31 ニート脱却のためのブリーフィング(野宿)
夜。
逃亡生活三日目の夜だ。
まあ俺は二日目の夜は寝てたから三日目の実感ないんだけど。
町から出て近くの森の中でキャンプをする。
薪を運んで火を焚いて、チェルトたち『沼の民』が取ってきた木の実や山菜と、クーファが獲ってきたイノシシみたいなよくわからない獣の肉を並べる。
「あーなんかサバイバルって感じがするね」
目の前をブンブン横切る巨大な羽虫に顔をしかめながら、俺は立ち上がった。
うっそうと茂る木々のせいで月の光は少ししか届かない。
照明はたきぎのみ。
木々の隙間を覗くと、一寸先は闇、ってそのままの意味で使いたくなるほどの暗さ。
「よし、ここを撤去して町に行こう。無一文でも泊めてくれる人がきっといるはず」
ていうかこんなところで泊まれるわけなくない?
熊とかでたらどうするの。
寝てるとき虫が耳の中入ってきたらどうするの。
「無駄な希望を持つのはやめるんじゃ。野宿くらいするじゃろ」
大きめの石の上に座って足をばたばたさせていたクーファは涼しい顔で俺に言った。
「ふーん、稀名、夜の森怖いの?」
チェルトが含みのある笑みで俺を挑発してきた。
「いや、怖いよ! どう考えても怖いよ! 見てよこの数メートル先さえ見えないような暗闇! 月の光の強さが絶妙に不気味だよ!」
声を荒げると、闇の茂みからガサガサと音がして、俺はびくりとなった。
えっ、何今の。何かいたの?
「ただの獣じゃから心配するでない」
クーファはため息まじりに言う。
いや、ただの獣でさえ怖いんですが。
「こ、こんなところで泊まれるのか。本当に命の危険と隣り合わせじゃない?」
「……かしこまりましたご主人様」
口数少なかったウルは察したようにうなずいた。
「……ここに家を建てればいいんですね?」
「建てなくていいよ! 心配になるからあまり頑張りすぎないで!」
放っておいたら時間かけてすごい豪邸建てそうだな。
「まあ慣れじゃな」
言いながら、クーファは下に敷いた青草の上に大の字に寝そべった。
「稀名よ、わしは眠いのじゃ」
「あーはいはい、リラックスの風で扇げばいいんでしょ?」
召使いか俺は。でも約束してしまったからしょうがない。
「慣れっていうけど地元人でも絶対野宿とかしてないよね。慣れ必要なの?」
小太刀を出して一扇ぎ。精霊には強すぎるので、力は人間に使うよりもセーブする。
「ま、慣れたくないんなら永住できる地でも探すがよい……」
すでに気持ちよさそうに目を細めているクーファ。
「まあ故郷がなくなった『沼の民』たちの居場所も探してあげないといけないしね」
「りち、ぎ……じゃの……」
まだ入眠の深度までいっていなかったのだが、クーファはあっという間に眠りについてしまう。
「よくこれだけ眠れるなあ」
ていうかどこでメシ食ってるんだ。もう済ませたのか。
「昨日の深夜とか起きてたわよ、クーファ。睡眠の時間帯が違うんじゃないの?」
「昼寝ばっかりしてるから夜寝れなくなるんだよ」
手も足も広げて、警戒心のかけらもない寝姿だ。
「…………」
そして野宿と同じくらい不安要素である得体の知れない獣の肉に、俺は目を落とした。正直食べる気がしない。
「あとさ、肉って殺した後すぐ食べるとかおいしくなくない? 死後硬直終わるまで寝かせよう?」
「放っておいたら腐るんじゃない? 虫も鳥も寄って来るし」
「ああ、そういう心配もあるのか」
ううむ、やむをえまい。
香りのいい葉っぱで包んだ肉を枝に刺し、薪の火で蒸し焼きにする。
でも食うのか、これ。めちゃくちゃ獣臭いぞ。香草でごまかせる臭さじゃない。塩もついてないし。
「……いや、まてよ、レルミット探せば一晩くらい泊めてくれるんじゃないのか」
家くらい持ってるだろ。
一応命の恩人なわけだから頼みくらいは聞いてくれそうだ。
「どうやって探すのよ。それにこの人数泊められる?」
それもそうだ。こんな夜中に押しかけて来たら何事かと思われる。
「探してきましょうか」
「いや、いいよ、ウル」
肉が焼けていく臭いを嗅ぎながら、俺は腕を組んでうなる。
「もう少し人間的な生活をする必要があるな」
「魔女のことはいいの?」
「この町に勇者が来ている。放っておいても結界はなんとかなると思う」
杏さんくらいの強さなら、魔女くらい捕まえられるだろう。
俺が下手に目立つと、話をこじらせるだけのような気もするし。
「だから俺は明日――」
俺は生唾を飲み込んだ。
決意を口に出すことに、こんなに勇気がいるなんて。
「バ、バ、バ」
「?」
「バ、バイトに行こうと思う」
「なんだ、そんなこと?」
チェルトはつまらなそうな顔でそっけなく言った。
「そんなことってなんだよ! せっかくの俺の決意を!」
裸足でいることに慣れて、足の裏の皮がかなり厚くなってきていて「もう靴なくてもいいんじゃね?」って気がしてきたりするけど、それじゃいけないんだ。
「これは足の裏の安全を守るとともに、ニート脱却への戦略なんだ!」
「ニートって何?」
「働く気がない人のことだ!」
「ごくつぶしのことをそんな言い方するんだ、稀名のところって」
「そ、それはヒモであってニートではない」
チェルトの言葉に押されながら、俺は苦し紛れに木の実をつまむ。
「とにかく今はお金がほしいからね」
この小太刀を売って、遠くまで逃げてから力を解除するとか。……うん、露骨に詐欺だな。やめておこう。
背筋を伸ばして空を見ると、ズボンのポケットの中で何か硬い感触がする。
俺はそれを取り出してみる。
家庭用ゲーム機の、黒い色のコントローラー。
ワイヤレスだからか、奇跡的にまだ壊れていない。
「ねえ、なにそれ?」
チェルトが興味深そうに身を乗り出してくる。
「えっと、俺のいた世界にある遊び道具の一部かな。もう使えないけど」
「いらないなら売るか捨てるかすれば? 邪魔じゃない?」
「いや、さすがにそれはだめだよ!」
何の気なしにいうチェルトに、俺は猛反発する。
「大事なものなんですか?」
とウルも興味を持ち始めた。
「いや、そういうわけでもないんだけど」
べつにもう使えないなら売ってもいいわけだけど、でも二度と手に入らないなら、手元に置いておきたくもある。
一応まだ使えるわけだしね。
……いや、使えたところでどうだっていうんだ。
使えたとしても、元いた世界に帰れればという但し書きつきなんだから使えないも同然だ。
でも、もしかしたら――と考えて、俺はようやくハッとなる。
俺は元いた世界に帰りたいのだろうか。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよチェルト。とりあえずこれは取っておく」
もし帰る方法が確立されていたなら、俺は帰っていただろうか。
たぶん帰ってたんだろうなぁ、なんて漠然と思いながら、俺は得体のしれない肉にかぶりついた。
生きるには必要なこととはいえ、まずい。くっそまずい。




