25 魔女を探そう/○○を買いに行こう!
気持ちのいいまどろみの中、意識がだんだんはっきりしていく。
「まだおきんぞ。いつまで寝とるんじゃこやつは」
あきれたようなクーファらしき声が聞こえてくる。
けど、まだ目は開けない。
安眠の心地よさに身をゆだねながら、もう少し眠っていたい衝動にかられる。
「死んでるんじゃないの?」
チェルトがひどいことを言っている。
「そっ、そんなはずありません」
ウルが慌てて否定した。
「よし、わしが上に乗って起こしてやろう」
ついにクーファが強硬手段に打って出ようとする。
だけどそのクーファの行動は、少しも報われることなく無駄になることを俺は知っている。
――俺はただのねぼすけなんかじゃない。
なにせ元ニートだ。まあ今もニートみたいなもんだけど。
とにかく俺の絶対起きない意志は鋼より硬く、二度寝するといったら必ず二度寝をする。
仕事に行かなきゃいけないプレッシャーとは無縁の筋金入りのねぼすけだ。
そんじょそこらの怠け者とは格が違うんだよ。
ちょっとやそっとじゃ、起きるはずがない。
「竜にもなってないのに上に乗るだけで起こせるわけ? 私がツルで絞め上げるわ」
やめてください。
「まあ見ておれ」
自信満々のクーファだけど、残念だったね。
幼女のままじゃ、たとえ上に乗られたところで俺を起こすことなんてできな――
ズンッ!
「うぐおぇっ!」
尋常じゃない重量が俺の腹にのしかかって、たまらず俺は目を開いた。
幼女のままのクーファが、俺の下腹部あたりでマウントポジションをとっていた。
「重っ! ちょっ、なんでこんな重いの! 質量が竜のときと変わらなくない!? できちゃう! 俺のお腹に幼女のブラックホールできちゃううぅっ!」
「重いとは失礼じゃな。まだ全体重を預けておらんぞ」
クーファが眉をひそめた。
幼女のままだと思ったけど、違う。
ところどころ竜に戻っている。
背中には巨大な白い翼が生え、強靭そうな長い尻尾がお尻から顔を出している。
小さな体には身に余るほどの、アンバランスで巨大な竜のパーツ。
部分的に戻すこともできるみたいだ。
道理で重いわけだよ畜生。
そしてチェルトが理解できない者を見る目で俺を覗き込んでくる。
「幼女のブラックホールって何よ」
「俺が聞きたいよ!」
ウルがおもむろに立ち上がった。
「知ってる人見つけてきます」
「大丈夫ですスイマセン!」
クーファをどかして立ち上がろうとすると、頭が重く体がけだるかった。
寝すぎたときによく起こる状態だった。
「ごめん、寝すぎたかな」
水音がすると思ったら、巨大な河川が脇に流れていた。
太陽が真南近く上っているところを見ると、昼すぎくらいまで寝ていたらしいな。
「寝すぎじゃ」
クーファが口をまげてふくれっ面をしていた。
でも寝てたって言ってもせいぜい十時間くらいか?
寝すぎってほどでもないな。
「そうよ。丸一日以上寝てたとか本当、信じられない」
「え?」
チェルトに言われてきょとんとしていると、
「ご主人様は丸一日と半日ほどお休みになっていました。一度用足しに起きられましたが、寝ぼけているようでしたしそれ以外は何の反応もなく眠り続けていて……」
ウルが補足してくれる。
「そりゃ寝すぎだね」
さすがにあんな運動したのは久しぶりだったからな。
それにしたって寝すぎだけど。
「わしはこれから昼寝するのじゃ」
「お昼寝とか子どもか」
フリーダムだな。まあいいんだけど。
「そちらだってそうそう急ぎの用事でもないじゃろ。なにせ稀名は一日以上寝てたわけじゃからの」
「だから悪かったよ。すごく待たせてしまったよ」
根に持ってやがるな、くそう。
クーファは大の字に寝ると、すぐに寝息を立て始めた。
すぴーすぴーと寝息は竜の時と違ってかわいいものだった。
「本当に寝たぞ。寝つきよすぎだよ」
俺は寝ているクーファの頬を指でつついてみる。
ぷるぷるした弾力が返ってくるが、起きはしなかった。
「ウル、クーファのそばについていてあげて」
「え? でも……」
「クーファが危険な目に遭うことはぜんぜん懸念してないんだけどね」
「はい」
「クーファを一人にしておいたらそれこそまた暴走しそうだから」
「暴走しそうですね」
ウルはうなずいたけれど、かなり納得いかない顔だ。
ウルは自分のことを俺の従者だと思っているから、俺のもとを離れるのに少しためらいがあるんだろう。
「承伏はしかねますが、ご主人様が言うなら……」
「ありがとう。何かやらかさないように見張っててね」
伝説の白竜らしいけど……築いてきた伝説はクーファが好き勝手やってた結果だと思うんだよね。
つまり放っておいたら何かやらかしそうなのだ。
「俺は大丈夫だよ。チェルトもいるしね」
「……ま、まあしょうがないわね」
チェルトはまんざらでもなさそうにしながら、顔を背けてうなずいた。
「それで、これからどうするの?」
「まず町に行って、情報収集かな。まあ、魔女を探す以外にも優先しなきゃいけないことがあるんだけど」
「なによ」
たぶん俺が王都を襲撃したという情報は少なくとも騎士やその私兵団には伝わっているだろう。
だがしかし、捕まるかもしれないリスクを冒してまでやらねばならないことがある。
「もう、限界なんだ」
土や草やごつごつした石の感触をダイレクトに足の裏で感じながら、俺は決意を胸に前を向いた。
そう、俺は魔女を探すついでに――
――靴を買いに行かねばならなかった。




