30 二挺剣銃(トゥーハンド・ソード)
「ちなみに俺の名前はマスキング・ベールといって、神無月稀名とはむかんけ――」
「話はあとにしましょう」
何を言われるか気が気ではなかったけれど、杏さんは目の前の化け物どもに向き直った。
ひとまずよかった。
敵と判断しているのは魔族だけのようだ。
杏さんは魔族の群れに鋭い眼光を向けると、自分から突っ込んでいく。
とびかかってくる敵を二刀流の剣で薙ぎ払い、引いていく敵には銃の引き金を引いた。
火薬のはぜる音が耳をつんざき、次の瞬間には魔族の体には風穴があいている。
たぶんまだ弓矢しかないこの世界には、あまりにオーバーテクノロジーな攻撃方法。
単発なはずのフリントロック式だが、どういう構造になっているのか引き金と連動して撃鉄が起き上がる仕様みたいだ。
弾込めの動作もなく弾丸が補充されていることからして、それがあの剣の固有能力なんだろうか。リロードもなく撃ち続けている。
刃渡りは六、七十センチほどだろうか。剣もあまり長くなく、小回りが利く。
強化された身体能力で移動しながら、斬って撃ち、片足を軸にして切り返しながら斬って撃ちを目にも留まらぬ速さで繰り出し、膨大な手数で無数にいる魔族を殺戮していく。
斬撃と銃撃の音が合わさり、テンポのいい音色のように周囲に響く。
長い髪が動きに合わせて揺れる。まるで舞っているかのような流麗な動作。
「す、すげえ」
近くにいた兵士は見とれたように手を止めて、その姿にくぎ付けになっていた。
……ソードガンはRPGとかでよく見られるが、完全な想像の産物ではなく、昔ちゃんと実在していた武器だ。
ショートソードにリボルバーのついたリボルバーソードも実際に使われたことがあるらしいし、日本軍だって拳銃付きの軍刀を研究していたほどだ(試製拳銃付軍刀は正式に採用されずに終わってしまったが)。
それに銃剣――いわゆるバヨネットは昔は有効な白兵戦用の武器だった。ただあれはソードじゃなくてスピアのような役割だったみたいだけれど。
だいたいが、銃の補助として剣がついているわけだけど、杏さんの動きは、それとはまた違う。
杏さんは銃を接近戦の補助的な役割――剣のおまけのようにしか使っていない。
剣のリーチの短さを少し補うだけの追撃武器として活用しているに過ぎなかった。射程の短いマスケットではそっちのほうが有効なのだろうか。
――とにかく、俺にとってはちょうどいいかもしれない。
魔族の退治には、彼女に活躍してもらえばいいのだから。
「杏さん、ちょっといい?」
杏さんが背を向けたのを見計らって、俺は接近して提案した。
「――?」
びゅん、と風切り音が間近で聞こえる。
反射的に、杏さんは俺に銃口と剣の切っ先を向けたのだ。
剣は鼻先ギリギリで止まった。
こ、怖ええ!
「あの、このままじゃジリ貧だよ。親玉を狙う。協力してほしいんだけど」
「ここの兵士の話によると、地上の敵を倒せば親玉は逃げていくという話だけど?」
「それでもいいかもしれないけど、きっとまた来るよ」
「べつに異論はないけど、あんな空に浮かんでいるものをどうやって?」
俺は返答代わりに微笑する。
「ウル、丸太借りていい?」
近くにいたウルに、俺は言った。
「はい」
手枷から出てきたのは、鳥のような翼の生えた苔付きの丸太だ。
「へえ」
と杏さんは精霊を連れていることに感心している様子だった。
「丸太、お前俺たちを乗せてあそこまで飛べるか?」
「ふん、もちろんだ――と言いたいところだが、少し厳しい。ある程度の高度なら上昇できるだろうが……」
丸太は渋い調子で語尾を濁した。
「それでいいよ。ちょっと乗せてって」
俺と杏さんは無理やり丸太に乗ると、
「さすがにこの重量は……女性二人なら楽勝だったんだがな」
ぼやきながら上昇していった。
…………。
空を飛んでいる間に俺が作戦を伝えると、杏さんはあきれたように嘆息した。
「無茶苦茶ね」
「うん。がんばってね、杏さん」
気圧差のせいか、耳鳴りがしてくる。
すでにかなりの高さになっている。
今丸太の上に立っている状態だけど、下を見たら終わりだな。絶対心がすくむ。
高さは千メートルほどだろうか、二千メートルまではいかない、といったところだろう。
こんな高さから落ちたらひとたまりもない。
城壁を飛び越えたときのような、風の空気抵抗で減速できるような高さじゃなさそうだ。
「ぶっつけ本番でそんな連携できるわけ?」
こちらに流れてくる落下傘付きの魔族を撃ち抜きながら、杏さんは不満を漏らした。
この人は平然とした顔でいる。
なんだか一人だけ別ゲーしてるみたいな感じだ。
「まあやってみないとね」
だんだんと丸太の上昇速度が落ちてきた。
黒い球体まで目前とはいえ、少し距離はある。全然こちらの攻撃が届くような距離ではない。
「すまない! そろそろ限界だ!」
丸太が言うが、俺は満足げに頷いた。
「十分!」
俺は小太刀の鯉口を切った。
自身と杏さんをそよ風で包む。
そよ風は緊張をほぐし、脳を冴えわたらせ、潜在能力さえ引き出す深い安息を俺たちにもたらす。
「……ふうん」
『限界深域』を受け、こんなときでも平静な杏さんの声を聞きながら。
――俺は降ってくる落下傘部隊の群れから黒い球体が垣間見える隙間を見極める。
「打ち上げるよ!」
俺は小太刀を抜いて、峰を上にして振りかぶった。
杏さんが跳躍し、振り抜こうとする小太刀の峰に足をかける。
人ひとり通れるのがやっとの隙間を狙う。そこにしか、直通で行ける道は存在しない。
「いっけえーっ!」
黒い球体に向けて、小太刀を振り上げた。
同時に背中へと突風を発生させ、刀の勢いも相まって杏さんを押し上げる。
杏さんは降下してくる小さい奴らの隙間を縫って、まっすぐ黒い球体に向けて飛んでいく。
狙い通り!
だったのだが、球体は近づかれると六本の黒い翼と短い角を生やした。
そのまま杏さんを叩き落そうと高速で翼を振るう。
たぶんあれが本来の戦闘モードだ。やはりただではやられてくれないらしい。
杏さんはそれを受け流しながら足場にして飛び越え、球体を追い詰める。
工場のガスタンクを一回り小さくしたくらいはあろうかという黒い巨体。
それに杏さんは容赦なく弾丸を撃ち込んでいく。
鳴りやまない銃声。打ち付けられた翼を足場に、さらに上へ。
背中を足蹴にして、上空から切り込まれる刃と穿たれる弾丸に、黒い球体は耐えられずヒビが入り、やがて砕け散った。
案外にあっけなかったのは、本体がそれほど強くなかったからか、それとも杏さんが強すぎたのか。
「一人でやっちまいやがったな」
丸太が感嘆の声を上げた。
「うん、うまくいってよかった」
「やるな、あの嬢ちゃん。で、あれは何者なんだ?」
「俺と同じ世界から来た人」
杏さんが足場を失って落下してくる。
動かなくなってふわふわ降下する小さい魔族を蹴りながら調整してはいるが、それでも落ちていることに変わりはない。
俺は丸太からツルを生やすと、杏さんをどうにかキャッチした。
ついでにふわふわ落ちている魔族をいくつかたぐりよせて、パラシュートのように使う。
「ほう、これは帰りの方が楽でいい」
「力尽きて落下されても困るからね」
「残念だが下に降りるくらいの体力は残っている」
丸太と軽口を叩き合うってのも奇妙な光景だ。
「で?」
杏さんは丸太に着地して、俺をにらんだ。
「私は早馬を使ってここまで来たんだけど、なんであなたが追い付いているわけ?」
「いや、まあ、俺は竜に乗って……」
「例の白竜かしら?」
俺は笑ってごまかした。
ううむ、地上についたらどうなるんだろう。
戦うことになるのだろうか。
「心配しなくても、私はべつにあなたを捕まえようなんて思ってないわ」
「え?」
「あなたが何の罪も犯してないことはさすがにわかる」
「……そっか」
よかった。
ヘルムートさんのときみたいに風を使ってわからせようとは思ったけど、その必要もないみたいだ。
「私は、私の信じるものしか信じない。どんなことでも自分の目で見て自分で判断する。だから、この世界で何が起こっているのか確かめるためにここまで来た。でも、不動は違う」
「不動?」
「あの、城で大剣を出していたチャラチャラした男よ」
「ああ」
あの露骨に俺を馬鹿にしてたやつか。
ちくしょう、思い出したらなんか腹立ってきたな。
「あれはこの世界で英雄になりたがっている。たぶんあなたを見つければ殺そうとするわ。死にたくなければ不動とは戦わないことね」
「……そんな強いの?」
「あなたにそこまで教える義理はない」
「うぬぬ」
「私はあなたの敵ではないけど、味方でもないわ」
杏さんは腰につけていた革製の鞘に剣をしまう。
「あとの二人は?」
「ああ、あの二人は、ビルザールに従ったふりをしながら、密かに元の世界に帰る方法を模索してる」
あの社会人風の男二人だ。
「いわく、城の中で見た転移の魔法陣と、魔王軍が出てくるときに展開される魔法陣は、少し似ているとか」
「俺にはみんな同じに見えるけど」
でも、言われてみれば、確かに転移という意味では同じだ。
魔族が転移魔法を使えるのなら、もしかしたら世界転移の技術は魔族からきたのかもしれない。
それに、何百年に一度発動できるかどうかとか騎士団長さんは言っていたが、その使用制限はこっちの世界に呼び寄せる魔法陣限定かもしれない。
逆に日本へ転移できる魔法陣が存在して、どこかでそれが使える状態だったとしても不思議じゃない。
それにビルザールが知らないだけで、制限なしで異世界同士をつなぐ魔法がもしかしたら存在するのかもしれない。
いろいろ可能性は考えられる。
「不動ももうすぐここに来るから、それまでに逃げたほうがいいわよ」
「そうだね。そうするよ」
この人たちがいれば結界の問題は大丈夫だろうな。きっとうまくやってくれる。
これでヘルムートさんたちの町にも魔族が現れることはなくなる。
一宿一飯の恩義くらいは果たせただろう。
……うん、さっさと退散することにしよう。
「ああ、あと神無月君」
「なに?」
「その風、ただ人をリラックスさせるだけじゃないわね」
「いや、こんなのリラックスの延長でしかないよ」
俺は笑ってごまかした。
お互いあまり手の内は見せないほうがいいだろうな。味方じゃない以上は。
地上につくと、兵士たちが俺たちをねぎらいに集まっていた。
「よく魔族を倒してくれた。二年来の因縁にようやく終止符が打てた」
髭の生えた四十代後半くらいのおじさんが、すぐさま前に出て言った。
胸当てと腰の鎖帷子という、やや軽装備な印象のおじさんだった。武器も腰につけている剣一本だけだ。ただ両腕にごつごつした巨大なガントレットをつけているのが印象的だった。ガントレットには花の形をした家紋のようなものがワンポイントとして彫られている。
察するに、この人がこの町の騎士だろう。
怖くて聞けないけど。
しかしそんなに前から戦っていたのか。いや、あの高度じゃなすすべがないのは仕方のないことか。
俺は杏さんの背中に隠れて、ひっそりとささやいた。
「杏さん、俺が神無月稀名だってことは秘密にしておいて。……いくよ、丸太」
「言っておくが、私にはちゃんとヴォジャノーイという呼び名がある」
「そりゃ悪かったね丸太」
俺は丸太に乗って空中を浮遊すると、
「そこの少年、きみにも礼を――」
髭のおじさんの言葉を振り切って、家の隙間を縫って逃亡した。
地上からウルが俺を追っているのが見える。
「きっと城に招待しておいしいものごちそうしてくれるんじゃないの?」
隣に出現したチェルトがからかうように俺に言った。
「いや、正直あんな目にはもう遭いたくないからね」
俺はげんなりした気分で首を振った。




