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29 『降り積もるもの』

 その黒い球体は宙に浮いていた。

 城壁の外、雲まで届きそうなほどずっと上空だ。


 青い空からぽっかりくりぬかれたようにして浮き彫りになっているほくろのような黒い球体。

 遠くだからうまく距離感が測れないけれど、巨大な塊であることはなんとなくわかった。


 そこから小さな丸い塊が無数に産み落とされ、町に向かって降りてくる。

 風に乗って、あるいは自分たちで落ちる方向をコントロールしているのか、小さい丸い化け物はまっすぐ町に流れてくる。


 現在進行形で、だ。

 数は百や二百なんてものじゃない。


 兵士たちの弓矢が上空に向かって無数に放たれた。

 ある程度撃ち落とせてはいるが、それでも数が圧倒的だ。


「この前襲われた時と同じだよお!」


 レルミットが頭を抱えて涙ぐんだ。


 とりあえず、どこかに逃げないと。


「前もこんな奴らが来たの?」

「うん……騎士様と兵士たちがなんとかしてくれたけど、かなり被害が出て……」

「やっぱり騎士さんとかでるんだね」


 ううむ。顔バレが気になる。コソコソしたい。

 とにかく、レルミットを安全なところまで避難させないと。


「以前はどこに避難してたの?」

「商会ギルドの建物の中だよ! 塔付きの建物は目印兼避難場所になってる!」

「破壊されないの?」

「大丈夫! そこまでの攻撃力はあいつらにはないよ」


 なるほど、この前の衝撃波を使う奴と違って、質より量で勝負してるってわけか。


「それじゃ、そこまで行くよ」

「よろしく!」


 ところどころで悲鳴が上がった。


 魔族は、建物などの人工物には目もくれず、人間だけを探し出して襲っている。


 しかもただ牙で砕いて殺しているだけじゃない。生きたまま人の肉体を貪り食っている。


 まるで地獄のような光景。


 空から来るから、城門や城壁はあまり意味をなさない。

 しかも人を直接襲うから、建物の被害はそんなに大きくならないのか。


 近くに降下してきた魔族がとびかかってくる。


 数は三つ。

 俺はそれを小太刀で切り裂く。


 立て続けにもう二匹飛びかかってくる。

 どうにか、手数でその二匹も仕留めた。


 かと思えば、五匹に周囲を囲まれていた。


「マスキング! そっちに何匹か行った!」


 チェルトが『イワトガラミ』でこちらに近づく魔族をいくつも縛り付けて抑えていてもなお、とめどなく魔族が現れる。


「数が多すぎる! キリがない!」


 飛びかかってきた二匹は小太刀で倒せた。


 けれどレルミットに向かっていった奴もいる。


 こんな時に小太刀のリーチが疎ましい。レルミットに向かっていった一匹はどうにか倒せたが、向かっていったもう二匹が間に合わない!


「ひっ!」


 レルミットは身をすくませる。


 飛びかかった魔族はしかし、銀色の閃光がほとばしったかと思うと粉々に砕け散った。


 足元には、犬のような銀色の獣。

 『白銀の細工師イル・マリネン』による銀細工だった。


「まったく、おちおち昼寝もしてられんわ」


 クーファがあくびをしながらフラフラと歩いてくる。


「クーファ! 助かった!」

「おぬしはいつも危ない目にあっておるの」


 とびかかってくる魔族を、クーファは一匹鷲掴みにした。

 魔族はじたばた足をばたつかせるも、クーファの手からは逃れられない。


「ようはこのうじゃうじゃいるのをなんとかしたいんじゃろ」

「うん。あと俺のあざ名マスキングになったからよろしく」

「なんじゃそれ」


 鷲掴みにしたそれを容易く握りつぶすクーファ。


「ま、仕方ないの。これも安眠のためじゃ」

「私も、がんばります。命令してください」


 クーファの傍らにいたウルは言った。


 のだけれども。


「ウル、どうしたのその服」


 ウルは、ベージュ色の落ち着いた胴衣に少し長めのスカートをはいていた。

 どこかの職人が仕立てたかのような、亜麻で織った素敵な服。


「えっと、精霊さんにもらいました」


 ウルは少し恥ずかしげに着ている服のすそをつまんだ。


 手枷が軽く光ると、髪の長い、子供のような背の精霊が出てくる。


「ガーレちゃんです」

「また契約したの!?」

「さっき、自分も一緒に連れて行ってくれと、服を持ってきてくれて」


 ウルがどんどん万能になっていくな。

 ガーレと言われた小さな精霊はウルの後ろに隠れて、自分の足元まで伸びた長い髪で自分の顔を隠した。

 恥ずかしがり屋のようだ。


「今度俺の靴も作ってくれない?」


 腰をかがめて優しく頼んでみたが首を横に振られた。だめか。靴と服じゃまた別か。


「――俺はレルミットを近くの建物に避難させる。ウル、一緒についてきて」

「はい」

「うし、俺も協力しちゃるぜ」


 明らかに河童だけど河童じゃないと言い張るグリンさんも手枷から出てくる。


「クーファは空からくる敵の迎撃を頼んだ」

「わしも稀名と一緒のチームがいいのじゃ」

「わがまま言わない。あと俺マスキングだから!」

「いやじゃ~一人は楽しくない~」


 クーファが俺の服をつかみながらおなかに向けて頭と角をぐりぐりする。

 くすぐったいからやめて。


「俺はレルミットを逃がしながら戦うことになるなるから、クーファはただ敵倒してるほうがいいでしょ。ほら、あとで安眠できるように風をうまいこと調整して吹かせてあげるから……」

「むう」


 クーファは納得いかなそうな顔をしながらも渋々うなずいた。


 周囲一帯の地面にクーファの魔法陣が展開する。

 次々生み出される、獣や武器の形に作られた無数の銀細工。

 逆に気の毒なほどの魔族の殲滅がはじまる。



 俺とウルはというと、走ってクーファの魔法の範囲外に出た。


 そこではすでに兵士たちが魔族と戦っていた。

 地面や建物にところどころ矢が刺さっている。


「塔だ! 五つあるうちのどれでもいい、塔を目印にした建物の中に避難しろ! あそこにまでは魔族の手が届かない!」


 弓を持った兵士が住民に呼びかけていた。


 弩ではない。弓だ。


 剣や槍を持った兵士と弓を持った兵士が半々くらいだろうか。


「この町の私兵団は――弓兵が多いのか」


 おそらく無数にせまり来る敵に、連射性能の高さから選択された結果なんだろう。


「レルミット、塔の建物まで逃げる体力はありそう?」

「い、一応逃げ足は速いほうだからね!」

「もう少しだからがんばって。俺たちも援護するから」


 俺は飛びかかってくる魔族を切り伏せる。


 仕損じた魔族を周囲の魔族ごとウルの炎が焼き払った。


 熱風とともに、うなる炎がウルの周囲に展開している。

 サラマンダーの『イグニッション』……なんだけど。


 熱も炎も、ティーロさんの時より数倍は強大なものになっていた。

 あきらかに以前のティーロさんの場合とは格が違う。


 おおっ、と近くにいた兵士たちから感嘆の声が上がった。


「そこの魔法使いと剣士、協力感謝する!」


 兵たちを仕切っていた三十代くらいの兵士の射た矢が、魔族の額を貫いた。


 ほかの兵士よりも巨大な弓を持っている。

 しかも撃つ矢はすべて魔族の額に命中していた。


 俺はできるだけこの人から顔を背けながら、小太刀で魔族を倒していった。


「ひっひえぇぇ」


 レルミットは身を低くしながら、そろそろと街道を走った。


 そうやって、どうにか高層建築のひとつにたどり着く。


「こっちだ!」

「早く!」


 兵たちにも助けられながら、レルミットを建物の中に避難させた。


「君たちも早く!」

「いや、俺たちは大丈夫です。魔族を倒すのに協力します」


 けれど、きりがない。倒しても倒しても湧いて出てくる。


「おい、埒が明かねえぜ! 数が桁違いすぎる!」


 意外にも普通に魔族を殴り飛ばしていたグリンがすでに根を上げてきていた。


「このままじゃ魔力がもたないわよ!」


 魔族をツルで引きちぎっていたチェルトも少し弱気になってきた。


「やっぱり本体? みたいなのを狙うしかないのか」


 親玉は空に浮かんでいる黒い球体だろう。

 でもそこまで攻撃は届くのだろうか。


 クーファに連れて行ってもらうか? でも一度クーファとわかれたのにまた探さなきゃいけない時間も惜しい。それにクーファの『白銀の細工師イル・マリネン』がないと、こんな大量の敵しらみつぶしにはできなさそうだ。ここで白竜の姿をさらすと、また別の意味で騒ぎになってしまう。


 弓じゃ浮かんでいる敵まで届かないだろうし、俺の風で矢を打ち上げるのにも限度がある。


 あふれている魔族を無視して親玉を叩くか、まず地上の魔族をすべて倒し切ってから親玉を狙うか。


 せめてもう一人くらい、魔法を使える人間がいれば――


 考えていると、


「ご主人様!」


 ウルの声で、魔族に後ろを取られていることに遅ればせながら気づいた。


「しまっ――」


 牙が俺の首筋を襲う瞬間――銃声のような火薬の炸裂するような音が響いて、魔族が砕けて散った。


「なっ!?」


 銃声のような、というよりはそのまんま銃声だった。

 弓しかないこの世界で銃なんて――


「……平気?」


 風に乗って、かすかな火薬のにおいとともに女の人の声が聞こえる。


「あ――」


 こっちの世界の服を身に着けているけれど、間違いない。

 城の中で俺たちと一緒に召喚された勇者の一人――表情の薄い女の人だった。


支倉杏はせくらあんよ。久しぶりね、神無月稀名」


 手に持っていたのは銃……ではなかった。


 柄に引き金と撃鉄と筒がくっついたような西洋風の剣。


 鍔などはなく、筒の部分には彫り物がされている。


 銃と剣が融合したかのような武器。

 それを二本、両手に携えていた。


 ――その剣はフリントロックソードなんていう、とんでもなくレトロなロマン武器だった。


 そしてその武器が、俺の小太刀と同様に彼女の能力で生み出されたことは明白だった。


 ただしかしそんな武器よりも、支倉杏さんに冷たい目で見られて、俺は呆然としてしまった。


 まずいぞこれは。

 ついに俺の正体を知る人物と出くわしてしまったという絶望感。


「ど、どうも……」


 内心汗をびっしょりかきながら、俺は苦笑いで返した。


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