23 はじめての使い魔(1)
ところで当たり前のように『沼の民』一同もクーファに乗ってるんだけど。
先にこいつら送り届けるのが先だろうか。
「チェルトたちの故郷は? このへんなの?」
俺が何気なく質問すると、チェルトたちはぴたりと動きを止めて固まった。
「おー、俺たちの沼ならもうないぞ」
河童はとりとめもない話をするかのような気軽さで重大発表をした。
「えっ、そうなの?」
「その剣の炎で焼かれて干上がったからな」
河童はティーロさんから奪った『精霊兵器』を指さす。
「河童、お前……深刻な話をあえて明るく話すことで雰囲気が悪くなるのを避けようと……? なんて立派な河童なんだ。けど無理しなくていいんだよ河童」
「いや、べつに、別の場所移り住めばいいだけだしよ。つーかカッパカッパってなんだコラ。ケンカ売ってんのか」
河童は河童じゃなかったのか。
「……深きもの?」
「グリンさんと呼べ、小わっぱが」
見た目が澱んだグリーンだからか?
「まあとにかく、せっかく助けてもらったからな、いい引っ越し先が見つかるまでお前らに手を貸してやろう」
羽の生えた丸太がバリトンのいい声で言った。
「お前のところは居心地がよさそうだ」
「おおっ、ついに今度こそ俺にも使い魔が!?」
「よろしく頼む、ウル」
喜び勇む俺をスルーして、『沼の民』一同はウルの前に跪いた。
「……え?」
「われら『沼の民』は、恩人であるウル様の使い魔となろう。助けを欲するならばいつでも呼ぶといい」
精霊たちとウルの手枷がほのかに光ったと思うと、吸い込まれるようにして消えた。
手かせには、『沼の民』の数だけ『盟友の印』が刻まれた。
ケルピィのも合わせると印は九つだ。
「すいません……」
ウルはまた自害でもしそうな顔で頭を下げた。
「いや、ウルが謝ることじゃないよ」
あれか。俺のカリスマの問題なのか。
まあ、日本にいたときも全然カリスマなかったこと考えると、妥当といえば妥当なんだけど。
「それで、何か魔法使えるようになった?」
「えっと、グリンさんが人間の魔力を抜いて玉に変える魔法を持っているそうです」
「……いやそれ河童の『尻子玉抜く』ってやつじゃない!? 違うの!?」
河童ならばその玉はおそらく尻から抜くに違いない。
……ウルがその魔法を使って人間の尻から直接玉を取り出す光景を想像してしまった。
なにそのプレイ。死にたい。
「あと水中なら精霊さんの加護である程度活動できるようになりました」
「そんなこともできるのか」
それはいいな。
ケルピィも水中を自在に泳げるわけだし、騎士とかに追われたときの逃げ道が広がるな。
いや、なんで追われること前提で考えているんだ俺は。
いかんいかん。
「ウル、俺にその魔力抜く魔法試してみてよ」
いや、べつにそんなプレイをしたいわけじゃないけど。
どんな感じで魔法が使われるのか気になった。
「え、でも……」
「魔力ちょっと抜かれるくらいなら大丈夫でしょ?」
「――ちょっとならの」
とクーファも保証してくれた。
「そ、それがご命令でしたら……」
少しためらいながらも、ウルは印が刻まれている方の手枷を向けた。
「グリンさんっ」
ウルの言葉に、手枷に刻まれた印が応じるように光りだし、小さな魔法陣が形作られる。
「失礼します」
ウルは掲げた手のひらを俺の胸へと埋めた。
「うお!」
手は、貫くようにからだの中へ埋まっていく。
だけど痛みはない。
ウルが手を抜くと、そこには真珠色をしたピンポン玉のような玉が握られていた。
同時に、どっと身体が重くなった。
やはりただ抜かれるってわけじゃないんだな。
小さい玉になって視覚化された俺の魔力。
「ううむ、これが俺の持っている魔力か」
小っちゃいな、ちくしょう。
「ご主人様、どうぞ。割れば割った者に魔力がいくそうなので」
「いや、玉はウルが持っていていいよ」
俺は魔法使えないからな。こんなのあってもしょうがない。
「……いいんですか?」
「うん」
「……ありがとうございます。では持っていることにします」
ウルは心なしか嬉しそうに玉を手に持ちながら、付け足すように言った。
「あと、お尻から玉を抜けば、抜かれた者が絶命寸前になるほどの大量の魔力を奪えるそうです」
「やっぱ尻子玉だよね!?」
「名前は『ドロースフィア』ですが、尻子玉でもいいと思います」
なんでそんなファンタジーっぽい名前ついてるのか。
尻子玉だろ。
使ってるの河童だし。いや、本人は河童だって否定してたけど。
「あれ、でもウルが使い魔にした『沼の民』の中にチェルトはいなかったな」
見ると、チェルトはまだクーファの背中に座ったままそっぽを向いている。
もしかして、という期待が生まれてくる。
頼めば使い魔になってくれるんじゃないか。
「チェルト」
俺はすがるようにチェルトを見た。
「なによ」
にらまれた。
「なんでもないです」
これはダメそうだ。
そういえばチェルトはこの件で人間が嫌いになったっぽいんだよな。
もともと好きじゃなかったのかもしれないけど。
そもそも彼女を使い魔にできるかどうかもわからないし。
「そ、そうだ。クーファ、この『精霊兵器』って元の姿に戻せそう?」
「――ああ、それか? それは精霊の方から契約を解除できないだけで、根本的には使い魔の契約と同じようなものなんじゃ。印が刻まれている部分を削り取るか破壊すれば分離するはずじゃ」
「壊せばオッケーて、そんな簡単でいいのか。こんなに融合してるっぽいのに」
「――まあそのとき精霊も傷つくだろうがわしが治してやる」
「クーファはこれ知ってるの?」
「――たしか邪法を扱う教団の術じゃな。教団はすでに滅んだと思ったんじゃが」
『沼の民』の奴らもそんなこと言ってたっけ。
「製法のレシピが伝わっているってことは、その教団の生き残りとか似たような教団がティーロさんに伝えた可能性もあるね」
どこかで『精霊兵器』のレシピを入手したのなら、何かしらのルートは存在しているということだろう。
ネットの世界でもそうなんだから、異世界に存在するアンダーグラウンドの闇もきっと深い。
俺は『精霊兵器』の剣を抜く。
先端の赤い目玉と根元の銀色の毛がいつ見てもグロい。
小太刀を召喚し、クーファの背中に置いて足で柄を踏み固定。
印が刻み込まれている場所で、剣っぽい部分を狙うか。
よし。
印を狙って突き下ろし、剣を折るように真っ二つにした。
月が発するそれみたいなほのかな光が漏れ、細かい粒子のようになったかと思うと、剣は自分の刀身から二体の獣を生み出す。
俺は小太刀を鞘に納めて消し去った。
「これが閉じ込められていた精霊?」
衰弱している様子のその二体は、クーファの魔法を受けるとみるみる気力を取り戻していく。
それは銀色の狼と、燃え盛るような色のトカゲだった。
どちらも中型犬くらいの大きさだ。
ティーロさんの話だと狼が「コルンヴォルフ」、トカゲが「サラマンダー」だったな。
そして実際にこの目で見たからわかる。
こいつら、確実に魔法が使えるぞ! しかもカッコよさげなやつだ!
そして俺には『精霊兵器』の呪縛から救った恩があるはず。
さっきのウルのパターンなら使い魔になってくれるかもしれない。
――俺はここぞとばかりに胸を張った。
「じつは何を隠そう俺がきみたちを助けたんだ。使い魔になりたかったら言いなさい。いつでもかんげ――」
二匹は俺をスルーしてウルの前まで来ると、頭を垂れた。
ファァーと暖かい光が漏れ、ウルの手枷に印が刻まれる。
それはもうスムーズな契約であった。
「…………」
後には胸を張ってドヤ顔した俺だけが残った。
「――まあその、なんじゃ」
「…………」
「――がんばれ稀名」
「くううっ!」
なぜだ!
べつに俺についてくれる奴がいてもいいじゃないか!
くそっ。無性に悔しい。
俺はこぶしで地面を殴った。
「――やめい」
地面じゃなかった。クーファの背中だった。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
後半は三日以内に投稿予定です。
一区切りがついたら、一度全体の改稿を考えています。
詳しい告知は後書きか活動報告のところに載せる予定です。




