27 一度は言ってみたかったらしい
「じゃあな」
好き放題言ってからケルピィは水路に潜って行ってしまった。
水場の多いこの町はこいつにとって縦横無尽に動き回ることができる。いい情報が手に入ればいいんだけれど。
『稀名も人に話しかけたりして魔女について聞いて回るんでしょ?』
「うん、まあ、そうだね」
『靴のことは?』
文無しだし、やっぱり靴は後回しのほうがいいだろう。不本意だけど。
「いや、ほしいけどねそりゃ」
『靴作るの得意な精霊もいるから、もし会ったら頼んでみれば?』
なんでもいるなぁ。
「機会があればね。精霊にねだるよりこの世界のお金の稼ぎ方でも勉強しようかな」
『手っ取り早いのが働くことみたいだけど。沼の民たちの話で出たことがあった』
「……機会があればね」
働くのとか超怖いんですが。
力仕事は無理だし接客はもちろん無理だし。俺にできる仕事とかなくない?
気を取り直して、そのへんをうろうろと徘徊してみる。
周囲に気を付けながら歩いているけど、どうも人々には活気がない。
通り過ぎる人たちには、怪訝な目で見られているというか、冷たい目でこちらを見て、すぐに顔をそらす。
『なんか、どことなく活気がない気がする』
チェルトも俺と同意見みたいだ。
「うん、スミラスクに比べて、人も少ないような……」
よそ者もあまり歓迎されない雰囲気みたいだ。
どうも居心地が悪い。
誰もが疲れているようで、これもやっぱり魔族の襲撃によるものだろうか。
うろついていると、高層建築の一つにたどり着いた。
城じゃない。
尖塔のついた、石造りの瀟洒な建築物。大きな鐘もついている。
たぶん、教会だ。
水路も近くを流れている。
「そういえば、この世界って何の神様を信仰してるの?」
『万物の神エイテル。知らないの?』
「知らない」
チェルトの漠然とした話によると、この世のすべてのものを守っている、そんな神様らしい。
魂が世界に溶けてなくならないのも肉体が肉体として保っていられるのもエイテルのおかげらしい。
精霊たちの世界でも人間たちの世界でもよく知られている唯一神のようなもの。
で、実際に存在するけど大きすぎて観測できないとのこと。
「よくわからんけどATフィールドみたいなもの?」
『まあ私も正直よくわかんないけど』
なんて言いながらチェルトは肩をすくめた。
「高層建築の一つは教会だとして、残りは何だろうな」
神様よりそちらの方がちょっと気になる。
こっちの世界じゃメジャーなランドマークなのだろうか。
人気のない場所に来る。ちょうど路地の曲がり角だった。
お上りさんよろしく周りをきょろきょろしていると、
「助けて、そこの人ぉー!」
不意に前方から女の子の叫ぶ声が聞こえた。
「え――ぐへぁっ」
何事かと確かめる前に、俺の首筋にその女の子の両腕がめりこんでいた。
交差させた手刀を突き出すようにして相手に飛び込む、勢いと体重を攻撃力に上乗せした一撃。
それはもう見事なフライングクロスチョップだった。
『稀名!? 稀名大丈夫!? なんか飛んできたけど!』
俺を押し倒すようにして、女の子は俺に懇願した。
「助けて、お兄さん! 変なチンピラに襲われてるの!」
「まず俺を助けて! 首折れるかと思った!」
「あ、ごめん」
ぱっちりした目の、長い髪を後ろで縛ったポニーテールの女の子だった。中肉中背で歳は俺と同じくらいだろうか。
「いたぞ!」
「逃がすな!」
恰幅のいいお兄さんが三人、路地から駆けてくる。
みんな憤怒の形相だ。
『どうするのよ』
どうするって、放っておくわけにはいかないよ。
けど、騒ぎを起こすわけにはいかない。
そんなことになったらこの町にいる騎士に俺の存在がバレかねない。
風の能力も同様だ。
すでにどんな力であるかは俺は王都ですでに披露していた。公衆の面前で風を吹かせるのはできるだけ避けたい。
かといって穏便に済ませるように交渉なんてできるだろうか。
無理だ。交渉術どころか、どもらずに話せるかどうかも定かではない。
さて、どうするか……。
『私がなんとかしようか?』
「いや、大丈夫」
それには及ばないよ。
……考えたけど、やっぱり手は一つしか思いつかない。
『どうするの?』
「逃げる!」
俺は女の子を連れて走り出した。
「人が増えたぞ!」
「関係ねえ、まとめて捕まえろ!」
「邪魔立てするなら殺せ!」
背筋がうすら寒くなるような言葉を浴びながら、俺は後ろを振り返る。
男三人が走って追ってきている――のだが、
「なっ!?」
「うおっ」
「うわっ!」
いきなり三人ともその場ですっころんだ。
「なんだこれ!?」
男の一人が叫んだ。
「地面が滑る!?」
いつの間にか地面を濡らしていたヌルヌルの液体に足を取られていたのだ。
俺は得意になって言った。
「ふはは残念だったな! お前らの足元にはすでに俺の魔法『ヌル・ヌッチャル』が発動していたのさ!」
「ぬるぬっちゃ……何?」
女の子が聞くけど、今は逃げるほうが先だ。




