26 侵入は正面から
靴を探すのは、もちろん自分本意な行動ではない。
ウルの服だって探しに行きたい。そういう理由もあるのだ。
衣食住、俺たちにはどの要素だって足りなすぎる。
そんなことを考えながら、俺とチェルトは町の近くまで来る。
その町は大きな河川を背にしている都市だった。
城壁はスミラスクよりは低いだろうか。
遠くからでも、塔のような高層建築のてっぺんがいくつか顔を出している。
スミラスクとはまた違った趣だな。
「……で? 靴買うお金はあるの?」
「――!」
チェルトに言われて、とたんに現実に戻された。
そういえばお金なかったんだ。
「なんかこう、どうにかならないかな?」
「ならないでしょ」
お金がないとわかったらなんだかお腹も減ってきた。
この現状、どうにかしないと。
「それに、衛兵に顔を知られていたらどうするのよ」
チェルトは腕を組みながら、厳しい顔をした。
チェルトには俺たちのこれまでの経緯は説明済みだ。俺は答える。
「まず名前を変える」
「それで?」
「そして顔を変える」
「どうやって」
俺は自分の後頭部から魔法のツルを何本か伸ばした。チェルトの魔法『イワトガラミ』だ。
伸ばしたツルをあごの下と耳の下、両目の横あたりに滑らせて、そこから顔を引っ張った。
ツルの太さは調節できる。
限りなく細くすれば細工をしていると気づかれにくい。
肉の付き方が変われば、印象はある程度変えられる。
「どう? わりとばれないもんじゃない?」
少し声も変えてみた。チェルトはうなる。
「んー、可もなく不可もなく」
「じゃあこれで行ってみよう」
怪しいという感想を持たれなかっただけでもよしとしよう。
あまり顔引っ張りすぎるとギャグでやってるんじゃないかと思われるしな。
名前どうしよう、なんて思いながら町に近づいていく。
「私は消えていればいい? いつでも武器の中に戻れるけど」
「いや、そばにいてほしい」
屈強な男とか怖いんだよ。
あのどう見てもかなわない感を図体とオーラで表現できるのは本当ずるい。
一人でいたくない。
「そっ、そんなストレートに言わなくても……」
チェルトは顔を赤くしながら、やおらフードを被ってそっぽをむいた。
「まあ、べつに一緒にいてあげてもいいけど」
「ありがとう、チェルト」
結論から言うと、町の入り口は難なく通過できた。
ちょっと兵士に怪訝そうにされたけれど。
俺の情報はまだそれほど広まっていないんだろう。
それに、警戒しているのは魔族で、人間はまた別問題なんだと思う。
とにかく侵入は成功だ。
ウィズヘーゼルはたくさんの水路が流れる町だった。
大きな建物がいくつかある。外からでも見えていた高層建築だ。
ひとつは城だろう。
ほとんど平地に建っているのによく目立つ。
「それで、魔女の情報はどこで手に入るのかな」
俺は『イワトガラミ』を解除した。
「知らない」
チェルトはそっけなく言って、光の粒子のようになって消えた。
『人間とかかわるの嫌だから中に戻ってるわ。何かあったら呼んで』
「あ、うん」
クーファといい自由奔放だなあ。精霊ってみんなそうなのか?
『それにしてもいい町ね』
「うん。魔王軍の襲撃を受けているにしてはきれいだしね」
建物も破壊されている様子もなく、荒廃しているわけではない。
魔族の襲撃で荒れ果てていると思ったけれど、少し違うみたいだ。
「自然物にも魔力は含まれているからな。水路の多いこの町は精霊にとってほかの町より居心地がいいのかもな」
どこからか声が聞こえてくる。少年のような声だ。
「?」
「間抜け面をさらしてんじゃねえよ、油断しすぎだ」
俺に言ったのではないのだろうか?
周りを見ても、誰も俺に注意を向けている人間はいなかった。
「どこ見てんだ馬鹿。ここだよ」
また声がする。
「?」
『水路になんかいるわ』
チェルトに言われて水路を覗くと、小さな馬がこちらを見上げていた。
藻みたいなたてがみ、つぶらな瞳。
どこかで見たことのある姿。
「う、馬がしゃべってる!? ていうか馬に馬鹿って言われた……」
いや、竜や木だってしゃべるんだから馬だってしゃべる可能性はあるわけだが。
「オレ様だよ。忘れたのか」
いや、わかる。
全然イメージと違うが、こんな見た目の馬は一匹くらいしか知らない。
「わかるよ。お前ケルピィだろ。しゃべれたのか」
「ウル様がお前と一緒に町を探ってきてくれだと。で、お前と一緒にいるのはいやだから一人で探ってみた」
「早いな」
ていうか失礼だな。
「まだ全部は探っちゃいない。城のことだ」
「どんな?」
「城は大きな河川を背にするようにそびえている。城の堀や町の水路はその河川から引いているみたいだぜ。水車小屋も点在している」
「へえ」
そっか。こいつ水路を侵入経路にして、いろいろ探りを入れたりできるんだ。
「川そのものを利用した防衛城塞。城の前方は堀と街並みが守り、城の後方は巨大な川が守っている。警備が薄そうだからって後方から川を渡って攻めるのは自殺行為だぜ。人間じゃ見張りを出し抜きながらあの川を渡るのは一苦労だ。見通しもいい。ひとたび見つかれば城壁から矢の雨が降り注ぐことになる。それに川の向こうにも兵舎があって、そこでも監視されているからな。攻めるのは難しいぜ」
「いや、攻めないからね。なんの偵察?」
スミラスクのときはどうにか丸く収まってくれたけど、なんで毎回毎回城を襲わないといけないんだ。
まあどんな様子か知るのは無駄なことじゃないな。
「言っておくが俺がこんな口調なのはウル様には内緒にしておけよ」
「猫かぶってんのか。馬のくせに」
つぶらな瞳は変わらないので、口調にかなりギャップがあった。
「今のところマスコット的な立ち位置だからな。本性をばれるのはまずい」
自分でそれ言う?
『かわいい見た目のまま言うのがタチ悪い』
その通りだよ。
「……じゃあその調子で、いろいろ偵察してってよ」
「ああ、そうするつもりだ。適当に報告したらオレ様は戻るぜ」
「そうして、ケルピ……いや、そういやお前本当の名前は?」
「教えるか馬鹿」
また馬鹿って言った。
なんかこいつとは仲良くできる気がしないな。
「ていうか人の言葉わかるならお前あのときわざと間違えたふりしてウルと契約したな」
「あ? 当たり前だ」
ケルピィはつぶらな瞳のまま、含んだような笑いをした。
「ま、ウル様はオレ様に任せておきな。お前はゆっくり町を練り歩いているといい」
「……ウルに変なことしないだろうな」
「お前は精霊のことを何もわかっていない。オレ様にできることといったら、ひとつしかないだろうが」
「?」
「ウル様のブレスレットと一体化……ハァーハァーいいぜぇ」
「なにがいいの!? 一体化フェチとかレベル高いな! あとあれブレスレットじゃないけど!」
超わかりたくない情報だった。
かわいい面ででそんな発言しやがって。俺のお前への印象ダダ下がりだよ。
「ハッ、まさかチェルトも……」
『んなわけないでしょ!』
すごい剣幕で怒られた。




