28 いつの間にか賞金首になっていた件
もはや道がわからなくなるほどやみくもに走った。
しばらくして後ろを見ると男たちは追っては来ないようだった。
「どうにか撒いたみたいだね」
「ありがと! 助かったー」
女の子は胸をなでおろした。
「それはよかった。それじゃ――」
面倒はごめんだったのですぐに別れようとすると、
「そ、それより!」
手首をむんずとつかまれた。
「なに?」
「お兄さん旅の人でしょ? 何か知りたい情報ないかな? お礼させてよ」
「情報? お礼?」
言っている意味がわからずに首をかしげると、女の子は言った。
「そ! 私、レルミット・レレミータ! 情報屋やってるの!」
おどけた感じでびしっと敬礼のポーズをとる女の子。どこか得意げだ。
「なんかおかしな名前だね。偽名みたい」
「偽名だよ!」
偽名なのか。
「正直だなあ」
「本名なんて晒してたらいくらでもつけ込まれる業界だからね!」
「コードネームみたいなもんか」
「さっきの男の人たちみたいに情報目当てで恐喝まがいのこともされたりするからね。逃げ足と偽名は必要なの」
なるほど。
そういう事情だったのか。
「でも偽名ってはっきり言われるとそうじゃない気もする」
「ご想像にお任せするよ!」
でも、情報屋か。ちょうどいいな。
「で?」
レルミットがくりくりの澄んだ瞳で首を傾げた。
「お兄さん名前は?」
「マスキング・ベールです」
俺は偽名として使おうとしていた対戦ゲームのキャラクターの名前を口に出した。
常にマスクをしている、パワータイプのレスラーなんだけど。
「変な名前だけど偽名かな!」
「本名です」
「それにしてもさっきのすごかったね! 魔法?」
レルミットが新しいおもちゃを与えられた子どものように目を輝かせた。
「まあね」
「やっぱり魔法だったんだ! ――って、うわ!」
レルミットがせわしなく上体をのけぞらせた。
前触れなくチェルトが出てきて、俺とレルミットの間に入ったのだ。
「チェルト」
そしてむすっとした顔で言う。
「わ、すごい! 精霊と契約してるんだね!」
「そうなんだよ。いいところに気が付いたね」
なんていい反応なんだ。少し、にやけてくる。
「いいかい、これは秘密なんだけど」
俺は声を潜めて言った。
「?」
「精霊と契約するには人徳が必要なんだ」
「そうなの?」
「魔法使いの素質が必要だと思うじゃん?」
「違うの?」
「必要なんだよ」
「必要なのぉ!?」
「で、魔法使えると思うでしょ?」
「使えないの?」
「使えるんだよ」
「使えるんだぁー!」
「やばいだろ?」
「やばい!」
なんかすごい頭悪い会話してる気がする。
「稀――マスキング、調子に乗りすぎ」
チェルトが不機嫌そうに俺に水を差す。
そうだ、本題本題。
「えっと、じゃあ質問なんだけど」
「うん」
「魔女にはどこに行ったら会えますか?」
「魔女って、『ウィズヘーゼルの魔女』ネミッサ・アルゴンのこと?」
「そうそう」
「んーと、川の向こうにある森に住んでるみたいだけど……マスキング君も賞金目当てか何かかな? もしそうなら魔女に挑むなんてやめておいたほうがいいよ」
「どうして?」
別に挑もうとはしていないんだけど。
「魔女はこのへんの森のヌシとか強力な獣とかを味方につけてる。兵士たちが束になってもかなわないよ。実際何度もやられてるみたい。魔族の襲撃も相まって兵団は人が足りてないみたいだね」
きっとそれが魔女の使い魔だろうな。
「それに、見に行くとわかるんだけど、川にはどこも橋がかかってないんだよ。船で川を渡るには渡航料を払わないといけない」
「世知辛いなぁ」
って、お金ない俺は入れないじゃないか。
――せめて働かなくても稼げる方法ないか?
「ありがとう。じゃあついでにもうひとつ」
「なにかな?」
「お金はどうやったら稼げますか?」
「働けばいいんじゃないかな!」
「…………くっ」
俺は胸を押さえてうめいた。やはりまず仕事を探さないとダメか。
「なんでそんな苦しそうなのよ。働いたら死ぬの? そんなんじゃずっと文無しのまんまだけど?」
「マスキング君……今までどうやって生き延びてきたのかな」
チェルトとレルミットに責め立てられ、さらに心苦しくなる。
「お金のないマスキング君に大サービスなんだけど」
「なんじゃい」
お金のない、は余計だよ。
レルミットは教会よりやや右手にある建築物を指さして言った。
「あっちの建物あるでしょ?」
いくつか見えていた高層建築の一つだ。
「商会ギルドがあるから、お金なくて困ってるならそこでバイトでもするといいよ」
ギルドと聞いて、俺のテンションは一気に上がった。
「ギルド!? 冒険者ギルド!?」
そんなものがあるなんて、さすが異世界!
「冒険者っていうか日雇いの寄り合い所だね。国や個人から要請される小間使いやちょっとした仕事を仲介しているのが商会ギルドなんだけど」
「……なんかそういう現実知ると、とたんにテンション下がるな」
それ、もしかしてハロワの親戚みたいなものじゃないのか?
いや、どっちかっていうと日雇い専門の派遣会社か。
「町の住人がお小遣い稼ぎたいときはたいてい利用するね。よそ者でも利用できるし、今はどこも人が足りてないからいくらでも仕事はあると思う」
「登録とかは必要?」
「まあ名前は控えられるだろうね」
名前はマスキング・ベールを使えばいいし、利用しようと思えば利用できるだろうか。
レルミットは、そういうことでね、なんて言いながら満面の笑みで俺の肩に手を乗せた。
「次から何か情報がほしいときはお金とるからね!」
「ええ? なんで?」
「情報屋だから。旬の情報ほど高いよ。例えば――」
レルミットは虚空を見て少し思案顔を作ると、やがて無邪気な顔を向けた。
「王都を襲撃した犯人カンナヅキ・マレナが今どのへんに潜伏しているか、とか」
「そ、そう……」
俺は汗を滝のようにダラダラかきながら目をそらした。
レルミットがしたり顔でこちらを見てくる。
「気になるでしょ?」
「えっと、まあ……」
「教えてあげなーい」
はははこいつぅ。
「ま、王都襲撃犯なんて捕まえればそれこそ一攫千金だからね! 最重要情報だから、さすがにタダでってわけにはいかないよ」
「待って、一攫千金?」
「うん。ネミッサ・アルゴンみたいに、カンナヅキ・マレナには国から懸賞金が出たの。二億五千万レーギン。ギルドにも今日公開されたよ」
「レーギンって通貨の単位だよね。それってすごいの?」
「一生遊んで暮らしても使い切れないほどには。ちなみにネミッサは一億八千万ね」
「そ、そうなんだ」
ますます肩身が狭いなあ……。
「稀な――マスキング、じゃあそのネミッサってのを捕まえればお金には困らなくなるんじゃない?」
チェルトが俺の腕をつかみながら楽しそうに言うけど、そう簡単にはいかなさそうだよ。
でもたしかに魔女を捕まえられれば金銭面での心配はしないで済むんだよな。
あとさっきから俺の本名言いかけてるんだけど危ないよ。
「まあでも、まずその商会ギルドとかいうのに行って小遣いでも稼ごうかな」
魔女を訪ねて川を渡るのにも金が要るし、何をするにしても金が要る。
クーファで飛んでいくのは派手すぎるからできるだけ避けたいし。
しかし、行くのかぁ、バイト。
でもお金がないといろいろ困るしなぁ。
「――稀キング、上! なんかいる!」
悩んでいると、チェルトが俺の服を引っ張って叫んだ。
ついに混ざっちゃったよ。
空を仰ぐと、何か、茶色い丸い塊がふわふわと降りてきていた。
バレーボールほどの大きさの丸い何かだった。
それが皮のような尻尾を落下傘のように使って、空から町に降りてくる。
一匹じゃない。
雪のようにたくさん、それこそ数え切れないほどの数がパラシュート部隊のように降下してくる。
「なんだ、あれ」
――カンカンカンカン!
異邦のものの闖入を告げる鐘の音が響いた。
空から降りてきた一匹が俺たちの足元に落ちる。
虫のような節のある細い足が六本生えた丸い化け物だった。
角のようなものが額についているが、顔がない。
尻尾の皮が切り離される。
「なんかすごいきもい」
つぶやくと同時、角の下にあったらしい口が開くと、俺めがけてとびかかってきた。
「うおっ!」
ナイフのように鋭い牙が迫る。
反応しきれず、それでも小太刀を召喚して防御しようとすると、
「危ない、稀――ああもう!」
ぎりぎり食いつかれるかどうかの距離で、チェルトの『イワトガラミ』が丸い化け物を縛り上げた。
小太刀で丸い化け物を切り裂くと、化け物は砂のように灰になって消え去った。
「油断しすぎ」
「ありがとう、チェルト。でも、こいつらってやっぱり魔族なのか……?」
スミラスクの奴とはまた違う。数が多すぎるし、姿かたちも違う。
「そうだよ、マスキング君。あいつら、またきたんだ」
レルミットは空を指さした。
指さした先、はるか上空に――黒い球体のような何かが浮いていた。




