数が多いほど報酬アップだって!」
「熊とか死んじゃうよ無理」
「もー何がいいのー!」
レルミットはポニーテールを揺らしながら耳元で怒鳴った。
「いや、だってさ……どれも俺にできなさそうだし」
「どうでもいいけどさっさと決めてよ。待ってるこっちの身にもなって」
と、チェルトが出てきて俺を急かした。
「いや、でもね」
「あ、そうだ、いっそ魔女ネミッサを捕まえに行ったらいいんじゃないかな!? 生死問わず、騎士に引き渡せば一億八千万! しかもだいたいどのへんにいるのかわかってるという親切さ! ここで仕事として受領すれば川の渡航料は免除されるよ!」
「それ熊より怖くない?」
だいたいの所在がわかっててなぜ今まで倒せなかったのか?
それはどう転んでも太刀打ちできなかったからじゃないのか。
精霊を従えるすごい迫力のおばあさんとかだろ。かなうはずない。
「えっと、ご主人様、このへんはどうですか?」
ほとんど字が読めないウルだけど、適当なものを見つけてくれたらしい。指さして言った。
けれどレルミットは苦い顔をして首を振る。
「木の実とキノコの採集? あーそれお金はわりと稼げるかもしれないけど難易度高すぎるしちょっと物騒だね」
「木の実とキノコとるだけって、いいね。それならいけそう」
食料の調達か。きのこ狩りくらいなら俺にもできそうだぞ。
「やめたほうがいいよ!」
「ていうか今までさんざんいろんなの薦めておいてキノコ狩りは危険、はないだろ。これにするよ」
「そんな簡単に決めていいの!?」
「うん、これが一番合ってそう」
森の植物に詳しいチェルトもいるし、楽勝だよ。
俺は紙切れをはがすと、受付まで持っていった。
受付の女の人が依頼内容の書かれた紙を確認する。
レルミットに『マスキング・ベール』名義のサインを書いてもらいながら、
「……いいんですね?」
受付の女の人が聞いてきた。
「え、いいですけど」
「かしこまりました……」
受付の女の人はなぜか青い顔をして無理やり笑顔を作っていた。
なんだろう、心配されてる?
いや、ここに流れている空気はそんなんじゃない、もっと、暗くよどんだ液体が張りつめているような負の雰囲気だ。
なぜだ。
「こちら依頼主が同伴する仕事になりますね。依頼主に連絡しますのでクェルセン川の前でお待ちください」
俺は受領証代わりの木製の板きれを受け取った。受付番号が書いてあって、あとで返さないといけないけど。
クェルセン川とは、町のすぐ横を流れる巨大な河川のことだ。
依頼主と一緒というのは気が引けるけど、手分けして探すことにすればコミュニケーションとらずに済むかな。
「ま、まっ、それだけ自信があるってことだろうし、がんばってね!」
「うん、ありがとうレルミット。助かったよ」
「死なないでね!」
大げさだなぁ。
「ただのキノコと木の実を収穫するだけでしょ? 死にはしないよ」
「…………うん、そうだね」
レルミットはかすれるような声で言って、目をそらした。
いや、こっち向いて?
ただのキノコ狩りでしょ?
え? 違うの?




